俺は当日6:28発高崎行きで高崎に向かった。高崎駅で乗り換えるときは結構寒く、フードを被るほどだった。
「寒いねー」
「お姉ちゃん、寒がりだもんね」
「へぇ、意外なところもあるんだな」
俺は水上行きの電車が入線してくる番線に向かった。
「ねぇ、蒼くんはさ、怖くなったりしないの」
「怖いってなんだ」
「私が裏切るとかさ」
「怖くないよ。信じてるから」
俺は水上行きの車内に入った。車内は暖かく、有希は手袋をとった。
「ぬくぬく~」
「なんだよぬくぬくって」
「暖かいってこと~」
咲希が俺に言った。ぬくぬくなんて聞いたことなかったし。上越線は乗務で一回も入ったことないが、湘南新宿ラインの前橋行きや、途中で長野原草津口行きに抜かされることがあるから知っていた。
「外は何度ぐらい?」
「多分10℃前後。土合はもっと寒いぞ」
多分2℃とかそのくらいだと思う。雪だって降ってるだろう。
「そしたらお兄ちゃんが暖めてくれる?」
「どうだろう、俺も寒かったら無理だな」
「大丈夫でしょ。蒼くんずっと暖かいし」
あ、そういう感じ?俺だって寒いときあるんだけど。
「俺だって寒いときあるぞ」
「大丈夫だって」
俺は打ち消された感じがしたが、すぐに立ち直り、席に座っていた。
水上で乗り換え、土合で降りた。下り線のホームはトンネルの中にある。
「階段ながーい」
「460段くらいあったかな」
3人は上り始めた。
咲希が半分くらいの270段付近で俺に寄ってきた。
「疲れたぁ…おんぶしてぇ」
「しょうがないな…ほら」
咲希は俺に背中に乗った。俺はどんどん次の段へ上っていく。有希も負けないように追いかけてくる。
「あと5段だぞ」
「じゃあ降りる!」
咲希は背中から降りて3人でラストを上り、外に出た。
「しゃむっ」
「蒼くん…ぎゅーっ」
有希は俺に抱きつく。確かに痛いほどに寒い。けど、ここに来たいって言ったのは俺たち全員だし。
「ゆ、有希…一目につかないところ行こうか…」
「はーいっ」
俺は有希から離れないようにして建物のすみに行った。咲希は俺の脇に入って暖まっている。
「ふかっ」
有希が俺の胸に飛び込んでくる。柔らかい訳ないけど、ちゃんと暖まってくれている。
「ぬくぬく~」
またか。この「ぬくぬく~」って。暖かいってことでいいだろうけど、まだ慣れない。
「すりすりー」
有希は頬をすり付けてくる。頬が柔らかく、ぷにぷにしている。しかし、氷のように冷たい。
「寒いか?」
「うん…あ、蒼くん、あの時は──」
俺は有希の肩を押して俺から突き放した。
「…蒼くん…?」
「…あ、あ、悪い…」
俺は有希に謝ったが、もう手遅れ。
「蒼くん…教えてよ、あの時のこと」
「お兄ちゃん…」
「…分かった…話そう…」
あれは今から6年前、高校3年生のころ。有希とは当時付き合ってもいないただの親友だったが、俺は有希が叩かれているところを見てしまった。2年生だった有希は力もないのに年上の3年生から見た目のことで叩かれていた。
「おい!何してるんだよ!久人!」
久人は普段から暴力体質のある男子生徒。成績も俺の半分ほどしかなかった。
「何って、お前の彼女?すっげーブサイクだからさ、イケメンのお前にはもったいねぇと思ってよ、今ぶちのめしてるところなんだよ」
「ぶちのめしてるって、大学行かないからって、お前…」
「だってこんなやつなんだぜ?やめた方がいいって!」
久人は有希を蹴り飛ばした。
「うぐっ…」
「ほら、こんな声しか出せない女だぜ?」
俺は久人の発言に怒りを持った。有希に向けて「ブサイク」だの、「もったいねぇ」だの、蹴り飛ばしたり。そんな中でも、久人はエスカレートしていった。
「どうなんだよ!」
掴んだのはまさかの首元。強く掴んでいる。有希は首を絞められて苦しそうに咳き込んだ。
「いい加減にしろ」
俺は小声でそう言った。
「あ?」
「いい加減にしろ!」
俺は久人に向かって走った。右手には拳を作って久人に突っ込む。
「ぐはっ」
久人は殴られてその場に倒れた。しかし、俺の怒りはそれだけでは収まらず、久人を数回殴った。たまたま先生がいたらしく、俺はその後職員室へ。事情を話しに行ったんだが、俺は久人から全て自分のせいにされて、処分は3ヶ月間の停学処分。有希が話しかけてきても、俺はまったく見る気もなかった。
そんなときとは、いや、あまり変わってないけど、少しはよくなった。
「停学だったの?会わないと思ったら」
「あぁ。伝えてなかったからね」
俺は有希に言った。
「大丈夫だよ。よしよし」
有希は俺を優しく包むように俺を抱き締めた。いつもの好きだから抱きつく。という訳じゃない。安心させるようだった。
「有希…」
「もう私がいるから、心配しないで」
有希は泣き出しそうなのに我慢して俺を撫でていた。
「蒼くん…」
俺は冷えている有希の頬に手を当てた。氷以上に冷たく、俺の暖かみもすぐに奪われていった。
「有希…無理しなくてもいいんだぞ」
「無理してないの!今は、蒼くんと一緒にいたいから…だから…」
有希は思っていたことを全て話し、泣き出してしまった。
「有希…」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんはきっと離れないよ」
「…ホント?」
有希は目をうるうるさせて俺を見た。
「あぁ。離れないよ。いなくならない」
俺は有希の冷えきっている頬を触って言った。寒さなんて、俺自身はもう忘れていた。