それが、あなたのご注文なんだね   作:ファットマン

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出シリアス


もしそうなら、それは偶然を通り越して運命なのかもしれないね

空が青いというのは、とても重要なことだ、と思う。

 

だって、いずれ向かうだろう場所が、あの果てしない青の中だと言うのならば、それもいい、と思えるから。

 

身体は重い鎖のように、白いだけの部屋は牢獄のように、僕の自由をただ閉ざすだけ。

あるいは、この閉塞した環境から脱せるのならば何でもよかったのだろう。

 

向かうのは今か明日か、それとも一週間か、もしかしたら一年も先かもしれない。

わかるのは、いつ行ってもおかしくない、ということ。

 

身体を苛む痛みは耐え難かった、うまく動かずすぐに悲鳴をあげる身体は億劫(おっくう)だった。

この身体は人と違う、それは元気で溌剌な妹を見れば理解できた。

 

ーー自分は必要な存在ではない。

絶望、諦念、悲観、そういったものではない。

ただ漠然と、そう思った。

 

2つ年下の妹と話す両親はいつも笑顔だったけど、僕の前では悲しむか、それを隠して笑うかのどちらかだった。

両親はいつも忙しなかった、それが僕の為の行動であることは、幼いながらに理解していた。

僕がここにいることで、幸せになる人はいなかった。

 

死ぬのもいいかもしれない、窓の外の切り取られた空を見上げそう思った。

泣くことはなかった、悲しくなかったから。

 

でも、唐突に思った。

 

ーー外に出たい。

 

何か、些細なものでもいい、思い出が欲しい。

ほんのわずかな語らいでも、僕の知らないものならば、何でも。

 

それがあれば、きっと僕はそれを抱いて死んでいける。

 

僕は病院から飛び出した。

 

……しかし身体はついていかずに、すぐに僕は力尽きて、地面に倒れこんだ。

 

無数のうさぎが寄ってくる、最早僕には、それを追い払うことも、逆に愛でる体力すらもなかった。

 

……あぁ、やっぱりこんなものか。

 

諦めは、あまりにもあっさりやってきた。

自分の身体に対する苛立ちも、悔しさもなにもない。

最早涙は枯れ果て、打ちのめされる心すらもありはしない。

それを感じるには、いろいろなものを諦め過ぎていた、できないことを知ることが、僕の日常だった。

 

でも、なら。

 

せめて僕は、空を見たいと上空を見上げた。

 

ーーでも、そんな小さな望みすら、僕には叶えることができなかった。

空は、僕の視界に入ってきた侵入者によって、遮られたのだ。

 

そう、あの日、あの時、ちょうどこんな風にーー

 

 

ーー

 

 

「ひっ……人がうさぎに殺されてる!」

 

 

倒れた僕を覗き込んだ少女が叫ぶ。

彼女は携帯電話を取り出して、震える手で操作する。

 

「け、警察? 救急車? 救急車って110だっけ!?」

「お、落ち着いてココアちゃん、救急車は……確か118?」

 

もう一人の少女が嗜めるように言う。

しかしその少女も同様に、わたわたと所在なく手足を動かし、混乱している様子だった。

とりあえず、僕はこう言った。

 

「……近くに海無いんだけど」

 

118は、海上保安本部だ。

 

ーー

 

 

「怪我とかなくてよかったー! うさぎにのし掛かられて道端で倒れてるからびっくりしたよ!」

「ごめんなさい、うちのあんこが……よくカラスにさらわれるのよ、この子」

「僕よりむしろその子が生きてることが疑問だね……」

 

騒動も収まり、僕たち3人は公園のベンチで話をしていた。

 

僕が倒れていた理由……先ほどの少女が言ったとおり、道端を歩いていたら上空より落ちてきたうさぎが着弾し、失神していたのだ。

 

聞いたことがある、カラスは胡桃の殻が自分の力では割れないと知るや、空から落っことして割る程度の頭脳を持っていると。

どうやらこのうさぎは同じようにされたらしい。

よく死ななかったな、多分僕より耐久力あるぞ、この子。

 

「私は千夜、宇治松千夜(うじまつちや)よ、この子はあんこって言うの」

 

和装の少女が言う。

和服の上にフリルのついたエプロンをつけた、何処かモダンな服装の少女。

 

艶やかな長い黒髪に、おでこで切り揃えられた前髪、白い肌は日本人形染みた可愛らしさがあり、大和撫子と言えばこうであろう、といった少女であった。

 

