普段通りのイレイザーヘッドを見て、生徒たちは困惑することしきりである。
だが彼は、そんな生徒をよそにこれまた普段通りの態度で保護者達に声をかけた。檻を開けながらだ。
「皆さん、お疲れさまでした。なかなか真に迫っていましたよ」
「いやー、お恥ずかしい! 先生の演技指導の賜物ですわ!」
彼にそう応じて笑うのは、関西弁の混じった男性。ウララカの父君かな。彼に続いて、保護者たちは堰が切れたように話し始めた。
直前まで恐怖におののいていたはずの彼らが、和気あいあいとする姿に呆然とするのは生徒たちである。ルクセリアの心中を見てしまった私は苦笑しっぱなしだ。なお、ヒミコはものすごく不機嫌にぶすくれている。
「まだわからねぇか? わかりやすく言うとドッキリだな」
だがイレイザーヘッドのその言葉に、ようやく彼らは「はあーっ!?」という驚愕の声と共に再起動した。
「じゃ、じゃあ犯人も……!?」
アシドがすごい顔で問い詰める。
と、そこにドロイドたちが担架に載せて、ルクセリアを運んできた。仮面は砕け、白目をむいている。口元は血まみれだ。
私は彼に近寄り、診察と治療を開始する。
……普段なら即座に手伝いに来るヒミコが来ないのは、それだけルクセリアに対して怒っているからだろうな。彼はきっと一生許されないに違いない。
「ま、増栄ちゃん危ないよ!」
「大丈夫だ。彼はヴィランだがヴィランではない」
寄り添って私を守ろうとしてくれたハガクレに答えつつ、私は再度苦笑する。
「そうだ。そいつは元ヴィランでな。俺が捕まえて、社会復帰させた。今は更生して、警察官をやってる」
「ウッソォ!?」
「あれで警察!?」
「地獄か!?」
生徒たちをさらなる驚愕が襲う。
だが、まさか警察官とは。私もそれは見抜けなかったので、驚いた。
しかし大丈夫か、この国の治安。少なくとも、ルクセリアが私たちに向けていた色欲は本物だった。いやまあ、そうしないと”個性”を発動できないのだろうが……。
「安心しろ。こいつのいた組織が崩壊したのはこいつが内部告発したからだ。今も常に監視はされているし、この首輪は万が一の備えだ」
「し、しかし……そのような人を呼び寄せるとは……!」
「ヴィラン役は本当なら教師の誰かに頼む予定だったんだが……うちのクラスには対面した相手の思考をある程度読めちまう問題児がいるからな……」
イイダの言葉に応じたイレイザーヘッド。
彼の言葉に、「ああ……」と言いたげなクラスメイトの視線が私に集中した。私は肩をすくめるだけにとどめる。
しかし途中でわかってしまったが、それでもそこまでは私も気づいていなかったのだ。イレイザーヘッドの用意は成功と言えるだろう。
「俺としても苦肉の策だったよ。こんな脳内ピンク色のやつを引っ張ってくるのは」
「あ、そこはガチなんや……」
改めて女性陣がドン引いている。先ほど以上だ。
「まあ仕方ない。こいつの”個性”は自身が言った通り、性欲に直結してる。その影響をどうしても受けざるを得ない。”個性”に振り回されているとも言う」
それを拾ったイレイザーヘッドだったが、私はその言葉にヒミコの横顔をちらりと垣間見る。
彼女の血が吸いたいという衝動は、”個性”由来だと私は思っていない。彼女自身も同様だろう。だが、思ったことがないわけではないはずだ。
「もちろんだからって大目に見るわけじゃない。行動に移したらその時点で犯罪者だからな。それでも、”個性”に行動を振り回される人間は一定数いて、そのせいでヴィランになっちまう人間もそれなりにいる。そういうやつへの対処はいずれまた授業でやるが……今回はその前準備も含んでいた、と思ってくれ」
なるほどなー、とやや能天気に言うのはカミナリだ。ジローはそんな彼を少し冷ややかな目で見ている。
「で、ですがいささか以上にやりすぎなのでは? 一歩間違えたら怪我どころではすみませんわ!」
だがヤオヨロズはまだ納得できないようで、珍しくイレイザーヘッドに言い募っていた。
