【鬼滅の刃】かすみそうの花束を君に   作:@れんか

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1話 別れの夜と始まりの朝

 この世界には人喰い鬼というものが存在している。彼らは、人ならざるにして人を蹂躙するモノ。人の天敵である。鬼は文字通り人外の力を振るう上に陽光を浴びる以外には不死であり、たとえ頭を砕かれようとも瞬く間に治癒して生者を喰らう。人間は宵闇に怯えて暮らし、降りかかった血の災厄に悲嘆と怨嗟の声を上げる以外、出来ることなど無い。

 

 しかし人は弱くとも心在るが故に、智慧ある者は智慧を、業ある者は業を、力ある者は力を出し合い寄り集め、鬼を退治する術を編み出した。

そして時は大正。人喰い鬼を狩る力を有した剣士、そしてその剣士を支える者達が集まった政府非公認の組織が結成された。

 

"鬼狩り様"の名は文明開化の音に紛れて久しく、人々の口には鬼と共に御伽噺として上るばかり。されど彼らは決して幻想に消える事なく、今宵もまた闇の中で悪鬼を滅殺する。

 

 彼らの名を“鬼殺隊”。産屋敷家が筆頭に組織されたとされている。だが、時代の影に隠れて、鬼を滅さんとする志を共にした一族があった。

 

 名を、桜家。彼らは1000年も前より産屋敷家と共に鬼を滅してきた一族である。彼らは生まれつき稀有な存在であった。“稀血”の人間を鬼が喰らえば、50人~100人を喰らう時と同じ力を手に入れることができるとされている。その為稀血の人間は鬼から狙われ続けていた。

 

 その稀血の中でも更に稀有な存在であったのが、この桜の一族である。彼らを喰らえば、人間を500人喰らう時と同じ力を鬼は手にすることができる。

 

 鬼の始祖、彼らの仇敵である鬼舞辻無惨が初めて喰らった人間こそが桜の者であった。無惨は生まれた時より気付いてしまったのだ。自分を急激に強くさせたモノが何であったのかを。

 

 鬼舞辻無惨を排出してしまった一族である産屋敷家は、血眼になりながら無惨を探しており、必然的に桜の一族と出会った。それから両家は無惨を討つべくして結束したのであった。

 

 桜の一族は受け継いできた呼吸を使い、自ら鬼殺隊へと入隊し代々柱として下弦や上弦達と戦い人々の命を救ってきた。無惨はそれに苛立ちを感じていた。得も言わぬ美味なる血肉をもう一度喰い、更なる力を手にしたいと、何百年思い描いてきた無惨であったが、ことごとく邪魔され、かつ、桜家邸は巧妙に隠されていた為なかなか実現できずにいたのであった。

 

 だが、そんなある日、無惨に好機が訪れるのであった。

 85代目桜家頭首、桜柱であった(しゅん)は、継子である息子、(あおい)と任務帰りに上弦の壱“黒死牟”と出会い、共に協力しながら戦っていた。この戦いで2人は決して負けるわけにはいかなかったのだ。このすぐ近くには1000年もの間隠し通してきた桜家邸があるからだ。

 

 屋敷にはまだ幼い娘のゆずや、妻、それに桜家を支える数十人の“隠し”もいる。いつも以上に2人に力が籠るが、上弦の壱の実力は今まで滅してきた鬼達とは比べ物にならない程に強い。黒死牟だけでも手をやいているのに、そこになんとあの鬼舞辻無惨がその姿を現したのであった。

 

 峻は二人だけでは勝てないと判断し、蒼を屋敷へと向かわせて皆を連れ逃げるよう指示した。蒼は父の覚悟を汲み取り歯を食いしばりながら背を向けた。屋敷には緊急時いつでも逃げられる様に脱出経路が確保されており、蒼は直ぐにそこから逃げる様皆に伝えた。

 

「蒼兄さん、どうしたの?」

ひょっこりと顔を覗かせる妹を見て、蒼は抱きしめた。

「ゆず‼ここにいたのか!今すぐに逃げるんだ‼」

「逃げる?」

「そうだ‼俺はお前たちを逃がしたら直ぐに戻らないといけないんだ。早く母さんたちと共に行くんだ」

 

