カミナリとミネタには悪いが、長めの休憩を終えた私たちは二人を置いてカフェテリアを後にした。
二人は恨めしそうに声を上げこちらに手を伸ばしていたが、短期間とはいえ労働契約を結んでいるのだ。私たちに彼らをどうこうすることはできないし、してはいけない。
ということで、改めて博覧会を見て回る。
その案内をシールド女史が買って出てくれたので、とても助かった。
特に、土産となる品々を見繕う際は彼女の知識が役に立った。あのシールド博士の娘なだけはあって審美眼は確かであったし、おすすめのブースも外れは一切なく、つい色々と買いすぎてしまった。家族全員、喜んでくれるといいのだが。
あれやこれやと買い込みながらそんなことを考えている私は、本当にジェダイ失格だなと思うが……これについては、もう気にしないことにした。開き直った、とも言う。
なぜって、私はもう戻れないのだ。前世に、という意味でもそうだが、何より家族や恋人の暖かさを知らなかった頃には、戻れないのである。
ならばせめて今を、新しい人生での出会いを、大事にしたい。この世に永遠はなく、いずれ別れは来るが……それでもその日が来るまで、私は彼ら彼女らとの縁を大事にしたいと思う。
それに、マスター・クワイ=ガンも今を大事にせよという考えを提唱されていた。これはきっと、そういうことなのだと思う。
『君のしたいようにすればいい。それを新しいジェダイのスタンダードにすればいいのさ』
とは、品を抱えてレジに並んでいた私の隣に現れたアナキンのセリフだが。
以前にヒミコにも言われた通り、かつてのジェダイとまったく同じ形にする必要はないのだろう。
私は私なりに、この星に合ったジェダイの姿を探っていこうと思う。そういう意味では、高校の三年間はちょうどいいモラトリアムだなと思う次第だ。
と、そう言った話はさておき。
「じ……十四秒! レコードが出ました! 今までの記録に大差をつけてトップに躍り出ました!」
そびえ立った氷の壁と、その中に飲み込まれたドロイドの仮想敵たちを見ながら、観客が感嘆の声を上げる。
その壁の始点には、見慣れたクラスメイト――トドロキの姿が。
「すごいや、さすが轟くんだ!」
ミドリヤの歓声を皮切りに、彼への賞賛が周りから飛ぶ。
私たちは今、参加型アトラクションの一つである、ヴィランアタックなるものに顔を出している。ヴィランを模したドロイド……いやロボット複数体を相手に戦い、全滅させるまでにかかる時間を競うアトラクションらしい。
ロボットには”個性”由来の装備がそれぞれ与えられており、それをいかに退けるかが見どころ……らしいのだが。トドロキ相手では、文字通り相手が悪いと言うしかないだろう。彼の”個性”は、こういう一対多の状況では無類の強さを誇るのだから。
さすがに一線を走るプロヒーローが来たら、この記録も破られるかもしれないが……そもそも”個性”にも得意不得意があるからして。トドロキの記録は、なかなか破られるものではないだろう。
だが、だからといって引き下がるものなどいないのが我がクラスの面々である。全員が全員、順番待ちのエリアで負けてなるものかと気合いを入れている姿が見える。
そしてトドロキに続いて、彼ら彼女らが順々に挑戦を開始した。
全員がトドロキ以前のレコードを更新する好タイムを出す辺りは、さすが学生とはいえ雄英でヒーローを目指す者たちか。
ものを創造するタイムラグがあるヤオヨロズ、触れなければ”個性”を発揮できないウララカ、そもそも”個性”がまったく戦闘に向いていないハガクレは中でも低い数値に落ち着いた。
アシドも、酸を用いて滑走することで移動速度を上げられるが、フィールドは険しい山を模していたためか思った以上に速度を出せず、A組の中では低めの決着となる。
それでも全員が全員、一般人の出したレコードなど何するものぞと言わんばかりの好成績なのだから、大したものだ。
中でも、遠距離攻撃と索敵の手段を併せ持つジローは水を得た魚のようであった。開始数秒で索敵を完了すると、音響兵器とも言うべきサポートアイテムを使ってあっという間にクリアしてしまった。
異形型ゆえにシンプルに身体能力が高く、中距離攻撃手段も持つツユちゃんもクリアが早く、記録は二人共に十七秒。
しかし、目を引いたのはやはり身体能力……特に移動速度に優れる二人だ。エンジンによって凄まじい速度を発揮でき、しっかりとした戦闘技術も持つイイダが遠距離攻撃手段がないにもかかわらず、十六秒。
そして何より、ミドリヤである。恐らくはオールマイトと非常に関係が深いであろう”個性”の彼は、その高い身体補正効果をいかんなく発揮し、
期末試験のときもそうだったが、彼は私のアタロの挙動を組み込んだアクロバティックな動きを、一部とはいえかなりの速度で行えるようになっている。精度自体はまだまだかなり荒いが、それでもロボット相手には十分だ。
職場体験以降はそこに蹴りも組み込むようになっているので、戦闘中の選択肢も多い。そしてその選択肢を、容易に誤らない頭の良さも彼は持っている。この記録は妥当なところだろう。