彼女の膝の上には、頭に王冠を乗せた黒いうさぎが、まるで彫像か何かのように微動だにせず鎮座している。

 

「私の名前はココア、保登心愛(ほとここあ)っていうんだよ」

 

もう一人の少女が名乗る。

ストロベリーブロンドの髪に、くりくりとした目の中に光るアメジストの瞳は、少女に花のような可愛らしい雰囲気を持たせている。

 

そこにいるだけで、周囲の色調が一段階明るくなるような、そんな少女だった。

 

「君は……」

 

記憶が過る。

さっき失神していたときに見た、昔の夢。

そこに登場した名前も知らぬ少女と、目の前のココアさんの顔が被る。

 

「? どうかした? まさか、わたしの顔に何かついてる?」

「……いや、なんでもない、甘くて暖かそうな名前だね」

「さっき千夜ちゃんにも言われたよ~、それで、あなたの名前は?」

 

ココアさんは僕の顔を覗き込んで聞いてくる。

8年も前の記憶を掘り起こすのを一旦止め、僕は答えた。

 

成生(なるみ)、条河成生だよ、そういえば保登さんの服装……」

「ココアでいいよ! もしくはお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ!」

「えぇ……えっと……」

 

保登さん……もといココアお姉ちゃん(自称)は、ぐいぐいとこちらに近づいて名前呼びかお姉ちゃん呼びを強要してくる。

 

「保登さ……」

「お姉ちゃん」

「ほ……」

「お姉ちゃんって呼んで!」

「こ……ココアお姉ちゃん……」

「何かな、なるちゃん?」

 

僕は圧しに負けた、ぐいぐいと近づいてくる同年代の女の子という存在にに、慣れていなかったのだ。

同年代の子と話す機会すら、今まで殆どなかったから。

 

「こ……ココアさんのその服装、同じ高校のだね」

「あっ……なるちゃんも同じ高校だったんだ! 入学式前に二人も友達ができるなんて、幸先がいいよぉ!」

 

ココアさんは、ぴょんぴょんと跳ね回って喜びを表現している。

天真爛漫とは、こういう人のことを言うんだな、と思った。

 

「というか、宇治松さんも同じ高校だったんだね」

「……えぇ、そうよ」

「……なんか露骨に落ち込んでる?」

「ココアちゃんは名前呼びなのに……私は名字なの? 酷いわ……」

「……わかったよ、千夜さん、これからよろしく」

「よろしくね、うふふ、学校が楽しくなりそ……」

 

瞬間、『ヴェアアァァァァ!!』という奇声が聞こえた。

 

「そ、そうだ入学式に向かってたんだった、千夜ちゃんもなるちゃんも急がないと!」

「えっ……でも今日はまだ」

「こっ、ココアちゃん、待って!」

 

僕たちの静止を振り切って、ココアさんは僕たちの手を引いて走り出そうとする。

僕はその手を強く引いてその行動を止めた。

 

「千夜ちゃん、なるちゃん、早く行かないと入学式遅刻しちゃうよぉ」

「ココアさん……よく聞いてくれ……」

「ココアちゃん、入学式はね……」

 

「明日なの」

 

瞬間、世界が静止した。

 

「……へ? 今なんて」

「だから入学式は、明日だよ」

「アシタナノ? あしたなの……あしたなの……」

 

その意味を反芻するように、彼女はぶつぶつと呟く。

やかて、その表情がぼっ、と真っ赤に染まった。

 

「ヴェェェェ~! 恥ずかしい~!」

「僕と千夜さんが制服着てないってとこに気づいてなかったのか……」

「うふふ、面白い子~」

 

彼女は顔を伏せてそっぽを向いた。

よっぽど恥ずかしいのだろう、僕なら死にたくなる。

 

……というか。

 

「ココアさん、あの……」

「な、なに?」

「なんで『ちゃん』なの? 子供っぽく見えるにしても、ココアさんより身長あると思うんだけど……流石にこっぱずかしいよ」

「え……でも私、女の子はみんなそう呼んで……えっ、なんでうずくまるの? 持病?」

 

ココアさんの言葉は僕の胸に突き刺さった。

持病はなくもないが、これは全く関係ない。

男だとすら思われていなかったことへの痛みだ。

 

「……僕、男だよ?」

「えっ」

「完全に証明するには犯罪をしなきゃならないから無理なんだけど……男だよ?」

「えっ……えっ?」

 

