と、そのときである。
『進捗はどうだ?』
ここにいた男から外した通信機から、男の声が発された。
モニターを見るに、鉄仮面の男が発信者らしい。人に指示することに慣れている口ぶりであり、やはり彼がヴィラン側でも中心的な人物のようだな。
これを受けて、ミドリヤたちは一斉に口をつぐんだ。アシドなどは手で口をふさいでいる。
一方ヒミコはフォースによって、声が飛んでくることを察知していた。そのため少し前から”個性”を発動しており、さすがに私にするときのように一瞬とはいかないが、ほとんど声とのタイムラグなしに変身することに成功する。
……慣れていない相手への変身に数秒かかることを考えると、ヒミコの”個性”は不特定多数への変身よりも、これと決めた特定の人物への変身に用いたほうが色々な意味で都合がいいように感じるな。ある程度好感を抱いている人物でなければ変身先の”個性”を使うこともできないから、スパイなどをするにしても片手落ちになりかねないし。
……まあそれはともかく。
「なんですか、ボス」
ヒミコがヴィランに応じる。
応じたが……私には完璧に見えるというのに、鉄仮面の男は不審がっている。随分用心深いというか、勘がいいというか。あるいはそういう”個性”なのだろうか?
これが本当にただの勘であるなら、この男だけははっきり警戒すべきだな。
『……進捗は?』
「はい……まだちょっとかかりそうですね」
『……何かあったらすぐに連絡しろ』
「了解です」
それだけでやり取りを終わらせて、通信は途切れた。ふう、とため息をついてヒミコが元に戻る。
彼女を尻目に、私はモニターに目を向けた。常時表示させていた、パーティ会場の様子だ。
その中で、鉄仮面の男があごに手を当てて何やら考え込んでいる。男はしばらく考えていたようだったが……近場の男二人を呼び寄せると、何やら指示を下した。
指示を受けた二人の男はというと、パーティ会場から出て中央エレベーターに向かう。
「……どうやら、今のやり取りだけで不審に思ったようだな。あの男、随分と用心深いらしい。判断も早い」
私がそう言うと、モニターを見ていたミドリヤも顔色を悪くする。
「大変だ!? 早く博士たちをとめないと!」
「そうだな。ここは私たちがなんとかする。ミドリヤたちは博士たちを頼む。保管庫の場所はシールド女史、わかりますね?」
「ええ、大丈夫。任せて」
力強く頷くシールド女史に頷き返し、次いで視線でアシドとウララカに促す。
二人も大きく頷いて、ミドリヤと共にシールド女史を護衛しながら管制室から出て行った。
改めて二人になった私たち。モニターを見る限り、こちらに向かっているヴィラン二人は半信半疑のようだな。まだ状況がおかしくなっていることには懐疑的だ。
であれば、不意打ちで仕留めればいいだろう。
ヒミコともそう頷き合って、私たちはモニターに中央エレベーターの内部を映し出す。
もうお分かりだろう。フォーススリープである。ほぼ平常心の彼らは、抗うことなくエレベーター内で眠りについた。あとはここに到着したら、外に引きずり出してやればいい。
それまでの間、私は念のためケースの中のものを起動することにした。
アシドに持ってきてもらったキャリーケース。この中には試作コムリンクが収めてあったのだが、先に述べた通り中身はそれだけではない。
ここには、先日完成した情報収集用ドロイドも入れてあったのだ。
こちらは試作コムリンクと違い、発表会や交換会で出す予定ではない。私以外の話を余すことなく記録し、解析させるために持ってきた。こんな形で使うとは思ってもいなかったがな。
それをここまで持ってきてもらったのはまさに念のためだったのだが……この国では備えあれば憂いなしという。
あの鉄仮面の男は恐らくやり手。であれば、保険はかけておくべきだろう。
「……これでよし、と。起動しろ、
「……I-2O、起動。しすてむおーるぐりーん。ヨッますたー、オハヨーサン。……ドコダココ?」
