「ん……?」
ユグドラシルサービス終了時間から数十秒位経った筈、しかし一向にゲームが終わらない。何か目に見える物がより鮮明になったような……何かしらの異常が発生したのだろうか?。いや、それよりも……
「ま、真に失礼ながらお別れとはどういう事でしょうか?ご主人様も此処を去ってしまうという事なのでしょうか?」
「どうか、どうかどうかお答えください……」
黒い艶やかな髪に眼鏡を掛け、メイド服を着たドラゴン・メイドの統括であるハスキーが涙を零しながら言葉を発していた。他のドラゴン・メイドも暗い表情をしていたり、今すぐ自死しかねない表情をする者もいる
「……これ、何が起こってるんだ?」
咄嗟に口に出たのはその言葉のみ。
何だこれは?本当に意味が分からない。
周囲を見渡せば4体のエインシェントドラゴンも何やら此方を凝視しているし、天空城に流れる気流も直に感じる。先程のドラゴン・メイドの様子を見れば、明らかに自我を得ている。妹も流石に此処までのAIを搭載している筈もなく、肌で感じる感触はまるで現実のようだ。
「(ユグドラシル2…という訳はないな。そもそも嗅覚まであるなんて)」
現段階で入手している情報を整理していく。
ユグドラシル2を告知するのであればそもそもこんなドッキリのような形ではなく普通に早期にゲームを広める筈。そして明らかにゲームで感じる五感の感覚ではない事、GMコールが効かない事、NPCが生きている人間のように振舞っている事。
「(うーん……全然分からん)」
電子ドラッグの線も疑ったが、それも此方からでは判断出来ないし、そうなら此処までの自我は保っていない。今現在の状況を判断するには何より情報が足りなかった。目の前のドラゴン・メイド達も何とかしなきゃならんと数秒で思考を終え、行動を開始する。
「聞いてくれ皆」
「ユグドラシルが終わった事は事実だ。俺達がそれで消えると思っていたのも事実」
「だがどうも異常が発生しているらしい。その調査をこれから始める」
早急に求められたのは指揮の統一と情報の取得。
NPC達……ともう言っても分からない程に人間味豊かな彼女達。そして空に浮かぶドラゴン達も同じく意識が大分変っている事をドラゴン・ルーラーの力で知覚した。その為にまずNPC達に語り掛け、此方の事を聞くかどうか判断する。
「何にせよ、状況を把握しないと分からん事は多すぎる」
「(モモンガさんとも通信が取れない。となると此処は映画や小説のように別の世界の可能性も……いやいや、そんなファンタジーやSFな事が起こるなんて)」
ドラゴン・メイド達の様子を見るとその言葉を受け、次第に落ち着きを取り戻していっている
「承知しました、ご主人様。何やら異常が発生しているとの事でしたが如何なさいます?」
「此方で確認した所、天空城の透明化は現在も継続中。上空1万mに居るという事も変わってない。なので地上の確認と天空城内部の確認だな」
ドラゴン・メイドの態度からは此方への深い忠誠を感じ、上のドラゴン達も同様だ。これなら幾らか指示を出せると判断し、順に指示を出していく。
「ブラスター・ダイダル・テンペスト・レドックスは空中及び地上の偵察を頼む。念の為、透明化の魔法を使用しろ。襲撃が来る可能性もある事から何かしらの異常を発見次第、直ぐに報告してくれ。メッセージ或いはドラゴン専用の念話は恐らく使えるだろうしな」
『『御意』』
「ハスキーは7階層。パルラは6~5階層。ティルルは4~3階層。ラドリーとナサリーは2~1階層の異常調査及び他のドラゴン達の指揮統括を宜しく頼む」
「チェイムは確認したい事があるから俺について来てくれ」
ドラゴン・メイド達は主人の声に了解の意志を見せると各々の持ち場へ急ぎ向かっていく。
「ご主人様……先程のお話は」
「ああ、消える筈だったというのは本当だ。俺もお前達もな」
ユグドラシルから、という言葉もつくが目的地に向かいつつチェイムの質問に答えていく。チェイムは黒いドレスのようなメイド服に翠の装飾が施されているドラゴン・メイドであり、ハスキーを除くドラゴン・メイドの中では上位に位置する副統括役的な存在だ。
「だが、どういう訳か消えていない。ユグドラシルは世界ごと吹っ飛んだ筈なのにだ」
