木椰区の一件の影響で、林間合宿は開催場所が急遽変更される運びとなった。併せて、行先は完全秘匿となる。
仕方ない話だとは思うが、それでも合宿自体は行うのだから、雄英のヒーロー科にとって合宿がいかに重要であるかがうかがい知れる。
まあ行先が不明という点については、この際どうでもいい。どこであろうと、結局やることは変わらないだろうからな。
そういうわけで、雄英も夏休みに入った。合宿が行われるのは、八月頭からの一週間。なので、十日ほど時間が空く。
その間にI・エキスポがあるので、準備をしつつ鍛錬や開発を行う日々となる。
……のだが、今日はA組女子一同で学校に来ていた。
「ちえー、せっかく水着買ったんだから着たかったなー」
「ねー」
「うんうん」
「ま、しょうがないよ」
「ケロ。学校だもの」
「だが意外だな。日光浴の名目で雄英のプールの使用許可が下りるとは」
「それは確かに思った!」
「申請した私が言うのもなんですが、驚きましたわ。ダメで元々でしたもの」
そう、私たちはプールに来たのだ。
終業式の日、私たちには不要不急の外出を控えるよう通達された。これも木椰区の一件の影響だ。
だが、せっかくの夏休み。遊泳の一つくらいはしたいと話が持ち上がり、ならば学校のプールはどうだということになったのである。
我々はヒーロー科なので、訓練名目でなければ許可は下りないと思っていたのだが……日光浴で通ってしまった。他の科も使えるらしいので、これについては分け隔てなく使わせてもらえるということなのかもしれない。
ただ場所が学校ということで、学校指定のスクール水着以外は許可されなかった。アシドたちが唇を尖らせるのも仕方がないだろう。
私としても、見慣れた水着とは違う水着のヒミコを見たかった。彼女も私の水着を期待していたはずだろうに。
その更衣室にて。
「…………」
なぜかジローが暗黒面の帳に包まれていたので、私は盛大に首を傾げたのだが、ヒミコから絶対に触れるなと釘を刺されて了承した。
あのヒミコが真顔で、ゆるゆると首を振る姿は事態の深刻さをうかがわせた。暗黒面初心者の私には荷が重いだろう。ここは彼女に任せることにする。
『かーわーいーいー!』
一方、手早く着替えを済ませた私は、アシドたちにかわいいと連呼されていた。それに参加していないヤオヨロズとツユちゃんも、目を細めてうんうんと頷いている。
「……確かに私は一般的にそう称されるであろう見目のようだが、格好は君たちと変わらないぞ。化粧をしたわけでもなし、普段と何が違うと言うんだ」
よくわからなかったのでそう言い返したのだが、普段から色々と元気な二人組がぶんぶんと首を横に振る。
なぜだ。彼女たちとの違いなど、ただ浮き輪を抱えているくらいのものだというのに。
「いや、そこがかわいいんでしょ」
「そんなバカな」
復帰してきたジローに指摘され、私は愕然とする。
「ただの救命道具じゃないか」
授業であれば持ち込まないが、今日は遊びに来たんだ。それに、監督役もいない。だがらこそ、万が一にと思って持ってきたんだぞ。
ヒミコが選んだものだから、確かにデザインは少々かわいいかもしれないが……。
「えー、あー、いやその、どっちかって言うと、自分より大きめの浮き輪を抱っこしてるようなスタイルは……子供らしさを強調するだけっていうか……」
「そんなバカな」
焼き直しのように繰り返した私に、クラスメイト一同が笑った。
別にバカにされている様子は一切ないのだが、なんとも釈然としない。
「あ、あっ、ごめん増栄ちゃんごめん!」
「そんなスネないで、ね?」
「ほら、飴ちゃんあげるから!」
「スネてなどいない」
でも飴はもらっておく。
「私は先に行く」
「あ、待ってよぉコトちゃぁん」
そして私は、珍しく私の味方をしないヒミコを置いてプールに向かった。
もちろんというべきか、彼女はすぐに追ってきたが。それでも、隣に並んだ彼女に私は半目を向けざるを得なかった。
「どうせ君も、私を子供っぽいと思っているんだろう」
「あは、こないだそんなこと言ったねぇ」
くすくすと笑うヒミコ。
「今のコトちゃんは、確かに子供っぽいかも」
「ふん。どうせこの見た目だ。何をしてもそう見えるだろうよ」
「んーん、そうじゃなくって。子供っぽいって思われたってムキになってるとこが」
「う」
それは、……確かに、そうかもしれない。
……なんだか最近、急速に思考力が落ちていないか私? 思考力というか、こう、その場の勢いで動くことが多いというか……。
こんなところにまで影響が……? だとしたら、恋愛とはなんと恐ろしいものなんだ……。
「……だが、ただ浮き輪を抱えているだけでそう思われたら、違うと否定したくなるだろう」
「んー、それは日本の文化っていうか……」
「文化」
なんだその文化!?
