ミドリヤの近くに、年頃の女性の影。この情報を聞いて、一番驚き一番心を揺らしたのはウララカである。以前感じたそれに近い心の揺れ方であり、それを間近で目撃した私は思わずヒミコと意見を交換してしまったのだが、それはともかく。
ウララカに次いで反応が大きかったのは、アシドだ。まあ彼女の場合は単純に好奇心が刺激されただけのようで、「もしかして緑谷にラブの気配が!?」と楽し気に推測を明後日の方向へ膨らませていたが。
それに比例する形でウララカの心がますます揺れていたのだが、それは指摘しないほうがいいのだろうな。
彼女については、ここまで間近で心の動きを見せられたらさすがの私にもわかる。
「つまり、そういうことなのだろうなぁ」
「そういうことなのですねぇ」
なので、うんうんと二人で頷き合う私たちである。
状況が状況だけにアシドの言葉への相槌と受け止められたようだが、ハガクレやジロー、それにヤオヨロズまでもがまさかと言いつつどこか楽しそうだった。ツユちゃんは相変わらず冷静だが、それでも気にはなっているようである。
それとイイダとトドロキは「どういうことだ?」と首を傾げている。私より察しが悪いとは、少し心配になる二人だ。
「よーし、ちょっと様子見てみようよ! ちょっとだけ! ねっ?」
そんな中で提案したのは、やはりアシドである。彼女はどうやら、他人の恋愛事情に人並み以上の関心があるらしい。
……私とヒミコの関係については、彼女の前では下手に言わないほうがよさそうだな。なんだか面倒ごとになる予感がする。
まあそれはともかく、彼女の提案自体は大きな問題があるわけでもないので、無言を貫くことで消極的に同意しておく。
生真面目が過ぎるイイダなどは隠れる必要性を理解できていないようだったが、根が素直すぎるせいもあって、アシドに丸め込まれていた。
ということで、ヒミコが軽くフォースを飛ばしつつミドリヤの場所を特定。なるべく気づかれないように位置取りと移動を気を付けて、そちらに向かうこと数分。
「……ヤバい。めちゃくちゃ綺麗な人じゃん」
「少なくとも日本の方ではなさそうですわね……」
「緑谷くんどこで知り合ったんだろーね? 親戚って感じでもないし……」
「むぅー……」
見つけたミドリヤの隣には、彼より長身で、金髪の女性がいた。見たところ、コーカソイド系か。眼鏡の奥から垣間見える瞳は、ヤオヨロズに勝るとも劣らない知性が垣間見える。
そんな彼女を、複雑そうな目で見つめるのはウララカである。彼女の心境に非常に心当たりがある私は、その背中に軽く触れながら首を振った。
「少し
「ホントっ?」
途端にウララカが嬉しそうにこちらに身体を向ける。
「ああ。ミドリヤからは尊敬の念が感じられるし、女性からもそれなりに親しみを感じるが、いずれもそれらに恋愛の色はまったく見えない」
続けてそう言ったところ、それに最速で反応したのはやはりアシドだ。
「えー、ホントにぃー?」
「本当だ」
「ちぇー、残念。もしかしたらもしかして、って思ってたのになー」
「芦戸くん、あまり人のプライベートを深堀りするのはいかがなものかと思うぞ!」
「えー、でも気にならないー? そりゃさー、私らヒーロー科だけどさー、やっぱコイバナとかしたいじゃん!」
そんな話がアシドを中心に巻き起こる。
彼女たちを尻目に、ウララカがすっきりした顔でミドリヤに背後から近づいていく。なるべく音を立てないよう、忍んでだ。
案の定、突然後ろから話しかけられる形になったミドリヤは慌てた様子で振り返り、そこで見つけた知己に大層驚いていた。
そこにヤオヨロズとジローが話しかけ、これでミドリヤと女性は私たちに気づいた。私もそちらに手を上げて振って見せ、ヒミコはぴょんぴょんと跳ねながら存在をアピールしていた。
「……コイバナってなんだ? 前後の文脈からして花じゃないみてぇだが」
「轟ちゃん……それを説明するのは、ちょっと難しいわ」
そしてトドロキは、ツユちゃんを少々困らせていた。彼女もまさかそこまでとは思っていなかったようだが、下手なことを言うと間違って覚えてしまいそうでそこに困っている様子である。
私もうっすらとしかわからないので、口をはさむ権利はないと思うが……とりあえず、ここは助け船を出しておこう。
「とりあえず、ミドリヤのところへ行こう」
ということで少し紆余曲折もあったが、私たちはミドリヤと合流したのである。
***
合流後、私たちはカフェテリアで休憩することとなったのだが……そこで紹介された女性に、私たちは大層驚くことになる。
「シールド……って、まさか!?」
「デヴィット・シールド博士の?」
「ええ、娘よ」
そう、メリッサと名乗った彼女は、かのシールド博士の娘であったのだ。
一体どのような形でミドリヤが彼女と知り合い、しかも案内まで買って出るほどの関係になったのか、気になるところである。
しかし何はともあれ、彼女には一つ確認をしておかねばなるまい。
「ということは、明日の発表会や交換会には?」
「ええ、もちろん出るわ。と言っても私はまだ学生だから、そんなに出番はないけど」
「やはり。そのときはぜひよろしくお願いします。……ああ、自己紹介がまだでした。私はマスエ・コトハ。明日は父上の代理で出席する予定になっています」
「ええ、知っているわ! 私も雄英の体育祭は見てるもの! 今年の一年ステージの優勝者で、あのマスエ・シゲオ博士の娘! お会いできて光栄だわ!」
