【鬼滅の刃】かすみそうの花束を君に   作:@れんか

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12話 帰郷

ミンミンミンと、夏の始まりを告げる虫が元気に鳴いていた。

実弥と初めて出会った町へと到着した私は、真っ先にあの神社へと向かった。

 

小さな社を開けると、小さかった自分たちが寝泊まりを繰り返していた場所が何も変わらずに残っていた。この空間だけが、昔のまま時間が止まったみたいであった。

 

「懐かしいなぁ」

コマも懐かしんでいるのか、さっきから「わんわんわん」と神社境内を歩いて回っている。

 

「コマ、そろそろ行くよ」

「わん♪」

 

 ゆずは社の赤い格子扉を静かに閉じた。

 

少し歩くと、山の麓に小さかった私が命からがら逃げてきた桜家の隠し通路への入り口が見えた。

「これも何も変わらないね」

 

開けて中へと入ると、藤の花の香りがふんわりと鼻を擽った。通路の両端に植えられた藤の花の木は枯れることなく、美しく咲き誇っていた。

 

ゆずはコマと共に、ゆっくりと歩き出した。歩いても歩いても景色は変わることはない。幾重にも枝分かれしている道だが、何年経とうともゆずの記憶から忘れ去られることはなく、確かな足取りで前へと進んでいく。

 

桜家邸があった場所へ近づいていくにつれて、所々天井にひびが入り、少し崩れ落ちていた。

―あの鬼が私を追いかけていたのかもしれない。5年も経って今更ここにいるだなんて思いもしないだろうな。

 

桜家邸南門に通じる足掛けの真下には、当時の私が落とした草履がボロボロになって転がっていた。

「そうそう、母さんに放り込まれて尻餅をついて、その時に脱げちゃったんだよね」

 

 小さい草履を見て、いかに自分が大きく成長したのかを感じた。

―もうあの頃の私ではない。

 

ゆずはコマを肩に乗せて、ゆっくりと足掛けを登っていく。鉄の蓋を開け、辺りを見渡した。

 

「うそ……」

 

そこには主人を失った無人の屋敷が、5年もの年月を重ねたというのに、当時のまま存在していた。庭には沢山の死体が転がっていたり、血の跡が残っていても可笑しくないのに、なんとも綺麗に手入れされているのだ。

 

―一体だれが……。生き残った使用人達のうち誰かが掃除をしに来てくれているのかな……。

「……父さん、母さん、兄さん……。戻って来たよ。……ただいま」

 

 屋敷の中は、外壁と何も変わることなく、5年前のままであった。まるで自分だけが取り残されている様な不思議な気持ちになった。

 

 ここへ戻ってきたのは、桜家の歴史について知る為であった。ゆずの父、峻がゆずに手渡した刀の効果を知ったゆずは、自分の家族が鬼狩りをしていたと思っていた。

 

 桜家は何代も続く家だった為、その分鬼についての文献やその戦い方を記した手記が、必ずある筈だろうとふんでここまでやって来たのであった。

 

 よく、父や兄が刀を持って稽古をしていたのも、鬼と戦う為だったと思えば、あんなに真剣に取り組んでいたのにも妙に納得がいく。

 

 父の書斎へと足を踏み入れるのはこれが初めてであった。小さい頃は、入ってはいけないよ、と何度も注意を受けたことがあったからだ。

 

「失礼します。父さん」

 

中を開けると、ここも綺麗に掃除が行きとどいているのか誇り一つなかった。

 沢山の本棚に、壁には刀が飾られていた。本の背表紙を見ていくと、『桜家の歴史』『呼吸法』『日の呼吸の派生』『藤の花の栽培』『鬼舞辻無惨』『鬼と太陽』など、何十冊という本が並べられている。

 

「やっぱり鬼狩りをしていたんだね、父さん」

 

ゆずは時間も忘れて、父の書斎の本を片っ端から読み込んだ。

「くぅん」

 ゆずの邪魔をしない様に、横で大人しくしていたコマだがあまりにも腹がすいて鳴いている声を聞いてゆずはハッと我に返った。

 

