原神 短編集   作:ももドゥーチェ

3 / 3
こんな事があったのかもしれない。


名無しのノート

 

 なけなしのモラを払ってをノートを買ったはいいが、いざ書こうと思ったら何を書いていいかさっぱりだ。盗んだ本を読むときは書くだけで金が貰えるなんて楽な仕事だと勝手に思っていたが、こんなに難しいものとは思いもしなかった。まぁあれだ。一つの物語を見るようにしてみてほしい。こんな話も合ったのだと、そう記憶に留めておいてほしい。彼の勇姿を無駄にしないためにも。

 

 俺は、盗人まがいなことをして何十年と一人で生きて来た。そして今日も黒空の下で獲物を狙っていたんだ。俺の視線の先にいる魔物たち。獣の姿をしながら人型で、顔には白い猫のような仮面をつけている。特徴的な鬣がさらに気持ち悪さを引き立てているのがいつ見ても慣れない。

 

 奴らは知性を持っていて、木材を集めて火をつけ、暗闇を照らすこともできる。松明を持っている奴もいるから、油の役割も分かっているようだ。

 俺が狙う獲物。それは、奴らが戦利品として持ち帰ってきた宝石にある。雑に作られた木造のテント内にある暗闇に負けじと力強く光を放つその青い水晶は特に存在感が強い! あの魔物たちもその水晶を気に入っているのかいつも以上に踊り狂っている! これは売ったら高いに違いない! 

 

 だが、俺には戦うスキルなんて持ち合わせていない。一応護身用のナイフは身に着けているが、使ったことなんて一度もない。あくまでも俺にできることは『盗み』だけだからだ。

 戦利品の監視は三体の魔物で構成されていた。だが所詮は魔物。知性は人間様に敵わないので、音がする方へアイツらは行ってしまう。この習性も長年の経験から学んだものだ。

 今回も俺は、衝撃で音を発する石を用意して監視の魔物たちを気を逸らす……そのつもりでいた。

 だがなんというチャンス! なんと、監視役の三人の内二人が酒を飲んで寝てしまった! これなら簡単に盗めそうだ。俺は石を投げて音を鳴らすと、残り一体の動きを注視していた。

 

 ……動かなかった。音がしたときに反応はしたから聞こえていないわけではない。それでも奴はその場から動くことはなかった。

 個体差があるのか? 狙いをこの魔物たちに定めて何年と経つが、こんなやつを見たのは初めてだった。

 音を囮にして盗む方法は諦めるしかない。だがまだ方法はある。やつらが作る木造の巨大テントの上部には人が入れるほどの穴が開いていることが多い。知性が悪いゆえの欠陥だ。

 

 俺は見つからないように音を殺しながら静かにテントの背後に回り手ごろな木を見つけて登って行った。てっぺんまで登ると、テントの上目掛けてジャンプ! 見事着地した俺だったが、日ごろの行いのせいか運悪く劣化した場所に足を置いたらしく、俺を巻き込みながら大きな音を立てながら崩れてしまった。その物音で起きた奴らがぞろぞろとテントに集まってくるのが音や声で分かったが、不幸中の幸いか木片で俺の体は覆われていたので、気づかれることはなかった。真面目に監視役をしていた魔物が集まってきたみんなに何やら説明をして、しばらくすると声がテントから遠ざかっていく。少しだけ隙間があったので覗いてみると、さっきまでの監視役二人もそれに便乗して監視を放棄したらしい。残っているのは真面目な奴一人だけだった。

 

 そんなことを考えていると、ふと、視線がその魔物と合ったような気がした。マズイ! 俺はすぐに顔を伏せるが、少しの物音ともに足音がこちらに近づいてくる。いくつにも重なった木材を取り除かれ、姿を晒した俺は、初めて間近で魔物と対面する事になった。

 戦い方なんて知らない。だがやるしかない。俺は護身用のナイフに手を掛けたが、目の前に立つそいつに戦う意思は感じられず、ただ無言に俺に光る水晶を差し出してきていた。

 

 俺にくれるのか? でもなんで? 俺は不思議で仕方なかったが、命が無事だっただけでなく目当てのものまで貰えるなら貰うしかない! 俺は警戒しながらも受け取ると、そいつは小さく唸りながら盾と棍棒を持ち直し、また見張りを再開した。

 

 俺はその後ろ姿を見ながら光る水晶を視界に入れる。これはアイツらが大切にしていた戦利品だ。それを見ず知らずの敵に寄こすなんて狂ってやがる。最初はそんなことを考えていたが、よく観察しているとその考えは変わった。沁み一つないよく手入れされた盾に、使い古されながらも手入れの行き届いた棍棒。ほかの二人とは違って一切サボらない監視。ほかのやつらが気づかなかった俺に気づく奴だ。こんな真面目な野郎が狂っているわけがない。

 

 ならなぜ宝を俺に渡すのか。その理由が俺には分かった。ただ一矢を報いたかっただけなんだ。真面目に仕事をしているのが馬鹿らしくなって、こうすればあいつらも自分のしていることがどれだけ大事なことなのか分かるだろうと、思い知らせたかったんだ。

 

