それが、あなたのご注文なんだね   作:ファットマン

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かなり遅くなってしまって申し訳ありません……。
少し書き方を変えてみました。


リゼ教官のよちよちラビットレシーブ

夜もふけた木組みの町は、普段の賑わいとうってかわってとても閑静(かんせい)な雰囲気を醸す。

観光街であることもあり、チェーンのスーパー、コンビニなどが少なく、そのお陰か夜にやっている店が少ないためだ。

 

そんな静かな町を、リゼは足早に駆けていた。

日課というほどではないが、気が向いたときや、体重が気になったときに行っているランニング。

 

春とは言っても夜風はまだすこし肌寒い、が、運動をするのにはうってつけの環境だ、とリゼは思った。

 

「はっ、はっ、はっ……あそこの公園で少し休憩にするか」

 

少し進んだ所には、自然と野良うさぎに溢れる広い公園がある。

街のイベントや、古物市(プロカント)なども開かれる場所で、普段は家族連れや子供の憩いの場となっている。

そこで水分を補給したあとに帰ろう、リゼはそう思っていた。

 

ーーしかし。

 

「……なんだ、アレは」

 

公園に到着し、見下ろすと一人の先客がいた。

服装はジャージで、目的は自分と同じだろうか、まぁ珍しくもない。

 

なのにも関わらず、『アレ』呼ばわりしたのには二つの理由があった。

 

一つーー先客が、自分に最近できた始めての男の後輩、条河成生(じょうがなるみ)だったこと。

 

二つーーそのナルミが、なにやら珍妙な動きをしていたからだ。

 

ボールを上に放り投げては、なにやらわちゃわちゃする。

三回に一回はボールが顔面に直撃する。

時々ボールに手が当たるが、その度に手を抑えて(うずくま)る。

 

ボールがあるということは球技なのだろうが、何をしているのかはわからなかった。

 

「おーい! ナルミ! 何をやってるんだ?」

 

リゼは大声で呼び掛ける。

 

「え……なんで」

 

振り向いた彼の顔に張り付いていたのは、驚愕と……恐怖?

とりあえず下に降り、彼に話しかける。

 

「ナルミ? こんなところで会うなんて奇遇だな、何をしてたんだ?」

「見ました?」

「え? さっきの珍妙な踊りのことか?」

 

答えはなかった。

変わりに彼はスマートフォンを取り出し、こう吹き込んだ。

 

「ヘイシリ、『記憶を消す方法』で検索」

「本当に何をやっていた!?」

 

 

 

ーー

 

 

 

「あぁもう死にたいよ……桜の木の下に埋めてくれ……」

 

ナルミは顔を真っ赤にして、桜の木の下で体育座りをしていた。

先程の光景を見られたのがそれほど恥ずかしいらしい、いつも落ち着き払い大人びた雰囲気の彼とはうって変わって、今の彼は年相応かそれ以下に見えた。

 

「お、おいナルミ……元気出せよ、お前が運動苦手なことは知ってるし、私はそれで馬鹿にしたりしないぞ、むしろ上手くなろうとしてるのを見て、少し感心したくらいだ」

「……口だけならなんとでも言えます、どうせみんな僕のことなんか……だから人に見られたくなかったんだ……」

「そ、それにあの……アレも思ったより悪くなかったぞ、あの……その……前衛的というか」

「リゼさんてフォロー下っ手糞ですよね?」

「うぐ……」

 

ナルミは顔を上げることすらなく言った。

その周辺からは陰気と言うべき暗いオーラが漂っていた。

 

……正直に言えば、こういう時言えばいいのかわからない。

何を話しかけても彼を傷つけそうな気がする……。

 

「……いや、違うだろ」

 

彼はそもそも、自分を変えようと独力で頑張っていたのだ。

ならば私がやるべきは、その手助けと後押し、それ意外に何があろうか。

 

リゼはナルミの腕を掴んだ。

 

「ならば、私がお前を一人前の兵士にしてやる!」

「え……?」

「お前が自分に自信を持てないなら、持てるようになるしかない、それまで、私がみっちり鍛えてやる!」

「リゼさん……!」

 

リゼの言葉に、ナルミは(ようや)く顔を上げ、立ち上がる。

どうやらやる気を出してくれたらしい。

 