入学以前の彼しか知らない人間には、信じられないだろうが。それは彼が血のにじむような努力を欠かさず続けてきたからこそだ。正しい努力を続けた人間が伸びるのは、当たり前である。
「みんなすごいわね。さすがヒーローの卵」
そんなみなを見つめながら、観客席の最前列で私の隣に立つシールド女史が思わずと言った様子でこぼした。
私は彼女に大きく頷きながら同意する。
「ええ。自慢のクラスメイトたちですよ」
「コトハさんも出ればよかったのに」
「力は不必要に誇示するものではないと私は考えていますので……」
「そうだったわね」
ふふ、と暖かい顔で笑うシールド女史である。
以前にも言ったが、私は目立つために鍛えているわけではない。この力はこの星の自由と正義のためのものであり、娯楽として消費されることやひけらかすことは本意ではないのだ。
体育祭のときは、全力を振り絞るクラスメイトたちへの礼儀として私も全力を出したが、あれは正々堂々行う試合だったからだ。それによるメリットも、一応あった。
だが今回のヴィランアタックは、完全に娯楽でしかない。仮想敵の撃破時間を競う、という趣旨も私の……というより、ジェダイの主義に反する。
いざとなれば相手を倒すことに躊躇はしないが、それでも敵を問答無用でただ破壊するだけ、しかもその早さを競う、という形式は好ましくないのだ。メリットもない。私が参加を見送ったのは必然であった。
「私のことより……先ほどミドリヤの動きを見て、何やら考え込んでいたようですが。何かありましたか?」
「ん? ああ……まるでマイトおじさまみたいだなって思って」
私の問いに、少しはにかんで答えたシールド女史からは、オールマイトへの深い愛情と尊敬を感じさせる。
親戚のおじさん、くらいの感覚だが……あのオールマイトにその形の愛を向けられる人間はなかなかいないだろう。それはやはり、オールマイトと多少なりとも関係があるからなのだろうな。
そしてそういう人間から見ても、やはりミドリヤの”個性”はオールマイトのそれに似ていると思うものらしい。シールド女史がそちら方面に詳しい人間だから、ということを差し引いても、疑問に思う人間は一定数いるはずだ。ツユちゃんも思っていたようだしな。
ただ、ヒントと思われる心の動きを見せたときのミドリヤは秘密を知られたくないように考えているようだから、私は深掘りしようとは考えていないが……仮にそうだとするなら、師弟揃って隠せているつもりなのだろうかとも思ってしまうときはある。
「でも……なんだか無理してるように見えたの。なんていうか、意図的に”個性”をセーブしているような……って」
……本当に、シールド女史はよく見ているな。優秀な方だ。
「よくお分かりですね。彼が本気で”個性”を使えば、体育祭のときのように拳の一振りだけで周囲を更地にできます」
「……でも、それをやると身体を壊してしまう、のよね? あのときの彼の腕、すごく痛々しくて見ていられなかったわ……」
「そういうことですね。聞いた話では、今の彼は5%ほどしか”個性”を使いこなせていないそうです。……ああいや、期末試験のとき6%の安定使用に成功したと言っていたかな?」
「なるほどね。うーん……ということは……」
私の説明を聞いたシールド女史はぶつぶつとつぶやきながら、考え込んでしまった。どことなくミドリヤを彷彿とさせる姿だ。
この状態になったら、下手に声をかけても届かないだろう。落ち着くまでは彼女の好きにさせるとしよう。
と、言ったところでスタート地点にヒミコがついた。彼女は楽しそうだし、ということでヴィランアタックに参加しているのだ。
ちらり、とこちらに顔が向けられる。
「ヒミコ! がんばれ!」
なので、声援を送る。テレパシーだけでも十分だが、私が声に出して応援したかったから。
これに応じて、ヒミコがにんまりと笑う。そして大きく頷き、ローブのフードを外した。彼女のかわいい顔が露わになる。
「ヴィランアタック、レディゴー!」
開始が告げられると同時に、ヒミコの姿が変わる。瞬きほどのわずかな間に、私の姿へ。
またこれと同時に、彼女の身体が空へと舞い上がる。私の空中機動を用いてぐんぐん高度を上げる彼女は、それと同時に相手の位置を把握しているだろう。
生物ではない存在に、フォースの感知は有効ではない。だがほとんどの相手がプログラムに従って攻撃を始めており、それによる己の危険は感知できる。
何より、空からであれば敵の位置はほとんどが見えるだろう。今までの傾向からして隠れているものもいないようだから、すべてを把握できてしまえばあとは……。
「行っきまーす!」
そんな声が聞こえた。同時に、両手が下に向けられる。
するとその瞬間だ。仮想敵のロボットたちが、一斉に爆発して吹き飛んだではないか。観客がどよめく。
ううむ、あれだけの広範囲にフォースを広げて、増幅で空気を破裂させるとは。ヒミコも腕を上げているな。ダークサイドのフォースで威力を上げることを前提とした技なので、私にはこれほどの応用は恐らく不可能だ。
それを私の姿でしている点については少々思うところもあるが、まあヒミコのやることなので気にはすまい。