ああ、やはりあの体育祭の影響は大きいのだな……。あのときは納得して本気を出したので、後悔はしていないが……それはそれとして、やはり全国放送には忌避感を抱いてしまうな。
「それに何より、マイトおじさまを超える宣言! すごかったわ、アカデミーでもしばらくはもちきりだったもの!」
「……あれはそういうつもりで言ったのではないのですがね……」
ほら。マスメディアはすぐに発言者の意図を歪曲する。
「はー、やっぱ体育祭で優勝すると目立つんだなぁ」
「世界規模で放映されていますものねぇ」
「くぅー、また悔しくなってきたよー!」
一方で、クラスメイトたちはどこかのんびりしつつも、軽く悔しそうにしている。この辺りはやはり若いなと思う。
しかし……マイトおじさま、か。ということは、ミドリヤとシールド女史を繋いだのはオールマイトなのだろうな。
オールマイトのコスチュームの作成者は、確かデヴィット・シールド博士だったはずだ。その繋がりか。
もしかすると、ミドリヤはオールマイトの同伴者としてここに来ているのかもしれない。
「でもそれより! 私としてはやっぱり、博士の発明品のほうが気になるのよねー!」
おっと。
ミドリヤとオールマイトのことはともかく、どうやらシールド女史は根っからの技術者らしい。私の風評を聞いて、こちらに話を繋げる人間は今のところほぼ皆無だったのだが。
彼女は目に見えて機嫌を良くして身を乗り出すと、両手で私の手を取ったのだ。
「ドロイドのことはずっと詳しく聞きたいと思っていたの! 明日はむしろこちらからお願いしたいくらい!」
「私も、あなたの物質超圧縮技術について興味深く見ておりました」
「うふふ、ありがとう! そういうことなら、技術交流と行きましょう?」
「今回は私も
私に応じて大きく頷いたシールド女史の目は、輝いていた。どこの星でも、技術者という生き物はある意味わかりやすいな。未知の技術には興味津々と言ったところか。
まあ、これについては私もあまり人のことは言えない。何せ、彼女が関わる圧縮技術はずっと気になっていたからな。
……と言うところで、私はヒミコに身体ごとさらわれて膝の上に乗せられた。
どうしたと思って顔を見上げれば、彼女の内心からは「私のコトちゃんに軽々しく触らないで」という気持ちが見えたので、とんでもないことを口走りやしないかとはらはらしていたが……。
「……そういう話は、人のいないところでしたほうがいいと思うのです」
思っていたより冷静な正論を述べたので、私は「おや」と思うと共に安堵した。
シールド女史もこれには大いに頷いて、「それもそうね」と大人しく引き下がってくれた。
……まあ、私はそのままヒミコに抱きかかえられた状態を維持されたのだが。
そこからは取り止めのない話である。話題の中心は、互いの通う学校のこと。そしてその差異についてだ。
やはりヒーロー科と、技術系のアカデミーではだいぶ違うようだ。国が違うという点も大きい。所属者の国籍がバラバラ、というところも違いを生んでいるだろう。
それでも、学校だからこそ共通することはあるもので。そうした話を聞いたり話したりするのは、前世ではなかったことなので新鮮である。こういうところを見ていると、学校という組織はジェダイのような閉じた専門の養成機関とはまた違った意義があるのだなと思う。
ああ、そうそう。あれこれと話し込んでいる私たちは、ずっとカフェテリアにいたのだが。
ここの店員として、カミナリとミネタが出てきて全員で驚いた。
聞けばエキスポ序盤のみの短期間でアルバイトを募集していたようで、それによるそうだ。休憩時間にエキスポを見て回れるし、それなりに給料もいいとのこと。
まあ、最大の理由が女性との出会いを求めて、という辺りは二人らしいなと思う。ズードリームランドのときとまったく変わっていない。
その流れでシールド女史に目をつけ、いつの間に出会ったのだと男性陣につっかかるのも、いつもの彼らだろう。
「何を油を売っているんだ! アルバイトのために来ているのなら、労働に励みまえ!」
とイイダに怒られるまで、完全にいつも通りである。思わず全員で声を上げて笑った。
「ふふふ、みんな仲がいいのね」
そんな私たちを眺めて、シールド女史も楽しそうにそう言った。
「みんな友達だからね!」
「うん。それに仲間だもん!」
「ライバルでもあるけれどね」
彼女に応じるのは我がクラスの元気印、アシドとハガクレだ。そんな二人に続けて、ツユちゃんが腰を折るように……しかしとても嬉しそうに言ったので、みなそれぞれの笑みを浮かべて頷く。
トドロキも頷いていたので、これはこの場の総意なのだろう。
もちろん、私も。ここにバクゴーがいたら、きっと否定するのだろうがな。
ただ、私は他とは少し異なる感覚がある。なにせ私には、前世の記憶があるもので。
けれどもクラスメイトはジェダイではないが、全員私にとって友人で、仲間だという想いに偽りはない。そこには前世、ジェダイの同胞に抱いていたものとは明確に異なる感情がある。
しかし、今の私はそれでいいと思っている。恐らくどちらが優れているというものではなく、それぞれに短所と長所があるというだけのことだと思うから。
つい最近まで恋愛のれの字もさっぱりわからなかったくせに、お茶子ちゃんの心の動きに訳知り顔でうんうんするから君は幼女扱いされるのだ。
わかっているのかね増栄くん。そういうところだぞ。