それが、あなたのご注文なんだね   作:ファットマン

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必殺和菓子職人の領域へ

「パン作りに招待になったお礼に、家の喫茶店にご招待するわ」

 

 

千夜さんにそう言われたのが昨日の話。

彼女の家は、風変わりな茶屋を営んでいるという話は以前に聞いている。

 

お店が休みの日だったので、ココアさん、チノちゃん、リゼさんと僕の4人で、そこに向かっていた。

 

「どんなとこか楽しみだね」

「なんだろう、どんなところか全く想像がつかないんだけど」

 

以前言っていた限りだと、店のメニューは全て強烈な必殺技名の乱舞であると言う。

なんとなく雰囲気からどんな食べ物かはわかるが、そこからどんな強烈な店構えが出てくるのかわからなかった。

 

「なんて名前なんですか?」

「『甘兎(あまうさ)』って聞いてるけど」

「『甘兎』とな!?」

 

チノちゃんの頭より老人の叫び声。

 

本当にこの人隠す気あんのかな……?

 

「……明らかにチノの声じゃなかったような」

 

案の定、リゼさんがものすごく訝しげな目でチノちゃんを見ている。

 

「チノちゃん、知ってるの?」

「おじいちゃんの時代に張り合っていたと聞きます」

「へぇ、それじゃ結構老舗の店なんだ、なら構える必要も無さそうだね……あ、あれじゃない?」

 

視界の端にそれっぽい建物を見つけた僕は、全力で話を反らしにかかった。

その建物、木製の風情ある看板に『庵兎甘』の文字。

 

「おれ……うさぎ……あまい?」

「甘兎庵な、俺じゃなくて(いおり)だ」

 

ココアさんを諭すリゼさんを尻目に、僕はチノちゃん、その頭の上にいるおじいさんへ話しかける。

 

「……リゼさんとココアさんには話してないんですよね?」

「そうだが……ちと昔の因縁がの、苛立ちが身体の端から滲み出てしまったわ」

「前に一体何があったんですか……」

「大丈夫です、私の腹話術ということで、今までずっとやり過ごしてきました」

「まさかのゴリ押し……!」

 

そんな杜撰(ずさん)極まる対策で今までやり過ごしてきたと言うのか。

いや、本人が喋る以上、対策も糞もないのだが。

 

「いいんですか? 世間にバレようものならホルマリン漬け一直線ですよ?」

「フィクションの見すぎじゃよ小僧、イルカは会話をするし、チンパンジーは人の真似事をできる、ちょっと喋る兎がいたところで、テレビを一瞬湧かせることしかできんじゃろうて」

「そのフィクションの化身みたいな貴方がそれを言うんですか?」

「自分のことを棚上げせんと説法なんざできんわい」

「……兎には声帯が無いはずなんですが」

「突然変異じゃよ、アルビノみたいなもんじゃろ」

輪廻転生(オカルト)とメラニンの欠乏を同列に語るのはどうかと……」

「だとして、そのオカルトを信じる者が何処におる?」

「……まぁ、それはそうですが」

「それにあの子らにバレたところで、どうもなりはせんと思うがの」

「それは……確かに」

 

二人とも驚きこそすれ、翌朝には特に何事もなく馴染んでいるような気さえする。

ココアさんはその中身が壮年の男性とわかってもモフることをやめないだろうし、リゼさんも態度は変えるだろうが、悪意をもって接することはあり得ない。

地を出すにしても人は選んでいる、ということなのだろうか。

 

「チノちゃーん、なるくーん、早くおいでよー!」

「お呼びじゃぞ、レディを待たせるもんじゃない」

「わかりましたよ……ココアさん、今行く!」

 

ココアさんに呼ばれて、僕たちは話を打ち切って店へ向かった。

その途中、チノちゃんがぼそりと呟く。

 

「……あんまり気にしてくれなくていいですよ、おじいちゃんのこと」

「チノちゃん……」

「いざとなったらわたしの腹話術でどうにかしますので」

「空気読んでくれる人が多くてよかったね?」

 

チノちゃんと連れだって、店の中へ入る。

 

「こんにちはー!」

「あら! みんな、いらっしゃい!」

 

ココアさんが元気よく言うと、給仕をしていた千夜さんが嬉しそうに歓迎をしてくれた。

その服装は、初めて会った時と同じ和装だ。

 

