「ユグドラシルももうすぐ終わりか…まぁ仮想の世界なんだが、自分でもよくまぁ此処まで続けられたものだ」
空に浮かぶ天空城の庭よりユグドラシルの1プレイヤーであるリュウジはぼーっと空を眺めていた。DMMO-RPG『ユグドラシル』は自身の青春そのものであり、かつて存在した弟達との最初で最後の思い出だった。
ユグドラシルを始めたのは凡そ10年前。最初は弟の蓮司と妹の麻美に連れられて遊んだゲームだったが、結果的に一番ハマっていたのは自分自身だった。ギルド【竜の守り手】を設立し、自分が好きだったドラゴンに関するアイテムや職業を只管調べて、仲間を募った事。ワールドチャンピオンを目指し、大会に出場するも何かクソダサい文字を出す変な奴に負けてしまい、悔しくてリベンジした事。弟と妹や他ギルメンと共にNPCを作ったり、クソダサい文字を出す変な奴が所属しているらしいアインズ・ウール・ゴウンとかいうDQNギルドと関わりを持ったりと、まぁこの10年間色々あった。
「蓮司も麻美も此処に居てほしかった。叶わない願いだったとしても願わずにいられない」
「……なんてな、こう独り言言っても寂しいだけか。一人くらい残ってくれる奴が居ても良かったのにな」
既に存在しない者達の事を想像して目を閉じる。存在しないというのはこのユグドラシルという意味ではなく、現実世界にも既に存在しないという意味合いだ。弟の蓮司は4年前の感染症によって病死。その数か月後に妹は貧民層のテロに巻き込まれて事故死した。
弟に関しては自分の知り合いに医者が居れば話は違ったが、あまりに急であった事と富裕層を対象にワクチンは優先された為に手の施しようがなかった。皮肉にもその感染症の対応による不満で起こったデモ・テロ活動により、妹は死んだ。これでは誰を恨んでいいかまるで分からない。
墓をたてるという行為も現代においてはあまりに高値であり、そもそも外はガスマスクをつけなければまともに出歩けないような場所だ。一人ぼっちになってしまったアパートの一室で小さな墓を写真と共に立てるしかなかった訳だが、喪に服そうとしても俺にはあの二人しか家族が存在しない。それにより精神の均衡を著しく崩した事もあって、二人の事がどうしても浮かんでしまうユグドラシルに触れない日々を過ごし、暫くの間はログインすら出来ない状態だったそれでもユグドラシルに、ギルドに帰ってきたのは兄弟と共に作り上げたギルドとNPCという心残りがあったからに他ならない。
天空城に存在するNPC達は今、目の前に集結していた。そのNPCの大半は蓮司や麻美と共に作り上げたNPC。とあるカードゲームに嵌っていた蓮司が考案し、妹もそれに追従するように参加したドラゴンNPCズの作成計画。勿論、他のギルドメンバーも駆り出された訳だが、それが度々波乱を呼んだ
弟が空にある城がカッコいいというふわふわした理由でアースガルズ、人間種のホームベースに存在する天空城を攻略するとか言った日には他全員が唖然としたが、ギルメンのゲーマー魂が疼いた為に死力を掛けて攻略した。妹がメイド服のデザインを凝る為、アインズ・ウール・ゴウンのホワイトブリム氏にワールドアイテムとイラスト料金を引き換えにデザインを手伝ってくれるように取引したという事を聞いた日には思わず眩暈がした。他にも様々なトラブルがあったものの、今現在存在するのがこの天空城と他のギルドメンバーが作った多数のドラゴン達だった。
そして共に作り上げた4体のエインシェントドラゴンと6体のドラゴン・メイド。ドラゴン・メイド達はリュウジの目の前に綺麗な姿勢で並び立っており、天空城の上空をエインシェントドラゴン達が悠々と飛び回っている。NPCは所詮NPCだ。感情も持たないし、現実世界には存在しないただのデータだ。
だが、それがどうしたというのか。自分達の思い出は誰が何と言おうと此処に存在する
弟が作り上げた雄大で強靭なドラゴン達も妹が作り上げた美麗で可憐なメイド達もそのすべてが彼らが此処に居たという証だ。其処から目を離す訳にはいかない。ユグドラシルの事を忘れようとして、寝る間も惜しんで仕事をしていたが結局の所、ユグドラシルの事を忘れる……否、忘れたくはないと思った
