実弥は私にまず、刀の使い方から教えてくれた。
「俺の武器を貸してやってもいいが、それ使うんだろ?」
両手には父さんからもらった、薄紅色の刀が握られていた。
―もちろん、戦うならこの武器を使いたい。この刀と一緒にいると、まるで父さん達と一緒に戦っているような不思議な気分になれるし……。
「短刀での戦いとなると、有効部位が狭ぇから、鬼からの攻撃を受ける部分は限定される。そこで、まずは攻撃を受ける部分を守れる構えをする必要があるな」
「……んー、難してくてよく分からない」
「つまり、右手と左手をそれぞれ、顔や胴体を庇うように正中線におけって言ってるんだ。構え方ひとつで、戦い方は大きく変わる」
「こう?」
「ちげぇぇ!!こうだ!!」
不死川の手がゆずの手や腰に回される。
「いいか?短刀での戦いは、相手との間合いが、極端に近ぇえ!!ゆず、お前はもっと武道を極める必要がある。剣道ってより、空手や素手での格闘技の動きがモノを言うんだ。だからお前にはこれから、俺と組手を毎日してもらうぜェ。あと、体力をつける為に走り込み、筋力をつける為に素振りも追加だァ」
それからゆずは、地獄の特訓メニューをこなしていた。
実弥の練習メニューは、私にはなかなかに厳しくて、泣き言を1つでも言ってしまえば、実弥からの罵声と、ただでさえ厳しいメニューが更に追加になってしまうのだ。
おかげで私の精神面もかなり鍛えられて、「しんどい」「疲れた」という言葉はいつしか消え去り、「やるしかない」という気持ちで、なんとか乗り切っていた。
実弥の練習メニューをこなし始めてから1か月が経った頃、私にある変化が起きていた。始めは、休みながらでないと完走できなかった、30kmのランニングコースが、休みなしで完走できるようになった。血豆ができて何度も痛い思いをしながら振り続けた素振りも、毎日1000回振れるようになった。
極めつけは、実弥との組手だ。私の基礎体力が向上したからか、始めは1分で息がきれていたのに今では30分組手をしても息が上がらなくなった。そればかりか、実弥に対して何回か攻撃を当てられるようになっていた。
この成長速度に不死川も驚いていた。
―なんなんだこいつは……。教えてまだ1か月だぞ?普通ここまで動けるようになるか?それを可能にしているのが、恐ろしいほどの集中力と、記憶力!!!それが驚異的な飲み込みの速さに繋がっている!!!!そろそろいいかもなァ。
実弥はやっと私のことを認めてくれたのか、ようやく次の町に行こうと言ってくれた。
「やっと鬼狩りに行けるね~!」
「まぁ、戦えねェ奴連れて鬼狩りなんていけるわけねェからな。ある程度動けるようになったからって言って、気ィ抜くなよ?お前、たまにぼーっとしてるからよォ」
「もちろんだよ!!気合入りまくりだよ!!ね、こまちゃん♪」
「わんわん!!」
私は、実弥が認めてくれたのが嬉しくて、口元が終始緩みっぱなしだった。そんな顔を見てか、横から少しため息が聞こえて来たけど、聞こえないふりをして、こまちゃんを撫でた。
私達は、まず聞き込みから始めた。ここ最近、行方不明になった者がいるか、化け物を見たという者がいるかどうか。だが、情報はなかなか集まらず、茶屋で一腹することになった。
「なかなか情報集まらないね」
「そうほいほい集まってたまるかよ」
「それもそうだね。情報がないってことは、鬼に襲われた人がいないってことだもんね」
「あァ。で、ゆず。何が食いてぇんだ?」
さっきからお品書きを目を皿にして眺めていたからか、実弥は少し呆れた顔だ。
「ん~……、お抹茶と3色団子のセットも美味しそうだけど、おしるこも気になるなぁ。実弥は決まったの?」
「あぁ」
「何食べるの?」
「おはぎ」