数秒後、本日二度目の『ヴェアアァァァァ!!』が早朝の町中に響いた。

 

ーー

 

「そうだ! ココアちゃんが新しい高校に迷わないように、私が案内をしてあげるわ」

 

騒動、詮索等が落ち着いた後、千夜さんは僕たちにそう提案した。

 

話によるとココアさんは昨日この街にきたばかりで、右も左もわからないという状態らしく、僕たちと出会う前にも高校を求めてこの街を彷徨っていたらしい。

 

「女神さま……あのままだったら、この街の暗部に飲まれて消えるところだったよ……」

「そんなものは無いよ、この街は犯罪も少ないし」

 

特に組織的犯罪やテロなどに巻き込まれることもなく、千夜さんの先導で、僕たちは入学する高校へと歩いた。

 

しかし……

 

(こんな道通ったっけ……)

 

僕は生まれたときからこの街に住んではいるが、外出することが少なく、そんなに地理に明るい訳ではない、

 

が、高校への道は流石に覚えている、脳内のマップからすると、今進んでいるのは明後日の方向だ。

 

まあ、近道でもあるのだろう……。

 

「あそこに見えるのがそうよ」

「わぁ……ここが私の新しい学舎かぁ、見てるだけでわくわくしてきたよ」

「ふふ、私もココアちゃんたちと通えると思うと、わくわくして……きて……」

「……」

 

千夜さんの言葉尻が萎む。

 

立派な校門には『中学校』の文字。

 

「……千夜さん?」

「卒業したの忘れて、間違っちゃったわ」

 

てへっ☆と頭を拳で叩く千夜さん。

天然か? 受け狙いなのか? 恐らくは両方だ。

 

僕は限りなく心配になった、ココアさんだけでなく、この人も。

高校の制服のまま中学の入学式に出席しないだろうか……

 

「どんな楽しいことが待ってるんだろう……笑って、泣いて、きらきらした学校生活を送りたいなぁ」

 

ココアさんは気づかず、来る高校生活に思いを馳せている。

 

とりあえず明日は、公園で待ち合わせることにした。

 

 

ーー

 

 

「ま、まさか中学に連れていかれるなんて……私は高校には行けない運命なんじゃ……」

「ということが無いように、明日は僕が案内するよ……千夜さんも一緒に」

 

あの後千夜さんとは別れ、僕たちは帰途についていた。

ココアさんとは方角が同じようで、途中までは一緒だ。

 

「なるくんの家はこっちなの?」

「いや、僕は今からバイトがあるから」

「へぇ! 若いのに偉いねぇ、お姉ちゃんがもふもふしてあげる!」

「その誉められ方は男子として抵抗ある……! ちょっと待って抱きつくな!」

 

ココアさんは満面の笑みを浮かべて『もふもふ』しようとしてくる。

そもそも異性として認識されてないらしい……どぎまぎしながらも、自身の身体を呪った。

 

近くにあった店のショーウインドウに映る、自分の姿を見る。

 

男子にしては小さい、160代半ば程度の身長。

骨格からして細い、全体的に肉が薄くて軽い身体。

体重は50を大きく下回り、献血すらできないレベルだ。

特徴のないショートの黒髪に、アンバーの瞳はうっすら悪い、病的に白い肌は幸薄そうだ。

そして極めつけに、中性的な童顔。

僕には2つ下の妹がいるが、顔つきも非常に似ており一緒にいると姉妹と言われる始末。

 

おおよそ『男らしさ』というものが、僕からは欠如しているのだ。

 

「はぁ……」

「どうしたの? そんなため息ついて」

「いや……なんでもない」

 

同世代の女子に抱きつかれるというのは憧れのシチュエーションだが、全くもって嬉しいとは思えなかった。

 

「なるくんは、何のお仕事してるの?」

「喫茶店で厨房を担当してるよ、まだ日が浅いけど」

「奇遇だね、実は私も昨日から喫茶店で働きはじめてるんだよ!」

「へぇ……そっか、ココアさんは外部からの編入だから、この街の奉仕制度を使ってるんだ?」

 

この街には、外部から来ている生徒が町の店に下宿させてもらう代わりに、その店で働いて社会勉強をする、という制度が存在する。

この街は観光地であることもあり、地価もバカにならない、そのための、商店街とも連携した生徒呼び込みの策なのだろう。

 

「よくわかったね! 泊まり込みでバリバリ働くよ! なるくんもよかったら来てみてね!」

「うん、そうする、ココアさんの制服姿も見てみたいしね……ココアさんもよかったら僕の方の店に来なよ、甘いものくらいだったら奢るから」

「わかった! 楽しみにしてるね!」

 

