事件が終結し、ヴィランたちも捕まった。
それでもセントラルタワーは無傷ではなく。レセプションパーティは中止になり、代わりに行われたのは警察による事情聴取だ。
関係者が多かったためにこれは長引き、日付が変わる直前で続きは翌日に持ち越される。
だがそんな時間帯にあって、内通者として逮捕されたデヴィット・シールド博士の下を訪ねる男が一人。
「トシ……」
「やあデイヴ! 私が……面会に来た!」
筋骨隆々、派手な原色のコスチュームを身にまとった巨漢。ナンバーワンヒーロー、オールマイトその人である。
彼はその巨体を、しかしちんまりと寄せてパイプ椅子に座り込む。
「……すまない。私は……私は、バカなことをしてしまった。多くの人を危険にさらしてしまった……。君や未来のヒーローたちがいなかったら、どうなっていたか……」
その正面、アクリル板の向こうで博士は自嘲たっぷりに言葉をひり出す。ため息交じりのそれは、まるで消え入るようなものだった。
「そうだな……ヒーロー、オールマイトとしては、頷くしかないな。なんてバカなことをしたんだ、デイヴ……」
応じた声にも、力なくうなだれることしかできない。
「けどな、デイヴ。一個人としては……一人の八木
だが続いた声に、博士は一度呼吸をとめて顔を上げた。
そこには、いつものスマイルを浮かべた友人がいた。お互い老けたが、かつてと変わらない笑顔がそこにあった。
長年の相棒が見せたその顔に、ようやく博士は一息つくことができた。
許してもらえるとは思っていない。許されていいとも思っていない。むしろ、自分は非難されなければならない。
それでも……そんな自分を、今なお友と呼んでくれるオールマイトに、シールド博士はようやく、前を向くことができた。
しかしだからと言って、何を言えばいいやらわからなかった。
こういうとき、先に口を開くのはおおむねオールマイト……八木俊典の役だった。
今も、また。
そうして、しばらく取り留めのない会話が続く。その大半は、雄弁なオールマイトが喋っているだけ。シールド博士は相槌に終始していた。
だが、博士は知らない。オールマイトもまた、悔いていることを。しかしその後悔を、口にするわけにはいかないからこそ、雑談から離れられないことを。
……オールマイト。本名、八木俊典。“個性”、「ワンフォーオール」。そう、それは緑谷出久が持つ“個性”と、まったく同じもの。
本来、この世には二つと同じ“個性”などない。たとえ同じ結果を生み出す“個性”があったとしても、それらはすべて別の枠組みで成り立っている。だからこそ、この異能は「個性」と呼ばれる。
つまり……ワンフォーオールは例外だ。ワンフォーオールとは、引き継がれていく“個性”なのだ。
持ち主はこの力を、別の人間に譲り渡すことができる。そうしてこの“個性”は、超常黎明期から力を増し続けてきた、ある種の特異点なのである。
オールマイトは、この“個性”の八代目だ。そして緑谷出久こそ、当代の継承者。九代目に当たる。
そう、オールマイトの“個性”は既に譲渡済み。今彼の中にある“個性”は、言うなれば残り火。燃え尽きる直前のロウソクのようなものでしかない。シールド博士が検知し、憂慮していた「オールマイトの“個性”が消えかかっている」という事態は、これが
だが、ワンフォーオールの特異性がゆえに、その説明は誰にもするわけにはいかない。譲ることのできる“個性”が知られれば、それを奪おうとする人間は必ず現れる。
ましてや、ワンフォーオールという“個性”が宿命とする大敵の存在。それに対抗するためには、秘密にせざるを得ないのだ。
ゆえに、オールマイトは苦悩する。己を案じてくれた親友に、真実を教えたい。教えるべきだった。そうすれば、親友が犯罪に手を染めることはなかったかもしれないと……。
「……トシ」
「ん? なんだい?」
「君が気に病むことはないんだ。私が悪かったんだよ。私が視野狭窄だっただけなんだ」
「いや……しかし」
そんなオールマイトの苦悩を、しかし表に出すわけにはいかない苦悩を、シールド博士ははっきりと感じ取った。
なぜなら、彼らは親友なのだ。大学時代はタッグを組んでいた。お互いの考えることなんて、手に取るようにわかる。そんな、無二の親友なのだ。
もちろん、オールマイトの内心にあるすべてを読み取れるわけではない。だからシールド博士は、娘の話をすることにした。己を叱り飛ばした、自慢の娘の話を。
「……メリッサに、叱られてしまったよ」
「メリッサに?」
「ああ。私の装置さえあれば……“個性”を人体に影響なく、機械的に増幅するあれさえあれば、トシの“個性”を取り戻せる。平和の象徴を取り戻せると言った私に……あの子はこう言ったんだ。
