「こう、思ったんっスけど」
「ああ」
静かな中で、後輩の声だけが聞こえる。返すのは生返事。今はそれどころじゃないんだ。まあ、こいつは勝手に喋ってるだろう。長い付き合いだからか、相手の性格への信頼だけはあった。
「センパイって、恵まれているっスよね」
「どこが?」
心からそう思う。この後輩は何を言っているんだ。
手錠でベッドにつながれていて、部屋の外に一歩も出られない。時計もないし、当然テレビやラジオといった情報機器もない。そのうえ
「強引な同棲になったのは悪いなーとは思ったっスけど、その必要に駆られたんで。こんなに小さくなった先輩が外に出たら、すぐに襲われちゃうんで保護っスよ」
そんなわけないだろう。
「いやー、世界には戦火に怯えている子供がたくさんいる訳じゃないっスか。そんな中、安全な場所にいる先輩は恵まれているなって。だから、恵まれている先輩は今以上のワガママを言うべきじゃないと思うんっスよね」
とんでもないことを言い出したぞ。まあ、いつものような冗談なんだろう。そうであってほしい。
「生憎、俺はそういう理論が嫌いなんだ。正直、物事を世界レベルで見られるやつは少ないということを理解してほしい」
「それは同感っス。まあ、私にとって、世界はセンパイ中心っスけど。セカイ系って言うんスかね? そこら辺は先輩の方が詳しいっスよね。だから、外にだけは出ちゃダメっスよ」
なにがだからなんだ。冗談のような口調で、最後の言葉の時の目だけは真剣だ。だが、ここで引く訳にはいかない。俺には、
「だったら、俺の頼みも少しくらい聞いてくれないか?」
「それはだめっスよ。センパイのことですから、何を言いたいかは分かります。だからこそ、だめっス」
だめだ。埒が明かない。
「いや、トイレは部屋の外にあるんだよ。知ってるだろ」
本当に、時間が無いのだ。自分でも声が震えているのが分かる。切羽詰まっていることは分かってほしい。というか、こいつのことだから、絶対分かったうえでやってる。
「ああ、そうっスね。いいじゃないっスか、漏らせば。そういう需要もあるんじゃないっスか?」
「ねーよ」
他人事みたいに言いやがって。というか、そんな需要はお前だけだ。
「いや、見た目だけなら幼女のおもらしっスよ?クラスに一人か二人はいるんじゃないんスか?」
マジか。うちのクラスにそんな変態がいるのか。というか、この体で高校に?
「はあ。ここから出られたとして、大人しく高校に行って大丈夫なのか?」
「言ったじゃないっスか。今のセンパイは幼女なんですから、お外に出たら襲われちゃうっスよー」
「馬鹿にしてるのか」
そんな口調で言われると、もういっそ怒りが湧いてくる。
「それに、センパイのことですから、どうにか脱出するルートくらいはもう見つけてるでしょうし。リスクは減らしたいんっスよ」
「俺はそんなに賢くねーよ」
嘘だ。どうやったら脱出できるかくらいは見当がついている。まあ、そんなことはあいつも承知の上だろう。ただ、あいつは一つ理解していない。
──真実、俺はもう限界なんだ。膀胱はもう決壊寸前だ。
気を紛らわせようと、手錠をカチャカチャと鳴らしてみる。俺と後輩の息遣いしか聞こえない部屋の中で、金属音は静かに消えていった。
防音の壁に閉じられた扉。この部屋での俺と後輩の六畳一間の同棲生活、もとい俺が監禁されてから多分2日目のことだった。
「あっ、待って。嘘でしょ……」
「あはは、やっちゃったっスね」
なんだか、ひどく泣きたくなった。体に引きずられているのだろうか。
「おもらし、しちゃったっスね。パンツ、取り換えましょうか」