「ごめんねコマ!」

懐に入れていたおにぎりを取り出して半分こしてコマの口元へと持っていく。だがコマは食べようとせず、ゆずの手を押し返すのだ。

 

「私も食べろってこと?」

「わん!!」

「…フフっ、コマは優しいね。ちゃんと食べるよ」

ぱくっと食べて見せると、コマも半分のおにぎりを嬉しそうに食べた。

 

「コマがいてくれて良かったよ。本当に私1人だけだったら、寂しくてまた泣いちゃってたかもしれないね」

「くうん」

「ありがとうねコマ」

「わんわん♪」

 

ゆずは3日で全ての本を読み終え、桜家が今まで鬼狩り“鬼殺隊”として鬼を狩り続け人々を助けていたことを初めて知ったのであった。そして、鬼殺隊を創設した、もう1つの人物。産屋敷家の存在を知った。

 

―文献に出てくるこの、“産屋敷家”は今でもあるのだろうか。尋ねてみたいけれど、どこにあるのか見当がつかないなぁ。桜家も分かりにくいところに建てられているし、きっと産屋敷家も見つかりにくい所に作られている筈。文献で場所なんか記す訳にも行かないし、恐らく口伝えでその場所が伝えられていた筈。なら、私が知る由はない、かぁ。

 

「まずは、この、桜の呼吸っていうのを試してみようかな。心肺を著しく発達させ、大量の酸素を瞬時に取り込むことで、身体能力を大きく向上させるって書いてあったけれど……思ったより難しそうだなぁ」

―でも、私は強くなるんだ。

 

「よし!!」

 

呼吸法の手記には、練習メニューまで記されていて、ゆずは素直にそのメニューを取り組むことにした。ゆずが桜家邸へと戻ってから1か月が経った頃だ。

 

黒い服を着た何人かの人間が屋敷にやって来た。

「うわぁああ!!!」

と、ゆずを見るなり、腰を抜かし、恐る恐る顔をあげる数名の人間は「……あなたは?」と訪ねてきた。

 

「えっと……、この屋敷に住んでいた、桜ゆずです。1か月前に家に戻って来たのですが……、もしかしてもうこの家は、違う誰かの屋敷になってたり……とか?だから埃もなく綺麗な状態だったのかな……?」

 

「さっ、さっ、桜ゆず様ぁあああああああああ!?」

 耳がキーンとなるくらいの大声で、目をめいいっぱい見開きながらゆずの目の前で直ぐに頭を床につける姿に、ゆずはギョッとして、すぐに頭を上げさせた。

 

「顔を上げてください!!」

「お待ちしておりました」

「え?」

 

―待っていた?

 

「俺たちは、貴方の父、桜柱であった桜峻様、その継子であった桜蒼様専属の隠しだった者です。貴方様の死体のみ見つからなかった為、もしかすると、どこで生きておられるのではないかと、産屋敷輝哉様より命を承り、定期的にこの屋敷を掃除していたのです。いつ、貴方様が戻って来てもいいように、と」

 

「父さんや兄さんを……知っているのですね。私以外に、家族を知ってくれている人たちがこんなにもいてくれて、嬉しいです。父さん達は、慕われていたのですね」

 

「それはもう、峻様がいらっしゃった柱の中では1番の強さをお持ちの方で、部下からの信頼も厚く、とてもお優しいお方でした」

 

「そうですか。もっと、父さんや兄さんのことを教えて下さい。私は、1か月前ようやく桜家が昔から鬼狩りをしていたことを知ったばかりなのです。私の知らない父や兄の、生きていた頃の話を聞かせてください」

 

「はい!!!」

 

隠しの人達は嬉しそうに父や兄の話をしてくれた。それだけじゃなく、母の話までしてくれた。母も鬼殺隊の一員だったらしく、怪我をして前線へ立つことは無くなったけれど、とても強く美しい人だった、と。