「よろしく……お願いします!」

「よし! いい返事だ!」

「あ……でも僕も人間なので、死なない程度にソフトな感じでお願いします……」

「お前は私をなんだと思ってるんだ」

 

若干ビクビクしながらナルミは言う、やる気があるのかないのかわからない……。

 

が、とりあえずは訓練開始だ……と思ったところで、リゼは重要な疑問に行き当たった。

 

「そういえば、そもそもナルミは何をしていたんだ? 正直見ていて全くわからなかった」

「……そうですか、そうですよね、そうだと確信してました、死んだアルパカみたいな動きでしたもんね」

「そこまで言ってないぞ!?」

 

ナルミはげんなりしながら言う。

こいつはこんなネガティブなキャラだっただろうか……。

 

「……バレーボールですよ」

「は?」

「だからバレーボールです、ほらこのボールもバレー用でしょう」

「本当だ……」

 

ナルミが落ちていたボールを掲げる。

確かにそれはバレー用のボールだった、わざわざ買ったのか、彼の真剣さが伺える。

 

「今度学校で球技大会があって……練習してるんです」

「一人でやってるのか? ココアたちでも誘えば……」

「この生き恥を人前に、それも女の子に(さら)せと? 冗談でしょう、お坊さんがお(はら)いに来ますよ」

「言いすぎだ……というか私も女なんだが」

「知ってますよ、そもそもリゼさんに見られた時点で、『どうこの事実を無かったことにするか』を考えてましたから」

「そういえば私の記憶を消そうとしてたな……」

「それは無理ですね、失敗して豚箱です、リゼさんを殺して僕も死……のうとするのも多分普通に負けて豚箱なので、最早自害しかありませんね、荒縄ありません?」

「早まるな!?」

 

へらへら笑いながらも目は虚ろで全く笑っていない。

そのままこの男は『呼吸たのしーい』などと呟きながら中空へ視線を彷徨(さまよ)わせている、怖い……。

 

こほん、と一つ咳払いをし、話を本題に戻す。

 

「しかし、今の練習を一人で、例え1000時間続けたところで、全くもって何の意味もないぞ」

「やっぱりそうですか……」

「ただひたすらに時間の無駄だ、ついでに不審者の噂が町内に広まる」

「最早存在が事案……」

 

ナルミはその場にくずおれる、手を離れたバレーボールがてんてんとむなしく地面に転がった。

 

「やっぱり当日、学校休みま……」

「ーーだが」

 

ナルミの言葉を遮り、語気強く言う。

彼は漸く、顔を上げてこっちを見た。

 

「……だが、そんな自分を変えようと努力する姿勢は評価に値する……もし私の訓練を終えたならば、お前は立派な戦士になっていることだろう、着いてこれるか?」

「そ、それは……」

「始める前から諦めるな! 諦めた瞬間がお前の終わりだ! お前は自分を変えようと努力した! その意志がある限りお前は強くなれる、私が保証する!」

「リゼさん……!」

「やるのか、やらないのか!? やるのならば言葉の前と後にサーをつけろ!」

「イエス、サー!」

 

ナルミは立ち上がり、ビシッと敬礼をした。

 

「よろしい! ならばランニングからだ!」

「アイアイサー!」

 

元気良く掛け声をあげて、リゼとナルミは夜の街を駆け始めた。

 

 

ーー

 

「へー……ひー……ヴぁー……」

 

走り始めて3分。

ナルミは既に死にかけの表情をしていた。

 

「ナルミ、大丈夫か? まだ走り始めたばかりだが」

「だ、大丈夫……はぁ……れす……ひぃ……」

 

息も切れ切れに彼は答える、全く説得力がない。

 

「こ、これどれくらい走るんですか……」

「ウォームアップだから、とりあえず2キロくらいだな、そのあとに本格的に練習するぞ」

「に、2キロ……」

 

ナルミは絶望的な表情になったが、特に文句などは言わなかった。

まぁ、流石にこの時点でへばられたら本当に話にならないのだが……。

 

「り……リゼさん、思ったんですけど」

「何だ?」

 

疲れから気を反らすためか、ナルミは話しかけてきた。

 

「なんで、リゼさんは女性なのに『サー』って呼ばせてるんですか……?」

「……き、気づいてたのか」

「はぁ、そう言う映画とか漫画とか、ひぃ、よく見るので……」

 