そうこうしながら歩いていると、ココアさんは何かを見つけたように笑顔を見せた。

 

「あっ! チーノちゃーん! お帰りー!」

「ココアさん、となるさん?」

 

ぶんぶんと手を振る先には、一人の少女。

彼女は青みがかったアッシュブロンドのロングヘアをふわりと揺らして、こちらを振り向いた。

 

少女の名前は香風智乃(かふうちの)、僕が働く喫茶店『ラビットハウス』マスターの一人娘だ。

14歳という幼さでありながら店の手伝いをしており、そのためか歳に不相応な落ち着きを持っている。

 

容姿の端麗さも相まって、どこか人形じみた可愛らしさを持つ少女だ。

 

「まさか一緒だったとは、そういえばお二人とも同じ学校でしたね」

「あれ? チノちゃん、なるくんと知り合いなの?」

 

ココアさんは、驚いたように目を丸く開く。

言うとおり、僕はチノちゃんと面識がある……というか、もう大体想像がついている。

 

少し前に、新しい人を入れると言っていた。

そして、僕は昨日は休みだった。

つまりーー

 

「昨日、お休みのバイトの人がいると言ったと思うんですが……なるさんがそうです」

「えっ……えええぇぇぇぇっ!」

「あはは……」

 

ココアさんは満面の笑みを浮かべて、僕の手をがっしりと掴んで、鼻息荒く顔を寄せてきた。

 

「これはもう偶然を通り越して運命だよ! この街に越して来てから運命感じまくりだよ!」

「そうだね、流石に僕も驚いた、新しい人がどんな人かと思ってたけど……ココアさんで安心したよ」

「うんうん、お姉ちゃんに任せて!」

「……」

 

おだてられてサムズアップするココアさんを、チノちゃんは半目で見つめていた。

 

「そういえばココアさん、学校はどうでした?」

「うん、この街の建物って私の暮らしてた所と違って、迷っちゃってね」

「そうですか、学校どうでした?」

「まるで童話の世界みたいだよねぇ、前からここに暮らしてみたいなって思ってたんだ~、実はちっちゃいとき一回だけここに来たことがあってね、その時……」

「高校は……」

「聞かないで……!」

 

チノちゃんの質問責めにココアさんは顔を赤らめて背けた。

よっぽど恥ずかしかったのだろう、まぁそもそもたどり着けすらしなかったのだが……。

 

……ココアさんは捨てられた子犬のような表情でこちらを見つめている。

 

「うん、まぁいいところだったよ、校舎も綺麗で広かったし、それと文化祭は地域と共同でやる規模の大きいものでね……あと学食のコロッケパンが美味しくてさ、あれを広い中庭で食べると良さそうだな、って」

「そうですか」

 

僕はパンフレットと一度行ってみたときの知識を総動員して、助け船を出した。

これでココアさんの面子は保たれた、と信じたい。

 

ーー

 

「わぁ、なるくんの服装、大人っぽいねぇ」

 

『ラビットハウス』に向かった僕らは、着替えを済ませ、仕事場に入っていた。

担当は僕が厨房、ココアさんはホール、チノちゃんはホール兼ドリンク担当だ。

 

「正直、服に着られてる感が凄いんだよね、これ……」

 

そう言う僕が着ているのは、この店のバータイムの正装。

ピチッとアイロンのかけられたシャツにベスト、蝶ネクタイといったシックな装いだ。

料理をするため、その上にエプロンとコック帽を被っている。

流石に袖余りしたりはしないが、どうしても背伸びしてる感が出てしまう。

 

「ココアさんのはピンクバージョンか、似合ってると思うよ」

「えへへ、そうかな」

 

ココアさんはその場でくるりと回って、その衣装を披露した。

シャツにリボン、ピンクのベストにロングスカートという装い。

ホールの人たちの共通衣装で、ベストの色は彼女のものを含め三種あるらしい。

ピンクという色合いは似合う人が限られるが、彼女はそれをなんの違和感もなく着こなしていた。

 

「二人とも、駄弁ってないで仕事するぞ」

 

喋っていると、ホールの方から一人の少女が声をかけてくる。

 

「あっ、リゼちゃん!」

「昨日に引き続き、私がお前の教官を勤める、お前が完璧な兵士(ウェイトレス)になるまで、嫌というほどしごいてやるから覚悟しろ」

「さー、いえすさー!」

 