『マイトおじさまがおいくつか、パパが知らないわけないでしょ? もう六十近いのよ? そんな人の“個性”だけ増幅したって、身体がついてこれるわけないじゃない!』ってね」
「こいつは手厳しい!」
娘の口調を真似る博士に、オールマイトは思わず笑う。あまりにもその通り過ぎて、笑うしかなかった。
「まったくだよ。けど、それが私には衝撃的だった。……私はそんなことも見落としていたのか、ってね」
博士はアクリル板越しに親友の顔を……正確には、そこに刻まれた皺をじっと見やる。
記憶にある、そして手元にあるどんな写真、映像よりも老いていた。
当たり前だ。当たり前すぎて、忘れてしまっていた。
「……世間じゃノーベル個性賞の受賞者、“個性”研究の第一人者とか言われておきながら、このザマだ。“個性”が身体機能の一つにすぎず、それが他の身体機能とも密接に関わっていること……今や小学校でも習うようなことを、見落としてしまっていた。私たちが、もうちっとも若くないんだってことも……」
「まあ、なあ……私も心は若いつもりだが、ちょいちょい高校生とのジェネレーションギャップは感じるな……」
「あの子はこうも言ったよ。あの子を守ってついてきてくれた子供たちを示して、『雄英の体育祭で、マイトおじさまは言っていたわ。次代のヒーローは育ってるって。その通りよ! デクくんも、麗日さんも、芦戸さんも……ここには来てない、他の子たちも! みんな立派なヒーローだわ! これからはもう、彼らの……ううん、私たちの時代なのよ!』って……」
「……デイヴ……」
「正論だろ? 正論すぎて、私は何も言えなくなってしまったよ。……そうだ、世代は変わるんだ。それが生き物の宿命なんだってね」
ははは、と渇いた笑いが室内で反響する。
「私はもっと、未来を信じるべきだったんだ。必ず君の志を継ぐものが……次の『平和の象徴』が、現れると。君がそれを育ててくれると、信じるべきだったんだよ。だから……トシ」
改めて、シールド博士が顔を上げる。オールマイトの視線が、彼のそれと重なる。
オールマイトは見た。そこにあるものが、紛れもなく光であると。親友は、既に折り合いをつけているのだと。
否、己との会話の中で、折り合いをつけることができたのだと。
「君は悪くない。君が気に病む必要は、ないのさ。まったく、これっぽっちも」
「……すまない。ありがとう……ありがとう、デイヴ」
ならばと、オールマイトも頷く。これ以上の下手な気遣いは無用だと、理解したのだ。
そこからの彼らの会話は、若かりし日のカレッジのごとく弾んだ。
そこにいたのは、世界に冠たる平和の象徴でも、“個性”研究のトップランナーでもなかった。ただの八木俊典と、デヴィット・シールドだった。
話題の中心は、子供たちのこと。未来のことだ。現役を退くべきときが近づいている自分たちが、そのために何ができるか。
二人は二十歳そこらの若者のように屈託なく、際限なく、それを語り合った。
妄想に等しい案もあった。現実に阻まれるであろう案もあった。これなら行けるかも、という案も。
そうして語り、語り尽くして、すべてをぶつけ合った二人は改めて未来を約束する。
両者の顔に、最初あった憂いはもはやなく。
また会おう、と。
それを最後の言葉として、二人は別々の扉から退室したのだった。
――朝日が、顔を出そうとしていた。
***
タルタロス級の警備システムを持つI・アイランドが、ヴィランに襲撃された。このニュースは瞬く間に世界を駆け抜け、多くの人々に衝撃を与えた。
同時にI・エキスポの開始は延期となり、本来なら盛大に行われたであろう開催式の時間帯は、後始末に費やされることとなる。
もちろん、当事者となった私たちも例外ではない。直接的に私たちが手伝うことはほとんどないが、それでも事情聴取は受けなければならず、なんとも複雑な時間を過ごすこととなった。
中でもオールマイトの秘密の一端を知ってしまったアシドとウララカは、憂鬱そうにしていた。
無理もない。この星におけるオールマイトは、もはや神話に近しい。その絶対性が崩れかかっているという事実をいきなり突きつけられて、思うところがないはずがない。
しかも、そのことを誰にも言えないのだ。憂鬱にもなろうというものである。
「私たちがオールマイトを超えればいいだけの話じゃないか。プルスウルトラ、今までとやることは変わらないよ」
と励ましておいたし、「どうしても我慢できなくなったら、秘密を共有するものとして私やヒミコを頼ってくれて構わない」と伝えれば、二人の表情は和らいだ。
まあ、ミドリヤがどうしてそれを知っているのかととても狼狽していたがね。
「君とオールマイトの間にある秘密もおおむね察しているぞ?」
ついでにそうささやいたら、狼狽を通り越して青くなっていたのには、申し訳ないが少し笑ってしまった。