電源を入れたことで直方体から四角錐型に変形したドロイドが、軽い調子でこちらを向いた。モノアイが物珍しそうに明滅している。
これが情報収集用に造ったドロイド。ドロイドとしては小型で、四角錐の底面は一辺三十センチ程度しかない。
だが小さいと侮ることなかれ。私とアナキンによる合作であるこの機体は、恐らくこの星の材料を使ったドロイドとしては現時点でのマスターピースと言っても過言ではない。うっかり二人で盛り上がりすぎたとも言うが、それはさておき。
この小さい機体に高度な共和国仕様のAIを積み、地球のあらゆるコンピューターに接続できる術を持ち、大量のデータを蓄積できる上、コムリンクと共通規格の通信システムも……まあ通信システムは未実装だが、とにかくデータを扱うことに特化している。
名前はI-2O。インテリジェンス2型、タイプオリジンだ。
「I・アイランドのセントラルタワー最上階、管制室だ」
「ハ? まじ?」
「ああ。状況はこうだ」
そのI-2Oに状況を説明し、ここを任せる旨を伝える。
私の予想が正しければ、システムの復旧より先にあの鉄仮面の男が動く。そうなった場合、誰がそれに対応するかという話になる。警備システムで対応できればいいが、できない場合は私が出撃しなければならないだろう。
だから私はいつでもどこへでも動けるよう、フリーになっておきたいのだ。
幸い、やるべきことは既に大半を終わらせている。ここからならI-2Oに任せても問題ない。仮にここを離れたとしても、私ならヒミコ伝いに指示を伝えられるからな。
ヒミコに私に変身してやってもらうという手もあるが、彼女の変身では私の技術までは模倣できても、判断力や思考力を模倣することはできない。それでは繊細なコンピューター制御をするには少々不安がある。ならばこうするのがベターだろう。
「ナールホドネ。ヨクワカッタゼ。アトハ俺様ニ任セトキナ」
I-2Oは調子よく言ってのけると、アストロメクドロイドよろしく床を滑り、コンソールに近づいた。
そしてそこに据えられている外部入力端子をちらりと確認すると、それに合致する端子を持つマニピュレーターを展開。接続した。
「ホウホウホーウ……イイジャネーカ、俺様素直ナ子ハ好キダゼェ? ナァカワイコチャン、俺様ニモット見セテクンナ。ンンン~、イイ声デ鳴クジャネーカヘッヘッヘ……」
そして何やら不穏なことを言いながら、システムに介入し始める。
情報処理に特化している機体であり、その技術は私と比べてもそん色ない出来栄えになったと自負しているのだが……こういう言い回しを好む性格になってしまったのはなぜなのか。
「……もう少しなんとかならないのか、その物言いは?」
「オイオイ、冗談キツイゼますたー。カワイコチャンヲ見タラ口説ク。コレハ男ノ義務ッテモンダゼ」
「そんな義務は聞いたことがない」
「ハー、コレダカラ堅物ノじぇだいッテヤツァヨォ」
……とまあ、万事こんな調子なので。
I-2Oが非起動状態でケースに押し込められていたのは、こういうところが面倒という理由が半分を占める。
なお残りの半分は、入国審査時に乗客貨物として扱わせるためである。普通なら通らないだろうが、私は技術者枠の招待状を使っているからな。これが一番楽で、角が立たなかったのだ。
「ねーねー2Oちゃん」
「ナンダイさぶますたー?」
「人間はラブの対象じゃないよね?」
「ワケネーダロ。俺様どろいどダゼ? なまものハ、オ呼ビジャネーノヨ」
「だよねぇ? ふふ、よかったぁ……」
「ヒェッ」
そしてヒミコは、機械相手に一体何を牽制しているんだ。その、私を案じてくれていることについては嬉しいのだが。
「まあそれはいい。行けるな、I-2O?」
「モチロンサ。全部任セトキナ」
「よし。ならば任せる」
……と、そうこうしているうちに、中央エレベーターがこちらに到着したな。I-2Oもいるし、変身によるかく乱はヒミコにしかできない以上、ここは私が対処に行こう。
