七歳になった。そして私は小学校四年生へと飛び級した。
当然授業の難易度は上がったが、まだまだ手ぬるい。この辺りの内容は、もはや息をするようにできるようになっているのだから。
一方で、修行は順調とは言い難い。
まず、”個性”の伸びはあまりない。できることは増えているし、少しずつ許容範囲は増えているが……。
父上が言うには、”個性”も身体機能の一部であるため、鍛えれば鍛えるだけ伸びる代わりに劇的な変化はなかなか起こらないらしい。つまり、継続することに意味があるのだろう。
まあこれについては、増幅という汎用性の高さゆえに、いつでも鍛錬ができるから悲観する必要はないだろう。
だが問題は、ジェダイとしての修行だ。特にライトセーバーについてが難航している。これはやはり、実体のある木剣ではライトセーバーの代わりは難しかったと言わざるを得ない。
触りの部分を補うことはできても、少し踏み込んだことをやろうとすると本来のセーバーとの違いに戸惑うのだ。
特に重心の位置をはじめ、持っているときに感じる重さが致命的に違う。何せライトセーバーで重さが存在するのは柄だけ。おまけに光刃が放つアーク波には回転作用があり、実体剣を持つのとはまったく異なるバランス感覚が求められるのだ。このままでは妙な癖がついてしまいそうなので、こちらは今のところ一旦中止している状態だ。
そういうわけなので、やはりまずはライトセーバーを造ろうということになった。つまり、連動してギャザリングを早めることになる。
ギャザリングについては以前触れたが、この星で本来の内容ではできない。ということで、街に隠されたカイバークリスタルをフォースだけを使って見つける、という形で実施された。
まだ実年齢(と見た目)が幼すぎるせいで遠出はできないので、隠された範囲は嘘偽りなく町内に限定されている。また、ギャザリングができる機会も週に一度あるかないかだ。
しかし我が家が存在する街は決して大きくはない田舎町なので、簡単に見つかる……と思っていたのだが。
意外なことに、これが苦戦している。それも大苦戦だ。
私とて、一度はギャザリングを通過した身。フォースとの感応を通じてカイバークリスタルを感じることは、難しいことではない。
ではない、はずだったのだが……今のところ、私はアナキン……いや、マスターの課したギャザリングに成功できないでいる。
彼はこのギャザリングを地球向けに調整するうえで、カイバークリスタルの隠し場所を毎回変えている。これはつまり、一度探した場所でもまた探す必要があるということ。だからこそ、私は苦戦を強いられているわけだが……。
最大の問題は、カイバークリスタルの感知がほとんどできないことである。通常、フォースが使えるならば、そして一度ギャザリングを経験したのであれば、大まかにだがその位置取りはわかるはずなのだ。
なのにわからない。一体何が悪いというのだろうか……。
「……ん?」
そんなある日、いつものようにギャザリングのために街を歩いていた私は、とある神社(この国特有の宗教施設らしいが、この国は一体いくつ宗教が林立しているのだ?)の境内で一羽の鳩が死んでいるのを見つけて首を傾げた。
周囲に危険がないことを確認しながらも近づき、検分してみる。
鳩は、首の周辺を横一文字に切り裂かれていた。そこから相当量の出血があったようで、地面には派手に血飛沫が散っている。間違いなく、死因はこれによる失血死だろう。
だが、鳩自体はそこまで血で汚れていない。むしろきれいに羽繕いがされているくらいだ。一体この鳩に何が起きたのだろうか?