少女ーーリゼさんが言うと同じに、ココアさんは可愛らしく敬礼のようなポーズをした、緊張感の欠片もない。

 

彼女は、艶やかな黒髪をツインテールにした、活発そうな雰囲気の少女だ。

凛とした身のこなしは、彼女が何かしらの武術の経験者であることを言葉無く物語っている。

ハキハキとした声と内から垣間見える自信は、彼女に競走馬のごとき力強い迫力を持たせていた、近くにいるだけで身が引き締まるような、エネルギッシュな少女だ。

 

彼女の親は軍人で、『訓練』をされているらしく彼女のノリは基本、こんな感じだ。

流石にウジ虫だがじ○いのフ○ックだか言ったりはしないし、普通にやさしく教えてくれる、頼りになる先輩なのだが。

 

「それで教官! 今日は何をすればよろしいでしょうか!」

「よろしい、ではチノの方から仕事を振ってもらう」

「えっ」

 

カウンターでコーヒーの準備をしていたチノちゃんが、困惑した表情で振り替える。

 

「えっと……それなら、荷物を運ぶのをお願いします」

 

 

ーー

 

「よし、それじゃあそこのコーヒー豆の入った袋をキッチンまで運ぶぞ」

 

リゼさんに連れられ、僕とココアさんはラビットハウスの倉庫に来ていた。

 

周囲には営業に使用する様々な物品が並んでいた、砂糖、小麦粉、野菜等に諸々雑貨とーーコーヒー豆。

 

一際目を引く大きな袋、外国から取り寄せているのであろう、麻袋に入ったそれは、見るからに重たそうだ。

 

リゼさんはそれに近づき、流石に重そうに、でも苦戦することなく肩に担いだ。

 

相変わらずだが、よくこんなものを持てるものだと思う。

以前調べてみたが、この袋は海外からの並行輸入品で、その重量なんと……60kg、僕の体重より遥かに重い。

 

「お、重い……これは『普通の女子高生』にはキツいよ……」

「二人で持っていこうか、ココアさん片側持てる?」

「やってみる……うぅ、ふたりがかりでも重いよぉ……」

「もうちょっと僕に力があったらよかったんだけど……情けない」

 

ココアさんと二人がかりでどうにか袋を持ち上げ、キッチンに向かう。

 

「……リゼさん?」

 

ちらと横を見ると、大きな袋を下ろし、小さな袋をわざわざ4つも持ち上げるリゼさんの姿が。

 

「わ、私も『普通の女子高生』だからな、大きな袋を一人で持っていくのは……む、無理だ」

「はぁ」

 

どうやら『普通の女子高生』という言葉に過敏に反応したらしい、彼女自信は普通という言葉とは全くの無縁だが……

僕が男子基準で最底辺に非力なのは間違いないが、ココアさんは非力ではない、リゼさんが怪力なのだ。

 

「わ、リゼちゃん、ちっちゃい袋4つも持てるんだ、私なんかじゃ多分、一つくらいしか持てないよ……力持ちなんだね……」

「えぇっ……!?」

 

ひいひいしながらココアさんが言うと、リゼさんは袋を取り落とした。

 

「あ……あぁ、流石に重いな! 私も一つしか無理だ!

普通の女子高生だからな!」

「だよねぇ、重いよねぇ……」

「……」

 

リゼさんは一瞬だけ、ものすごく申し訳なさそうな表情を僕にくれ、その手にもて余すように、小さな袋を一つだけ持っていった。

 

 

ーー

 

その後、数人の客を捌き、夕暮れ頃には客足は途絶えてきた。

 

……正直なところ、4人で仕事をするには明らかに手が余り、手持ちぶさたになることが多く、ただ駄弁っているだけの時間も多かった。

僕は微かにこの店の未来を案じた。

 

「……まぁ来るときはそれなりに来てたし、大丈夫でしょ、多分」

 

そうこうしていると、カウンターにノートを広げてペンを弄ぶチノちゃんの姿が目に入った。 

 

「チノちゃん、何してるの?」

 

こちらも絶賛暇をもて余し中のココアさんが、チノちゃんに声をかける。

 

「宿題です、空いた時間に片付けてるんですが……」

「へぇ~……」

「チノちゃんは熱心だね、仕事中にやるのはあまり感心しないけど……」

 

ココアさんと共に、ノートを覗きこむ。

やっているのは、数学の宿題らしい。

 