ということで一度管制室を出る。幸い中央エレベーターはここを出て目の前なので、時間はかからない。
開きっぱなしになったエレベーターの中で眠っている男二人を拘束し、エレベーターの外に転がしておく。
特に難しい作業ではない。体格差はあるが、私は見た目より力があるし、なんならフォースがあるのでやりようはいくらでもあるのだ。
というわけでさっさと作業を終え、管制室に戻る。そこでは、I-2Oが順調に作業を進めているようだった。
だが私を出迎えると同時に、ヒミコが眉をひそめながら声をかけてきた。
「おかえりコトちゃん。……あのボスっぽい人が、動き始めたのです」
「ただいま。……やはりか」
「……人間ノクセニ、俺様ヨリ早ク状況把握シチャウノ、ヤメテクンネェ? ますたーガタヨォ……」
I-2Oの言い分はともかく。
モニターの中……パーティ会場に既に鉄仮面の男の姿はなく、彼はエレベーターで上に向かっているようだった。
野生の勘ともで言うべきか。問題が既に起きていて、確認しに行かせたものも無駄足に終わっている、と感じているのかもしれない。
「どうします?」
「ことここに至っては、ヒミコの”個性”でごまかす意味はないな。……I-2O、システムの状況は?」
「サッキ説明サレタ形デ復旧スルナラ、アト十分ホド欲シイナ。全部一気ナラ一分カケネーデヤレルノニ、注文ガ多インダヨ」
「それについてはすまないな。だがときとして最善の行動が、最善の結果を生むとは限らないのだ。承知してくれ」
「ヘイヘイ。……デ? おーだーハ?」
「鉄仮面の男を眠らせる。しかるのちに拘束し、システムを復旧させたら一気に叩くぞ」
「ハイヨ、カシコマリ」
ということで、エレベーターで移動中の鉄仮面の男に向けて、フォーススリープを行使……しようとしたところで、私は慌ててやめた。
「コトちゃん、今……」
「ああ、危ないところだった」
フォースが知らせてくれた。眠らせにかかったら、男は自らを撃って痛みによって催眠に抵抗してのけるということを。
それも急激に襲い来る眠気の中、自身の身体を極力傷つけないよう……つまり弾丸を身体に貫通させるのではなく、肌を擦過させることで最低限の傷に抑えてだ。やはりこの男、ただ者ではない。
フォースはその場合、エレベーター内の監視カメラを破壊された上にどこかの階で下車されるという未来も見せてきた。もしそうなれば、あとあと面倒なことになっただろう。気づけて良かった。
「どうするの?」
「システム復旧までの時間を稼ごう。どのみち気づかれるが、それならばこちらから能動的に動いたほうがいいからな。……I-2O」
「オウサ」
「彼を……そうだな。百三十階の実験室に誘導しろ。あそこなら警備マシンを暴れさせても問題ないだろう。可能であれば捕縛する」
「
こうして百三十階で強制的にエレベーターから放り出された鉄仮面の男は、殺到する大量の警備マシンに囲まれた。
普通なら、これほどの量の敵を相手を切り抜けることは不可能だが……実力者であればこの程度、どうとでもなるだろう。
そしてその予想は、現実となる。
警備マシンから放たれた金属ワイヤーが、男をがんじがらめに拘束する。男はそれに、抵抗するそぶりを見せなかった。拘束されてもなお、余裕を崩さなかった。
さらに私はここで未来を垣間見て、作戦の軌道修正を余儀なくされた。思っていた以上に、男の”個性”が凶悪だったのだ。
男はにたりと笑って見せると、”個性”を発動した。淡い光が彼の手から漏れたかと思うと、次の瞬間彼を拘束していたワイヤーは彼の武器となったのである。
ワイヤーから直接繋がっている警備マシンも例外ではなく、あっという間に男の制御下に落ちる。彼は次いで警備マシンだったものをより集め、束ねると、一気に押し出した。
すると警備マシンの群れはそのまま金属の波となり、押し流されていく。そうして警備マシンの移動経路すべてが金属でふさがれ、このフロアで数を使った物量作戦を封じられてしまったではないか。