ナルミの疑問はごもっともだ。

本来、女性の敬称は『サー』でなく『マム』である。

軍隊で誤用すればひっぱたかれるだろう。

 

……しかし。

 

「まぁ、軍隊ってわけじゃないからな……それに、ナルミの見ている映画や漫画とかで、『マム』って言うか?」

「……あんまり、そもそも女性の上官ってのがほぼいないです」

「つまりそう言うことだよ、それに『サー』のほうが言いやすいし雰囲気出るだろ?」

「なる、ほど……」

 

ナルミは理解したようだった。

 

「そういえば、ナルミは返事するとき、わざわざ『マム』にしてたな」

「リゼさんは、女性です、から……ひぃ……」

「あはは……まぁ、あんまり女の子っぽくはないかもしれないがな……」

「そんなことは、ないと……ひぃ、思うんですが」

 

ナルミは即座に否定するが、きっとお世辞なのだろう、と思う。

学校でも、軍服とかかっこいい服が似合うとよく言われるし……趣味も女の子らしくない、きっとそういうのは、私には似合わないだろう。

『サー』と呼ばせるのは、もしかしたらそんな意識もあったからなのかもしれない……と思う。

 

「僕も……ふひぃ……男らしくないって、よく言われます、似た者同士ですね」

「……そうでもないだろ、確かに体力はないし体も細いけど……」

 

ナルミを見る。

確かに体は細いし体力もないが、常に落ち着いていて、仕事での判断も的確だし、後輩ながら頼りになる存在だ。

精神的には十分に男らしい、とリゼは思った。

 

「ありがとう……ございます」

「あぁ……よし、もうすぐ1キロくらいだな、あと半分だ!」

「ま、まだ半分……? 」

 

 

 

ーー

 

 

数分後。

 

「ナルミ、大丈夫か?」

「だいっ、だいっ、だい……」

 

走り終わるなり地面に大の字に倒れ付したナルミは、打ち上げられた魚のように必死に喘いでいた。

 

「だい……ダメ……です」

「そうか……」

 

どうやらダメらしい。

ウォームアップだけで力尽きるとは……。

技術以前に彼にはまず体力が足りなすぎるのだ。

 

「……今日は時間も遅いし、終わりにするか」

「……え?」

 

この状態でやったところで身にはつかないだろう……。

まず練習のメニューから考える必要がある。

 

しかしそう言うと、ナルミは表情を歪ませた。

……少し、泣きそうな表情。

 

「また明日、ここに集合だ」

「あ……」

 

言うと、彼は一瞬驚いたような表情をする。

 

直後、彼は嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとうございます、また明日もよろしくお願いしますね」

「勿論だ、明日からは本格的な練習に入る、球技大会までに完璧に仕上げるぞ」

「はい!」

 

彼は満面の笑みを浮かべた。

何気に、今日始めて見る笑顔だった。

 

多分これが、素のこいつなのだろう。

そうリゼは思った。

 

ーー

 

そこからは苦難の日々だった。

 

「走れ走れ! またウォームアップでへばるつもりか!?」

「いいえ!」

 

毎日夜に集まり、特訓をする毎日。

 

「なんだそのへっぴり腰は! シャキッとしろ!」

「はい!」

 

重いコンダラを引いたりはしないが、まるで馬車馬の如く尻をひっぱたく勢いで徹底的に体を鍛える。

 

「誰が寝ていいと言った! もう終わりか! お前の意思はその程度か!」

「い、いいえ……!」

 

そしてただひたすらにボールを打ち合う。

自らの体の一部とするが如く、体力の限界まで。

 

「この程度も打ち返せんようでは、他のクラスの連中には勝てんぞ!」

「はい……!」

 

……そしてそれが7日目に達した頃、リゼは気づいた。

 

「……こいつ、運動神経そのものは案外悪くないな」

 

地面に倒れ付しピクリとも動かなくなったナルミを見て言う。

そう、ナルミは致命的に体力がないだけで、瞬発力もあるし反応も速い、スポーツが出来ないわけではないのだ。

 

しかしナルミには……一にも二にも、『経験』が足りなすぎる。

 

そもそも運動の習熟というのは、何より反復練習が大事だ、特定の動きを体に覚え込ませるのだ。

 

