君の旅 -want to-   作:はむた

2 / 4
若い旅人の話

私の名前は陸。犬だ。

白くて長い、ふさふさの毛を持っている。いつも楽しくて笑っているような顔をしているが、別にいつも楽しくて笑っている訳ではない。生まれつきだ。

 

シズ様が、私のご主人様だ。

いつも緑のセーターを着た青年で、複雑な経緯で故郷を失い、これまた複雑な経緯で命を救われ、バギーで旅をしている。

 

 

 

とある国で、私たちが入国しようと城門に入ると、一人の人間が入国審査を待っていた。

 

黒いジャケット姿で、背中にかかる長さの髪をゴムでひとつにくくっている。

その脇には、たくさんの荷物が載ったモトラドが、センタースタンドで止められていた。

 

「こんにちは」

 

シズ様が、警戒させないように、やわらかく声をかける。

 

ベンチに座る少女が、私たちに気づいて振り向いた。

その顔は、まだ若い。十代半ばごろといったところだろうか。

 

「こんにちは。入国審査ですか?」

「はい」

「長いらしいですよ。もしかしたら、半日かかっちゃうかもって」

 

旅人らしい少女は人懐っこく笑う。

それを聞いてシズ様は、ふむ、とあごに手をあてた。

 

「仕方ないな。座ってもいいかい?」

「ええ。どうぞ」

 

そのまま、少女が軽く腰を浮かせて端に寄る。

ベンチには、一人分の空きスペースができた。

 

「…………」

「あれ? 座らないんですか?」

「あ、いや。座らせてもらうよ」

 

シズ様が、声をかけつつそこに座った。

いきなりパーソナルスペースに人を入れるとは。大胆な少女だ、と私は思う。

 

私はシズ様が座った足元へ伏せるため、少女の目の前を通って歩く。

少女が、

 

「かわいいワンちゃんですね。こんな大きいのははじめて見ます」

 

目を輝かせて言った。

キラキラとしていて、触りたくてしかたがない、という印象を受けた。

 

「よかったら、触ってみるかい?」

「いいんですか?」

 

シズ様が私を見る。

私は、ゆっくりとした動作でシズ様の前に座った。少女のほうへ顔を向ける。

 

「いいようだ」

 

少女は喜んで、

 

「いいかな?」

 

声をかけて、一人でうなづいた。私を撫でる。

 

「うわあ……ふわふわ~」

 

次第にしゃがんで、本格的に触りだした少女に、シズ様は穏やかな笑みを向ける。

私も、押し潰さないよう気をつけながら、顔元へ鼻を寄せた。

 

頭の隅で、入国する前に水浴びをした川へ感謝する。

水は少し冷たかったが。

 

「ふふっ。キミの主はいい人だねえ」

 

少女が言う。

確かにその通りなのだが(時々おせっかいとも呼べるくらいだ)、

この短時間にそこまで見抜いたのか、それとも少女に警戒心が全くないのかはわからない。

 

 

そのうち、少女は門兵に呼ばれて行った。

モトラドと、私と、そしてシズ様だけが残る。

 

「不思議な子だな」

 

シズ様が、彼女の向かった先に目をむけて言う。

 

「あんなに短時間で胸襟を開いてくる人は、めったにいません」

 

いささか短時間過ぎる気もするが。

 

「自分の腕に、よっぽど自信があるのか……」

「あるいは、旅を始めたばかりなのかもしれませんね」

 

物騒な目にあまり合ったことのない新人の旅人は、総じて、どこか軽率な部分があるものだ。

 

「そうだな。だとしたら、少し危険だ。女性だし……」

 

シズ様が真剣な口調で言う。

 

私は先ほどの発言を思いだして、単に人を見る目があるだけかもしれない、などと考えた。

 

 

 

 

次にシズ様が呼ばれて、私を置いて奥へ歩いていった。

すれ違いに少女が戻ってくる。

 

「まだ長引くんだって。まいったなあ」

 

ひとりごとのような、呼びかけているような。そんな調子だった。

 

「まあ、こんな国もあるんじゃない?」

 

私が返事をするより早く、どこからか声が聞こえた。

線の細い男性のような、ハスキーヴォイスの女性のような、どちらともつかない中性的な声だ。

 

「それより、さっきの緑のセーターの人が言っていたんだけど、いきなり隣を空けるから驚いたって」

「え? あ、そっか。セシルが大丈夫だって言うから、つい」

「信頼してくれるのは嬉しいけど、もうちょっと用心してよね」

「えへ」

 

