それが、あなたのご注文なんだね   作:ファットマン

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ちょっとシリアス入ります。


ラッキーアイテムになりたくて その2

「えぇっ!? なるくん今日はお休みなの!?」

 

朝のラビットハウスで、ココアが驚愕の声をあげる。

 

「はい、先程連絡があって……昨日の夜くらいからひどい熱がでてしまって、今日はお休みをいただきたいと」

「そんな……」

 

思い当たる節はあった、ナルミは昨日ココアを守って水を被り、そのままお茶をしていた。

そのせいで、身体を冷やしてしまったのだ。

 

「わたしのせいだ……」

 

ナルミに気遣われてばかりで、彼の体調不良に気づくことすらできなかった。

元々我慢するタイプだということも、感情を表に出さないタイプだということもわかっていた筈なのに。

こんな……こんなことでは。

 

「お姉ちゃん失格だ……」

「ココア、もしかして昨日なにかあったのか?」

「わたしを庇って水を被っちゃって……きっとそのせいで体調を崩しちゃったんだ」

「そんなことが……ナルミらしいな」

 

リゼが目を伏せて心配そうに言う。

 

「仕事が終わったらお見舞いに行ってやるか」

「そうだね、ここで行かないと本当にお姉ちゃん失格になっちゃう」

「そもそもナルミはお前の弟じゃないぞ」

「むしろ兄のほうがしっくりくる気がします」

「うぐっ……」

 

確かに会ってから、姉らしいことはあまりできていない気がする……。

 

「よーし、ここで姉力を発揮して、尊厳を取り戻すよ!」

「私も行くぞ……その、心配だからな」

 

リゼも少し恥ずかしそうに言う。

最近の彼女は、少しナルミと仲良くなったような気がする、とココアは思った。

 

「あ、待ってください、マヤさんから見舞いには大人数で来ないでくれと言われてます」

「あ……そうだな、あんまり押し掛けて気を遣わせるのも悪いか……ん?」

 

ココアは二人を真剣な瞳で見つめた。

今回はわたしが行かなきゃならない、だから行かせてくれ、と言葉を込めた瞳で見つめた。

 

「……わかった、今回はお前に譲る! しっかりとナルミの看病をしてこい! 店は私達に任せろ!」

「サー、イエスサー!」

 

びしりと敬礼をし、ココアは着替えに奥へ向かった。

 

「暑苦しいです……」

 

チノは小さく呟いたが、特に誰かに聞かれることもなかった。

 

 

 

 

ーー

 

「おー! ココア! 久しぶり~!」

「マヤちゃん、あの雨のとき以来だね」

 

ココアは即座にマヤに連絡を取り、お見舞いに行きたい旨を伝えた。

彼女は快諾(かいだく)し、家に案内するために公園で待ち合わせていたのだ。

 

「わざわざ兄貴のお見舞いなんてしてくれて、ありがとな」

「なるくんには兄力で押されがちだからね、ここで巻き返さないと」

「あはは、相変わらず意味わかんねーな」

 

マヤはけらけらと笑いながら言った。

 

「いつもはあたしが看病してやってんだけどさ、兄貴もココアみたいのが来てくれたほうがいいだろ」

「なるくんってあんまり身体強くないの?」

「最近は全然だったんだよ? だけど、なんか最近夜遅くまで外でなんかやってたっぽいからさ」

「そうなんだ」

「うん、バイトから帰って来て、飯作ったらジャージ姿で速攻で出てくの、聞いても教えてくんないからよくわかんないけど」

 

ジャージ姿で夜遅くまでなにかをしている……。

内容はわからないが、元々疲れていた、ということらしい。

それに気づけなかったことに、ココアはお姉ちゃんとして自分を恥じた。

 

「兄貴ってそういうことするとすぐ睡眠時間削るからさ、変に生真面目だから、普段やってる勉強とか減らしたりしないし」

「へぇ……なるくんらしいね」

「それでぶっ倒れてりゃ世話ねーって、全く……」

 

マヤはやれやれと両手をひらひらさせる。

しかし言葉とは裏腹に、迷惑そうには見えなかった。

 

「お、着いたぞ……」

 

ほどなくして到着した家は、この木組みの町では珍しくない、西洋風の一軒家だった。

 

「あ……ココア、ちょっと待ってて」

 

マヤは何かに気づいたようにはっとした表情で、家に飛び込んでいく。

家からわずかに声が聞こえる。

 