店内は明治や大正時代の雰囲気を感じさせる、どこかモダンな喫茶店だった。

 

「あっ! 初めて会った時もその服だったね、制服だったんだ」

「あのときはお仕事だったの、羊羮を届けた帰りで……」

「あ、あの『センヤツキ』って羊羮? あれ美味しくて3本いけちゃったよー」

 

和気あいあいと話す二人。

どうやら僕と会う直前のことを話しているらしい。

 

ココアさんが店内を見渡すと、中央に鎮座しているうさぎに目が止まる。

 

「あっ! あんこだ!」

「看板うさぎなのよ、よっぽどのことがないと動かないんだけど……」

「生きてるのか、置物かと思ったぞ……あ、動いた」

 

それまで微動だにしなかったあんこが、視線を動かした。

その先には……チノちゃん、の上にいるティッピーが。

 

ーーそこからの動きは俊敏だった。

 

チノちゃんが全く反応できない速度で飛び込んできたあんこが、その頭の上にいるティッピーを弾き飛ばしたのだ。

 

「ティッピー! チノちゃん大丈夫?」

「びっくりしました……私は大丈夫です」

 

ココアさんの差し出した手をとり、立ち上がるチノちゃん。

ーーしかし、以前見たときも微動だにしなかったあんこが、何故いきなりあんな動きを……?

 

「ティッピーが外敵に見えたのかな」

「縄張り意識が働いたってことか」

「いえ……あれは」

 

僕とリゼさんの考察を否定し、千夜さんは顔を赤らめる。

一体どういう……。

 

「……一目惚れね」

「え?」

「シャイな子だったのに、あれは多分本気よ」

「あれ? ティッピーってオスだと思ってたけど」

「僕も……」

 

あんな声とあんな人格を見せられて、メスと思うわけは無い。

いや、アンゴラうさぎのオスメスなんて一見してわかるもんじゃないが……。

 

「ティッピーはメスですよ」

「マジ?」

「マジです……中身は、あれですが」

「マジかー……」

 

メスケモ転生とか……どれだけの業を背負って生きてきたのだ、おじいさんは……。

確かに嘆く気持ちもわかる、単なるTSならまだしも……いやそれも十分イヤだが……そこにうさぎという要素が加われば即座にそれを提案した奴を助走つけてぶん殴る自信がある、それぐらい需要がない。

 

「アアァァァァァァーーーー!!!」

 

ーー特に、オスのうさぎに発情されるなど、自殺ものの恥辱だろう。

 

おじいさんの無様な悲鳴が遠くに消えていく。

彼……彼女の冥福を祈り、僕は心の中で十字を切った。

 

 

ーー

 

 

何処へか消えたティッピーを他所に、僕たちは当初の目的通り席についていた。

 

「はい、お品書きよ」

 

千夜さんからお品書きを渡される。

 

……その下にもう一つの冊子。

表紙には『指南書』とある。

 

「……これは?」

「『指南書』よ、お品書きで困ったら読んでね」

「……?」

 

チノちゃんは首をかしげて、そのままお品書きを開く。

そのままの体制で彼女は固まった。

 

「チノ、どうし……」

 

それを見かねたリゼさんがお品書きを見て、彼女も固まる。

この店のことについては、幾つか千夜さんから聞いている、メニュー名が彼女の独創的なセンスによって名付けられたものだと言うことを。

 

「……本当に言ってた通りの形態なんだ」

「なるくんには指南書は必要無さそうだから、普通にお品書きから頼んでね?」

「……まぁ、なるたけやってみる」

 

お品書きを開く。

 

『煌めく三宝珠』『夏の思い出ミルキーウェイ』『泡沫のオフィーリア』『漆黒のクヴェリ』『黄金の鯱スペシャル』

 

「あっダメかもこれ」

 

想像してたよりレベルが高かった。

不味い、幾つか全くわからない。

オフィーリアって『ハムレット』の登場人物だよな……。

クヴェリって一体何……?