 

「ゆず様、産屋敷輝哉様にお会いして下さいませんか?」

―まさかここであの、産屋敷家の現当主に会う機会が訪れるなんて。

 

「ぜひ、お会いしたいです。ですが、それはまだもう少し先になりそうです」

「それはどういうことでしょうか?」

「私は強くなる為にこの家に戻ってきたのです。まずは、父や兄が使っていたというこの、桜の呼吸を使えるようにならないといけません」

 

すると、隠しの人達はグッと息を飲みこんだ。

「お言葉ですが、……呼吸は、普通“育て”と呼ばれる元柱から教わるか、現柱である者から教わる“継子”にならなければなりません。手記で読んだだけでは、呼吸の修得は難しいかとー……。それに、桜の呼吸を扱える剣士は、桜峻様、蒼様の2人しかいらっしゃらず、お二人がいない今、扱える人間は存在しないのです」

 

「桜の呼吸は、代々桜家が受け継いできた呼吸だと記されていました。ならば、私の代で途切れさせる訳にはいきませんね」

 

「ゆず様……、ですが一体どうやって……」

「私は、桜の呼吸と呼ばれる型全てを見たことがあるのです。私は昔から物覚えがよくて、1度体験したり、見たものは決して忘れないという能力があるんです。だから私だけが、桜の呼吸の完成された型を知っている、という訳です。ですが、体には恵まれてはいないので、型ができたとしても、体や体力がまだ追いつかないでいるの」

 

「そ、そうなのですか。もし、桜の呼吸が復活するとなると、お館様もお喜びになられることでしょう!ゆず様、俺たちにできる事があれば何でも仰って下さい!!」

 

「ありがとうございます」

―これも全て父さんや兄さん、母さんが紡いでくれたんだ。皆が私を導いてくれている気がする。ありがとう、見ていてね。私きっと使いこなして見せるから。

 

 

それからゆずは半年間、血の滲む様な練習を繰り返した。いつからか、全集中の呼吸も使える様になり、桜の呼吸も全て完成させることができたのだ。

 

 時は過ぎ去りもう、雪がちらほらと振り始める季節がやってきていた。いつもならば、隠しが来る筈なのに、その日は違った。

 

 雪の様に真っ白な綺麗な人が、桜家邸の玄関前へとやって来ていた。

「あの……どちら様でしょうか……」

 そう尋ねると、美しい人はぷっくりとした小さな唇を開いた。

 

「お会いできて光栄です。私は、産屋敷あまねと申します。ゆず様、ご無事で何よりです」

 そう言って、浮かぶかと頭を下げる為、ゆずもつられて深くをお辞儀をした。

 

「って、……産屋敷って!」

「はい。私は、産屋敷輝哉の妻です」

「こちらから足を運ばないといけないのに、わざわざ申し訳ありません!!」

 

すると、にこっりと微笑みながら「顔を上げて下さい」と肩にそっと手を添えられた。ふんわりと藤の花の香がして、どこか上品な立ち振る舞いに、ゆずは目を奪われた。

 

「隠しの者から聞きました。桜の呼吸が完成した、と」

「は、はい!なので近々隠しの人達と一緒にお会いしに行こうと思っていたのです」

「フフ、失礼。……貴方を見ていると、貴方の母、凛さんを思い出します」

「母さんをご存じなのですね!」

「もちろんです。とても優秀で、強い方でした。道すがら、お話をしましょうか?」

「ぜひお願いします!」

 

ゆずはすぐに荷物をまとめた。腰には父から貰ったあの短刀と、父の書斎に飾られていた長刀とを差した。すると、コマが「わんわん」と言いながら、ゆずの肩に飛び乗ってきた。

 

「わ!コマ!も~、一緒に行きたいんだね?良い子にしてるんだよ?」

「わん♪」

「あまね様、この子も連れて行っていいでしょうか」

「えぇもちろん」

「ありがとうございます!」

 

 