改めて周囲に目と意識を向けるが、不穏な気配はない。というより、人の気配が感じられない。
フォースの乱れもほとんど感じられないので、私の接近に気がついて慌ててここを離れた、というわけでもないだろう。それよりも前にここを後にしたのだと思われる。
……とはいえ、私の”個性”は過去視ではない。物体に触れてそれにまつわる情報を見る、センス・エコーというフォースの技があれば不可能ではないが、これを身に付けることのできるものは多くない。
もちろん、私にも不可能な芸当だ。これ以上はどうすることもできない。
とりあえず父上に連絡を入れ、父上伝いに警察に通報してもらうことにした。ただ鳩が病死しているとかであれば、保健所の出番だが……切創による失血死だ。何かよからぬことを企んでいるものがいる可能性を否定できない。
この通報を受け、私はやってきた警察官に事情聴取を受けることになったので、この日のギャザリングは中止となる。
その後は父上の手を借りて、鳩を弔った。父上が奉じる宗教は、動物の葬儀なども執り行うことがあるらしいので(ものすごく手広いなと思う)。
鳩はそのまま、我が家の敷地内……つまりは寺に隣接する墓地の片隅に埋葬された。発見者として、そこで祈りを捧げる。
「フォースと共にあらんことを」
***
さて、それからも私のギャザリングは遅々として進まなかった。
半年近くが経ち、そろそろ冬が見えてこようかというところまで来ても、進展はなかった。
そんなある日、アナキンがマスターとして声をかけてきた。
『さて、それじゃあ授業を始めようか』
「……? どういうことでしょうか、マスター?」
『君がどうしていつまで経ってもカイバークリスタルを発見できないのか。それについてと、対処方法について教えると言ってるんだ』
「……! よろしくお願いします!」
どうやら、見かねてヒントを出してくれるということのようだ。
私は少しだけ躊躇したが、しかし今のままではまったく前に進むことができない。この半年は主に”個性”伸ばしと趣味の機械いじりに時間を使ったが、やはりセーバーテクニックも早く磨きたい。
『オーケー。それじゃあ……まずは端的に、何が問題なのか。そこから言おう。コトハ、君がカイバークリスタルを見つけられない理由……それは、君がフォースのダークサイドを理解していないからだ』
「は……!? き、君、気は確かか!? いきなり何を言いだすんだ!?」
十分前置いて言われた回答に、私は理解ができず気色ばんだ。
だが、それくらいアナキンの言葉は衝撃的だった。さすがは元シス卿と言ったところかとは思うが、しかしジェダイとしての修行においてダークサイドに言及するとは!
『今は鍛錬の時間だぞ、コトハ』
「……マスター・スカイウォーカー、意図を教えていただきたい」
『勘違いするなよ、コトハ。僕はダークサイドを理解していないからだと言ったが、ダークサイドの力を使っていないからとは言っていないぞ』
「……?」
アナキン……マスターの意図がわからず、私は首を傾げる。
『理由を説明する前に……おさらいをしようか。コトハ、フォースを用いるために必要なものを述べてみてくれ』
「強い意思です。それから、しっかりとした精神集中」
『正解だ。なら、そのフォースの性質とは?』
「……使い手によってその性質を変える、でしょうか。ジェダイが光明面を、シスが暗黒面のフォースを扱うように」
『……まあ、そんなところだろうな』
なぜか肩をすくめて、やれやれと言わんばかりのマスター。
私は彼の意図がわからず、首を傾げる。
『コトハ、君の答えは間違っていないが、しかし満点でもない。いいか、よく覚えておくといい。
私の前で、マスターが緩やかに歩き始める。私の周りを巡るように、静かに。その姿は、間違いなく熟練のジェダイだ。
『そしてここからが重要なんだが……そうした質の異なるフォースの力が振るわれたとき。それが理解できない感情に根ざしている場合、フォースへの感覚が鈍化するんだ』
「それは……、ッ、なる、ほど!? だから……!?」
『そうさ。普段から怒りや憎しみを否定し、自らにはないものと断じて蓋をしているジェダイは、その手の感情に由来する暗黒面のフォースを見切れないんだよ。感じることは多少できるかもしれないが、詳細はわからないわけだ』
「な……」
そんな。それは。
そんな話は、聞いたことなど。
『さらにだ。ジェダイがフォースからの恩恵を得る際に特に用いるのが、周囲のフォースに働きかける、あるいは体内に取り込むという手法だが。周りのフォースが理解できない、扱えないフォースで満たされると、この恩恵も受けられなくなる。つまり、ごくごく直近の予知すら難しくなる。未来予知など望むべくもない。あのとき、一連の凋落と崩壊をジェダイの誰も予見できなかったのはその辺りも大きい』
「…………」
『暗黒面の力とは言うが、その根幹となる怒り、悲しみ、憎しみ、妬み、恨み、欲……などなど。それらはすべて、人間が持っていて当たり前の感情だ。人間という生き物の本能と言ってもいい。ジェダイはそれを否定して、ないものとして、見ようとしなかった。その状態ではフォースの一端しかわからないというのに。
