「このお店のカップって無地だよね」
「シンプル・イズ・ベストです」
「でも、もっといろんなのがあったらみんな楽しいと思わない? この前面白いカップを見つけてね、今度買いに行かない?」
「へぇ、どんな?」
「
「それは多分アロマキャンドルスタンドだ」
ーーそんな会話をしたのが少し前、僕たちは甘兎からの帰りに店で使うコーヒーカップを見に来ていた。
この街はこの北欧風の雰囲気に合わせてか、お洒落な磁気などを取り扱う店に事欠くことがない。
商店街の一角をリゼさんが指差し、僕たちは入店した。
「わぁ! かわいいカップがいっぱい!」
「あんまりはしゃぐなよー」
店に入るなり、色とりどりのカップに目を奪われる。
ココアさんが求めていたのは、まさしくこういう光景だったのだろう。
店に入るなり、リゼさんの制止も聞かず店内を物色し始める。
「あっ」
ーーその1秒後、『ゴッ』という鈍い音。
見ると、足を滑らせ棚の角に額をぶつけるココアさん。
そして、棚の上に置かれたお高そうな陶磁器が2つ、ふらりふらりと揺れる。
連携は速かった。
リゼさんが素早くココアさんを抱き止め、チノちゃんが落ちてくるお高そうな磁器のひとつをキャッチ。
ーーしかし、更にもう一個、妙に大きなコーヒーカップがココアさんの頭をかち割らんと落下してくる。
「ココアさん!」
素早く滑り込み、ギリギリでキャッチする。
ずっしりとした重み、これが人の頭の上に落ちたら……一瞬想像して、僕は身震いした。
「よ、予想を裏切らない……」
「危うく流血沙汰ですよ……ココアさん、大丈夫?」
「だ、大丈夫……えぇへへ、ごめんね」
頭を回すココアさんをひとまず立たせ、僕はコーヒーカップーーというより、最早取っ手のついたどんぶりーーを棚の上に戻す。
「……届かない」
そして重い、持ち上げるだけで腕がぷるぷるしてくる。
しかし、この場で最も身長があるのはーーリゼさんとは
「ふっ……ふんぬ! とぅ! へぁー!」
「ちょっ……ナルミ、無理するな! 今度はお前の頭に落ちそうだぞ!?」
「いやでも、ほったらかしにはできないですし……!」
「でも腕が生まれたての小鹿みたいにぷるぷるしてるぞ……? 危なっかしくて見てられない」
「……すいません」
リゼさんに諭され、渋々僕はティーカップを置いた。
やっぱり身長が欲しいなぁ……あと30cmくらい。
少し落ち込んだ気分でいると、ココアさんがティーカップを見て、なにかを思い付いたように携帯を取り出し、操作を始める。
「そういえばこの前ね、カップの中にうさぎが入ってる写真見たんだ」
ココアさんが見せた携帯の画像は、小さなうさぎがカップの中にちょこんと座っていたり、中で丸まり収まっていたりする画像だ。
その光景にはまさしく『もっちり』とか『もふもふ』とかいう擬音が似合う、愛らしさ抜群だ。
「なにそれ、めちゃくちゃ可愛い」
「ぬいぐるみみたいです……!」
「でしょー! もふもふ天国だよ! ティッピーもこうすれば注目度アップ間違いなしだね!」
「ティッピーが入るほど大きなカップがあるわけ……」
そこまで言ってリゼさんは言葉を濁す。
あったからだ、目の前に、取っ手のついたどんぶり……もとい、大きなティーカップが。
「……あったな」
「……ありましたね」
「この中に入ってる写真取ってみようよ、絶対可愛いよ!」
店員さんに許可をとり、早速チノちゃんが頭のティッピーを手に取る。
「ではおじいちゃん、お願いします」
「カッコよく撮ってくれ」
ぼそぼそと呟き、ついにティッピーが投入される。
……しかし。
「……なんか想像してたのと違う」
「……特盛のご飯にしか見えません」
ココアさんとチノちゃんの心無い批評に、ティッピーが愕然とした表情をする。
アンゴラうさぎの表情なんてわかりはしないが、多分そうだ。
「……僕はこれも普通に可愛いと思うけどなぁ」
思ったが、そもそも『可愛い』はおじいさんにとって褒め言葉ではないので、やめた。
ーー
気を取り直し、再びカップの物色を始める。
「あっ、これなんていいかも……」
そんな中、ココアさんがひとつのカップに手を伸ばす。