会話が続く。

 

私は少女の目線の先を追って、そして、荷物が満載のモトラドが視界に入った。

 

「あの犬、陸って名前らしいよ」

 

少女が私を見る。

どうやら話しているのはモトラドで間違いないようだった。

 

「陸くんって言うんだ? こっちはセシルだよ」

「お前の主人、よっぽどお人好しだよな」

 

少女は親しげに微笑んで、モトラドはやや呆れて言った。

私は返事をするかわずかに迷って、

 

「申し遅れました。陸と申します。シズ様のお供をしております」

 

無難に挨拶を返した。

故意に黙っていたわけではないが、どことなく後ろめたい。

 

「わ、しゃべった!」

 

少女が驚いて声をあげ、私はピクリ、と耳を動かす。

脳内で、あのいけすかないモトラドの声が再生された。

 

「そりゃ、しゃべるでしょ」

「え、そうなの?」

 

モトラドが苦笑をにじませて言う。

 

「お互い苦労するな。主人がお人好しだと」

 

侮辱にも聞こえてしまいそうな発言だが、悪い意味で言ったのではないらしい。

 

私は少なからず、このモトラドに好感を持った。

モトラドにも個性はあるものだ。

 

「ふえー、そうなんだ……。世界って広いなあ……。あ、さっき大丈夫だった? 痛くなかった?」

 

少女が眉を八の字にして聞いてくる。

この少女も、ただ無知なだけだったようだ。

 

「大丈夫ですよ、レイさん。そちらこそ、重くありませんでしたか?」

「うん、大丈夫」

 

そうして、三人で和やかに会話をしていると、

 

「どうなっているんだ? これは……」

 

戻ってきたシズ様が、すっかり仲良くなっている私たちを見て唖然とした。

 

 

***

 

 

「紹介が遅くなってすまないね。私はシズと言う」

「レイです。こっちが相棒で、名前はセシルと言います。大丈夫ですよ、陸くんにちゃんと聞きましたから」

 

入国審査を終えて無事入国した私たちは、大通りにあるカフェにいた。

 

石畳の通路にイスとテーブルが置かれ、上をパラソルが覆っている。

人通りは多くも少なくもなく、落ち着いて話しやすい。

 

二人がお茶を頼み、レイさんはパンケーキを追加した。

レイさんの横にはモトラドのセシルがスタンドで立てられ、私はシズ様の足元に座り、伏せの体勢に入る。

 

しばらくしてお茶が運ばれてくると、二人はその種類を聞いて香りを確認した。

 

「レイさん、」

 

シズ様が話し出そうとすると、

 

「お待たせいたしました」

「ありがとうございます」

 

レイさんのパンケーキが運ばれてきて、言葉が途切れた。

店員に説明を聞いてお礼を言ったあと、レイさんはパンケーキを切った。

そしてひとくち食べて、おいしい、と顔を綻ばせる。

 

「シズさんはいいんですか? 料理の注文」

「ああ」

「そうですか?」

 

レイさんはまたパンケーキを食べた。

黙々と食べ続けて、あっという間に食べ終わった。お茶をひとくち飲む。

 

「ふう、おいしかった」

 

満足そうに息を吐くと、ごちそうさま、と軽く手をあわせた。

食べていない私までおいしさを感じてしまうような、満面の笑みだった。

 

「…………」

「レイ、シズさんあっけにとられてるよ」

「あっけ?」

「びっくりして、ぼーっとしてるってこと」

 

セシルが声をかけて、ようやくレイさんはシズ様に目を向け、

 

「えーと……すみません。話ってなんですか?」

 

会話の体勢に入ったのだった。

 

 

 

 

そうして、二人が外のいくつかの国や道について教え合い、過去に行った国について話していた時のことだ。

 

「私も、キミくらいのモトラド乗りの旅人に会ったことがあるよ」

「へえ、案外いるものなんですね」

「彼女は私の恩人だ。キノさんって言うんだが、知らないかい?」

「え? ……いや、でも……」

 

レイさんが急に口ごもる。わずかに考える様子を見せて、ちらりとセシルを見た。

シズ様に向き直る。

 

「その“キノさん”のモトラドも、しゃべるんですか?」

「ああ、エルメス君と言ったかな。うちの陸と喧嘩を……」

「え! ……同名の別人かなあ?」

 