惑星ごとに様々な文化があることは承知しているが、救命道具を抱えているとかわいいと言われるような文化がこの国にはあるのか!? どうなっているんだこの国!
「……コトちゃん、今度一緒にふつーのアニメ見ようねぇ。硬派な大人向けのヤツじゃなくって、ゆるーくてまーったりしたやつ」
「……うん」
仕方ない。文化なら仕方があるまい。
それを知るためには、関わりの深いもので学ぶしかない。まだまだ私はこの星の人間にはなれないようだ。
「……おや?」
「あれ、障子くん? ……だけじゃないですね」
やってきたプールには、A組男子のほとんどが集まっていた。
「お前たちも来たのか」
「うむ。奇遇だな」
「ああ。……その浮き輪は?」
「授業ではないからな。念のため、というやつだ」
「そうか。確かに、増栄は底に足がつかないか」
「残念ながらそういうことだ」
そんな話をして、男子とは異なる場所へ移動する。
……ショージは何も言わなかった。言わなかったが、内心で私の姿にかわいいと思っていた気配はあった。
もちろんミネタやカミナリのような下心は一切なく、それこそ微笑ましいものを見たと言わんばかりの……まさに子供を見たような。
彼以外にも目を向け、挨拶を交わしてみるが……全員が似たような反応だった。
むう。どうやら本当に、これは文化らしい。なんということだ。なんて複雑怪奇な国なんだ……。
***
まあそんなこともあったが、その後は特に何かあったわけでもなく。
みなで泳いだりビーチバレーをしたりして、楽しく過ごした。ビーチではないし、プールの中でやったから、本当にただのレクリエーションであったが。
こういう遊びを今までしてこなかったからそういう意味で新鮮だったし、クラスメイトと遊ぶという経験も少ないので、なかなか楽しい時間だった。
……まあ、アシドの顔にアタックを決めてしまったことについては偶然ではあるが、最初の件の仕返しとでも思って勘弁してもらいたい。
「女性陣もよかったら飲んでくれ!」
休憩中、イイダからオレンジジュースの差し入れがあったのでありがたくいただきつつ。プールサイドに腰かけて談笑する。おいしい。
男子はどうやら水錬に来ていたようで、随分と一生懸命泳いでいた。見習いたいものである。まあ、ミネタとカミナリはそうではなかったようだが、これはいつものことだろう。
「……そういえば、I・エキスポまで一週間切ったねー」
「楽しみだねー!」
ねー、と笑い合うアシドとハガクレに頷きを返す。
新しい技術には、いつだって興味が湧くものだ。特にこの星特有の、”個性”が関わる技術は実に興味深い。
私の持つ銀河共和国の技術と組み合わせればできることはさらに増えるだろうし、そうでなくとも単純に技術者として楽しみである。
……まあ、足となる飛行機は今から気が重いのだが。
「二日目は理波ちゃんと被身子ちゃんは別行動なんよね?」
「うん。私は付き添いですけどねぇ」
「新作発表会や意見交換会にも出席するのでしたね。少々羨ましいですわ」
「壇上に呼ばれる可能性が高いから、そこは少々憂鬱だがね」
「お父さんのドロイドと翻訳機は画期的な発明だから、仕方ないわ」
まったくもってその通りだ。造ったことに後悔は一切ないが、こういうときは面倒だ。
「あとあれだよね。増栄の……なんだっけ、サポートアイテムの光る剣」
「ライトセーバーか」
「それそれ。他にもサポートアイテムでよさげなのいくつかあるし、そっちでも聞かれるんじゃない?」
「……ありそうだなぁ」
ライトセーバーは完全にこの星ではオーパーツだ。
だが正式に申請してあるものだから、当然存在を知っている人は知っている。その辺りのことで何か聞かれてもおかしくない。
「……ライトセーバーと言えば」
「? ヤオモモどうかした?」
「先日プールの許可申請を出しに行ったとき、渡我さんとご一緒したのですけど。そのときサポートアイテムの追加申請で、ライトセーバーを出しておられたなあと思い出しまして」
そんなこともあったな。終業式の前日にヒミコのライトセーバーが遂に完成したから、それで出しに行ったのだったか。
