「うーん、ヘンテコなミスしてるなぁ……」
僕は目の前の、返却されてきた答案用紙を見て呟く。
今日は初めての中間テスト、その終了日だ。
返ってきた答案は歴史。
それなりに勉強はしていたので、それなりの点数はとれているが……勉強をしていたはずなのに些細なミスで点を落としている箇所が多い。
「……ココアさんに聞いてみよう、覚え方とか」
ココアさんは、以前暗算の勝負をした際、圧倒的な差をつけて僕に勝った経歴がある。
頭がいいことに間違いはないはず。
僕は近くの席で千夜さんと話していたココアさんへと話しかけた。
「ココアさん、テストどうだった?」
「……」
ココアさんは、非常に珍しく無表情、無反応で答案用紙を見つめていた。
「僕は明治維新のとこで点落としちゃってさ」
「明治維新って何? 相対性理論なら説明できるよ」
「……ココアさん?」
それは同列のレベルで語ってはいけない学問のような気がするが……。
以前相対性理論の説明を見たことがあるが、それを理解するのに更に複数の専門用語、理論を知る必要があり、とてもじゃないが全く意味がわからなかった。
どうやらココアさんはただならぬ様子、横の千夜さんに話を聞いてみる。
「千夜さん、ココアさんどうしたの?」
「ココアちゃんね、数学は98点だったの」
「それは凄いね、流石ココアさん」
「でも、歴史は23点だったの」
「まさかの赤点!?」
千夜さんは窓の外を見つめながら答えた。
一体何があったというのか……。
「どうしたのココアさん! 回答書くところずれてたの?」
ココアさんは震える手で、残り2枚の解答用紙を見せてきた。
内容は、国語と英語。
「おうふ……」
そこには、絶望的な光景が広がっていた。
点数は歴史のそれより更に下、当然赤点だ。
つまりココアさんには、これから3科目の追試が待ち受けている、ということ。
「ま、まさかココアさん……文系、絶望的?」
彼女はコクコクと首肯した。
壊れた人形のようなぎこちない動きだった。
「ココアちゃんと私を足せば、私達最強になれるのにね」
「街の国際バリスタ弁護士も夢じゃないよ」
千夜さんは相変わらず窓の外を見つめていた。
そういえばこっちも様子がおかしい。
ココアさんと千夜さんを足せば最強……?
「……千夜さんはどうだったの?」
千夜さんも全科目の答案を広げる。
そこにも同様、絶望的な光景が広がっていた。
「こっちは理系が絶望的……!」
そしてココアさんは理系、千夜さんは文系はほぼ満点なのに、全科目平均すると普通の点数になる……。
二人を足せば最強とはそういうことか。
……そこから2で割った場合当然、全教科平均点になるのだが。
「ままならない……」
「そんななるくんはどうだったの?」
僕は答案を見せる。
二人の表情が変わった。
「全教科90点以上……!? 私こんな光景始めて見たよ?」
「大丈夫よココアちゃん! 私達、得意教科では全て勝ってるわ!」
「そ……そうだよ! 私達が目指すべきは、オールラウンダーじゃなくスペシャリストなんだよ!」
「ココアちゃん……!」
「千夜ちゃーん!」
意味深に見つめあってサムズアップする二人。
本当に波長が合うんだな、この二人……。
ーーしかし、いくら未来へ目を向けようが……いや、反らそうが、過ぎ去った過去は消えない。
現実は変わらず無情である。
「二人は追試、大丈夫?」
返答は聞かずとも、二人の態度だけでわかった。
文字通り、彼女らは頭を抱えたからだ。
ーー
そういうことなので、僕たちは放課後図書館に来ていた。
ちょうどお店も休みだったので、追試対策の勉強会を開くことになったのだ。
「この街の図書館行くの始めてだけど、凄く大きいねぇ」
「結構有名なんだよ、観光の雑誌にも乗るくらいなんだって、まぁ、僕も来るのは始めてなんだけど」
この街の図書館は西洋の有名な図書館を模して作られており、その建造物の内装の芸術性から、観光名所の一つとして有名だ。
蔵書の量もすさまじく、圧倒するように視界を埋める本棚に少し薄暗い内装は、まるで魔法の国にでも迷い混んだかのような不思議な雰囲気を醸し出す。
「わたしの探してる本はあるでしょうか……」