 ゆずは兄の剣幕に押されて何かあったのだとすぐに悟った。だが、まだ幼いゆずは大好きな兄と離れるのが嫌で蒼の裾をぎゅっと握りしめた。

 これが恐らく妹との最後の会話になると思った蒼は、ゆずに少しでも不安を感じさせない様にいつもの様に笑って見せた。

 

「大丈夫、ゆず。必ずまた会えるから」

 そう言ってゆずを強く抱きしめると「さぁ、おいき」と、背中をぽんっと押した。蒼はいつも笑顔の絶えない優しい兄であった。そんな兄が、目を潤わせながらそれでも必死に笑顔を作っている姿を見て、幼いながらに兄の気持ちを踏みにじってはいけないと思い、後ろ髪を引かれる思いで足を踏み出した。

 

 ゆずも脱出経路については把握しており、しばらく走っていると隠しと共にいる母に会い、共に先を急いだ。南門の脇には、地下に繋がる小さな扉が隠されており、地下には鬼が嫌がる藤の花が植えられている。地下の道は幾重にも枝分かれしており完全に把握しているのは桜の一族のみ。

 

 ようやく南門へとたどり着くと、むせ返るような血の臭いに思わず口元を塞いだ。辺りは血と肉塊が散乱しておりそれをなんとも美味しそうに貪る獣の姿があった。大きな瞳には上弦の弐と刻まれており、ゆずは初めて目にする鬼の姿に全身を震わせた。

 

「僕はね、男はあまり喰いたくなくてねぇ、ようやく美味しそうなのが来てくれて嬉しいよ」

ニタァと笑みを零す男の口からは生々しく赤黒い血液が流れ落ちている。男の足元にはぽたぽたと血液が滴り落ち、徐々にその距離を詰めてきていた。

 

「凛様!ゆず様!お逃げください!!ここは私たちが!!」

 隠しは怯えながらも必死に主である2人を守ろうと刀を構える。すると母、凛は覚悟した顔でゆずと目線を合わせた。

 

「ゆず、この光景を目に焼き付けるのです。あれこそが、鬼。私達一族が戦ってきた異形なるモノなのです!貴方には本当は何も教えたくなかった。貴方が怯えないよう、怖がらないよう、安心して過ごせるよう、これから生きていく世界がどうか幸せであるようにと、お父さんと話をして鬼や桜家の歴史について何も教えなかった。1000年も続くこの戦いに貴方まで巻き込みたくはなかった。いきなりこんな現状を受け入れろだなんて無理があるけれど、こうなってしまった以上は後戻りはできない。巻き込んでしまってごめんなさい、ゆず。貴方は、貴方だけでも、強く生き抜くのです」

 

凛は兄と同様に涙を零しながら満面の笑みを浮かべていた。ゆずはどうしたら良いのか分からず、漠然とした不安や恐怖心からぽたぽたと大粒の涙をこぼした。

「いやだ……母さんっ、母さんも一緒に……!!」

「ゆず、いつも父さんや母さんが言っている事、覚えている?」

「…?」

「ほら、刀と御守り。ちゃんと持ってる?」

 

 ゆずは震える手で懐から短剣と淡紫色の御守りを取り出した。

「えらいねゆず。ちゃんと言いつけを守ってくれていたのね。それを肌身離さず持っていなさい。必ず貴方を助けてくれるわ」

「うぅっ……母さんっ」

 凛は最愛の娘を強く抱きしめた。

 

「そろそろお別れは済んだかい?」

 上弦の弐である童磨はにっこりと微笑みながらゆず達を眺めていた。するとそこに、黒死牟も姿を現した。瞳に上弦の壱と刻まれた姿を見て、凛は息を飲みこんだ。上弦の壱と弐までもこの場にいる現状に、冷や汗が額から流れ落ちる。

 

 上弦の弐1人だけならば、自分の命と引き換えに、ゆずを逃がしてやれる時間を稼ぐだけの自信があった凛の希望は、粉々に崩れ去った。更にそこに追い打ちをかける様に、柱であり、夫である峻と、息子蒼を引きずりながら鬼がやって来た。