白地に、ワンポイントにうさぎのデフォルメが描かれた可愛らしいカップだ。
しかしその手は、横合いから伸びてきたもう一本の手によって阻まれる。
「あっ……」
手の主は、
服装はリゼさんと同じ、近くのお嬢様学校の制服。
しかしリゼさんとは違い、その姿にはどこかしらの気品が感じられ、金があることが日常になっている、所謂
なんというか、『それらしい』少女だ。
ココアさんと少女はぶつかった手を戻し、お互いを見つめあっている。
「こんなシチュエーション、漫画で見たことあります」
「よく恋愛に発展するよな」
「二人とも女性なんですが」
「百合ってやつだな、うちの学校では結構あるぞ」
「あるんですか……」
知らない世界を覗き見た気分でいると、おもむろにココアさんがもじもじし始める。
「なんか意識されてる……!?」
「あれ? よく見たら……シャロじゃないか」
「り、リゼ先輩!!? どどどどどどうしてここに!?」
かたや金髪の少女ーー『シャロ』さんは、リゼさんと知り合いらしい、姿を見た瞬間顔を赤くして慌て始める。
「あぁなるほど」
「何に納得したんですか」
「お嬢様学校には百合の花が咲いているんだな、と」
「何を言ってるんですか……? リゼさん、あの方とは知り合いですか?」
チノちゃんが問うと、リゼさんは彼女を紹介する。
「この子は『
「え? リゼちゃんて年上だったの?」
「そっち!? ていうか今更か!」
ココアさんはあっけらかんと言う。
……まぁ、ココアさんもリゼさんも先輩後輩といったことを気にしない性格なので、単にどうでもよかっただけなのだろうが。
「あ、なるほど、だからなるくんはリゼちゃんに対して敬語なんだね」
「私は気にしないんだがな」
「リゼさんって体育会系の癖に、上下関係とかはゆるゆるですよね」
「む……いけないのか?」
「いいえ、気楽に話せるのに締めるとこは締めるので、そういうメリハリのあるとこは好きですよ」
「そ……そうか」
「……まぁ時々図に乗りすぎるのがアレですけど」
リゼさんは少し顔を赤くして、僕から目を反らした。
最後の言葉は聞かれていなかったらしい。
「そ、それで、リゼ先輩はどうしてここに?」
「あ、あぁ、喫茶店で使うカップを見に来たんだよ……シャロは何か買ったのか?」
「いえっ、私は見てるだけで十分なので……ほら見てください、この白く滑らかなフォラマゥ……ほわああぁ……」
シャロさんはカップを手に取り、恍惚とした表情をしている。
……なんとなく、おじいさんをモフってる時やパンを
「それは変わったご趣味ですなー」
「お前が言うのか?」
「似た者同士だと思うけどね」
「えぇ?」
リゼさんと僕は同時に突っ込む、どうやら同じ感想に至ったらしい。
「そういえば、お二人は学年が違うのにどうやって知り合ったんですか?」
「それは……私が襲われそうになったところを助けてもらって」
「へぇー、かっこいいね、リゼちゃんのことだからきっと……」
ココアさんがそれを聞いてなにかを考え始める。
「おい待て、何を考えてる?」
「え? リゼちゃんのことだからきっとこう……シャロちゃんの前に立ち塞がって『失せろ、下衆共! この私が断罪してくれる!』とか言って、ピストルでこう、バンバン! って」
「そんな事言ってないしやってない!! 実際はーー」
「あぁ、言っちゃダメですー!」
シャロさんが止めるのを気にも止めず、リゼさんは話す。
「野生のうさぎが道路の真ん中に陣取ってて、シャロが立ち止まってたから、そいつに退いてもらっただけだよ」
「シャロさんはうさぎが苦手なんですか?」
「そ、そうよ、わっ悪い!?」
シャロさんは顔を赤くして思いっきり目を反らす。
「いいえ、なんか安心しました」
「な、なによ、笑いたければ笑えばいいわ」
「僕も昔、うさぎに噛まれたことがあって、しばらくうさぎが苦手だったんですよ、威嚇されると怖くて……なので、ちょっと親近感が沸いたんです」
「そ、そうなの?」
「はい、なんというか……お嬢様学校の生徒ってお高くとまってそうなイメージでしたけど、思ったより普通で安心したと言うか」