私たちに彼らの秘密を暴露するつもりはまったくないし、私たちと同じ手段が使えるのはカサネかイッシキくらいだろう。
しかもフォースによる読心は、ライトサイダーのほうが得意な技だ。ダークサイダーであり、フォースの訓練を受けていない彼らから情報が洩れることはまずないだろうから、とりあえずは気にしなくても大丈夫だと思うがね。
さて、それはともかく。
やるべきことを終えた私たちはその後、帰国の飛行機が来るまでの間は自由時間を与えられた。
とはいえ博覧会の展示はほとんどが閉まっていたので、できたことと言えば食事会に参加するくらいだ。
I・エキスポ開始が延期になったことで、大勢の来客を当て込んでいた食事処の食材はほとんどが行き場をなくしてしまった。そのロスを少しでもなくすために、残っていた全員に料理が盛大に振舞われたのである。なので、遠慮なく相伴に預かることにした。
ああ、遠慮なく食べさせてもらった。私一人で二十人前くらいは食べたのではないだろうか。我ながらやりすぎだと思うが、食材の廃棄はもったいなさすぎる。食べられるなら食べておこうと思ったのだ。おいしかった。
余った食材もよかったら持っていって構わないということだったので、ウララカなどは目に見えて元気になっていたな。
ともあれ、そうしてアイランドから去る時間帯。私たちの下に、シールド女史が見送りのために訪ねてきてくれた。
父親が事件の発端であることを考えれば、彼女の今後は決して順風満帆とはいかないだろうが。それでも彼女は間違いなく、前を向いていた。
「パパにあれだけ啖呵を切っちゃったんだもの。今まで以上に頑張らないとね」
彼女はそう言って、にっこりと笑って見せたのだ。
そんな彼女に、我々もまたヒーローを目指すもの――私とヒミコはその限りではないが、それを言い出さないだけの分別はある――として応じ、互いの健闘と飛躍を誓って別れたのである。
「はーあー、結局レセプションパーティも二日目のパビリオン巡りもできなかったなー」
「ええ、残念でした……。でも、ヒーロー志望としてはいい経験になりましたわ」
「それはそう。でもそれとこれとは別だよぉ!」
「わかる」
アシド、ヤオヨロズ、ハガクレ、ジローのやり取りに、そうだなと頷く。
私としても、少々物足りない。食事会は楽しかったが、それが目的にここまで来たわけではないわけで。結局、技術交流会も新作発表会も中止になってしまったしなぁ。
……その辺りの情報を、I-2Oが事件のどさくさに紛れてごっそりと抜き出していたことをあとで知った私は大層驚愕させられる羽目になるのだが、それはさておき。
「その分林間合宿楽しもうよ! ……まあ、合宿は強化合宿らしいから、あんまし遊べる時間はないかもしれんけど」
「そうね。でも、一週間もみんなと共同生活をするのだもの。なんだかんだできっととても楽しいわ」
「……そーだよね! うん、合宿で楽しもう!」
「肝試し! 花火! あとは……キャンプファイヤーとか? 楽しみ!」
「合宿じゃなくっても、何か機会があったら、今度こそみんなで旅行したいですねぇ」
そんな中、林間合宿の話で盛り上がりかけたところでヒミコが言った。
にっこりと笑う彼女に、他のみなも一斉に笑みを浮かべる。もちろん、私も。
そうして、全員が賛成と声を上げた。
このクラスの面々は、きっと大成する。そうでなくとも、雄英のヒーロー科から脱落することはまずないと思う。
であれば、ヒミコが言った機会もいつかは来るだろう。新しい人生を過ごすに当たって、また一つ楽しみができた。
私はジェダイであり。そうした娯楽や、特定の人物に対する強い親近感は、避けるべき立場だが……私はもう、それについては開き直ると決めたのだ。楽しいと思うことは、素直にそう思おうと決めている。
特に、大勢で同じことを一緒にする、ということの楽しさは、ジェダイでは経験できなかったことだから。
学生であるうちは学生らしく、友人らと共に過ごそうと。そう、思うのである。
だから……まあ、なんだな。
これからも、みなどうぞよろしくと。改めて思ったりするのであった。
***
そうして帰宅した、その日のうちに。
私たちのアパートの寝室には、I・アイランドでたくさん撮った写真を流すデジタルフォトフレームが追加された。
夜。ベッドの上で腹ばいになりながら、ゆるゆると切り替わっていく写真を眺める。全員で写っているものもあれば、そうでないものもある。だが共通して、写り込む全員は楽しそうだ。笑顔があふれている。
もちろん、私も。何せ開き直ることにしたのだ。少しくらい羽目を外してもいいではないか。
まあ、そんな私をこうして客観視すると、どう見てもただの子供なのだが……そこはなんというか、実際今の私の身体は子供なので……。