彼女のセーバーは、私たちがフォース・ダイアドだからかまったく同じ形、同じサイズになった。光刃の長さも、色もだ。
アナキンは『いくらダイアドでもそれはあり得ないはずだ』と言っていたが、なったのだから仕方がないだろう。
彼は『ダイアドが同じなのはあくまでフォースの質。一卵性双生児でもない、違う人生を歩んだ違う人間が造る以上、同じセーバーは造れないはず。変身して造っていた様子もなかった。どういうことだ?』と、考え込んでいたが。
とはいえ、この件については何か理由があるはずということはわかったものの、肝心のセーバー自体はとりあえず問題なさそうだった。ゆえにヒミコの武装として正式に採用したのである。
次の演習からは、ヒミコもライトセーバーを持って参加できる。楽しみだ。
だが、のんびりとそんなことを考えていた私をよそに、他の面々は驚いた顔で私たちを凝視した。
「えっ!? トガっちあれ手に入れたの!?」
「んーん、造りました」
「ウッソォ!?」
「造ったぁ!?」
「マジ!?」
「あれ普通に造れるん!?」
「普通には造れないですねぇ」
驚くみなに、ヒミコが説明する。
ライトセーバーは、フォースを用いないと造れない品だ。それは設計図がなく、フォースの導きに従って造るから、という意味だけではない。
というのも、フォースのテレキネシスを用いないとどうにもできない位置にパーツを取りつける必要があるのだ。目視が難しく、工具を入れることもできないような位置に、である。こういうところも、ライトセーバーがジェダイの武器と言われるゆえんだ。
「マジか……じゃあ超能力者じゃないと造れないってことか」
「構造も複雑そう……設計図さえあれば私の”個性”でと思いましたが、難しそうですわね」
「えー、でもほしいー!」
「私も私も! 私の”個性”となんか組み合わせられそうな気がするんだ!」
「私も気になっていたわ。水中で水の抵抗をほとんど受けない、取り回しのいいサポートアイテムは魅力的よ」
手を上げてぴょんぴょん跳ねるアシドとハガクレはともかく。
こういうときに冷静で理論的なツユちゃんは、なんというか強いな。ちゃんと順序立てて説明できる人間には、こちらも応えたくなるというか。
……だが、それは難しいのである。
「残念だが、ライトセーバーにはこの星に存在しない資源が使われている。それが手に入らない限りは造れない」
「それこそ嘘でしょォ!?」
「どういうことなの……」
さらに盛り上がってしまったが、まあ、気持ちはわかる。
「……六年ほど前だったか。我が家の近くに降ってきた隕石に含まれていたものが使われているんだよ」
「……それでどうやってライトセーバーに結びつきますの……? とてもゼロから造れるとは思えませんけれど……」
「あー……それは……あれだ。我々の師匠が、詳しくてな」
「……前々から気になってたんだけどさ、増栄ちゃんとトガっちの師匠ってどんな人?」
「二人の流派? ってのも気になるよね。そこんとこどうなん?」
「…………」
しまった、墓穴を掘ったか。
ううむ、アナキンのことを話してしまってもいいものだろうか。あまり下手なことは言いたくないのだが、どうしたものだろう。
とりあえずフォースで問いかけてみたが、既に死んでいる彼は『いいんじゃないか?』と気にした様子もない。呑気か。
うーん……。
「増栄さん?」
「ケロ。言いたくないのなら無理に言わなくても大丈夫よ?」
「あー……いや、言いたくないわけではないのだが。どこまで言っていいのか考えていたんだ」
まあ、いいか。言いたくないわけではない、というのは本当だ。彼女たちに隠しごとはしたくない。
それに彼女たちが言いふらすとは思えないし、他言無用と断っておけば大丈夫だろう。それくらい、私は彼女たちを認めているのだから。
「……誰にも言わないでほしいのだが」
そう考え、周りを気にしながら声を潜める。
これに応じるようにして、全員が私の顔のほうに耳を寄せた。
「我々の師は故人なんだ。幽霊なんだよ」
そしてそう言ったところ……全員が固まってしまった。
特にジローは顕著だ。何なら青ざめている。もしや、そういう類の話は苦手か?