そして覚えた動きは応用が効く、運動が出来る人と言うのは、少ない回数で正しい動きを見いだすことができ、更にその経験を他の動きにも応用することができる。

 

ナルミは……その運動の経験値が圧倒的に足りない。

 

他の人が日常生活で身につけ、15歳までに運動というカテゴリのレベルが20になっているとしたら、ナルミは未だにレベル5しかないというべきか。

 

「ふむ……」

 

これは長丁場になりそうだな、とリゼは思った。

バレーの試合の日程までそう時間はない。

それまでに彼を一端の兵士にできるのか……。

 

 

ーー

 

 

「……」

 

長考に沈んだリゼを見て、ナルミの心は半ば諦念が占め出していた。

 

「……まぁ、そうだよな」

 

呟く。

既にリゼのコーチを受けて一週間近い時間が経っているが、未だまともにバレーが出来るようにはなっていない。

それどころか、早々にくたばって土を()めている様だ。

 

思えばいつもそうだった、誰かに教えてもらっても、どうしようも出来なくて『ナルミくんは病弱』の一言で終わらされる。

そのときの落胆した目が、申し訳さそうな目が、嫌で嫌でたまらない。

そして、どうやってもできない自分が、誰かの期待に応えられない自分が、どんどん嫌いになっていく。

いっそ死んじまえ、と思うほどに。

 

ーーリゼは顔を上げ、こちらへ近づいてくる。

 

「メニューを絞る、全部やるには時間が足りない」

 

リゼはそう言ってナルミの手を取った。

力強く引っ張られ、立たされる。

 

彼女の目には諦めなど一辺たりともありはしなかった。

 

「まだやれるな?」

 

彼女はまだ僕に期待してくれているというのか。

こんな僕でも、まだ諦めずに手を貸してくれるのか。

 

ーーならばやることは一つ。

 

「はい!」

 

期待に応えるよう、努力するだけだ。

ミジンコみたいに惨めでも、カメのようにのろまな足取りでも。

彼女が僕の手を引っ張る限りは。

 

そうすれば、やっと僕は僕を嫌いにならずに済むのだから。

 

 

ーー

 

 

ナルミとの練習が続き、バレーの試合が近づいて来たころ。

 

リゼはチノに頼まれ、公園にバトミントンの練習をしに来ていた。

ココアも千夜とのバレーの練習のため不在だが、ナルミが後を快く引き受けてくれたため日も落ちないうちに仕事を上がることができた。

 

その際チノにも「私も人間なので殺さない程度に……」と言われた。

 

「……私はそんなに恐ろしい人間に思われてるのかな」

 

動きやすい服装に着替え、チノと連れだって歩いていたリゼは小さくぼやいた。

 

「リゼさん?」

「いや……仕事やってくれてるタカヒロさんとナルミの為にも上達しなきゃな、って」

「学校ではティッピーを頭に乗せられないので、力が半減するんです」

「逆に弱くなりそうだが……」

「うそじゃないです」

「はいはい……この公園でやろうか」

 

来たのは、夜にナルミと特訓をしている公園だ。

平日の夕方の為、人はまばらだ。

バトミントンをするにはちょうどいいだろう。

 

ーーしかし。

 

「ん? アレは……」

 

見下ろすと、二人の先客がいた。

傍らにはバレーボール、目的は自分等と同じだろう。

 

なのにも関わらず『アレ』呼ばわりしたのは、二つの理由があった。

 

一つーー先客が、バレーの練習をすると言ってバイトを休んでいたココアと、相方の千夜だったこと。

 

二つーー二人が気絶していたこと。

 

「何があった!?」

 

すっとんきょうな声を出して、慌てて二人に駆け寄る。

軽く診てみると、千夜には外傷は無いようだ。

 

「ココアさんの顔が少し腫れてます……リゼさん、この状況、どう見ますか」

「現場に残されたのは一つのボール……ココアにのみ外傷あり……球技大会の練習というのは建前で、お互い叩きのめし合いココアが敗北した……?」

「どうしたらそう見えるの!?」

「生きてたか」

 

ココアががばりと起き上がり言う。

 

「バレーボールのレシーブとトスの練習をしてて……」

 

続いて千夜が起き上がる。

 