あまね様は母さんの話をする時、よく笑っていた。私の知らない母を知る人が、楽しそうに母との思い出を話すのは、残された家族からすると、堪らなく嬉しかった。

 

どうやらあまね様は、母とは仲の良い友人だったらしく、お互い歴史ある家に嫁ぐ身として、よく気が合ったそうだ。

 

「凛さんは、貴方を鬼との戦いに巻き込むことをずっと悩んでいました。結局、話さないことを選択しましたが、この様な形で貴方を、血塗られた歴史に縛り付ける形になって、私も少し心苦しい気持ちです」

 

「あまね様、私は自分で選んだのです。だからどうかお気になさらず……」

「そう言ってもらえて少し気が楽になります」

 

 産屋敷家は、桜家と同様に巧妙に隠されており、道という道がない所を進んだりと、かなり入り組んだ場所にあった。かなり大きなお屋敷で、ここだけ空気が違う様な気もする。

 

 あまね様についていきながら、中へ入り、ある部屋へと通された。そこには、黒い髪をした白眼の男性が座っていた。

 

「君がゆずだね?」

「は、はい」

 

「僕は産屋敷輝哉。君が生きていてくれて、本当に良かった」

 なんとも穏やかな声で、私は胸がどきどきと高鳴っていた。

「あ、あのっ……、父達が亡くなった後の、桜家の屋敷をあのまま保っていて下さってありがとうございました」

 額を畳に着けて、感謝を告げた。

「いいんだよ。君が生きて、戻ってくるかもしれない可能性もあったし、何より歴史ある桜家邸を、あのままにはしておけなかったからね。僕は病気で、もう目が見えないのだけれど、鬼と戦ってくれた峻や蒼、凛達の最後が見れなかったことが心残りだ」

 

―目が見えないんだ……。なのに鬼と戦っているんだ。すごい決意と覚悟だ。

 

「彼らの意思を受け継いだ君が生きて、僕の前に現れてくれたことを本当にうれしく思っているんだ。でも、峻や凛は、君をこの世界へ置くことを望んではいなかった。それでも、君は鬼と戦う道を選ぶのかい?」

 

「はい。もちろんです。私は何も知りませんでしたが、残してくれた文献を全て読み、歴史や鬼について知りました。私は桜家最後の生き残りです。歴代の桜家頭首の方々が受け継いできた思いを、私の代で終わらせる訳にはいきません。私は、鬼殺隊に入って、家族を殺した鬼舞辻無惨を必ず滅殺してみせます」

 

「いい答えだね、ゆず。歓迎するよ」

「鬼殺隊に入る前に、……探したい人がいるんです。その人を見つけてから入隊してもいいでしょうか」

「探したい人?どんな人なんだい?」

「はい。私と一緒に昔鬼狩りをしていた人がいるのです。その人も、きっとまだ鬼狩りをしていると思うんです。彼も鬼殺隊へ誘ってみてもいいでしょうか」

 

「へぇ、日輪刀も持たずに戦っている子がまだいたんだね」

―まだ?

 

「ゆず、その人を探すのもいいけれど、入隊してからでもいいかもしれないよ?鬼殺隊へ入れば、君には専属の隠しを付けようと思っているんだ。彼らもその人を探す協力をしてくれる筈。鬼殺隊は、常に人数不足だからね。鬼と戦う人材がいるのならば、スカウトするのも、鬼殺隊の仕事の1つだよ」

 

「分かりました!」

 

「普通ならば、鬼殺隊に入隊するには、最終試練に合格しなければならないのだけれど、君には必要ないみたいだね。鬼と戦いながら今まで生きて来て、呼吸も扱える様だし」

 

「…いえ、その最終試験。受けさせて下さいませんか?特別扱いは不要です」

「フフ、君と話をしていると、まるで峻と話をしているみたいだよ。彼も特別扱いを酷く嫌ってね、同じように提案したことがあるのだけれど、断られたんだ。いいだろう、最終試験を受けてきなさい」

 

「ありがとうございます!」

 


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