それに気づきユグドラシルに再び顔を出す様になれば、ギルドメンバーの半数が脱退していた。新しいDMMOが出た事とユグドラシル自体が骨董品となり掛けていた事が大きな理由の一つだが、それなりに責任を感じ、何とか其処から再びギルドの活動を活発化させていったが、脱退するメンバーは後を絶たずに残ったのは20名程。その大半もほぼ義理だけで残ってくれているだけで1年ほど顔を出さない者も存在するが、それでも後悔はなかった。
「そういえばモモンガさんはどうしているだろうか。後数十分でユグドラシルも終わってしまうが……声を掛けてみるか。あの人には世話になったしな」
先の事もあり【竜の守り手】はアインズ・ウール・ゴウン(此処からはAOGと略す)と深い関わりがあった。そもそもの話だが【竜の守り手】の初期メンバーが竜人かドラゴンというドラゴン系ギルド。途中参入者はドラゴン関連の装備や職業を持つ人間種・亜人種なども居るが、根本的な活動内容は異形種の保護や支援などであった。
AOGとは違い、PKKなどの行為はしていなかったのと人間種や亜人種参入者が居た為に比較的穏便なギルドとしてユグドラシル全体には受け要られているが、それでも争い事がない訳ではなかった。所謂異形種狩りが【竜の守り手】にまで影響し、其処でクソダサい文字を出す変な奴の進言からAOGと一時同盟を組むようになったというのが関係を持った始まりである。
その後も何やかんや長い付き合いになったが、最後の最後まで残ったのは互いのギルドマスター一人のみ。彼がログインしている事は既に把握済みなのでスクロールを使用し、最後に会話をしようと試みた。
「あーてすてす。聞こえるかなモモンガさん」
『聞こえますよリュウジさん』
空中に浮かぶ鏡に映し出されたのはAOGのギルドマスターにして死の支配者、威圧感すら感じる骸骨の顔や風貌に反して穏やかな声を発している。この人もまた俺と同じくユグドラシルに未練を残し続けた人だ。これまでの間で色々と愚痴る事もあり、定期的に連絡を取り合っていた。
「もう後少しでこのユグドラシルも終わりだな」
『終わってしまいますね、ユグドラシル……』
ユグドラシルという世界に対する未練と寂しさ。俺は兄弟が残したNPC達に対して、モモンガさんはギルドとギルドメンバーという差はあれど、互いに思う事は一つだった。
「もし、そっちが良ければなんだがユグドラシルが終わったら新しいDMMOを一緒に始めないか?ギルドメンバー達もそっちのゲームに移行しているらしいからメンバーには困らないと思う」
『そうですね……この先の時期はリアルが忙しくなるので、余裕が出来たらになると思いますが……考えておきます』
「考えてくれるだけ嬉しいさ。暇が出来たらまた連絡させてもらう」
あまり乗り気には見えないのはリアルの忙しさもあるだろうが、ユグドラシルに対する未練が自分より深いからだろうか。そんな事を考えつつ、旧友と呼べる相手と最後の会話を交わす。他愛の無い事や思い出話ばかりだったが、あっという間に時間は過ぎていった
「と……もう少しで時間か。最後は何処で過ごすつもりなんだ?」
『折角ですから俺は玉座で終わりを迎えようと思います。其方は?』
「俺はこのまま庭で過ごす予定だ。ドラゴン達は流石に玉座に入らなくてこういう時困ってしまう」
『ははっ、本当に最後までドラゴンと共に過ごすおつもりなんですね』
「そりゃあ俺は【竜の守り手】のギルドマスターだからな……んじゃ、また会おうモモンガさん」
「ユグドラシルが終わったとしても、俺達の冒険はまだまだ続けられるさ」
『ええ、また会いましょう。リュウジさん』
最後の言葉を告げると、通信が途切れる。ユグドラシルが終わるまでもう数分。空は満天の星空と共に天空城の周りを飛び回るドラゴン達を照らしていた
「……本当に終わってしまうんだな、ユグドラシル」
「ただ楽しかった……というには色々起こり過ぎたが、何にせよお前達ともこれでお別れだ」
「さようなら、ユグドラシル」
弟と妹は死んだのだ。そしてその思い出も此処に全て置いていく。
世界樹は枯れ落ち、この地に残った幻想も消える。そして竜の伝説もまた終わりを迎えるだろう。
長い長い時間だったが、これでやっとこの世界にも区切りがつけられる。そう思う中、ユグドラシルは最後の時を迎えた。
筈だった。
主人公の設定に関してはこの次の話で記載する予定です
設定厨としては設定書いている時が一番楽しく思います