レイさんが首をひねった。うーん、と唸る。

私は、ひとつの可能性を思いついて提言した。

 

「シズ様。もしかしてレイさんは、キノさんを男性だと勘違いしているのでは?」

 

すると、レイさんは目を丸くして驚き、シズ様はなるほど、と言ってカップを取った。

そのまま口をつける。

 

「レイが言っているのはレイくらいの少年で、黒い短髪。シズさんが言っているのは、レイくらいの少女。両方とも、エルメスって名前のモトラドで旅をしていて、“キノ”と名乗っている……ってことだよね」

 

セシルが特徴を整理する。

シズ様が、キノさんも短い黒髪だよ、と口を挟んだ。

 

「実は私も、初めある国で出会った時、キノさんを少年だと思っていたんだ。あまりにも強すぎたせいかな」

「じゃあ、シズさんが会ったキノさんと私が会ったキノさんは同一人物で……。キノさんは女の人ってことですか!?」

「その可能性はあるね」

 

レイさんは余程の衝撃だったのか口をぽかんと開け、セシルに「口開いてるよレイ」とたしなめられてぱくんと閉じた。人形のような動きだった。

 

「たしかに、にわかには信じられない話かもしれないね」

 

シズ様が苦笑する。

 

「いえ、ちょっとびっくりしただけで……」

 

レイさんが空のカップに口をつけて、それを置いて、ポットを傾けた。

冷めたお茶が注がれる。それを飲む。

 

「うわ、にがっ」

 

思わず、といった様子で呟いて、ソーサーにカップを置いた。

かなりの動揺が見られる。

 

「ひょっとして、セシル気づいてた?」

「うん、まあ……」

「…………。私、人を見る目まだまだなんだね……」

「……えーと。これから鍛えれば?」

「うん……」

 

レイさんとセシルの会話が続く。

 

 

レイさんはしょんぼりと落ち込んでいたかと思うと、突然、弾むような声で言った。

 

「でも、良いこと知ったな! もしまた会えたら、仲良くなれるかも!」

 

にこにこと笑う。

シズ様はその表情の変化を呆然と見ていたが、

 

「その時は、シズさんや陸くんの話題を出してもいいですか?」

 

レイさんが聞いて、「ああ……そうだね。いいよ」と、なんとも情けない声を出した。

しかし、その顔は嬉しそうだった。

 

 

 

 

「今日はありがとう。楽しかった」

「こちらこそ」

 

シズ様が出国日の予定を聞いて、見送りたいと申し出た。レイさんは、それを快く了諾した。

最後にシズ様が、

 

「ところでレイさん」

「はい、なんでしょう?」

「こちらから誘っておいて言うのもなんだけれど、知らない男性にほいほいついていくのは、控えたほうがいいと思うよ」

 

やはりというか、いつものおせっかいをやいた。

 

レイさんが一瞬きょとん、として、すぐに、

 

「でも、今日は正解ですね。やっぱりシズさんはいい人だったから。次は気をつけます」

 

面白がっているような、ちょっといたずらっぽい笑顔で言ったのだった。

 

 

***

 

 

レイさん出国の日。

私たちはまだこの国にいるつもりだったので、その日は軽装で彼女らを見送った。

 

「よかったら、一緒に旅をしないかい?」

 

シズ様が冗談めかして言って、

 

「ありがとうございます。でも、私にはセシルがいますから」

 

知っている男性ですけど、ほいほいついて行くわけにはいきません。

そう言って、レイさんは笑顔できっぱりと断った。

シズ様は満足そうな、だが少しだけ残念そうな顔で微笑んだ。

 

「そうだね。……お気をつけて」

「はい、シズさんも。またお会いできるといいですね。その時は、私からお誘いします」

 

昨日のことを思い出したのか、レイさんがおどけて言った。

シズ様は苦笑する。

 

「その時は、ぜひ乗らせてもらうよ」

 

 

 

そうして、モトラド乗りの若い旅人は走り去った。

閉められた城門をしばし見つめたあと、シズ様は預けていたバギーを受け取りに向かう。

 

「警戒されないというのは、やはりいいものだな」

 

シズ様が歩きながら呟いた。

 

「人を見る目のある方でしたね」

 

私が言うと、シズ様は照れくさそうに微笑んだ。私はその後ろに続く。

 

「また会えるといいな」

「私も、そう思います」

 

キノさんとレイさんの顔が一瞬浮かんで、消えた。

 

 

 

 

 

He meets She.【END】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。