「え? あぁ……そう、そう言うことね……そうね、私はお高くはないわね……」
シャロさんは少しげんなりした顔になって答えた。
何故そんな表情になったのかはわからないが、あんな高校にいれば心労もあるのだろう、と勝手に理解した。
「それ何歳の頃の話?」
「5,6歳くらいですかね?」
「子供と同列に語られる私……!」
ーー
「ほら、このティーカップは香りが広がるようになっているの、こっちのは持ち手の感触が工夫されてて……」
「詳しいんだな」
「上品な紅茶を飲むにはティーカップにも拘らなきゃですからね!」
嬉しそうにカップの説明をするシャロさん。
僕たちはカップに詳しい彼女にものを見繕ってもらっていた。
笑顔で雄弁に語るその姿からは、余程紅茶、あるいはティータイムが好きなのだろう、ということが伝わってくる。
「でも、うちはコーヒーが主なんだが、紅茶と同じカップでも大丈夫なのか? 結構違うカップを使ってるイメージだけど」
「えっ、そうなんですか!? ……確かに、コーヒーと紅茶では抽出温度が違うので、カップの構造から違ってきますね……」
リゼさんの言葉から、一転してシャロさんは笑顔を消し、肩を思い切り落とす。
「……リゼ先輩のバイト先、行ってみたかったのになぁ……」
「シャロちゃん、もしかしてコーヒー苦手なの? 苦いのがダメなら、砂糖とミルクいっぱい入れれば美味しいよ、チノちゃんもそうしないと飲めなくて……わぷっ」
「コ、ココアさん、私の話はいいじゃないですか」
ココアさんの口をチノちゃんが塞ぐ。
「で、でもコーヒーもブラックだけと言うわけではありませんし、是非一度来てみてください、うちではラテアートのサービスもやっていて、見た目にも楽しいですし」
「い、いえ、別に苦いのが嫌いって訳じゃなくて……」
「?」
シャロさんの言葉は意外だった。
コーヒーを苦手とする最大の理由はその苦味にあると思うが、それ以外にラビットハウスに行けない理由があるのか……?
思いながら、シャロさんの話を聞くが、その理由は予測不能なものだった。
「酔うの」
「え?」
「カフェインを摂りすぎると酔っちゃうみたいなの、それが、ちょっと恥ずかしくて」
「カフェイン酔いってやつですか、実際には初めて聞きましたけど……」
「そうそれ」
僕が言うと、シャロさんは少し恥ずかしそうに肯定した。
曰く、カフェインもアルコールと同様刺激物、人によっては体制がなく、酔う人もいるのだとか……。
「紅茶は大丈夫なんですか? 一応カフェイン入ってますけど」
「紅茶は大丈夫、少し頭が冴える程度なんだけど……コーヒーだと酷くて……」
「人によっては下痢や嘔吐とかも起こるらしいですし、大変ですね」
確かに、そういう事情があるのならば無理には勧められない、アルハラならぬカフェハラとでもいうべきものだ。
本格派のコーヒーと言うのは、カフェインの含有率も多い、それで気分を悪くされるのは接客業としてあり得ないのだから。
「そ、そんな体質の人がいるなんて……シャロさん、無理に勧めてしまってすいません」
チノちゃんはシャロさんへと深く頭を下げた。
「そ、そんな……頭を上げてチノちゃん、元々、リゼ先輩の店に行きたかったな、って言ったのは私なんだし……それに、気分が悪くなるわけじゃないの」
「そうなんですか?」
「その……テンションがおかしくなるらしいの、ついでに記憶がなくなって……自分じゃよくわからないんだけど」
「酔うってそっち?」
カフェインでそういう酔い方をするのは聞いたことないが……まぁ、そういう体質の人もいるのだろう。
というか正直、このおしとやかな彼女がハイテンションになる光景は見てみたい。
「そ、それなら一度うちに来てみてください、コーヒー以外にも色々ありますので」
「チノちゃんみたいな可愛い子にここまで誘われたら、行かないわけにもいかないわね、わかったわ」
静かに微笑んでシャロさんは快諾した。
『可愛い』と言われて、チノちゃんは少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしていた。
ーー
「チノちゃん、お揃いのマグカップ買ってみない?」