「それがどうしてこんなことに?」

「ボールのコントロールがうまく行かなくて……」

「体力の切れた千夜ちゃんが火事場の馬鹿力を発揮して、放ったきれいなスパイクがわたしの顔に……」

「私トスって知らなくて……その後は体力の限界で力尽きたわ」

「それで二人とも倒れてたのか……」

 

千夜の運動神経が高いとは全く思っていなかったが、想像以上らしい。

……でも火事場の馬鹿力がある分、ナルミよりは上なのかもしれない、ドングリの背比べだが。

 

ーー気を取り直して、お互いの練習に戻る。

元々チノの練習に付き合うために来たのだ、二人の漫才を見に来たわけではない。

 

「いくぞチノー」

 

掛け声をあげて軽く羽根を打つ。

 

「ふん!」

 

チノは勢いをつけて思い切りラケットを振るうが、空振り羽根は地面に転がった。

チノの顔が真っ赤になった。

 

「す、すいません……」

「いいよ、落ち着いて力を抜いてな」

「は、はい……いきます!」

 

今度はチノがサーブを返してくる。

ぎこちない動きながらも、羽根はしっかりリゼの元に来た。

軽く打ち返す。

 

「えい!」

 

かわいらしい掛け声と共に振られたラケットは、私へと再び羽根を返してくる。

 

「おぉ、いいぞチノ、ラリーが繋がった」

「や、やりました!」

「この調子でいくぞー」

 

ほのぼのとした調子で練習をしていると、ココアが真顔でこちらを見つめていることに気づく。

 

「リゼちゃん」

「……なんだ?」

「わたしそっち行きたい!」

「ダメだ」

 

即答で返す。

お前がやってるのはバレーだろう。

 

「千夜ちゃん、今度はレシーブで返してね」

「チノ、もう一度行くぞ」

 

しかしココアはどこ吹く風、そのまま練習を続ける。

なので、こちらも気にせず練習を……。

 

「あ」

 

振り抜いた拍子にラケットが手からすっぽぬける。

そしてそれは、ココアの打ったボールと同時に千夜のほうへ。

 

「危ない!」

「あ、靴ひもが……」

 

直撃コースだったラケットとボールは、たまたま屈んだ千夜の頭上を通り抜けていった。

 

「……自分の危険は回避できるんですね」

 

チノが小さく呟く。

千夜の意外な特技が明かされた瞬間だった。

 

 

 

ーー

 

 

 

 

そんなこんなで練習を始めて一時間後。

日も暮れ出して辺りが暗くなり、街頭の明かりが周囲を照らす。

 

「千夜ー! おばあさんが帰りが遅いって心配してたわよ!」

 

公園の上より聞きなれた声。

見ると、同じ高校の一年後輩の女の子、シャロの姿が。

そういえば千夜とシャロは幼なじみの関係だったか、とリゼは思い出した。

 

「お! シャロじゃん、ちょっとやってくか?」

「え! リゼ先輩!?」

 

リゼは思わずバレーに誘うが、シャロは少し考え始める。

ちょっと突然過ぎただろうか……。

お嬢様なシャロの事、服装はラフなパーカー姿だが、土で体を汚すのは嫌うかもしれない。

リゼは無理なら気にするなと言おうとするが、しかしすかさずココアが口を挟む。

 

「その格好なら動きやすし大丈夫だよ! 被害しy……人数は多いほうが楽しいし」

「ん? 被害者……? まぁ、先輩のお誘いなら」

「そっか、ありがとうな」

 

言ってシャロは首を傾げながらも、公園へと降りてくる。

シャロを誘ったココアの表情を横目に見る。

それは単純に誘ったと言うよりは、どこか必要に刈られて、といった雰囲気を感じた。

 

 

 

ーー

 

 

「それではバレー勝負を始めます」

 

真ん中に審判として立ったチノが言う。

眼下では、シャロを含めた5人の少女が姦しくバレーの試合を始めようとしている。

 

バイトが終わったナルミは、いつもの練習のため着替えてこの公園に来た。

……のだが、彼女らが練習をしているのを見て咄嗟に身を隠したのだ。

 

「見つかれば、さっきのシャロさんと同じく試合に誘われる……無惨な姿を(おおやけ)(さら)してしまう……」

 

そうなればどうなるか……。

 

『えっあの死んだアルパカみたいのってなる君?』

『こんなに下手な人初めて見たわ』

『無様ですね……』

『情っさけないわねぇ……全く、それでも男なの?』

 