「万が一には備えてある。やりすぎってことはない。プロのヒーローは常に危険と隣り合わせだからな。ぬるい授業が何の身になる?」
「それは……そうですけど……」
いまだに納得いかない様子のヤオヨロズに、イレイザーヘッドはじっと見据えて、ゆっくりと口を開いた。
「……怖かったか? 家族に何かあったらと」
「……はい、とても」
ヤオヨロズはこれに、神妙に答えた。
「身近な家族の大切さは、口で言ってもわからない。失くしそうになって初めて気づくことができるんだ。今回はそれを実感してほしかった」
イレイザーヘッドが生徒たちを順に見回す。
「いいか、人を救けるには力、技術、知識、そして判断力が不可欠だ。しかし判断力は、感情に左右される。お前たちが将来ヒーローになれたとして、自分の大切な家族が危険な目に遭っていても変に取り乱さず、救けることができるか。それを学ぶための授業だったんだよ。授業参観にかこつけた、な。わかったか八百万」
「はい……」
頷くヤオヨロズ。
イレイザーヘッドの説明は一理あるだろう。そしてこの問題に対して、「判断力を落とす機会を極力減らすためそもそも家族を持たない」という回答をしたのがジェダイだ。
まあジェダイの場合は判断力どうこう以前に、家族を持ったがゆえに感情を乱し結果として暗黒面に堕ちることを防ぐため、という意味もあるので、一概に同列視することはできないわけだが。
それでもまったく別の問題ではないだろうし、確かに意味のある授業であったろう。
「それともう一つ。……冷静なだけじゃヒーローは務まらない。救けようとする誰かは、ただの命じゃない。大切な家族が待っている誰かなんだ。それも肝に銘じておけ」
そうだな。それは本当に、忘れてはならないことだろう。これについては、ジェダイもヒーローも関係ない。
「で、講評だが」
が、ここで終わらないところがイレイザーヘッドという男だろう。続けられた彼の言葉に、多くのクラスメイトが「げっ」と言いたげに顔を歪めた。
「過去の連中と比べても、いい出来だ……いい出来なんだが」
言いよどむイレイザーヘッド。その様子に、喜びかけた生徒たちは再度緊張し始める。
「お前ら、何にも考えずに一斉に走り始めただろ。増栄がいなかったらどうするつもりだったんだ?」
そして、何人かは予想していたのだろう。うめきながらも甘んじて受け入れようという顔がちらほらと見えた。
「そもそも、俺からの指示が普通じゃないと警戒していたやつがどれだけいた? ガソリンの臭いがして、おかしいとは思わなかったのか? おまけに相手は一人だってのに、動揺しすぎだ。こいつの言動は確かにとんでもないが、そこはもう少しやりようはなかったのか」
出るわ出るわ、イレイザーヘッドの辛辣な評価の数々。相変わらず弟子に厳しいお方だ。
とはいえ、彼はそれからもしばらくダメ出しをしたが、ちゃんと褒めるべきところは褒めた。特に、役割に徹して乱れることのなかった面々は名指しであった。あとは、連携のスムーズなところなど。
そして最後に。
「まあそんなところだが……結果は合格だ。それは間違いない」
そう言った彼に、みなが頬を緩ませた。
いや待て、まだ終わっていないぞ。
「今日の反省点をまとめて、明日提出な」
ほら。彼はそういう男だ。
だが不満の声が上がる中、イイダがそれとは別の疑問を挙げた。
「あ、あの、感謝の手紙は……!? 朗読の話は、ドッキリをカモフラージュするための合理的虚偽だったのですか!?」
「手紙を書いたことで、普段より家族のことを考えただろう? 手紙を書いたときの気持ちは、今後も忘れるんじゃないぞ。それにオールマイトさんが言ったはずだ。これはコミュ力の練習でもある。ちゃんとあとで口で伝えておけよ」
「確かに……! ありがとうございました!」
食い下がったイイダが、あっさりと納得して頭を下げたところで……ルクセリアがうめき声をあげた。
全員の視線が集まる中、彼はむせながらも目を開ける。
「待て、まだ動くな、治り切っていないぞ」
彼に私は言うが、しかし彼は首を振って身体を起こした。