だが、それでも攻撃の端のほうにいたロボットは破壊しきれなかったようだ。ほとんどろくに動けない状態ではあるが、動いている。
ヒミコはこれに対して、相手をフォースプルで引き寄せながらライトセーバーを投げることで対処した。ライトセーバーを神聖視するジェダイは絶対にしない方法だが……確かに、とっさの遠距離攻撃としては多少は有用かもしれない。周囲のものにとって危険なので、どのみち私はやらないが。他に遠距離攻撃手段はあるしな。
まあ、私たちのライトセーバーは安全のため、起動スイッチから手を離して少しすると自動的に刃が収まるようになっている。仮にあのセーバーの先に誰かがいたとしても、被害が出ることはないだろう。
と、いうところで空中に引き上げられ身動きが取れないロボットの身体を、橙色の光刃が回転しながら襲い掛かり両断する。……しっかり出力の増幅をしていたようだ。
これで仮想敵は全滅。ヒミコが着地し、変身を解いたところで司会が目を丸くしながら終了を告げた。
「じゅ……十四秒! レコードタイが出ました!」
歓声がどっと場を満たす。それと同時に、ヒミコはフォースプルでライトセーバーを手元に引き寄せ、そのままどうだと言わんばかりに掲げて見せた。
うむ、さすがヒミコだ。私も鼻が高い。思わず拍手をした。
「……ふふ、やっぱりあなたも出たかったんじゃない?」
「? いえ、まったく」
「そう? 随分楽しそうにしてるから、てっきり」
「それは……」
う、た、確かにヒミコの活躍する姿を見て、うっかり盛り上がってしまった。
というか終わって考えてみると、私に変身したヒミコが活躍すると、それはそのまま私の力の一端を開示するも同然では? ヒミコが活躍するところしか見ていなかった。
くそ、またしても考えなしなことを。なんとかならないものか。
……なんともならないから、ジェダイは恋愛を禁じたことはわかっているのだが。それでも、やはり私は……。
「……彼女とは、一番付き合いが長いので。中学も同じですし、どうしても他のクラスメイトより贔屓してしまうのです」
「同じ中学校から二人も雄英に? すごいわね」
「ミドリヤもそうですよ。もう一人は今この場にはいませんが……」
とりあえずなんとか取り繕った私に、シールド女史は深く追求しなかった。
そのことに安堵するのもいかがなものかと思いつつも、ついついほっと息をついてしまう。
……だが、その瞬間だった。
「……!」
強い暗黒面の気配を感じて、私は思わず振り返った。もちろんそこには誰もおらず、何かがあるわけでもないので、隣のシールド女史は首を傾げたが……。
間違いない。今、確かに闇の気配がした。場所は……方向的に、セントラルタワーのほうか? あるいはそのさらに向こうか……。
……このI・アイランドは、強固なセキュリティを持っている。ゆえに、犯罪者が紛れ込んだとしても問題ないと思うが……しかし、何事も絶対というものはない。
などと考えているうちに、クラスメイトたちが戻ってきたのでひとまず全員の健闘を称える。
その流れでヒミコに駆け寄り確認を取る。
「ヒミコ、先ほどの気配は感じたか?」
「うん、はっきり」
「……これはまた、きな臭くなってきたな」
私の問いに、ヒミコはその答え同様にはっきりと頷いた。
私以上に暗黒面に知悉している彼女が感じたのなら、もう間違いないだろう。この島で、何かが起ころうとしている。
問題はこのことをみなに知らせるべきか否かだが……とりあえず、まだクラスメイトには言わないほうがいいか。どれほど実力があろうと、我々は結局のところ無資格の学生だからな。
となると、島に来ているヒーローを誰か捕まえて説明を……いや、私の力について知らない人間に言っても信じてもらえないか。
フォースについて多少なりとも知っているヒーロー……ああ、そうだ。一人、ちょうどいい人間が来ているじゃないか。
私は見ていないが、少なくとも一人。
そしてその一人に連絡をつけられる人間……その可能性があって、説明も説得する時間を必要としない人間は――
「――ミドリヤ」
「うん? どうかしたの増栄さん?」
「オールマイト、来ているのだろう?」
「ぅえっ!? い、いやその、えーと……」
「隠さなくてもいい、読むまでもなく君の気配からわかっている。すまないが、彼に繋げてもらえないか。今すぐ伝えておかねばならないことがある」
「それって……」
オールマイトのことを言い当てられたミドリヤは、一瞬取り乱した。
だが、私が二の句を継ぐや否や、表情を険しく変えた。私の言いたいことを余すことなく理解した彼は、そのまま顔を引き締めると、一つ大きく頷くのだった。
主人公、ようやく色々と吹っ切れるの巻。
そして吹っ切れた結果が後半のあれそれな模様。
トガちゃんを見てうっかり盛り上がったとか言ってますけど、こいつクラスメイトの活躍を見たときも似たようなことしてますからね。
キラキラお目目を隠すことなく、柵から両手を差し込んで、シンバルを連打する猿のおもちゃみたいに拍手するくらいには盛り上がったのは、さすがにトガちゃんのときだけですけど。