さまざまな侮蔑(ぶべつ)嘲笑(ちょうしょう)が頭の中を駆け巡る。

ナルミは頭を抱えた。

 

「だめだ……死ぬ……そんなことになったらもう死ぬしかない……みんなさよならいままでありがとう」

 

いままでそれなりにうまくやれてて、友達もそれなりにできてきて幸先のいいスタートだと思ったのに、こんなことで不意にはできないのだ。

 

眼下では、チノを審判として千夜とリゼvsココアとシャロの戦いが繰り広げられていた。

 

「イェーイ! バァリーヴォールだいしゅきー! えへへへへへ」

 

ココアによってカフェインドーピングをおこなわれたシャロの動きはよく、リゼのパワーのあるサーブを軽やかに返していく。

 

「チノちゃんにかっこいいところ見せなきゃ!」

 

ココアも同様、シャロがあげたボールを受け取り、きれいなスパイクを相手コートに打ち込んでいく。

 

「よっ、ほっ……二人とも、結構上手いな!」

 

しかし、リゼはそれを汗ひとつかかず返していく、彼女の活躍はまさしく八面六臂(はちめんろっぷ)だった。

 

「ふれー、ふれー、リ・ゼ・ちゃん」

「あれ!?」

 

千夜はいつのまにかコートの端で応援に徹していた。

相方の彼女が機能していないので、リゼは実質一人、バレーがチーム競技であることを考えると、そのハンデは凄まじいものだ、何せまずスパイクがほぼ封じられるのだから。

 

それでも、リゼは優勢だった。

鉄壁の防御によって、彼女のコートにボールが落ちることはない、二人分の働きをしていると言うのに、その動きには全く衰えが見られない。

試合が続くにつれ、むしろココアとシャロの体力が切れ始める。

 

「すごいな、リゼさんは……」

「楽しそうですねぇ~」

「!?」

 

横からの声に振り向くとそこには、肩ほどまで伸びたベージュの髪にカールをかけた女性がいた。

間近で見られると思わずたじろいでしまうほどの美人だ。

ココアたちより大人な雰囲気で、服装やしぐさもどことなく色気がある。

 

そしてなにより、ここまで近づかれるまで全く気付かなかった、眼下の試合に目を向けていたとは言え、こんなことは初めてだった。

 

「驚かせてしまってすいません、彼女たちを見て隠れてしまうものですから、つい気になって」

「そこまで見られてたんですか……あはは、お恥ずかしい」

 

バクバク鳴る心臓を押しとどめ、平静を装い顔に微笑みを張り付ける。

目の前の女性は柔らかに笑うだけ、どこか蠱惑的(こわくてき)で、考えの読めない人だ、と思った。

 

「あの子たちに混ざらないのですか?」

「あまり運動が得意でなくて、女の子にかっこ悪いところ、見せたくないじゃないですか」

「男の子の意地、ですか……うふふ、これは書けそうな予感がします」

「書く?」

 

女性は僕と眼下の少女らを交互に見て、子供のような笑みを浮かべた。

 

「あぁごめんなさい、私小説家をやっておりまして……今もこうして、ネタを求めて彷徨(さまよ)っている最中だったんです~」

「小説家さん、ですか……PN(ペンネーム)は何て言うんですか?」

「青山ブルーマウンテン……と言います」

「青山……青山(ブルーマウンテン)? コーヒーがお好きなんですか?」

「えぇ、そうなんです……昔、行きつけの喫茶店がありまして、そこのマスターのコーヒーは絶品でした……」

 

名前の由来をあてられたのがうれしかったのか、女性……『青山ブルーマウンテン』さんは顔を綻ばせ、何かに浸るように思い出を話してくれた。

 

「その喫茶店をモチーフにして書いた小説が人気になりまして……最近、映画化したりもしました」

「えっ! お若いのに凄いですね」

「そんな……褒められると照れてしまいます……」

「ちなみに今度はどんなのを書くつもりなんですか?」

「あぁ……自分の考えたプロットを話すというのは、少し恥ずかしいですね」

 

青山さんは、そう言って赤らめた頬を隠すように視線を反らした。

 