 

「へぇ、ソレが桜の柱かぁ。初めて見たなァ。無惨様、僕もかじりたいなァ」

「戯れが過ぎるぞ童磨。こやつらは全て無惨様の食事だ」

 

 凛はその会話を聞いて手を震わせながら口元を抑えた。あれが、桜の一族が1000年も追い続けていたあの、鬼舞辻無惨なのか。柱である夫、峻までもやられた今、凛達親子が生き残る道は完全に閉ざされた思われた。だが、人間は窮地に追い込まれればとんでもない力を発揮するモノであった。

 

 どうにか母と妹を守ろうと、最後の力を振り絞りながら呼吸を繰り出した蒼が無惨の腕を切り落とし、虫の息であった峻が無惨の首を切り落としたのだ。

「凛!!ゆずを連れて逃げろ!!!」

 普段温厚な父の言葉にゆずはビクッと体を震わせた。凛は、峻がその言葉を言い切る前にゆずを抱きかかえて南門の脇にある脱出口へと走り出していた。凛も呼吸を扱える為、その速さは人間の倍。だがあと少しという所で、凛の背中に無惨の鋭い手が伸びていく。

 

「―っ!!!」

 峻と蒼はそれを食い止めようと立ちはだかった。体がどうしてまだ動いたのかは2人には分からない。ただ、守りたいという気持ちだけが瀕死の2人を突き動かしていた。

「戦え、ゆず。戦って、生き抜きなさい」

 

 父、峻は震えるゆずを目に映しながら笑っていた。兄、蒼も最早痛みしか感じない筈なのにいつもの様に笑顔でゆずを見ていた。もう喋ることはできないのだ、とゆずは瞬時に理解した。自分を抱いてくれていた母凛の口からはたらりと赤黒い血液が溢れていた。どうやら無惨の鋭い手は父、兄、母の3名を貫いていたのだ。そしてゆずの右腕を鋭く抉った所で止まっていた。

 

「ゆず……、生き…て…」

最後まで笑顔で、声を振り絞りながら話す母は、脱出口の扉を開けてゆずをその中へと落とした。

「父さんっ、母さん、兄さんっ!!」

 

 尻餅をつきながら無様に着地したゆずは、無我夢中で走った。等間隔で設置されている明かりを目で数えながらゆずは父から叩き込まれた経路を頭に思い浮かべていた。

 右腕は酷く抉られている筈なのに、ゆずは全く痛みを感じなかった。そのお蔭で確かな足取りで先へ進むことができた。少し違うと言えば、いつも以上に鼓動が大きく聞こえてきて、目が少しチカチカすることくらいだ。恐怖、不安、緊張、極度の興奮状態になっているゆずの体からは、アドレナリンが分泌されており痛みを完全にシャットアウトしていたのだった。

 

 地下の道には藤の花が咲き誇り、その花を見ながらゆずはまた大粒の涙を流した。父から聞いた話をふと思い出した。桜家邸の周囲に藤の花を植えない理由は、単純に鬼に見つかりやすくなるからであった。藤の花で囲まれた家など、ここに隠れていますと告げる様なものである。桜の人間は、脱出経路のみに藤の花を植えこの経路を使って今まで逃げおおせてきたのであった。

 

 伝統として受け継がれている桜の行事に、この地下経路に藤の花の種を植えるというモノがある。ゆずも家族と共にこの道に藤の種の植えたのだ。その記憶はまだ新しく、あの時の楽しい思い出と共に、今まで家族と過ごしてきた思い出が脳裏に次々と呼び覚まされていく。自分の家族は本当に優しく常に笑顔だったんだと、改めて気付いた。

 

 どれくらい走っただろうか。地下である為時間が分からず、1度どこかの抜け道から外を確認しようとも考えたが、もしかしたら鬼がいるかもしれないという恐怖からこの地下から抜け出せずにいた。道はまだまだ続いており、ゆずは更に奥へと進むことを決意してまた走り続けた。

 