「ここまで大きな図書館なら、何処かにあるんじゃない? 探すのも大変だろうけど……」
一緒についてきていたチノちゃんが言う。
曰く、昔に読んだタイトルの思い出せない本をもう一度読みたいのだとか。
正義のヒーローに憧れるうさぎの物語らしいが、寓話のようなものだろうか。
「まぁ、チノちゃんの気持ちもわかるよ、気に入った物語って、内容知ってても何度でも読み返したくなるよね」
「なるさんにもそういう本があるんですか?」
「うん、先祖帰りで悪魔の力を得てしまった主人公が、悪魔狩りの女の子と力を合わせて、自分の住む街を守るために奮闘する物語なんだけど」
「ちょっと興味ありますね」
「そっか、なら今度貸してあげるね」
図書館なので、声のトーンを少し落として話していると、前方に見知った金髪が。
「あっ、シャロちゃんだ、奇遇だねぇ」
一足先に気づいたココアさんが金髪の少女ーーシャロさんに話しかける。
「あら、あなたたち、最近よく会うわね」
「シャロちゃんは何しに来たの?」
「本を返しに来ただけよ、あなたたちは……」
「勉強しに来たんだよ、シャロちゃんも一緒にどうかな?」
「えー……」
ココアさんが言うと、シャロさんは僅かに眉を潜める。
「シャロさんなら頭もいいだろうし、どうかな? 千夜さんとココアさん、苦手教科が真逆だから同時に教えられないんだよね……」
「よーするに人手不足ね……うーん」
シャロさんは一頻り考え込む。
……何故かその間、表情がコロコロと変わっていく。
何を考えているのか知らないが、やはり見ていて面白い。
「ま、まぁそこまで言うなら教えてあげてもいいわね~」
「普通に誘っただけだよー?」
シャロさんの承諾を得て、僕らは改めて勉強の為、窓際のテーブルの一つに座った。
「それじゃあなるくん、今日はよろしくね」
「あぁ、私も千夜ちゃんに教えたかったなぁ……」
「千夜にココアが? できるの?」
「私、数学と物理が得意なんだー」
「えっ嘘でしょ!? 顔に似合わない!」
シャロさんが大仰に驚く。
まぁ、気持ちはわかる、彼女は所謂『なんたらと天才は紙一重』といった類いの人種だからだ。
「でも逆に文系科目は壊滅的だからね、シャロさんにはそっちをお願いしたいんだけど」
「こんな感じ、本はいっぱい読むんだけど……」
ココアさんが全教科の答案を広げる。
理系はほぼ満点だが……。
「……文系が絶望的! 千夜と真逆ね……」
シャロさんは露骨に顔を青くして引いた。
「でも、シャロちゃんに教わればココアちゃんも大丈夫よ、あのお嬢様学校の特待生で、学費免除されてるくらいだから」
「えっ! すごーい! 美人で頭までいいなんて……」
「非のうちどころがないです……」
「そんなこと……」
ココアさんとチノちゃんの賛辞に、シャロさんは顔を赤くして髪をくるくると弄る。
「おまけにお嬢様だしね、天は二物を与えずって言うけど……例外もあるもんだね」
「そうねーなんて完璧なのー、まぶしくて直視できないわー」
「千夜……!」
千夜さんの声がえらくわざとらしい気がするが、多分気のせいだろう。
「そういえば、なるくんは成績いいのに、なんでシャロちゃんの学校行かなかったの?」
「……ココアさん」
僕はゆっくりとココアさんの肩に手を置いた。
「それはつまり、僕に女装してあそこへ通えと?」
「あっごめん……でもなるくんなら頑張れば行けそうじゃない?」
「戸籍上男だから即ポリスメン案件だよ」
この歳でそんな狂ったことでお縄になりたくない。
一生変態の業を背負って生きることになる……。
だが、それは今の学校に決めた理由の一つ、もう一つが、体調の関係で遠くの高校で独り暮らし、というのをさせてもらえなかったというのもある。
『百の橋と輝きの都』のほうの、特待生制度がある高校に行って親に楽をさせることも考えたが、その親に行くなと懇願されたのだ。
まぁ、僕もまだ家族と離れるのは嫌だったから、それでよかったんだけど。
「そういえば、チノちゃんもテスト近いって言ってなかったっけ?」
「はい、シャロさんなるさん、良ければ一緒に教えてください」
チノちゃんは自分の教材を取り出して言う。