「じゃぁ私もそれにする!」
「はァ?好きなの食えよ」
「一緒なのがいい!」
実弥は諦めたのか、「おはぎ二つ」と店員さんに注文してくれた。5分も経たないうちに、すぐに更に2つちょこんと乗せられたおはぎがやってきた。
実弥は嬉しそうにかぶりついて「うめぇ」と言いながら笑顔を見せていた。
―わっ、実弥が笑ってる。ここ最近、怒られてばかりだったから久しぶりに見た!!やっぱり実弥には笑ってる顔が1番だね。
すると「さっさと食え」と言われて、私もおはぎを口に入れた。もちもちのお餅に、なかからトロッとしたあんこが出てきて口いっぱいに甘さが広がっていく。
「ん~‼!美味しい!」
「だろ!!」
実弥に釣られて私も口が綻んでいく。
―幸せだなぁ。こんな日がずっと続けばいいのに。
腹も膨れて、お茶を啜っていた時だ。店内から、ひそひそと話声が耳に届いてきた。町はずれの一軒家に住む、茂吉という人の奥さんが突然いなくなり、茂吉さんがずっと探しながら、化け物を見たと言い触れ回っているという内容だった。
私と実弥は、目線がピタッと重なった。恐らく、茂吉さんの奥さんを攫ったのは鬼だ、とすぐに想像できた私たちは、茶屋を出て、その町はずれの茂吉さんに会いに行った。
茂吉さんと思われる男の人が、家の前で力なく座り込んでおり、話しかけると、酷く憔悴しきった顔であった。
その姿を見て、酷く心が痛んだ。大事な人を亡くした悲しみと怒りと、自責の念に押しつぶされそうになっている。まるで、1か月前の私だ。
「話を聞かせてください」
茂吉さんは震える声で、目の前で奥さんが鋭い目つきの化け物に連れて行かれたと話してくれた。必死に追いかけて、辺りを探し回ったけど見つからず、町の人に協力を頼んでも、妄言を言っていると突き放されたのだと。
「俺たちが探します」
「……君たちが?見たところまだ子供じゃないか」
「俺はずっと、鬼を退治してきました。奥さんを攫った鬼を、俺たちが退治します」
「奥さんの特徴を教えてください」
「……妻は、小豆色の着物を着ていて、頭に風車のかんざしをさしているんだ。俺は妻と一緒に風車を作っていてね、そのかんざしも俺が作って、妻に渡したものなんだ。妻はっ……すごく明るくて、器量も良くて……、俺には勿体ない人でっ!!!!……うぅっ……もうあれから3日も経つから、もしかしたらもう…だめかもしれない」
「その鬼は必ず俺たちが、仕留めて見せます」
「茂吉さん、まずは体を休めてください。もうずっと眠っていなかったんでしょう?」
茂吉さんの手を握ると、今までせき止められていた涙が零れ落ちていった。
「俺の話を聞いてくれたのは君たちだけだよ。…ありがとう」
私たちは、茂吉さんと別れて、夜を待ち、早速茂吉さんの奥さんを攫った鬼の捜索を始めた。
「ゆず、この町の近くに森がある。まずはそこへ行くぞ」
「うん!!」
私はいつの間にか夜が怖くなくなって、暗闇が広がる森の中へも簡単に足を進められるようになっていた。実弥がいてくれるからだろうか、実弥がいると、すごく安心する。どんな暗闇にでも、実弥と一緒なら進んでいけそうな気がしていた。
すると、ふんわりと血の香りが鼻をツンと刺激した。
「この匂い……」
実弥を見ると「刀握っとけェ、近い」と、緊張した声で私に指示を出した。
ゆっくりと、血の臭いがする方へと進むと、女の死体がまるで獣に食い散らかされたかの様に、ぐちゃぐちゃになっていた。
つい、口元を押さえて顔を背けたくなる光景だった。でも、確認しなければならない。茂吉さんの奥さんじゃないかどうか。
―……違う。着物は淡いピンク色だし、頭にはリボンがついている。風車のかんざしはない。
「実弥、これって……」
「あァ。鬼の仕業だろう。……すまねぇ、助けてやれなくて」