「……そういう”個性”でしょうか?」
「あり得ない……とは言えんよね?」
「まあ、わりとなんでもありだしね”個性”」
「うんうん、あってもおかしくないと思う!」
いきなり幽霊と言われたら普通は疑うだろうが……そういう”個性”かという発想がすぐ出る辺り、この星の住人は少し変だと思う。
そりゃあ、私自身そういう”個性”があってもおかしくないと思われると判断したからこそ話したが。
もちろん、実際の仕組みはまったく違うわけだが。
と、ここでヒミコがにまんと笑って口元を隠した。そして、
「あ、来てますよぉ」
と言ってジローの後ろを指さした。
「ひぃっ!?」
すると彼女は、大袈裟なほどに驚いて飛び退いた。
そして慌ててそちらを凝視するが……まあ、彼女には見えないだろうな。アナキンはフォーススピリット。フォースセンシティブでなければ視認できない。
「……っ、もー! びっくりさせないでよ!」
「ごめんなさい、つい」
からかわれたことに気づいたジローがすねたようにヒミコに食って掛かるが、ヒミコはてへ、と舌を出して笑うばかりだ。
「いや、普通の人には見えないだけで、いるにはいるんだが」
「ひぃっ!?」
だが私が事実を述べると、ジローはすっかり怯えてヒミコの後ろに隠れてしまった。
そんな彼女を見て、アナキンは悪い笑みを浮かべた。
……君、そういうところあるよな。昔から結構やんちゃな子供だった。
アナキンが、プールの水に手をかざす。フォースが波打った。
すると、あまりにも精緻で美しいフォースの招きに応じるように、水が浮かび上がる。私とヒミコ以外の全員から、驚きの声が漏れた。
彼女たちが息を呑んでいるうちにも、水はこちらに近づいてくる。そしてプールサイドの乾燥した部分に静かに落ちた。
『初めまして、僕の名前はアナキン・スカイウォーカー。二人を今後ともよろしく』
そしてその水が、そんな文章を描いた。
まあ英語だったが、これくらいの英文は全員理解できる。
「……スカイウォーカーさんと仰るのですね。初めまして。私は……」
これにまず反応したのはヤオヨロズ。わりと疑うということを知らない子だが、今回はそれがいい具合に働いたようだ。
彼女を皮切りに、幽霊との懇親会のようなことになった。途中、男子から競争するから審判を頼むと言われ中断することになったが。
なお、ジローは最後まで頑なに隠れていた。
「響香ちゃん、苦手なのね」
「ちょっと意外かも」
「いい人っぽかったけどなぁ」
「ダメなものはダメなの!」
「まあ、そりゃそーだ」
「誰にでも苦手なものはありますわ」
プールからの帰り道は全員で盛大に励ましたし、なんなら我が家で盛大にもてなした。
なお恋愛にかまけて思考に乱れが生じているとかそんなことはなく、クラスメイトと打ち解けて緊張が解けた結果、素が出てきているだけです(無慈悲
挿絵については、四連休で時間に余裕があったので・・・。