そのまま制止を聞かず担架から下りた彼は、その場でなんと土下座して見せたではないか。
「ヴィラン役を請け負ったとはいえ、皆さんには不快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません」
彼の態度は、敵として相対したときとはまったく違う真摯なものだった。
さらに彼は、誰かが口を開く前にこう付け加えた。
「許していただく必要はありません。そのつもりもありません。ただ、未来を担うあなた方に。そんなあなた方を生み育てた、親御さんに対するけじめはつけなければなりません。これはそのけじめなのです。それだけをわかっていただければ、私は何もいりません」
そして彼は言うだけ言うと、患部から噴き出る血を押さえながら自ら担架の上に戻った。そうして保健室まで運ばれていく。
なるほど、あれは確かに更生したようだと思わせるには十分だろう。ちゃんと警察官はできているようだ。
まあ周りはどちらかというと、直前までの態度との落差があまりにも大きすぎて、困惑しているようだが。
しかし……そんな彼が、なぜカサネと同じ武器を持っていたのだろうか。”個性”も似ていたことを考えると、無関係とは思えない。勘だが。しかしその勘こそ、フォースユーザーにとっては重要だったりする。
あとで訪ねてみるか……と、いうところで授業の終わりを告げるチャイムの音が聞こえてきた。
「それじゃ、今日はこのまま解散。保護者の皆様、ご協力ありがとうございました」
これに応じて、イレイザーヘッドがやはり端的に終了を宣言する。ただし、後半は丁寧にだ。
そしてこれで解散とは、ホームルームの類もなしか。というか、普段であればまだ下校には早い。だが、今日ばかりは保護者との時間を取らせようということかな。
そういうことなら……と私は武装解除した道具を引き寄せると母上の下へ向かう。
途中、ヒミコに声をかけた。
「どういう結果になっても、私は必ず君の味方だ。だから思う存分話し合ってくるといい。大丈夫、悪いようにはならないさ」
「うん……」
「家で待っているよ」
「……うん!」
人目につかないよう、彼女に軽く口づける。
まあ身長差の関係で、背伸びしてもなお彼女の顎にしか届かないのだが。人目も多いし時間もないので、こういう軽いものでひとまずはいいだろう。
そうして手を振って一時の別れを告げると、今度こそ母上の下へ向かう。
「お待たせしました、母上」
「いいのよ。立派になったわねぇ、コトちゃん。体育祭でもそうだったけど、娘が立派で誇らしいわ」
母上はそう言うと、嬉しそうに笑いながらそっと私の頭を撫でた。
ヒミコのものとは違う愛が込められたそれは、不思議と心地よいものだ。私は目を細め、されるがままになる。
「……ありがとうございます」
「あら、照れてるの? ふふ、最近のテレビ電話でも思ってたけど、なんだか雄英に行ってからよく笑うようになったわね」
「そうでしょうか? ……そうかもしれません」
まさか、と一瞬思ったが……確かにそんな気がしたので、素直に肯定することにした。何せ、高校に入るまでは意図的に交友関係を絞っていたからなぁ。
ヒミコと行動を共にしている影響はもちろんあるが、しかしそれとは別に、クラスメイトと会話する機会は間違いなく以前より多い。彼らは私がどうであろうと関係なく、至極普通に話しかけてきてくれるからな。
それに、それぞれが向上心を持ち、努力することを厭わない。そんな彼らを、私は気に入っている。彼らの影響も、きっとそれなり以上にあるはずだ。
しかし、さすがは生みの親というところか。些細な変化でもわかるものなのだなぁ。
「……それより母上、とりあえず移動しましょう。まずはコスチュームを脱がなければ」
「ああそうね。それじゃあ、校門前で待ってるわ」
「はい。ではまた」
こうして、授業参観は終わったのであった。
対面の相手にキスしようとするけど全然届かなくて顎にするに留まる、ってシチュがすごくすきです。