「もちろんいいよ、マヤちゃんにもよく教えてるんだ」
「でも、中二の範囲でしょ? ココアが教えてあげればよかったんじゃ……」
シャロさんが言う。
確かに、理系科目は言うまでもなく、文系でもそのレベルならココアさんにも教えられると思うが……。
「ココアさんは教え方がアレ過ぎるので頼りになりません」
「アレってなに!?」
チノちゃんの言葉に、ココアさんが半泣きになってわめく。
それに対して、千夜さんは懐疑的な表情を浮かべた。
「そうなの? わかりやすいのに」
「千夜さんはきっと、ココアさんと波長が合うんです」
「あぁなるほど」
「なんでなるくんが納得するの?」
千夜さんは疑問符を浮かべるが、この二人の学校での姿を見ていれば、それも頷けるというものだ。
会ってまだ1ヶ月と経っていないだろうに、まるで幼なじみであるかのような仲のよさだ。
テンションも合えばノリも合う、話も合うしよくそのまま異次元へとぶっ飛ぶ。
ちょいちょい突っ込んで軌道修正しなければ話が進まないレベルだ。
「仲良しだもんねー♪」
「ねー♪」
正直羨ましい。
そう思うくらいに、仲睦まじいのだ、彼女らは。
ーーしかし同時に、彼女らは変なところで勘が鋭い。
ココアさんは何かに気づいたようにこちらに振り向く。
「はっ! なるくんが寂しそうな目でこちらを見ている……!」
「えっ? そんなことは……!?」
「お姉ちゃんの目は誤魔化せないよ!」
「そうよ、クラスの子からも言われたわ、『お前らは三人じゃないとダメだ』って」
「それ別の理由のような気がする……!」
多分それは二人のストッパー役としてだ……。
しかしココアさんはそんなことは知らず、満面の笑みを浮かべ、机から身を乗り出して話す。
「私達3人、ずっと仲良しだよ!」
「そうよなるくん、私達、ずっと友達だから」
「……二人とも、図書館では静かにしないと」
「あ……そうだったね」
ココアさん、千夜さんの出鼻を挫くように僕は言った。
彼女らははっとして、少し残念そうに席につく。
その彼女らに、僕はそっぽを向いて、小さく呟いた。
「……でも、ありがと」
「……!」
ココアさんと千夜さんが表情だけで驚きを浮かべ、次いで軽くハイタッチをする。
僕はそこに混じりはしなかったが、特に必要だとは思わなかった。
「さ、勉強の続きをしよっか」
ココアさんと千夜さんの表情が露骨に沈む。
まだまだ勉強は始まったばかりだ。
ーー
「ここはこの公式を使って……」
「あとは、さっきの答えを当てはめるとわかりやすいかな」
「あ……できました!」
ココアさんと千夜さんが問題集を解くのに集中している間、僕とシャロさんはチノちゃんの勉強を見ていた。
チノちゃんは問題に引っかかることこそ多いが、本人の大人びた雰囲気の通り地頭はよく、少し教えてあげればすらすらと問題を解いていった。
「シャロさんもなるさんも、凄く教え方がわかりやすいです!」
「チノちゃん物覚えがいいから、こちらとしては教えがいがないくらいだよ」
……特にマヤちゃんと比べて。
アレは集中力が散漫過ぎる、一旦スイッチが切り替わればかなり出来るのだが。
「チノちゃんみたいな妹だったら毎日だって教えてあげるのに」
「私もシャロさんやなるさんみたいな兄妹が欲しかったです」
「あはは、そんなのじゃなくても、言ってくれればいつでも力を貸すよ」
ーーそうやって僕とシャロさんとチノちゃんで和やかに話していると、対面のココアさんが力尽きたように机に突っ伏した。
「わ……」
「わ? ココアさん、どこか詰まったところでも……」
「私いらないお姉ちゃんだぁぁ!!」
「あぁそっちか……」
ココアさんはそのまま泣きわめき始める。
一番欲しかった言葉を他の人が貰っているのを見て、心が折れたか……。
僕はココアさんにそっと声をかけた。
「ココアお姉ちゃん」
「うぅ、なるくん……」
「図書館では静かにね?」
「ぐは……っ」
「トドメを刺した!?」
僕が言うと、ココアさんは一瞬ビクッと痙攣したあと、動かなくなった。
「そういえばチノちゃんは将来、私達の学校とシャロちゃんのお嬢様学校、どっちに行きたい?」