 

「ヘイシリ、『クヴェリ 意味』で検索」

 

僕はまず言葉の意味を調べにかかった。

僕の中二レベルではこれは強すぎる、ネットの情報に頼らなければ解けないだろう。

 

「嬉しい! なるくんやる気ね?」

「なんか悔しいしね、ていうか本当に全部中二……独創的な名前になってるんだね」

「一生懸命考えたの、良い名前でしょう?」

「わざわざ全メニュー分考えなくても……」

 

『クヴェリ』はドイツ語で泉を意味する『Quelle』だろうか? つまり漆黒の泉……。

 

「わー、抹茶パフェもいいしクリームあんみつ白玉ぜんざいも捨てがたいなぁ」

「え? ココアさん……わかるの?」

「なんとなく?」

「そっか、ココアさんはすごいね」

「えへへ……なんでなるくん遠い目をしてるの?」

 

小首を傾げてココアさんは言った。

悩んでいたものをあっさり解かれ、僕は釈然としない気持ちになった。

 

 

 

ーー

 

 

千夜さんにメニューを告げーーリゼさんとチノちゃんはそれがなんなのかわからないままーー僕らは忙しなく働く千夜さんの姿を眺めていた。

 

「千夜さんは本当に和服が似合うね、千夜さん目当てで来てる客もいるんじゃないかな」

 

和服にエプロンを着けてお盆をもったその姿は、ただそこにいるだけでも絵になると思えるほど。

この必殺技染みたお品書きも、その可愛らしさの前では単なる愛嬌に思えてくる。

いや、事実そうなのだろう、周囲を見るに『指南書』を使用している客は少ない、それだけリピーターが多いということだ。

 

「千夜ちゃんかわいいもんねー、お淑やかな感じで、大和撫子って言うか」

「……」

 

横のリゼさんを見ると、彼女は無言で千夜さんを見つめていた。

なんとなく、羨ましそうな視線を送っているように感じる。

 

「着てみたいんですか?」

 

恐らくは同じ雰囲気を感じ取ったのか、チノちゃんが声をかける。

 

「い、いや、そういう訳じゃ……私にはあんまり似合わないだろうし」

「えぇ? リゼちゃんなら絶対似合うよ」

「そ、そうかな?」

「なんかこう、思いっきり着崩して、胸にさらし巻いて『さぁさぁ半か丁か乗るか反るか!』みたいなこと言ってそう、カッコいい!」

「そっちかよ! 千夜と正反対!」

 

思いっきりツッこんで、リゼさんは机に突っ伏した。

彼女的には千夜さんと同じようなイメージで着てみたかったらしい。

 

「いいよ、どうせ私にはああいう可愛らしいのは似合わないし……」

「リゼさんは、普通に着ても似合うと思いますよ?」

「ナルミ……嬉しいが、下手なお世辞は今はいい……」

「いえそんなのでなく、寧ろリゼさんに似合わない服の方が少ないと思いますが」

「え? そ、そんなことは……」

 

言われたリゼさんは少し顔を赤らめて、目を反らした。

そんなリゼさんを僕はまじまじと見つめる。

単に美人なのは言うまでもなく、モデル体型とまではいかないものの足は長くスタイルもいい、全身に程よくついた筋肉は、とても健康的な美を醸し出している、大抵の服なら着こなせるだろう。

 

それに比べて自分は……身長は低いし、やせっぽちだし、どこもかしこも細過ぎて白過ぎて肌も出すのも恥ずかしい。

実の妹からは『やーいもやしー! ホワイトアスパラー!かいわれダイコーン!』などと言われる有り様。

その日のおかずはかいわれダイコンのおひたし、もやしのナムル、茹でたアスパラにしてやった。

 

……さておき、彼女くらい健康的になれればどれ程よかったことか。

 

「僕もあと身長が30cm、体重が2.5倍あれば……」

「あ、あんまりジロジロ見るな、恥ずかしい……」

「! ご、ごめんなさい……」

 

言われて、数秒間じっと彼女を見つめていたことに気づき、あわてて目を反らす。

 

「そ、それじゃ今度ここで働くってのはどうでしょう? 多分千夜さんは喜ぶし、リゼさんも和服を着れる、一石二鳥です」

 

実際には彼女の和服姿を見れるので一石三鳥なのだが、そこは黙った。

 

「な、なるほど……でもやっぱり私には」

「リゼさん、似合う似合わないでなく、着たいか着たくないか、ですよ、所詮服装なんて自己満足なんですから、やりたいことをやればいいんです」

「そ、そうか、そうだな……」

 

