目が覚めると、体を縄で縛られていた。目も隠されていて、どこにいるか全く分からなかった。でも、畳の香りがするという事は、どうやら部屋の中にいるみたい。
「楓様。今日町へ来た客人です。どうぞ」
綺麗な女の声だった。私のすぐ近くで、誰かに向かって喋っている。
―楓様……?
すると、「いやっ!!いやああああああっ!!!!!」と若い女の声が聞こえた。
―一体、なにをしているの……!?
「ふむ、肉付きは良いが、顔はいまいちだな。コレクションにするに値せん」
「申し訳ありません楓様」
「ひぃっ…!!!やめてぇえええええ!!!!!!!!!」
若い女の叫び声がしたと思えば、私に何か暖かいものが降りかかった。それと同時に、鼻をツンとつく、鉄の香りがして、それが血の臭いであることに気が付いた。
「この者も、今日町へ来ていた者です。一緒に若い男がいたのですが、全身傷だらけでしたのでこの者だけ攫って参りました。いくら若くても、楓様が口にされるモノに傷があってはいけません。それに比べて、この者はかなり美しい娘でしたので、きっと、楓様のお気に召すかと」
「ほぅ。お前も私ににて、随分と目が肥えているのにお前にそこまで言わせる程の人間か」
すると、スルッと目隠しが外された。部屋の明かりについ目を細めるも、目の前に広がる光景に私は思わず目を見開いた。
そこには何人もの若い男女の死体が転がっており、中には頭が綺麗にもぎ取られている死体もあった。そして、私を値踏みするかの様に、全身を舐めまわす様な視線を送るこの男が、楓と呼ばれる鬼。
長く美しい黒髪をした鬼で、その瞳には“下弦の弐”と刻まれていた。
―お父さん達を殺した鬼の瞳に似ている……!!!!あの鬼たちは上弦の壱と弐と刻まれていた。あの鬼たちに繋がる鬼なのかもしれない……!!!!!
「ほぅ。なんと美しい娘だ。淡い栗色の髪の毛に、雪の様に白く柔らかい肌。それに、何と言ってもこの澄んだ青く大きな瞳!!!なんとも美しいィイイイイ!!!!!合格だ!!!娘よ、名はなんと?」
「……ゆ、ゆずです」
「ゆずよ、そなたは美しく生まれたことを感謝するがいい」
「光栄に思え、人間。楓様は、美しい人間を好む。芸術や美に対して、並々ならぬ思いをお持ちなのだ。だから、体を傷つけぬ様、肉は食わず、少しずつ血を吸うのだ。そして、血がなくなりかけた時、その肉を喰らっていただけるのだ」
「人間は欲にまみれた穢れた生き物よ。だが喋らなくなると、途端に美しい美なるモノへとその姿を変えるのだ。特に美しいのは、人間の頭、顔だ!!!!顔は生き物のすべてだ!!!誰も同じ顔が1つとしてないだろう?なのに、美しいものには共通して、そこに美があるのだ!!!!だから僕は、顔が少しでもいい人間は、首を切り落として飾っているんだよ。ゆず、君はその人間の中でも最高に美しい。だから、大事に大事に血を抜いて、更に真っ白になってから、その綺麗な顔をいただくとするよ」
そう言いながら、楓はぺろりとゆずの頬を舐めた。ねっとりと舌が這えずり周り、体がゾクと反応し、背中には冷や汗をかいていた。
「あ……貴方に聞きたいことが…あるんです」
いつもは鬼を見ても体が強張ることなんてないのに、この楓という鬼を前にして、今まで倒してきた鬼とは明らかに別のモノであることに、体が訴えていた。
「ふむ。そなたは美しいから聞いてやっても良いぞ」
「……貴方の瞳に刻まれている、下弦の弐とは……一体どういう意味が…?」
すると、楓は大声で笑いながらわたしの顎を掴んだ。
「私を前にして、私の容姿についての質問をするとはなァ!!まぁいい、今日は気分が良い。教えてやろう。これは我らが主に認められし者にだけ与えられる称号!!!!ゆずよ、十二鬼月という言葉を聞いたことがあるか?」