「なんで家が隅々まで掃除されてんだよ! 寝てろよあのバカ兄貴……!」

 

だの。

 

「何故か自分の部屋は片付けられてない……! 力尽きたなコイツ!」

 

だの。

 

「やっぱり手錠放り出してやがる! 変態だと思われるぞ!?」

 

だのと聞こえた。

 

「……手錠?」

 

聞き捨てならない言葉だったが、多分聞き間違いだろう、とココアは思い直した。

 

 

 

ーー

 

 

 

「う……うぅ」

 

気持ちが悪い。

目を閉じると、まぶたの裏に気味の悪い何かがぐるぐるして、視界の全てがぐにゃぐにゃとよじれる。

寝ている筈なのに、三半規管がおかしくなったのか体すらぐるぐると回されているような気がする。

 

とにかく気持ちが悪い。

強烈な悪寒が全身を包み、体の震えが全く止まらない。

呼吸が勝手に荒くなる、気持ち悪さと頭の痛みが止まらない、つらい。

 

最近はかなり調子がよかったのだが……ナルミは思うが、自分の体はやはりこんなものなのだろうか。

 

「ひどい熱……今タオル変えてあげるからね」

 

そんな時、額のぬるくなったタオルが取られ、数秒後にひんやりとなって帰ってくる。

 

「あ……気持ちいい」

 

じんわりとした冷たさは、少しだけ頭の痛みを取ってくれた。

片方の手が、暖かい両手で包まれる。

それだけで、不安な気持ちが少しは失せる。

 

「マヤちゃん……いつも……ありがとう」

 

小さく呟く。

ナルミが倒れたとき、多忙な両親に代わりいつも献身的に介護してくれたのは彼女だった。

明るいマヤのこと、そのせいで遊べなくなったり、友達の約束を断ったりしたこともあったろう、ナルミは常に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

だからこそ、兄貴であろうと思ったのだ。

マヤが誇れるような、立派な兄であろうと。

誰にも迷惑をかけず、むしろ誰かを背負って歩いていけるような、頼りがいのある男であろうと。

 

できることはなるだけやった、家事はほぼ全部引き受けたし、勉学も死にもの狂いでやった、家族から自立するためにバイトも始めた。

 

でもまだ、こうして世話を焼かれてしまっている。

そして、それに甘んじてしまっている自分もいた。

こんなことでは駄目なのに、所詮自分ではこの程度のことしかできないのか。

情けない男にしか、なることはできないのだろうか……。

 

あぁ、畜生ネガティブになってきた。

どうやら今の自分は相当に参っているらしい。

 

「マヤちゃん、風邪……移るから、もう……」

 

思い目を開き言う。

 

視界に飛び込んできたのは、花を思わせるストロベリーブロンドの髪と、アメジストの瞳。

パンのような、微かに甘い小麦粉の香り。

 

いる筈のないココアが、そこにいた。

どうやら本当に自分は参っているようだ。

 

合いたい、でも会いたくない、そんな人。

もし目の前にいたならば後で首を括りたくなるだろう、しかし、いたならばどれほど幸せだろう、とナルミは思う。

 

これは、夢だ。

手を包む温もり、微かに聞こえる息づかい、甘い小麦粉の香り、全てが非常にリアルだったが夢だ。

 

安心して、ナルミは眠りに落ちてーー

 

 

 

 

 

「ーーって、んな訳があるかっ!!」

 

ナルミは自信の思考にセルフツッコミを仕掛けた。

がばりと飛び起きる。

 

「わっ!? びっくりしたよぉ」

「こっ……こ、こここここ」

「コケコッコー? おはようなるくん」

「こっ、ココアさんが何故ここに……っ! げほっ、ごほっ……!」

「わわ、無理しちゃダメだよ」

 

思わず苦しげに咳き込んだナルミを、ココアが寝かせる。

 

「最近はなるくんに兄姉戦争で押され気味だったからね、ここでしっかり姉ポイントを貯めないと」

「いつからそんな戦争が……でも、ありがと」

「えへへ、どういたしまして」

 

ココアは表情をふやけさせてによによと笑う。

あぁ、いつものココアさんだ。

やっぱり夢じゃないな、ナルミはそう思った。

 

「でも、もう大丈夫だよ、うつしたら悪いし、今日はもう帰って……」

 