「あっ、チノちゃん、ここ間違ってるよ、下から3番目のやつ、128だね」

「上から二番目のも計算が間違ってるね、そこは367だよ」

「むっ?」

「ん?」

 

僕とココアさんは顔を突き合わせた。

ココアさんは少し怪訝な表情をして、再びノートへと視線を戻した。 

 

「チノちゃん、そこは216だね、次は……」

「352だね、それはちょっと難しいから、答えから計算をしてみるといいよ」

「……むぅ」

「……なぁ、二人とも」

 

二人の様子を見て、リゼさんが話しかけてくる。

 

「……430円のブレンドコーヒーを29杯頼んだら、幾らになる?」

「12470円だよ」

「12470円だね」

 

ほぼ即答、さらにハモった。

その事実に、ココアさんはぷくぅ、と膨れて不機嫌になる。

 

「……納得行かない」

 

小さく呟く。

 

「チノちゃんのお姉ちゃんは私なんだから!」

「突然なんですか!?」

「勝負だよなるくん、お姉ちゃんの座を賭けて!」

「私に姉妹はいません」

「それなら僕はお兄ちゃんじゃない?」

「そう言う問題じゃない……!」

 

チノちゃんを抱きしめ、人差し指をピンと伸ばしてこちらに向けてくる。

チノちゃんは『いや、止めてくださいよ』みたいな目をこちらに向けてくるが、1お兄ちゃんとしてこの戦いを拒否はできない……チノちゃんの、ではないが。

それに暗算は得意分野、わざわざ逃げる必要もない。

 

「来な、正面から叩き潰してあげるよ」

「その余裕……すぐに後悔することになるよ!」

 

お互いの視線が交錯し、火花が散る。

今ここに、戦いの火蓋が切られるーー!

 

「いや、仕事しろよ」

 

リゼさんは小さくぼやいた。

 

ーー

 

 

結果として。

 

僕は地面に這いつくばっていた。

そんな僕を、ココアさんは不敵に笑い見下す。

 

「馬鹿な……!」

「これがお姉ちゃんの力だよ」

 

実力差は歴然だった、僕も暗算は得意ではあるが、一般人の域を越えることはない。

だが彼女は違う。

どのような数式であろうと、まるで神託を受けているかのように即座に解答を導きだす、人間電算機、とでも言えばいいだろうか。

 

「こいつ、以外な特技を……」

「て、天才……?」

 

僕とリゼさんは口々に言う。

あまりにも意外過ぎる、ほわほわとしたイメージからは想像もできない。

しかし、ほにゃららと天才は紙一重、とも言う。

 

「ふふ、もっと誉めてくれていいんだよ……!」

「素直に尊敬するよ、ココアさん、こんなに頭が良かったなんて、高校でもお世話になるかもしれないね」

「お姉ちゃんに任せなさい、でもねなるくん、それ以外にも勝ち負けを決めた要因があるよ、なんだかわかるかな?」

「要因?」

 

顎に手をあてて、少し考えてみる。

 

「……ごめん、全くわからない」

「なるくんの誕生日は?」

「3月3日だけど」

 

そう、ひな祭りだ、女の子のお祝いの祭りだ。

1日ずらして生んでくれれば、と何度か思った。

 

「私は4月10日……もうすぐ誕生日も迎える、つまり、私がお姉ちゃんだからだよ!」

「うん?」

「どこのだれが言ったか知らないけどこう言う言葉がある『姉に勝る妹などいない』!」

「それ負けフラグじゃない?」

「これからなるくんも、私のことはお姉ちゃんって呼んでくれていいからね!」

「キッツいかなぁ」

 

その様子を無視して仕事に取りかかっていたチノちゃんとリゼさんの二人は、やっと終わった戦いを見て、あきれたようにため息をついた。

 

「チノちゃん、私勝ったよ!」

「はいはい、えらいですよ、仕事してください」

「やっと終わったか、店閉めるから手伝えよ、新人」

「あれぇ……!?」

 

チノちゃんは、まとわりついてくるココアさんを若干うざったそうにいなす。

チノちゃんの宿題は既に片付けられており、店じまいの準備が始められていた。

 

「さて、仕事仕事……っと」

「え、私のお姉ちゃんの威厳を示す機会は?」

「また今度にしようね」

「そんなぁ……」

 

ココアさんが力尽きたように床に項垂れる。

 

ーーこうして、僕たちの最初の仕事は、つつがなく終了したのだった。

 

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