「ココアさん、今日は私物を買いに来たんじゃ……」
「固いこと言わずに、せっかく一緒に住むんだし、お近づきの印に、ね?」
ココアさんは笑顔でチノちゃんに話しかける、チノちゃんは表面上は鬱陶しそうだが、特に止める様子も無さそうだ。
その姿は、気心知れた姉妹、といわれても違和感はない、ひとえにココアさんの人徳あってのものだろう。
その姿を、リゼさんは羨ましそうに見つめていた。
多分、一緒に働いているのに自分が仲間外れになったようなのが少し釈然としないのだろう。
僕もお揃いのマグを買うように提案するか? いや、男女でそれをするのは何か違う意味になりそうだ……。
少し考えていると、シャロさんがリゼさんに近づこうとするのが見えた。
手には恋人用のペアカップ。
「……あぁ、やっぱりシャロさんてそっちか」
小さくぼやくと、シャロさんと目が合った。
目には動揺。
話しかける直前で日和ってしまったらしい。
「……!」
僕はにっこり笑ってサムズアップ、続いてジェスチャーで『行け』と支持をした。
「~~!」
シャロさんは顔を赤くして一瞬考えると、腹を決めたのかリゼさんへと話しかけた。
「り、リゼ先輩、このカップ色違いで可愛くないですか? 2つセットですし片方要りませんか?」
「あ、これ可愛い……くれるのか?」
「あ、はい、この前助けてもらったお礼も兼ねて……」
「ありがとう! 大切に使うよ」
リゼ先輩は、とても嬉しそうに笑って言った。
うん、これで円満、みんな幸せだ。
シャロさんは改めてカップを見て、何故か愕然とした表情をしていたが、無事カップは渡せたのだから問題は無いだろう。
「シャロちゃんって、気品があってお高いカップにも詳しくて、凄い『お嬢様』って感じだよねぇ」
そんなシャロさんへ、チノちゃんとのペアカップを買い終えたココアさんが話しかける。
「その制服の学校は『才女』や『富豪の礼譲』が多くいると聞きます、シャロさんはきっと、どっちもですね」
「おまけに美人さんだし完璧だよねぇ」
「えっ、えぇ? お嬢様って……」
褒め称えられるシャロさんは、チラリ、とリゼさんのほうを見た。
「なんというか、常に余裕があるというか、驕りとか嫌みを感じさせない謙虚さがありますよね」
「そうだな、私も見習うべきところは多い、シャロにとってはこの店にあるカップも小物同然だろうな」
リゼさんが店内を見回し言う。
その中には、一脚数万円という目を疑いたくなるような物も混じっている。
正直羨ましい、と僕は思った。
金銭などのことではない。
きっと、僕にない多くのものを、彼女は持っているのだろう、と思った。
「こ、小物だなんてそんな……末代まで家宝にしますけど!?」
「お嬢様ポーズだぁ!」
「ツッコむとこそこ?」
シャロさんのゆったりとした気品のある動きを見て、ココアさんが歓声をあげる。
「カップを持つ仕草に気品があるよね」
「髪もふわふわしてて……風格があります」
「普通にしてるだけなのに……髪は癖毛なんだけど」
「やっぱりキャビアとかトリュフとか食べるんですか?」
「そ、それはリゼ先輩に聞いたほうがいいんじゃないかしら……」
リゼ先輩に話が振られる。
なるほど彼女も同じ学校の生徒、趣味は近しいのかも……。
「んー? 私がよく食べるのは……ジャンクフードとか軍用レーションとか……即席で食べられるものだな」
という考えは秒で消え去った。
「わかります! 卵かけご飯とかおいしいですよね」
「朝遅れたときのお供だなぁ」
微妙に会話が噛み合っているのかいないのかわからないが、まぁ当人たちは楽しそうに話していた。
「きっと卵ってキャビアのことだよ」
「いくら丼みたいなものですかね」
「多分そうだよ」
こっちはこっちで話が変な方向に膨らんでいるような気がする。
確かに、キャビアはチョウザメの卵だが……。
「いやキャビアはご飯に乗せないだろ……乗せないよね?」
乗せないと信じたい、というかキャビアをたっぷりのっけた丼をシャロさんが掻き込む姿がまず想像できない。
なんのギャグだそれは。
でも、結局その場で実態がわかることは、なかった。