リゼさんの思考が傾き始める、あと一押しだ。

そこに、注文の品を乗せたお盆を持って、千夜さんがやってくる。

 

「あら、何か面白そうなことになってるわね? まさかリゼちゃんもここで働いてくれるの?」

「い、いやまだ決まった訳じゃ」

「嬉しい! 従業員が一気に三人も増えたわ!」

「三人?」

 

リゼさんが聞くと、千夜さんはきょとんとする。

 

「え? リゼちゃんと、なるくんと、ココアちゃん! 三人でしょ?」

「わたしも含まれてるの!?」

「え? 違うの……? そんな……私となるくんとココアちゃんの三人で、桃園で語り合い誓ったあの時も、全部嘘だったと言うの……?」

「この近くに桃園なんてないよぉ!」

「甘兎ホールディングスを創設して木組みの町を制圧、ゆくゆくは世界を裏から支配する軍産複合体を結成するというあの誓いも、全て嘘だったと……!?」

「規模が大きい!」

 

ーー瞬間、リゼさんが立ち上がり、懐に忍ばせた拳銃を抜き放った。

 

「軍産複合体だと!? ココア、ナルミ……貴様ら甘兎からのスパイか!」

「おおぉ落ちついてリゼちゃん! わたしはラビットハウス一筋だよぉ!」

「この私を懐柔して引き込み、ラビットハウスを吸収しようとしたわけか……その手には乗らんぞ!」

「ち、違います、僕はリゼさんが和服を着たそうだったから、そう仕向けただけで……」

 

言っていると、袖が捕まれる。

その先には、おいおいと泣き真似をする千夜さんの姿。

 

「なるくんは来てくれるわよね? だって言ってたもの、うちで働いてくれるって」

「『時々ならいいよ』って言った気が……ひぃ!?」

 

リゼさんの拳銃が額に押し付けられる。

モデルガンだろうが、撃たれれば相当に痛いことに変わりはないだろう。

……モデルガンだよね?

 

「貴様が首魁(しゅかい)か!」

「ちょ、落ち着いてくださいリゼさ……ん……?」

 

そして、更に逆の袖が捕まれる。

その先には、チノちゃんの蒼白の顔。

 

「な、なるさん、お店辞めちゃうんですか……?」

 

チノちゃんは目に涙を貯めて、しおらしく言った。

 

「い、いや、時々働くかもってだけで……ああクソ、チノちゃんのそんな顔見たくなかったなぁ!」

 

どうしてこんなことに……。

ちらと千夜さんを見る。

彼女は笑顔だった。

 

「千夜さん、なんてタイミングの悪い……」

「ごめんなさい、面白そうだったから、つい」

「天使のような顔をして悪魔のようなことをする……!」

 

理解した、彼女は話をややこしくする天才だ。

それを……天然もあるが、一部故意にやるから余計に性質(たち)が悪い。

 

「なるさん、うちのお店、気に入りませんでしたか……? コーヒーより抹茶のほうがいいんですか……?」

「どちらかと言うとコーラのほうが好きかな……いやごめん失言だった、あぁぁ泣かないで」

「ナルミよ」

 

そこに、(おごそ)かな声が響いた。

見ると、店の入り口にボロボロになったティッピーの姿が。

そのかわいらしい外見と裏腹に、毛は逆立ち、その背後には竜虎すら裸足で逃げたすだろう凄まじい怨念が渦巻いているようにすら見える。

顔面から血の気が引くのがわかった。

 

「御主がなにをしようと、ワシはなにも口出しはせん、だがな」

 

迫力が増す、紫色の炎が立ち上るのを僕は幻視した。

 

「チノを一瞬でも痛め泣かせるようなことがあれば……我が魂魄(こんぱく)百万回生まれ変わってでも、必ず貴様を地獄へ叩き落とす』

「は……はい、わかりました……」

 

僕はこの時理解した、おじいさんのチノちゃんへの愛情は尋常なものではないこと。

そして、それを裏切るようなことをすれば、恐らくは死ぬということを、理解した。

 

ーー騒動は、チノちゃんが腹話術で壮絶な凄みを見せ、周囲を黙らせたことで終結をみた……ことになった。

 

また、『夏の思い出ミルキーウェイ(宇治ミルク金時かき氷)』と『漆黒のクヴェリ(コーラ)』は、とても美味しかった。

 

 

 

 

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