実弥は女の死体の前で両手を合わせていた。私も横に並んで手を合わせた。それから随分と歩き回ったが、鬼と遭遇することはなく、朝日が昇った。
茂吉さんは、家を使ってくれて構わないと言ってくれていた為、泊る所がない私たちは、茂吉さんの好意に甘え、朝日と共に茂吉さんの家へと向かった。
「すみません。鬼の痕跡は見つけられたのですが、鬼自体はまだ…」
「いいんだよ、夜通し探してくれてありがとう。さぁ、休みなさい。俺は夜中しっかり休ませてもらったから、外へ出て何か手掛かりがないか探してくるよ」
茂吉さんは私達の為に料理も用意してくれていて、布団も二つ敷いてくれていた。
―なんて優しい人だろう。茂吉さんの為にも鬼を見つけ出して退治してあげたい。
その日の夜も、また次の日の夜も、私と実弥は鬼を見つけられなかった。だが、3日目の夜に、ようやくその日がやって来たのだ。
いつもの様に、森の中を探索していると、ある大きな洞窟を見つけた。中へ入ると、酷い血の臭いでここに鬼がいる、と嫌でも分かった。
すると、奥から足音がゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「なんだァ?こんな所にガキが二人も。ひぁっはっはっはっはっ!!!!てめぇら、運がねぇなぁ!!!!!!」
鋭く尖った爪には、肉片がついており、鬼の口元には先ほどまで食事をしていたのか、血液がべったりとついていた。それをペロリと舐めとる鬼は、頬まで切り裂かれたような大きな口を開けて笑っていた。
「ゆず!!気ィ抜くなァ?」
「うん!!」
私は短刀を鞘から抜いた。右手で刀を持ち、左手で鞘を持ち、実弥から教えられたあの構えをして様子を伺った。
実弥が鬼へと斬りかかると、それを軽々と避けた鬼は真っ先に私の方へと向かってきた。恐らく、簡単に仕留められる方から、と考えたのだろう。でも、私は実弥との訓練で普通の女の子ではなくなっていた。
向こうから距離を詰めてきてくれたおかげで、私の間合いに入った鬼はその鋭い爪で私の胸元を切り裂こうとしたが、鞘でその爪を受け止めてすかさず刀で鬼の体を斬りつけた。
「うわああああああああああああ!!!!!」
叫び声をあげながら鬼は私から距離をとった。
「なんだァアア!!その刀はァアア!!!」
鬼の切り口を見ると、焼けきれたような跡が残っていた。
―やっぱりこの刀は特別なんだ!!父さんや兄さんたちが使っていた刀も、この刀と同じように“悪鬼滅殺”の文字が刻まれていたし、同じ種類の刀なのかな。父さん達も鬼たちと戦っていた様だから、鬼に有効な刀を持っていても不思議じゃない。
「実弥!!!」
「分かってらァアアア!!!」
背後から鬼の体に鎖を巻き付けた実弥は、鬼を拘束し、洞窟の外へと引きずり出そうとした。ここでは、朝日を迎えたとしても日の光は届かないから、どうにかしてここから鬼を連れ出さなければ倒すことができない。
だがそう簡単に連れ出してくれるはずもなく、激しくのたうち回る鬼の爪が実弥の左腕を切り裂いた。
「-っ!!」
「実弥!!!!」
すると、こまがガブっと鬼の足首に噛みついた。だが、子犬の噛む力では、鬼にダメージを与えることはできず、簡単に吹き飛ばされてしまった。
「こまちゃん!!」
「……くぅん」
弱弱しく鳴くこまは、洞窟の隅でぐったりとしている。
鬼に切れ割かれた、実弥の腕からは、赤い血液がぽたぽたと落ちていた。すると、先程まで暴れていた鬼の動きが急に大人しくなり、私はその隙に鬼の首を切り落とした。
「うわああああああああ!!!!」
無我夢中だった。実弥を傷つけられて、父や母、兄が亡くなっていく光景がフラッシュバックしていた。