ナルミは言った。

同時に高速で瞳を巡らせ部屋を見回す。

この部屋には、幾つか他人に見られるとヤベーもんがあったからだ。

 

しかしそれは杞憂(きゆう)で、その全ては視界内になかった。

マヤがやってくれたのだろう、お返しがどうなるかは今は考えないことにした。

 

でもそんな心持ちを知ってか知らずか、ココアは瞳を輝かせ、ずい、と顔を寄せてくる。

 

「むしろうつしてくれていいんだよ! うつしたら治るって言うし!」

「いや、悪いって……こういうの、慣れてるからさ」

「それに看病して病気がうつるのって凄い姉弟っぽくない!? ちょっと憧れてたんだ~」

「それじゃミイラ取りがミイラだよ……」

「その時はなるくんが看病してね?」

「はいはい……」

 

ナルミは小さく嘆息した。

弱った彼女の看病をすると言うのはとんでもなくドキドキのシチュエーションだが、普通に考えてチノちゃん辺りにやってもらうべきだろう。

 

「……それに、私のせいでもあるんだし」

「え?」

 

ココアは先程とうってかわって殊勝な態度で言った。

 

「なるくん、私を庇って水を被っちゃったでしょ? そのせいで風邪ひいちゃったんだから……」

「それは……」

 

ない、と言うことはできなかった。

リゼと夜遅くまでバレーボール練習をして、疲れが貯まっていたのが最大の原因だろうが、それをココアに言うなど、出来るわけがないから。

 

「だから今日は、優しいなるくんにいっばい優しくしてあげるの、全部お姉ちゃんに任せなさーい!」

 

そしてココアは、みるからにふにふにの二の腕を見せつけるポーズを取った。

いわく、『お姉ちゃんのポーズ』なのだとか。

 

「そういえばりんご持ってきたんだ、食べられる?」

「……少しなら」

 

言うとココアは、恐らくはマヤから借りたのだろう家にあったペティナイフでりんごの皮を剥いていく。

 

「リゼちゃんみたいにうまくできないかもだけど……」

「あの人は()りすぎるから……食べられればいいよ」

 

リゼの刃物捌きは一流だ、本人いわく『慣れてるから』らしいが、一体何で慣れたと言うのか。

……とはいえ凝り性の彼女のこと、りんごで彫刻でも掘り出すのではなかろうか。

普通に食べたいとナルミは思った。

 

「はい、出来たよ」

 

そうこうしていると、うさぎの飾り切りを施された8等分のりんごが出来ていた。

ココアは爪楊枝でその一つを持ち上げ、ナルミの口元に差し出してくる。

 

「はい、あ~ん」

「ココアさん、それは……」

「あ~ん」

「……はい」

 

観念し差し出されたりんごを食べる。

 

ものすごく恥ずかしい、元々熱い顔が更に熱くなる。

この、エサをあげられる雛鳥の感覚は死ぬほど恥ずかしいとナルミは思った。

 

「おいしい?」

「おいしいれす」

 

更にその親鳥がココアなのだから、リンゴの味などナルミには分かろう筈もなかった。

無心に差し出されるリンゴをかじり続ける。

 

「あ……ココアさん、もう、食べれないかも」

 

半量のリンゴを食べたところで、ナルミの腹には限界が来た。

 

「えぇ? そう……」

 

ココアは少し残念そうにリンゴの皿を下げる。

リンゴをナルミにあげているときの彼女は終始笑顔で、よほど楽しかったのだろう、とわかった。

 

しかし、手持ち無沙汰になってココアは周囲を見渡し始める。

 

「それにしても、なるくんの部屋ってシンプルだよね」

 

ココアが言う。

同年代の男子の部屋などナルミには知ったこっちゃなかったが、確かに物は少ないとは思った。

 

目に見える所にあるものは、ベッドに、物の殆ど置かれていない平机と、本棚が幾つか、マンガなどは少なく、殆ど参考書か教科書、それと大量のメモ用ノート。

趣味らしい物もない、目立つものと言えばーー

 

「ーーアルバム発見!」

 

ぐらいのもの、ココアは目敏(めざと)くそれを見つけて素早く食いついた。

よくある装丁(そうてい)のスクラップ帳、彼女はそれを手に取り、胸元に掲げてみせる。

 

「ちいさいころのなるくんってどんなのだったのかな? わくわ……」

「駄目」

 