いやそれにしてもこれは行き過ぎだな……。私はこんなにも表情を抑えるのが下手だっただろうか。
もしや身体に引っ張られているのだろうか。それとも、開き直ると決めたからだろうか……。
「ふふ、コトちゃん楽しそう」
「ん……うん……そう、だな。楽しいよ」
と、そこでヒミコが上に寝そべるようにのしかかってきた。と言っても私に体重をかけるような形ではないが。
その状態で、私の首筋の顔を近づけてすんすんと鼻を鳴らしている。鼻息がくすぐったい。
「また旅行、行こうねぇ」
「ああ。今度こそ事件などなく、穏やかに済めばいいが」
「それはどうかなぁ……だってヒーローになったら、オフでもそういうの見過ごせなくなっちゃうし」
「確かに。それを嫌とは言わないが、旅行中には勘弁してほしいと思ってしまうのが人情だろうな」
それでも、やるときはやるだろう。私でなくとも、A組のみなならきっと。ハガクレが言っていた通り、それはそれこれはこれというわけだ。
何より、ヒーロー免許は国際免許だからな。本免許を取得したら、返納しない限りは相応の立ち居振る舞いがいつでもどこでも求められる。
「私はダークサイダーなので、素直にヤって言っちゃいますけどね……はむ」
耳を甘く噛まれた。
「ん……っ。よく言うよ。今回にしても、自発的に動いたくせに」
「だって、コトちゃんならそうするでしょ? 好きな人と同じになりたいのは、当然なのです♡」
「ふふ、まったく君というやつは……」
なんてことを言いながら私は、耳をずっと責めてくるヒミコから逃れるために、その場で力づくでぐるりと仰向けになった。
もちろん、ヒミコと目が合う。その目は、甘くとろけていた。
ああ……これはもう、限界のようだな。
そう思った瞬間、ヒミコは思い切り抱き着いてきた。次いで私の顔の横に両手を置き、真上から私を覗き込んでくる。
「はあ……っ♡ もう我慢できない……!」
そうして部屋の明かりから逆光になった彼女の顔は壮絶で、妖艶だった。顔はすっかり上気し、息遣いも荒い。
……なんとなく、こうなる気はしていた。今夜の入浴はやけにあっさりしていたというのに、今の今までずっとそわそわしていたからな。スキンシップも、帰宅してからというものいつも以上に激しかった。
だが無理もない。共に暮らすようになってからは毎日の習慣だった吸血を、旅行中の丸二日間、一切行わなかったのだから。昨夜については後始末が忙しく、そもそも吸血をしている暇がなかっただけなのだが、それはそれであろう。
去年の今頃は毎日していなかったから、別に問題なく我慢できていただろうが……慣れとは恐ろしいものだ。ある意味薬物に依存する人間のように、少しでも我慢できなくなってきているような気もする。
一泊二日でこれなら、林間合宿は一体どうなることやら。一週間あるのだぞ?
……まあ、そうなったらきっと、私は彼女に言われるがまま身体を差し出すのだろうな。
もちろん最低限人目は避けるが……いずれにせよ私は――たぶん、彼女の懇願を断れない。
「よく我慢したな。好きなだけ吸うといい」
ほら。
今もそうだ。約束したとはいえ、自分から服をはだけさせて、首筋を、肌を、惜しげもなくさらしている。
「……でも、少しだけ加減してくれると助かるのだが」
「それは、保証、できないのです……!」
……ああ。
「いただきまぁす!♡」
「ふ……っ♡ ん、んんぅ……♡」
今夜は、長くなりそうだ――。
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EPISODE Ⅴ「I・アイランド:レスキュー・オーダー」――――完
EPISODE Ⅵ へ続く
ステイッステイッ
(うまぴょいは)まだだッまだだッ
というわけでEP5、これにておしまいです。
少し短めになりましたが、劇場版+日常シーンでこんなところでしょう。
これ以上はたぶん冗長になってしまうでしょうからね。
ちなみに一番の黒幕と言うべきは博士の助手のサムさんなんですけど、原作ほど追い込まれていない状況、しかし原作より明確に逃げ場がないことを悟って、ネタバレしないままウォルフラムたちに全部なすりつけてます。
ちゃっかり原作よりかなりマシな立場を勝ち取ってるので、この人が一番得したかもしれない。
さて今後ですが、最初に言った通り幕間を二つ挟んで書き溜め期間に入ります。
それまで今少しお付き合いくださいませ。
ところで身長比較したったーなんて面白そうなものを見つけたので使ってみたんですけど。
【挿絵表示】
自分で設定しといてなんだけど、この身長差やべぇな???
こんだけ身長差あるとなると、いざ本番するときめっちゃ困るんじゃないかな・・・。
まあ理波は圧倒的ネコだからそんなに困らないか? どうだろう。教えてエロい人。