 過去の自分と重ねた俺は、こいつは俺と同類なのだと直感で察することができた。棍棒に血が付着していないのも、彼は争いごとが苦手なんだろう。もしかしたら彼は俺を見て、俺と同じように自分と重ねたのかもしれない。

 

 俺は立ち上がって一度お辞儀をすると、彼が俺のほうをちらりと横目で確認したのが分かった。よくわからない言葉を俺に掛けた後に、彼は歩き出す。ただ何となくだが、付いて来いと言っているように俺は聞こえた。

 彼に付いて行くと裏道のような場所を通って集落を外れることができた。おそらく、バレる危険性を考えて裏道を教えてくれたんだろう。彼の話している言語は分からないが、話している内容もよく考えながら話しているのが感覚で分かった。

 

 だが、物事は上手くいきすぎると必ず裏があるものだ。裏道を出て彼と別れようとした時、さっき通ってきた裏道から奴らの親分のような、大型の魔物が現れたのだ。その図体は俺の二、三倍はあって、その手に持つ血で汚れた巨大な斧は、奴が只者ではないことを強く主張している。珍しく彼が動揺して、体を震わしているのが見て取れた。それもそうだ。こんなやつに勝てるビジョンなんて思い浮かばない。思い浮かぶはずもない。

 

 彼は親分と何やら話し始めたが、明らかに親分の声には怒気が込められていた。たびたび俺の手にある光る水晶に顔が向けられることから、この水晶関連で揉めているのは間違いないだろう。

 

 やがて、親分は大きく吠えると、彼を左腕を払って吹き飛ばしてしまった。俺は咄嗟の事に考えるよりも早く体が動いて、吹き飛ばされた彼を受け止め下敷きとなった。獣特有の臭さは今でも思い出せるが、不思議と不快感は感じなかった。

 

 俺と彼は起き上がって立ち上がると、親分の声に反応した仲間たちが集まってくる。

 俺は護身用のナイフを手に取ると、隣に並ぶ彼を視界に入れた。彼も盾を構えて棍棒を力強く握りしめていた。あぁ、それでこそお前だ。それでこそ俺だ。

 勝てるわけがない。そんなことは分かっている。戦ったことがない二人と、戦うことを、殺すことを何とも思わない連中だ。その結末は理解している。

 

 だからこそ、俺は笑って見せた。恐怖を紛らわせるために笑って見せたのだ。血に汚れたことがないナイフを血で汚す自分をイメージしながら、ナイフを構えた。

 ……そこからはよく覚えていない。唯一覚えているところは、彼と協力しながらアイツらと戦って、残りは親分だけとなったことだけだ。そのころには俺と彼はボロボロになっていて、親分もボロボロになっていた。

 それは、俺の一瞬の油断のせいだった。善戦していた俺と彼だったが、戦ったことのない俺は体を酷使しすぎたせいで意識を一瞬持っていかれてしまった。その一瞬の隙を見逃さないと親分が巨大な斧を振り下ろしてきたのだ。

 

 俺の体に衝撃が走る。だがそれは、斧による衝撃ではなく、彼にタックルされた衝撃であった。霞む視界の中映るのは、ぼろぼろの盾を構えるも力に負けて破壊され、赤黒い血が舞う光景だった。

 俺の視界が明瞭になる。神の目を持たない俺には元素の力なんて使えないが、この時だけは渦巻く炎が俺の体を支えているような感覚を覚えた。燃え滾る闘争心に身を任せ、血で汚れたナイフを力強く握り、地面を強く蹴った。体のリミッターが外れているのかいつもよりも体が軽く、敵の攻撃もはっきりと捉えることも出来た。親分の攻撃を避け、受け流し、何回も、何十回も切り裂いていく。

 それからどれくらい経ったのかは今になっても分からない。ただ、気づいた時には親分は倒れていて、俺はその頭にナイフを突き立てていた。冷静になった俺はぼろぼろに刃こぼれしたナイフを持ちながら横になって動かない彼の元まで歩いた。

 

 俺が確認したときにはもう手遅れだった。傷が深く、呼吸もしていない。俺は込み上げる怒りを抑えながら、彼の骸を丁寧に抱き上げて、星拾いの崖まで向かった。俺自身の体力ももう限界だったが、それ以上に彼の魂が風に流れるようにしなければという意思が強かった。

 神なんて信じていない。それでもこの時の俺は、それに縋ることしかできなかった。彼の骸を埋め、セシリアの花とボロボロのナイフを添えて、墓を作った。彼の魂が風に乗って浄化されるようにと。

 

 ……以上が俺の体験した人生に一度きりの経験だった。忘れる筈もない。

 あぁ、見知らぬ旅人よ。何年、何十年、何百年先かはわからないが、このノートを拾ったら、この内容を見たのならこの話を広めて欲しい。残念ながら俺には広めるほどの力が残っていない、これを書くのに少し時間を掛けすぎたみたいだ。それでも彼の勇姿を忘れてはならない。これを伝えることが俺に出来る唯一の償いだからだ。

 

  あぁ、見知らぬ旅人よ。名も知らぬ戦友の勇姿を、ここに託す。 

 

                                                          元宝盗団 冒険者【掠れて読む事が出来ない】 より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。