しかし、千夜さんがそう言った直後、ものすごい勢いで復活した、相変わらず忙しい人だと思う。
そのままココアさんは、瞳をきらきらさせて言う。
「私は絶対セーラー服が似合うと思うよ!!」
「ブレザーのほうが絶対可愛いわよ」
「学校の話じゃないんですか?」
「私は袴姿がいいと思うわ」
「いつの時代の話です?」
三人は何がチノちゃんに似合うかを真剣に話し始める。
まぁ女の子だ、見た目の可愛らしさを選択肢に入れるのもまぁ、わからないでもない。
しかしそれでは話が進まないので、僕は声をかけた。
「まぁ、制服はあとでお二人から貸してもらうとして、チノちゃんはどっちに行きたい、というのはあるの? 今見た学力的には、このまま順調なら両方いけると思うけど」
「そろそろ決めなきゃいけないですよね、悩みます……」
「チノちゃんが自分で決めるなら、どこでもいいと思うよ、それこそココアさんみたいに、
「街の外ですか……殆ど出たことがありませんから、想像出来ないです」
チノちゃんは額に手をあてて、うんうんと唸り始める。
それを見て、ココアさんが悲しそうな表情をする。
「えぇ……チノちゃんが街の外に行っちゃうなんて寂しいよぉ……」
「まだ進路なんて全然決まってませんよ……ココアさんは、故郷を離れて寂しくないんですか?」
「そうだね、お姉ちゃんとお母さんに会いたいって思うことはあるけど、みんながいてくれて賑やかだから、寂しいって思うことはないかな……チノちゃんをもふもふすれば、もっと寂しくなくなるよ!」
「やめてください……でも、ココアさんは凄いですね、私だったら多分……」
チノちゃんはココアさんのもふもふをいなしながらも、どこか羨ましそうにココアさんを見ていた。
「将来かぁ、私はパン屋さんか弁護士になりたいなぁ」
「私は自分の力で、甘兎をもっと繁盛させるの」
「私も家の仕事を継いで立派なバリスタになりたいです」
ココアさん、千夜さん、チノちゃんが言う。
「ココアさんはともかくとして……みんな夢を持ってるんだね」
「私は明確には……ないけど、今のことで精一杯だわ」
シャロさんは少し遠い目で言った。
「あはは……実は僕もなんだ、あんまりそう言うの考えたことなくて」
「ナルミも? 意外ね、将来とか堅実に考えてるタイプかと思ったわ」
「シャロさんこそ意外だね、やっぱりあの高校って結構大変なの?」
「ま、まぁね……」
シャロさんは歯切れ悪く答えた。
彼女の今までの姿からしても、大変なのは明らかだ。
そんな中なのに勉強を見てくれているのは、シャロさんの人柄あってだろう。
「でも、シャロさんみたいな人と共通点があって、少し嬉しいかも」
「そ、そう?」
「うん、夢のないコンビ」
「もうちょっと他の言い方ないかしら」
シャロさんは流石に心外そうに言うが、そう言っても事実だから仕方がない……。
夢、といきなり言われても、殆ど考えたことがなかったから、思い付きもしない。
ずっと想っていたことが、立て続けに実現したからだ。
「……正直、今も夢の中にいる気持ちだし」
「ナルミ?」
「あぁシャロさん、ごめん……なら『さとりコンビ』とかどう? 」
「この歳で何を悟るってのよ……! はぁ……」
シャロさんは嘆息して、目の前の夢のあるトリオを見た。
「ココアと千夜は置いといて……チノちゃんならきっと出来ると思うわ、バリスタ」
「シャロさん……ありがとうございます」
「バリスタもかっこいいなぁ……決めた!」
シャロさんの言葉にチノちゃんが照れ臭そうに返すと、ココアさんが拳を握って強く言う。
「街の国際バリスタ弁護士になるよ!」
「一つに絞りなさい」
ココアさんの夢はとてつもなく遠そうだ、と思った。
ーー
数時間ほど経過し、外に夜の帳が降りてくるころ。
勉強も一段落し、僕とココアさんは、チノちゃんの読みたがっていた本を探していた。
「本が多くて探すのが大変そうですね」
「チノちゃんが言ってた内容……主人公が悪いうさぎを凝らしめたけど、一緒に関係ないうさぎまで巻き込んでしまうんだよね」
「はい、主人公は、これからたくさん善いことをするから、ひとつの悪いことはそれで償われるって言うんですが、その事でずっと苦悩し続けるんです」