 ゆずが地下へ潜ってからもう1日が経とうとしていた頃だ。昨夜から走り続けていたせいでゆずは疲労がピークに達していた。右腕ももう随分と前から本来の痛みを主張するかのようにズキズキと疼いていた。

 

―もう随分と走った……。記憶が正しければここは私がいた町から6つも隣の町の筈。地下は平坦な道が続いているけれど、地上には大きな山もいくつ超えないと辿り着けない筈。そう簡単に来れない……筈。でも、あんなに異質な化け物の事だからもしかしたら待ち伏せをされているかも……。

考えれば考える程弱気になってしまう自分に、ゆずは自分の頬をペチンと叩いて鼓舞した。

 

「生きるんだ。……強く…、生きるんだ」

 ゆずは懐から短刀を取り出した。1度も抜いたことの無いこの短刀は、今までゆずにとって、父や母の言いつけを守るために持っていた特に意味のないモノであった。だが今は違う。これだけが自分の命を守ってくれる唯一の武器なのだ。自然と刀を握りしめる手に力が籠る。

 

―父さんから渡された時、この刀は特別なものだからって言って渡されたけれど……、どういう意味だったんだろう。

 

 ゆずにとって不運だったのは、ゆずの幸せを願って両親がこの世界の危険について教えられていなかったことだ。1000年紡がれてきた桜家の歴史は、ここで完全に途絶えてしまっていたのだ。

 

 父、峻が渡したこの短刀は、まだ体の小さいゆずが扱えるように調整された日輪刀。母が持たせた淡紫の御守りは、稀血である桜の血を掻き消してくれる藤の花が詰められている。だが、何も教えられなかったゆずは何の為に渡されたのか、どのような効果があり、どのように扱えばよいのか、全く知る由もなかった。

 

 ゆずは恐る恐る鉄の階段を登り、ゆっくりと少し錆びた出口の扉を押し上げる。それと同時に、冷たい雪がなだれ込んできた。

「わっ!」

 ゆずの頭にはこんもりと雪が積もる。ぶんぶんと首を振りながら、ひょっこりと顔を出すと、辺りは白けてきており、どうやら夜が明けた所であった。久しぶりに見る光と、周囲に鬼がいなかったことでゆずは胸をホッとなでおろした。

 

 この脱出口は山の麓に作られたものであり、少し歩くと町が見えた。まだ誰の足跡もついていない、無傷の白さがキラキラ水晶みたいに光っている所を見ると、この辺りにはまだ誰も通っていないことが分かった。人間も、もちろん鬼も。

 すると足元がジンジンと痛みを感じていることに気が付いた。

 

―そうだ。草履を履いていなかったんだった……。

 

 凛がゆずを地下通路へ落とした時、既に草鞋が脱げており、取りに帰る間もなく必死に走っていた為、ゆずの両足は擦り傷だらけで血が流れていた。その足で雪の上を歩くと、傷口が染みてどうにも先へ進めない。だが、一度安堵してしまったからか、今までの疲れがドッとゆずに襲い掛かり、今まであんなに張りつめていた緊張の糸がプツンと切れてしまい、そのまま意識を手放してしまった。

 

 まだ日が昇って間もない朝方であった為通りかかる人もおらず、このまま雪の上に身を晒していれば簡単に熱を奪われて死んでいただろう。だが、幸いなことにとある少年が通りかかったのである。

 

 彼は沢山の武器を背中に括りつけた全身傷だらけの少年であった。

「なんだァ?」

 

 少年は、倒れているのが人だと分かり、急いで担ぎ上げ近くの神社へと向かった。どうやらこの少年には帰る家がなく、神社や寺を見つけては勝手に居つくというような生活を送っていた。神社の境内にある小さな社の中へ慣れた足取りで進み、ボロボロの布団にゆずを寝かせると、抉れた右腕や擦り傷だらけの足を綺麗に洗い、手当を始めた。社の中には、少年が普段使っているであろう包帯や傷薬もあり、惜しげもなくゆずの傷口に塗っていく。

 

 彼の名は、不死川実弥。数年後、鬼殺隊風柱として多くの鬼を滅する男である。これが、不死川とゆずとの出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

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