不死川は手当をしながら、傷だらけのゆずがどの様にしてこの傷を負ったのか、思考を巡らせていた。
―なんでこいつあんな所に傷だらけで倒れてやがったんだ?裸足だった所をみると、何かから急いで逃げてきたのか……?右肩から前腕にかけて、鋭い何かで抉られている。……鬼の爪で抉られたものか、あるいは動物に襲われたのか……。
ゆずの傷だけではなく、不死川はゆずが倒れていた場所にも疑問を抱いていた。
―俺が通ってきた道には、鬼や動物はいなかった。なのにこいつはなぜ血塗れであんな所に倒れていたんだァ?それに、山の中の雪には血どころか足跡1つなかった。それが突然、綺麗な雪の上にこいつの血と足跡がついていた。こんな薄い着物1枚と裸足の女があの雪山を超えられる訳もねぇし、可笑しなことだらけだ。こいつは一体何者だァ?……まぁ、何にせよ鬼か動物から逃げおおせたのは事実だ。なかなか根性のあるやつだ。それに、俺が通りかからなかったらあのままあそこで死んでいただろうなァ、運も強ぇ。
「せっかく逃げ切れたんだ。死ぬんじゃねぇぞ」
不死川はゆずを見下ろしながらそう呟いた。
ゆずが意識を失ってから2日が経とうとしていた。不死川はなかなか目を覚まさないゆずを、いい加減町医者に見せに行くべきかとそわそわしていた。
―傷は酷いが命に関わる様な傷じゃねぇのに何でこいつはいつまで経っても目を覚ましやがらねぇんだ!!!俺の目の前で誰かが死ぬのはもう二度と御免だ。
「オイ、いい加減起きやがれ!!」
すると、今まで閉じられていたゆずの瞼がゆっくりと開かれていく。長い睫毛に隠されていた瞳を見て、不死川は目を見張った。ゆずの瞳は、青い宝石の様な美しい瞳だった。今まで見たこともない美しさについゴクリと息を飲んでゆずを見ていた。
「誰?」
白く尖った髪をした傷だらけの不死川を見てゆずは首を傾げた。すると、意識が段々と鮮明になってきて、それと同時に燃え上がる様な激しい痛みが右腕に走った。
「―っ!!!!」
あまりの痛みからゆずの大きな瞳から涙が零れ落ちた。ジンジンと鋭く脈打つように主張する痛みで、段々と自身の身に起きた出来事が蘇ってきた。
―あの地獄は夢なんかじゃない。現実だ……!!!!
そう自覚すると、とめどなく洪水の様に涙が溢れ出してきた。突然わんわんと泣き喚くゆずを前に、どうしたら良いのか分からず不死川はあたふたとした様子で、
「泣くんじゃねェエエエエ!!!!!」と大声をあげた。
いきなり大声を出されてゆずは驚き、きょとんした表情を向けた。
「俺は不死川実弥。お前は?」
直ぐに答えないと、また怒鳴りそうな勢いの不死川に気圧されて、ゆずは慌てて口を開いた。
「わ、私はゆず」
「何に襲われた?」
その質問をすると急に口を閉ざしてしまうゆずを見て、不死川は何に彼女が襲われたのか答えを1つに絞ることができた。
「鬼に襲われたのか?」
「!?……鬼を…、知っているの!?」
鬼は確かに存在するが、普通の人間に鬼がいただなんて話をしてしまえば虚言や妄言を言っている頭の可笑しな人間だと後ろ指を差されかねない。アレは、実際に目で目ないと決して理解することができない異形なる存在。それを、自分と歳も変わらないこの不死川と名乗る少年が、なんの躊躇もなく“鬼”という単語を出したことにゆずは心底驚いていた。
「あァ。知ってるぜ。俺は鬼に家族を壊された」
「!!」
なんとこの男もまた、ゆずと同じ様に、鬼に遭遇し家族を失っていたのである。不死川の全身につけられた痛々しい傷跡が、彼が今までどんな地獄を歩んできたのかを物語っていた。
鋭い何かで引き裂かれたような傷跡は、まるで自分の右腕と同じだ。この人は何度あの鋭利な爪で引き裂かれたのだろうか。痛くて、痛くて、今にもどうにかなってしまいそうなこの苦痛を、彼は何度味わったのだろうか。そう思うと酷く胸が傷んだ。
「お前も……そうなのか?」
ゆずは黙って頷いた。
「そうか…」
不死川はそれ以上何も聞かなかった。ゆずは、これはこの人の優しさなんだと気づいた。家族を失ったばかりのゆずの口からはとてもじゃないが、鮮明に残るあの血塗れた地獄を語るには酷であったのだ。
ふと、ゆずは懐にしまっていた筈の短刀がなくなっていることに気付き、辺りを見渡した。
「これか?」
探し物はなんとも簡単に見つかり、不死川の手に父から貰った刀が握られていた。
「持っていてくれたんだ」
「あぁ。お前なかなかこの刀を放さなかったからから苦労したぜ。大事なモンなんだろ?」
「うん。……お父さんからもらったんだ」
ゆずは刀を受け取ると、胸の前でぎゅうと抱きしめてまた涙を流した。
「実弥って、呼んでもいい?」
「あァ?…好きに呼べ」
するとゆずは不死川の両手を握りしめて、
「実弥、……ありがとう」と心から礼を言った。
不死川はゆずの顔を正面から直視して少し顔を赤らめていた。白い陶器の様な滑らかな肌に、自分とは違う細くしなやかな手、なによりゆずの瞳が、自分が今まで見てきたどんなモノよりも美しく、不死川は見惚れてしまっていた。
「……礼なんかいらねェ」
少し照れた顔でフイっと目線を反らす不死川の頬はほんのり赤く染まっていた。
「傷の手当もありがとう」
「……別に」
不死川から伝わる手の温かさがどうにも心地よくて、あの地下道を走っていた頃抱いていた孤独や不安感はいつの間にか消え去っていた。
―どうやら私は良い人に助けられたみたい。父さん、母さん、兄さん、……私、生きてるよ。ちゃんと、生きてるよ。
冬だというのに春風の様な風が神社の社の、格子窓から吹き込んできた。その暖かい風は、まるでゆずの背を押してくれている様な、そんな気がしていた。