「もしかして、貧しい家族の為に尽くすうさぎが出たりしない?」
「あ、出てきます、そのうさぎの姿を見て、主人公は心変わりして……」
「本のタイトルわかったかも!」
「本当ですか!?」
ココアさんはパッと顔を輝かせ、早足でその本のある場所へ向かっていく。
……どこかで聞いたようなストーリーのような気がする。
それも非常に難解な小説の。
考えていると、ココアさんは目星の小説を見つけたのか、一冊の本をチノちゃんに手渡した。
「えへへ、ちょっとは頼りになるお姉ちゃんになれたかな?」
「……ココアさん」
チノちゃんの持つ本を覗き込む。
なるほど、想像した小説と同じ。
それは分厚い洋書……そこにはドストエフスキー著『罪と罰』の文字が。
「これじゃない」
チノちゃんはとてつもなく落胆した声で言った。
「えっ! でもストーリーはこんな感じだったような……」
「ココアさん、たしかこれうさぎ出てこないよ」
「……ハッ! 確かに!」
今更気づいたのか……。
だが、おそらく方向性は合っている、と僕は踏んだ。
「チノちゃん、少し待ってて」
「なるさん? 何かわかったんですか?」
「少し手がかりをね」
チノちゃんが目を輝かせる。
こういう時はちゃんと年相応な反応をするんだな、と思いながらも足早に図書館内を駆ける。
予測が正しければ、だいぶ絞れるはず。
ーー
ーー数分後。
「チノちゃん、もしかしてこれかな?」
僕は一冊の本をチノちゃんに手渡す。
デフォルメされたうさぎが描かれた、お伽噺のような古めかしい雰囲気の文庫本。
「あ……これです! 昔読んだのと同じ、懐かしいです……!」
「そっか、合っててよかったよ、これが違ったら手詰まりだったし」
「なるさん、ありがとうございます」
「どういたしまして、役に立ててよかったよ」
チノちゃんはなかなか見せることのない笑顔で僕に言った。
そしてその横で、崩れ落ちうなだれるココアさんの姿が……。
「うぅ……負けた……私がお姉ちゃんなのに……」
「ココアさんは私のお姉ちゃんじゃないです」
「うぅ……認めるよ、なるくんもチノちゃんのお兄ちゃんだって……」
「あはは……でもね、ココアさん」
僕はうなだれるココアさんの前にしゃがみこむ。
ココアさんが顔を上げる。
「ココアさんがいなきゃ見つからなかったから、おあいこだよ」
「え……?」
「多分あれ、さっきの『罪と罰』を元にしたお話だったんだよ、ストーリーが似てるから、思い付いてさ」
言うと、二人はキョトンとした表情をした。
「そうだよね! 主人公は悪い人を殺して、その人のお金を使って世の中を良くしようとするんだけど、、その過程でその妹さんまで殺しちゃうところとか似てるよね?」
「そうなんですか? そもそもその本の内容知らないんですか……」
「ココアさんの発想力の勝利だね、僕は絶対に思い付かなかったと思う」
「ココアさんの奇天烈な発想がこんなところで生かされるなんて……」
チノちゃんは口に手を当てて本気で驚いている様子。
チノちゃんはココアさんをどういう風に思っているのだろうか……。
「……え? つまり私もお姉ちゃんとして役に経てたってこと?」
「そういうこと、正直、普通は思い至らないと思うよ」
「そ、そっか! やったぁ、えへへ……これで今度こそ、少しは頼りになるお姉ちゃんになれたかな」
笑顔が戻ったココアさんが、チノちゃんへと尋ねる。
「……そうですね、少しは見直したかもしれません」
「やったぁ! チノちゃんに誉められた! これで姉力アップだよ!」
全身ではしゃいで喜びを表現するココアさん。
図書館なので声は少し小さめだったが、抑えきれない喜びが全身から溢れていた。
「……全く、しかたのないお姉ちゃんです」
「えっチノちゃん今なんて!?」
「なんでもありません、ほらココアさん、そろそろ勉強に戻らないと、また赤点取りますよ」
「うっ……」
チノちゃんの言葉にココアさんは再び笑みをかき消し、とぼとぼとともといた席へと戻っていく。
ーーさて、時間もそうない。
ラストスパートだ、僕は意気込んで彼女らの勉強をみることに専念した。