遮るようにナルミは言った。

アルバムを掴む。

 

「それは見ちゃ駄目!」

「えっちょ……病人とは思えない力!?」

 

ナルミはココアの持っていたアルバムを全力で引っ張る。

しかしそれでも彼女からアルバムを奪い取ることはできない、自分の力の無さを呪いたくなった。

 

これは、この部屋にある物品の中でも最も見られたくないものだった。

 

「ふぐぐぐぐぐ……!!」

「なるくん! 離す! 離すから! 無理しないでってば!」

 

ココアがアルバムを離す。

そして反動でナルミは後方に仰け反り、アルバムが手からすっぽぬけて宙を舞う。

 

ーーそして、落下した拍子にページが開いた。

 

「これ……」

 

貼られていたのは、昔の写真。

病院のベッドの上だけが生活圏だったころの。

いつ死んでもおかしくなかったころの、写真。

 

それは、誕生日だろうか。

いまからおよそ8年ほど前の。

家族はみな、今年も生き残れたことを祝って、笑っていた。

笑っていなかったのは、ナルミだけだ。

 

ココアがページをめくる。

 

その次も、そのまた次も、同じような写真。

家族が無理して笑うなかで、ナルミだけが無表情だった。

 

それは、今生きているだけで、近いうちに死ぬという確信があったから。

さっさと死にたい、と思っていたから。

何もできずひたすら浪費し命を永らえるだけの自分に、存在価値を見いだせなかったから。

 

そんな頃の、写真だ。

 

ーーそれを思い出しながらも、ナルミの思考は既に別の方向へシフトしていた。

 

「……ご、ごめんね、見られたくないものだったのに」

「……酩酊(めいてい)させれば記憶を消せるか? ココアさんの身長と体格から推測した体重から計算すると純アルコール100~110mlで酩酊状態にできる……でも100mlもどうやって摂取させれば……手っ取り早いのは96%のスピリタスか、ラビットハウスにあるかな……」

「なるくん?」

「いや普通に犯罪……変態ゲス野郎待ったなし……豚箱に臭い飯……人生終了樹海で首(くく)りルートか……」

「なるくんは何を言ってるの!?」

 

ココアの声でナルミは現実に帰った。

恐る恐る、彼女の顔を見る。

 

とても、心配そうな表情。

人生で何度も見た光景だった。

 

「……何も変わらないな、お前は……畜生」

 

ぼそりと呟く。

自分自身に向けた言葉。

ココアの来訪で忘れていた身体の不調が、思い出したように襲ってくる、視界がぐらりと歪む。

 

ナルミは、ぼふ、とベットに倒れこんだ。

 

「ごめんね、なるくん、無理させちゃって」

「気にしなくていいよ……別に、ココアさんのせいじゃないから」

「えへへ、ありがと……でもね、不謹慎かも知れないけど、ちょっと嬉しかったんだ」

「嬉しい?」

 

ココアは控えめに笑って言った。

 

姉弟(きょうだい)の喧嘩みたいなのできたから、あぁいうのちょっと憧れてたんだ~」

「喧嘩とは少し違うと思うけど……」

「それに、なるくんにも弱いところがあるんだなって」

「……僕にはそんなところしかない、必死に(つくろ)ってるだけだ」

「そんなことない、私の知ってるなるくんはいつも落ち着いてて、頼りがいがあって……」

 

 

落ち着いてて、頼りがいがある……当然だ、そう思われるように努力した、誰かの役に立ちたかった、お荷物にはなりたくなかったから。

しかし分厚い仮面(ペルソナ)の下は、虚仮威(こけおど)しのクソ雑魚ナメクジに過ぎない。

だからこそ、彼女にはこんな姿は見られたくなかったのに……。

 

「まるでお姉ちゃんみたい、今のなるくんを見て改めてそう思ったよ」

「お姉ちゃん……? お兄ちゃんじゃなくて?」

 

それは女々しいということだろうか……ナルミは思った。

 

「いやいや、私のお姉ちゃんだよ! 凄くしっかりしてて優しくて……私の憧れなんだ」

「もしかして、ココアさんがお姉さんになりたがるのって」

「そう、お姉ちゃんみたいな立派な人になりたいなって……」

「でもきっと、ココアさんのお姉さんはこんな姿を見せないでしょ?」

「見せないよ、でも知ってるんだ」

 

ココアは、なにか思いにふけるように目を閉じて、言った。

 