そう、男の”個性”は金属操作であった。これでは警備マシンをけしかけても無意味だ。逆に相手に利することになってしまう。
「オイオイオイオイ、まじカ?」
理不尽とも言える一方的な展開に、I-2Oが呆れたように言う。ヒミコも似たようなものだ。
私も驚きはしたが、こうなる未来は直前に見えていたのだ。動揺はない。
そして見たところ、恐らくあの”個性”は手で触れなければ発動できない。手であれば素手である必要はないようだが……いずれにせよ、金属を操ると思われる”個性”なら、金属を使わなければいいだけだ。
「拘束システムを使え。あれは金属ではなかったはずだ」
「オ、オウ、カシコマリ!」
私の指示にI-2Oが動く。青白く光る帯が、男に巻きついていく。
……なぜそこまで警備システムに私が詳しいかと言えば、先ほどまでやっていたフォースハックで関係した情報を抜き出したからだ。こういう使い方をするつもりはなかったが、前言通り有効活用させてもらうぞ。
まあこれをしても男はとまらないのだが、時間を稼ぐという意味であれば無意味ではない。男の動きを確認するという意味でもだ。
「うっそぉ!?」
「やはりこうなったか」
ほら。これでもなお、鉄仮面の男はとまらなかった。
確かに少しの間、動きはとまった。だが彼がとまっていたのはそれだけで、力づくで拘束を引きちぎってしまったのである。
カタログスペックでは、あの拘束帯は筋力増強型、あるいはそれに準じた効果を持つ異形型の”個性”がなければ人間には絶対に破れない。それらがあったとしても、簡単に破れるものではないはずだが。
にもかかわらず、それがなされたということは……この男、”個性”の複数持ちと見ていいだろう。
「オイオイオイオイ、ドーナッテンダヨコノ星ノ人間ハヨォ! コンナノアリカ!?」
「……残念ながらありだ。それがこの星だからな」
悲鳴のような声を上げるI-2Oには全面的に同意するが、仕方がない。ここはそういう星なのだ。銀河共和国にはミラルカやフェルーシアンなど、先天的に全員がフォースユーザーの種族はいたが……それよりもよほどとんでもない星である。
しかしそんな地球でも、”個性”の複数持ちは通常あり得ない。USJ事件では脳無という存在があったが、あれは動く死体であり、例外と言っていいはず。その後の保須事件などでも脳無は確認されたが、それらもまた一様に死体であった。
であれば、”個性”の複数持ちは死体でなければ不可能……そう思っていたのだが。
どうやらその不可能は、覆されたらしい。この星の機械技術の進歩はなかなかどうして勢いがあるが、こういう非合法的な分野でそうした進歩はしてほしくなかったな。
……しかし、だからといって私に退くという選択肢はない。そもそも、こういう「とんでもなさ」は私も多少ながら持っている。
ならば、やることは一つだ。
「I-2O、あの男を百六十階の第二植物プラントに誘導しろ。方法は任せる」
「……イイノカヨ? ソンナコト言ワレタラ俺様、ワリトエゲツナイコトヤッチャウゼ?」
モニターの中。壁も機密扉も、金属なら操って。そうでなければ破壊して、まっすぐ二百階へ向かってきている男を一瞥した私は、ジェダイローブをはためかせてきびすを返す。
「この際仕方ないだろう。どうせもう、タワーの破壊は起きてしまっているからな」
「アイヨ、カシコマリ。……誘導シタアトハ、ドースンノヨ?」
「もちろん、決まっている。私が男をとめるさ」
マントをちらりと開き、腰に佩いたライトセーバーをI-2Oに見せる。
「コトちゃん」
そうして足を踏み出した私を、ヒミコが呼びとめた。
言われるままに足をとめ、彼女に顔を向ける私。
そんな私に、彼女は言った。
「……フォースと共に、あらんことを」
「ありがとう。フォースと共に」
かくして、事件は佳境を迎える。
I-2Oの外見は四角錘型と表現していますが、実際は化粧石のないピラミッドのような、階段状の荒い四角錘です。
何はともあれ次回、ボス戦です。
なんかRTAをやってる気分だ・・・。