私はあまりのプレッシャーに声が出ず、頭を横に振るった。
「まぁ、知らなくて当然か。我らが尊きお方に認められし12人の鬼のことよ。私はその中でも8番目に認められたということだ。このような質問をするという事は何かしらか鬼について知っていると思ったが、どうなのだ。ゆずとやら」
「……私の家族は、瞳に上弦の壱と、弐と刻まれた鬼と、赤い瞳の鬼……鬼舞辻無惨という鬼に殺されたのです。その鬼と何か関係があるのかと思って……」
「なに?」
さっきまで、上機嫌だった楓の様子が一変して何かを考え込む様な素振りを見せ始めた。
「お前、年はいくつだ」
「じゅ、15歳です」
―素直に答えなければきっと今すぐに殺されてしまう。今は少しでも時間を稼がないと。……実弥がきっと私を助けに来てくれる。大丈夫、きっと来てくれる。
「ふむ。……娘よ、お前、性はなんと申す」
「……桜です」
「なにィイ!?こんなっ、こんなことが起きていいのか!?ぁああああ無惨様ぁあ!!私が、この楓がついにあの桜の娘を捉えましたぞ!!!!!」
「!?」
―なっ、なに!?
「娘ぇええ!!よくこの町へ来てくれた。これで私は上弦に上がれるやもしれん!!!!この手柄は大きい!!!!早速無惨様に報告せねば!!!!!………いや待てよ?聞けば、桜の人間を食えば稀血を食う倍の力を手に入れられると聞く。みすみすこの娘を手放すのは惜しいか。にしても、噂になるほど美味だと聞く桜を前にして、全くそそられん。……お前、なにか持っているな?」
すると、楓の鋭い爪が私の着物をびりびりと引き裂いていった。ぽろっと母からもらった淡紫の御守りが懐から転げ落ちた。
「ふむ。いまいましい藤の香り袋か。このせいでお前の香りをー……」
―今度はなに!?
いきなり動きを止めた楓は、激しく息を乱していた。
「なんだこれはっ……なんという……極上な香り……っ……、食わせろ。今すぐに、お前の血を……」
楓は肩で息をしながら私の首元の鋭い牙を突き立てた。
「あぁっ!!!いやっ……っ!!!!!」
ズキズキと、肉が切り裂かれる痛みに、涙が零れ落ちた。
「うまい!!!!!なんとも美味!!!!!!!!!」
だんだんと意識が遠のいていく。体が暖かくなったかと思えば、次は段々と寒くなってきた。ジンジンとする痛みはあるが、それも体が麻痺をしているのか、鋭い痛みだったのに鈍いものへと変わっていった。
目の前がちかちかとし始めて、私は死を覚悟した。
―これで、終わるのかな。……私、父さん達の敵も討てていないのに……。実弥ともっと話がしたかったな。もっと一緒にいたかったな。せっかく好きだって言ってもらえたのに。これで終わりになるなんて。あぁ、……実弥に会いたい。
「さね……み」
楓を押しのけようとしていた手にも力が入らなくなってきて、力なく畳の上に両手が落ちていく。体重を楓に預けて、私は意識を手放しかけた時だった。
「ゆず!!!!!!!」
実弥の声が聞こえた気がした。ゆっくり瞬きをすると、昼間に会った男の人と一緒に実弥が楓と、それに仕える鬼を切り裂いていた。
いつの間にか私は実弥の腕の中にいて、冷たくなった体が少し暖かくなった気がした。
「来てくれたんだね。……ありが、とう。さね、み」
「ゆずっ!!お願いだっ!!死ぬな!!!!!俺を残して、逝かないでくれっ……!!!ごめん、ごめん、ゆず」
「……さね、み。…笑って?…ほら、おはぎ、……食べる時みたいに」
「ばか野郎……っ、こうか……?」
私の瞳には、涙を流しながらも笑う実弥の顔が映った。
「うん、やっぱり……実弥には、笑った顔が……1番、だね。……実弥、大好きだよ」
私はそこで意識を手放した。