「絶対に見せない、でも影ですっごく努力してるんだ、沢山失敗しても、それを元にして成長して……そんなところに凄く憧れてるんだよ」

「立派なお姉さんだね、お姉さんも、ココアさんみたいな妹を持てて幸せだと思う」

「えへへ……」

「でも、僕には似ても似つかないよ」

「そんなことないよ、だって、なるくんも凄く努力したんでしょ?」

 

ココアは、ナルミの目を真っ直ぐ見て言う。

 

「なるくんがどんな病気だったのかとか、どれくらい辛かったのかとか、それはわからない、だけど……それを努力ではね除けて、私の知ってる立派ななるくんになったんでしょ? 」

「ココアさん……」

「なるくんは凄い人だよ、今までも凄いと思ってたけど、今はもっと凄いと思ってる、そして、そんななるくんを知れたのが、凄く嬉しいんだ」

 

ココアは少し恥ずかしそうに言った。

 

そんなことを言われたのはナルミは始めてだった。

胸のうちが熱くなって、思わず目頭に涙が貯まってくる。

 

ナルミは布団をひっ被り、それを隠した。

 

「……ありがとう」

「えへへ、私もお姉ちゃんとして負けてられないね、だから看病は甘んじて受けてもらうよ! 」

 

ココアは堂々として言う。

ナルミは気が気ではなかった、心臓は破裂しそうなほど拍動し、目も涙が流れそうになる。

 

「……ココアさんのほうが、よっぽど凄いよ」

 

そして、先程まであった陰鬱とした気持ちは、綺麗さっぱり消え去っていた。

この人は、人を笑顔にする天才だ、とナルミは思った。

 

「え、今なんて?」

「なんでもない」

 

でも、言わないことにした。

困ったことに、このお姉ちゃんは調子に乗ると暴走して手がつけられなくなるからだ。

 

それにこれ以上いろいろされると、心臓が爆発して死ぬ、とも思ったから。

 

 

ーー

 

数日後。

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

ナルミはようやく全快し、ラビットハウスへ出勤してきていた。

キッチンでは既にリゼが開店の準備を進めていた。

 

「お、もう大丈夫なのか?」

「お陰さまで、本当は昨日はもう元気だったんですが、休めと言われて……余計に寝たのでもう大丈夫です」

 

最近はかなり身体の調子がよく、昨日も暇だったので家事や勉強をしようとしていたのだが、マヤから『寝ろ!』の一言をいただいてしまったのだ。

昔は些細なことで病気が悪化することもあったので、彼女も少し神経質になっているのだろう。

 

よくできた妹だと思う反面、迷惑をかけてしまっているな、とも思う。

 

「その……あんまり無理はするなよ、病み上がりなんだから」

「リゼさんまで……大丈夫ですって、今なら大きいほうのコーヒー豆も持てる気がしますよ」

「絶対にやめろ」

 

リゼは半目になって言った。

 

「あっ! なるくんお帰りー!」

 

奥から仕事着に着替えたココアが入ってきて、ナルミを見るなり目を輝かせる。

 

「ココアさん、この前はありがとうね、お陰で凄く楽になったよ」

「えへへ、それならよかった」

「それでなんだけど……」

 

ナルミは声を潜めて言う。

 

「家でのあのアルバムの事は、あまり他言しないで欲しいんだけど……」

「二人だけの秘密ってやつだね……いろんななるくんを知れて、これでまたお姉ちゃんに一歩近づいたよ! 」

「僕的にはあんま知られたくなかったんだけどね……でも」

 

あれはナルミにとって一番見られたくないものの一部だった。

リゼに情けない姿を見られた時と同様『どうこの事実をなかったことにするか』を考える程度には。

 

……だけども今となっては、違った。

 

「知られたのがココアさんで、よかった」

 

そう思えるくらい、ココアの言葉は嬉しかったのだ。

 

ーーそれを聞いたココアは満面の笑みを浮かべて、ふにふにの二の腕を見せつける、所謂『お姉ちゃんのポーズ』をとって、言った。

 

「えへへ、これからもどんどん頼ってくれていいんだよ! お姉ちゃんに任せなさい!」

「うんまぁ……ほどほどに頼るよ」

 

けれど『お姉ちゃん』としての彼女に頼ることへの抵抗はむしろ大幅に増した。

それは、男としての問題だった。

 

 


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