すると、鬼の体はボロボロと崩れ落ちていったのだ。
「何で俺がこんなっ、こんなガキどもにぃ……」
そう言い残して、鬼は、まるで太陽の光を浴びた時の様に消えていった。
「消えた……」
「お前、その刀は……」
実弥は驚いた顔を私に向けていた。
「そ、そんなこと言ってる場合じゃない!!大丈夫!?酷い怪我だよ!!」
私は胸元に入れていた手ぬぐいを出して実弥の腕に巻き付けて止血した。
「くぅん」
よろけながら、こまは私の足元までやって来て、心配そうに実弥を見ていた。
「こま、俺は大丈夫だぜ。お前、なかなか勇敢だったじゃねェか」
わしゃわしゃと頭を撫でると、こまは嬉しそうにしっぽを振った。
「その刀で斬ると、鬼が消えるのか」
「……そうみたい、だね。父さんが特別って言っていたのは、こういうことだったんだ……」
「俺はもう大丈夫だ。茂吉さんの奥さん、……見に行くか」
「……うん」
この洞窟の奥は更に血の臭いが酷く、生きているモノの気配は全くなかった。辺りには食い散らかされた肉片や骨が散らばっており、そのうちの1つに、あずき色の着物がびりびりに破られた原型も分からない死体が転がっていた。
「うぅっ……、茂吉さんになんて言おう……」
喉が燃える様に熱くなっていき、次第に大粒の涙が零れ落ちた。
「ありのままを伝えよう。それしか、俺たちにできることはねェ」
実弥は私の手を強く握ってくれていた。
「うん…」
近くには、風車のかんざしも落ちており、私たちはかんざしと、着物の切れ端を握って、茂吉さんの家へと戻った。
足取りは重く、扉を開けるのに少し時間がかかった。すると、私たちがあける前に、茂吉さんが扉を開けて、私達を見て大きく目を見開いていた。
「……っ、茂吉さんごめんなさい。…奥さんは……」
言いかけると、茂吉さんは私達を強く抱きしめてくれた。
「無事に戻って来てくれてよかったっ!!!!!」
その言葉で、また目頭が熱くなり、私は茂吉さんの大きな背中に手を回して涙を流した。
「すみません、茂吉さん。俺たちが言った頃には奥さんは…」
「いいんだ。……君たちが帰って来てくれただけで、それだけでいいんだ」
私は、茂吉さんに小豆色の着物の切れ端と、風車のかんざしを渡した。それを手に取り「妻を連れて帰ってきてくれてありがとう、ありがとう」と、唇を震わせながら泣いていた。
茂吉さんは私たちに「ここで一緒に住まないか?」と提案してくれた。
「俺たちは、鬼を退治してまわっているんです。今もこうして誰かが鬼によって悲しい思いをしているかもしれません。俺たちは行きます」
「そうかい。いや、君たちならそう言うだろうと思っていたよ。でも、疲れたらいつでも戻ってきておいで。俺はいつでも待っているよ」
「ありがとう茂吉さん!」
「そうだ、君たちにこれを」
茂吉さんは、私の髪に白い風車のかんざしをさしてくれた。
「うん、よく似合っているよ。実弥君にはこれを」
右手には、私と同じ白い風車が握られていた。
「もう、風車を持つような歳じゃないだろうけど、御守りとして持ってて欲しいんだ。俺も、君たちみたいに、誰かの背中を押す、風みたいになりたい。俺も妻も、君たちに救われたよ。本当に感謝してる。ありがとう、実弥君。ゆずちゃん」
私は胸がグッと熱くなった。自分がした行動が、こんなにも誰かを足押しして、感謝されたことが酷く嬉しかった。
―茂吉さん、いい顔で笑うようになったなぁ。初めて会った時は、酷く疲れた顔をしていたのに、今じゃそれが嘘みたい。これが本当の茂吉さんの顔なんだ。実弥は今まで、こうして人を助けて来たんだ。
実弥を見ると、「ありがとうございます」と頭を下げていた。そんな実弥が、どうしようもなく誇らしく見えた。
そして私たちは次の町へと足を進めた。