「あ、ごめんなさい、踏み込みすぎましたね……」

「いいえ、ひらめきをくれた方ですから……バレーボールとバトミントン、二つの勢力の激しい争いを題材にしようと思っています、題名は……『撲殺(ぼくさつ)ラビットレシーブ』」

「ストーリーが全く想像できなくて困惑してます」

 

話を聞いただけではどういう物語になるのか全く想像がつかない……『撲殺』となんともまあインパクトしかないタイトルがそれを助長させる。

適当にあしらわれているのかとも思ったが、彼女の恥ずかしがりようから見て、おそらくは本気なのだろう。

映画化までこぎつけた作者さんなのだから意味不明なものにはならないだろうが、彼女の頭の中がどうなっているのか少し知りたくなった。

 

「出版したら、是非読んでください……」

「すごく気になります、絶対に読みますね」

「はい……あら、お連れさんが来たようですね」

「え?」

 

青山さんの視線を追うと、リゼがこちらに手を振っていた。

ほかの4人はいない、どうやら帰るのを見計らって僕を呼んだらしい。

初めから見つかっていた、ということだろう。

 

「それではまた、彷徨ってきます……」

「はい、執筆頑張ってください」

 

青山さんは微笑みを浮かべたまま、手を振り去っていく。

 

――あぁ、ひとつ言い忘れたことがあった。

ナルミは去っていく彼女を呼び止める。

 

「青山さん!」

「? どうしました?」

「僕、コーヒーの美味しい喫茶店で働いてるんです、良ければいらっしゃってください」

「へぇ……是非伺わせてもらいます、名前は?」

「『ラビットハウス』です!」

 

その名前を言った瞬間、初めて彼女の微笑みが崩れた。

 

「……そろそろ、踏ん切りをつけるべきなのかもしれませんね」

 

でもそれは一瞬で、すぐにもとの思考の読めない微笑みが戻ってくる。

 

「……えぇ、是非」

「まぁ、僕は厨房なのでお会いはできないかもしれないんですが……引き留めてしまってすいません」

「気にしてませんよ、寧ろ少し感謝しているくらいです」

「え?」

「お礼ついでに……あなたの努力はきっと実を結びますよ」

 

彼女は、遠くから走ってくるリゼを見て言った。

 

「あなたにも親身になってくれる人がいるみたいですから」

「……そうですね」

「すいません、差し出がましいことを……」

「いいえ、ありがとうございます」

「それでは、私はこれで……」

 

彼女は言って、今度こそ去っていった。

それと同時にリゼが声をかけてくる。

 

「知り合いか?」

「いいえ、今日初めて会った人です、それよりも練習始めましょう?」

「おぉ? なんだ? 今日はえらくやる気だな!」

「はい、球技大会も近いですし、ココアさんや千夜さんに見せられるくらいにはならないといけませんから!」

 

日も落ち、夜の帳が下りてくる。

遠くの稜線に残っていた夕焼けが地面に飲まれ、冷たい暗がりを街灯の明かりが僅かに照らす。

そんな中でも、二人の声は遅くまで止むことはなかった。

 

そして、毎夜それは続いた。

 

 

 

――

 

数日後。

 

「球技大会勝ったよー!」

 

ココアはラビットハウスに入ってくるなりそう言った。

 

「千夜は大丈夫だったのか? 」

 

リゼは聞いた。

あのあとも何度か練習をしたが、千夜の能力が一般人レベルになることはなかったからだ。

彼女のスパイクは執拗にココアの顔面を狙い続けた、最早、変質的な愛だと思えるほどに。

 

対するココアの回答は、非常に簡単だった。

 

「種目をドッジボールに交代してもらったんだよ」

「何故最初からそうしなかった?」

「すごいよね、避けるのがうまくてボールが全然当たらないの」

「私が教えた意味は……」

 

言いかけたが、まぁ勝ったなら結果オーライだ、そこはいい。

重要なのはもう一つのほうだ。

 

「……まぁいいや、それで……男子のほうはどうだったんだ?」

「男子? それは……」

 

ココアが言いかけたとき、ラビットハウスのドアが開く。

入ってきたのは、話の当人たるナルミだった。

彼はリゼを見つけるなり駆け寄ってくる。

 

「どうだった?」

 

聞くと彼は今まで見たことのないような満面の笑みを浮かべる。

そして、こう言った。

 

「勝ちました!」

 

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