だから、真の意味でフォースと繋がっていたら、あんなことにはならなかったかもしれない。きちんと付き合い方を学んでいれば、どんなときでも相応のことができるんだから。そう……あるいはあのとき、それができていたらクローン戦争は起きなかったかもしれない』
「そ、それほどまでに……」
にわかに大きくなった話に、私はごくりと唾を嚥下する。
……かつての全盛期、ジェダイは未来を予見し、ゆえに多くの問題を治めてきた。それは間違いない。様々な文献がそれを証明しているし、私も幼少期のほうがうまく、深くできた。何より数世紀を生きた伝説、グランドマスター・ヨーダという生き証人もいた。
しかし、そんな彼ですらナブーの戦いに端を発した共和国、ジェダイの滅亡は予見できなかったという。当時はその理由を、暗黒面の
『まあ、ジェダイが滅んだ理由はそれだけじゃないんだが……今はそれは置いておくとして、だ。もう薄々わかっているだろう? 君がいつまで経ってもカイバークリスタルを見つけられない理由は』
と、話が元に戻ってきた。
昔のことから一旦思考を今に戻し、私は居住まいを正す。
「はい、マスター。マスターはカイバークリスタルを、フォースの光明面だけでは感知できない場所に隠しているのですね? 具体的には、人の負の感情が多く存在する場所……と言ったところでしょうか?」
『その通り、満点の回答だ』
ふふんと鼻を鳴らして頷くマスターに、私も小さく頷きながらも考える。
つまり、カイバークリスタルは今まで私が捜索を後回しにしていた地域にあるということだろう。ここは地方の田舎町だが、しかしそういう後ろ暗い場所というものはゼロではない。
優先度を下げていた主な理由は、そういう場所が今の私一人で近づくには危険度が高いからという判断もあったが……同時に、フォースによる探知がうまくいかないこともあったことは事実。
とはいえ、現状で無策にそういう場所に突っ込むなど、愚かでしかないだろう。
となれば、ジェダイの教えに反することはしたくないが、よくよく考えれば負の感情渦巻く場所でフォースの力を十全に使えないとなると、この治安の悪い星ではいざというとき致命的になりかねない。
であれば……やはり忌避感をぬぐうことはできないが、私は覚悟せねばならないだろう。
「……マスター、そういう場所でもフォースとの感応を鈍らせないためには、どうすればよろしいのでしょうか?」
『ん、本題だな。つまるところ、今回の問題はジェダイの教えに原因がある。とはいえ、そういう負の感情が身の破滅を招く要因になりやすいことも事実。まったく見向きもしないようではジェダイの二の舞だが、身を委ねすぎると今度はシスの轍を踏むことになる』
「……ではどうしろと?」
『コトハ、君のお父上が奉じる宗教に、こんな言葉があるらしいな。「中道」……すなわち、右でも左でもなく、闇でも光でもなく、真ん中の道を行くと。要はそういうことさ。大事なのはバランスだ』
まさかここに来て、父上の宗教が出てくるとは思わなかった。
文明の度合いとしては、圧倒的に共和国の風下に置かれているこの星だが……どうやら宗教など内面の点では、負けず劣らず成熟した部分があるようだ。どうも私は、無意識のうちのこの星を見下していたのかもしれないな……。
『……生真面目な君のことだから、今何を考えているのかは大体わかるが……それについては後にしてくれ。まずは、負の感情についての理解を深めることが先だ』
「は、はい……しかしマスター? 理解すると言っても、そのようなものを都合よく見る機会など……」
『うん、その通りだな。というわけで、これの出番だ』
「……?」
マスターがフォースによってどこからともなく転移させてきた(もはや神域レベルのフォーステクニックを、日常の小技みたいに使わないでほしい!)のは、私が趣味に使っている情報端末であった。それをここで持ち出してきた意味がわからず、私は首を傾げる。
『この端末に、いくつかのマンガや小説をインストールしておいた。いずれも人間の後ろ暗い闇がテーマの作品たちだ。君にはこれを読破して、レポートを提出してもらう』
「ま、マンガに小説? それはただの娯楽では……」
『甘い! ただの娯楽だと思っていると、号泣させられる羽目になるぞ! この星は……というか、この国はその手の分野については、恐らく共和国を凌駕しかねないレベルで発達しているからな!』
「そ、そんなにですか……」
というかマスター……というより、アナキン? まさか君、人の端末に勝手にデータを入れて、それを堪能していたのか?
いや、それは単に作品を見繕っていただけだろうし、彼が間違いないと太鼓判を押す作品なら大丈夫なのだろうが……なんだか妙に釈然としないのは私だけか?
第一、その手のものが無料で手に入るとは思えない。彼がデータを入れる際にかかったであろう購入費用などは、一体どこから……?
『細かいことは気にしないほうがいい』
きりりとした真顔で言ったアナキンだったが、つまり何かしら手段を選ばなかったということじゃないか!?
これだからマスター・クワイ=ガン門下は!
なお、アナキンが勧めた作品はウ○ジマくんとかカ○ジとか、そういうタイプのやつが多かった模様。