「そもそも此処がユグドラシルかどうかも怪しい。その為に調査を命じた訳だが、一つ聞きたいチェイム」
「何でしょうご主人様。私が知っている事ならば全てお答えしますわ」
一種の優美さすら感じる絶世の美女の笑みを言葉と共に向けられて、内心ドギマギする物の何とか頭を切り替え、現状で最も聞きたかったことを質問をする。
「お前を含む天空城に残ってるドラゴン達は俺に忠誠を誓っている……という事で良いんだよな?様子から察せられる範囲だが」
「勿論で御座います。貴方様に仕える事が我々の最上の喜び、この城に最後まで残って頂いたご主人様に反旗を翻す……などと考える配下はこの城ひいてはこの世界に存在する資格は御座いません」
「そっかぁ」
力の籠り過ぎた熱弁に思わず間抜けな返事を返してしまった。目の光が消え、表情が恍惚としているのは気のせいにしておきたい
その後にドラゴン・ルーラーの能力の一つ『竜心掌握』で二重チェックを行った。このスキルは使役しているドラゴンの心を掌握或いは見透かすといったものだが、言葉通りというかそれ以上の圧や重みを感じ……これ以上は見ても仕方ないと、スキルの使用を止めた。
狂信ともいえる程の感情ではあるものの、好かれているというのは悪い事ではない。これが夢なのか現実なのかは現状判断もつかないが、彼らの信頼にはなるべく答えたい。
「さて、着いたな」
「此処は……訓練所ですか?」
城内の7階層に存在する訓練所に到着した。広さは凡そ1kmであり、此処の防壁は100レベルのモンスターの攻撃であっても容易に傷つかない強度を誇っている。
「チェイム、70レベルのモンスターを2体召喚してくれ。軽い力試しだが、俺に何らかの異常が発生したら直ぐモンスター達を止めろ」
「分かりましたわ」
確かめるべき事の一つとしてユグドラシルの力がそのまま使用できるかどうか、補助魔法などは作用している事は感じるが、戦闘魔法や物理での攻撃はどうなのか?感覚が変わった事による戦闘の変化は?HPやMPの概念は?など疑問は尽きない。ならばやはり実践あるのみと神器級の大剣を構える。
「《第10位階怪物召喚》」
ティレムの魔法により70レベルのケルベロスが2体、闘技場に召喚される。体長は凡そ10m、リアルの自分ならば威圧されてしかるべきその風貌とレベルだが、一切の威圧感を感じずに逆に高揚感すら浮かんでくる
「(武者震い……という奴かな。俺もどうやら普通の精神状態という訳ではないらしい。こんな感覚は初めてだ)」
「ご主人様、参りますわ」
「ああ、宜しく頼む」
竜の翼を広げ、大剣を構える。此方のレベルは100で装備も全て神器級。ユグドラシルと同じならば、ただ撫で斬りにして終わりだろうが果たしてどうだろうかと
「はあっ!」
補助魔法も使用せずに突撃し、剣を振りかざしてケルベロスに切り掛かる。音速に迫る刃を知覚できずに1体のケルベロスは大剣で両断される。もう1体のケルベロスはやっとのことで此方の攻撃に気付き、爪を振るおうとしていた
「この攻撃は受ける、止めるなチェイム」
「…畏まりました」
攻撃面は凡そ問題ないと確認は出来た。ならば次に防御面の確認の為にわざと回避行動や追撃をせずに素の防御で攻撃を受け止める
「………」
爪による斬撃を受けたが、30のレベル差と装備の差でダメージは軽微。精々1%に達さない程度のダメージだが、蚊に刺された程度の痛みは感じた。防御面も正常に作用しているのを確認しつつ、乱雑にもう1体のケルベロスの首を蹴り砕いた。
「お怪我を……今、治療致しますわ」
「いや、自己再生でもう治ったからいいさ。しかしまぁ身体能力自体は変化ないらしい」
「ただ微かに痛みは感じた。それにHPやMPも見えなくなったが、感じる事は出来る」
「此処で確認する事は確認したし、一度あいつらにも戻ってきてもらおう」
「その後、情報をもとに方針を決める」
色々と不明な点が多い状況だが何とか自分達の状態はハッキリしてきた。意識はそのまま肉体全てがユグドラシルキャラクターになったような気分だ。力にも不自由はなく、ユグドラシルに居た時以上に身体に馴染むように感じる。後は外の状況によるが果たしてどういう状況なのか、若干の期待と大きな不安を抱きつつ、ドラゴン達の報告を待つとしよう