「お子さんには個性は発現していないようです」
白衣のおっさんが、父に向かってそんなことを言い放った。当人がこの場にいるというのに、随分と率直に言ってくれる。そこらの夢見る男の子だったらショックの余りに暴れているところだ。
父も僕と同じことを思ったのか、眉を寄せて怪訝な顔を隠さないでいる。白衣のおっさんはその事を知ってか知らずか言葉を続ける。
「ですが、見てくださいよこの数値を!このグラフを!個性因子が今までにない程大量に検出されています。こんなこと、私の経験上初めてですよ」
興奮冷めやまぬ様子で鼻息を荒くしてそう宣った。個性が発現していないなら因子なんぞ出るわけないやろがボケ、と思わず口に出してしまうところだった。それにしても、いい歳したおっさんが顔を赤くしているのは正直気色が悪い。
「……個性が発現していないなら、因子が検出されないはずですが」
訝しげに声を低くして父が問う。先の発言でおっさんへの信頼とか人間性とか、諸々の評価がガクンと下がっているようだ。
「おっと、これは失礼した。予想外のことに思わず興奮しちゃってね。いやはや、これだから医者はやめられない」
このおっさんにとって医者というものは、自分の悦を満たすだけの道具なのだろうか。僕たち親子のおっさんに対する印象は最悪になっているぞ。父だってやっちまった、なんて顔をしているし。
「先程私が言ったようにこれは初めての事なんだ。個性が発現すると、必ず体の何処かが変化するのだよ。頭が少し大きくなったり、指の間接が増えたり、瞳が萎んだり、例え小さくとも必ず変わるのだよ。その変化がお子さんには観測されなかった」
おっさんは言葉を区切って脇に置いてあった茶で喉を潤した。医務室に紅茶を持ち込むなと言いたいが、話を遮るのも面倒なので黙っていることにした。
「ただね、そういった変化のない子には個性因子は検出されない。単にお子さんの変化を見逃しているかもしれないが、それでもこの検出量は目を疑うよ。こんなデータ、大人──それもプロヒーローでも滅多に見られない代物だよ。これ程私の心を騒がせるものは存在しなかった」
熱の孕んだ目を僕に向けた。知りたい、その欲望一つのみが全面にさらけ出している。そのことを知るためならなんだってする、そんな強い意思を感じる。そんな純粋で邪な目を子供にむけるんじゃねえよ。気の弱い子は泣いてしまうぞ。
「結局、息子に個性は有るんですか、それとも無いのですか?」
少しイライラしている父が問いただす。これはとっとと結論を言わないおっさんが悪いだろうよ。父は何をしているのか知らないが仕事で疲れているのだ。本来なら「個性、ありますよ」と聞いて、すぐに帰って寝る予定だったからな。父親としてどうかと思うがこれが我が家くおりてぃーだ。
「これはまた失礼。結論を言いますと、お子さんには個性は今のところありません。……ですが──必ず存在している──そう私は確信しています。そう、状態で言えば眠っているだけなんですよ。体の成長と共に発現した、そんな事例が過去にも何件か有ります。つまり、お子さんは眠っている状態で個性因子を大量に放出しているのですよ。いやぁ、目覚めたら一体どうなるのでしょうかね」
ウケケケと気味の悪い声をあげて口を歪ませている。こんな人でなしが医者として働いていることに甚だ遺憾である。まあ、医者というものは元来人でなしだし(失礼)、資格さえ取れれば誰だって医者になれるし(すごく失礼)こんな奴が居てもおかしくはないかな。
「……目覚めない可能性は?」
「勿論あります。むしろ、その可能性の方が高いですね。個性の発現には何らかのきっかけが必要です。何もしないまま発現するのを待っていたら、それこそ目覚めるものも目覚めません。トライ&エラーです。お子さんには挑戦の機会を与えてやってください。この世にあるどれか一つが個性を発現させるスイッチなのです。例え押したスイッチがスカであっても、失望だけはしないでくださいね」
「……まあ、習い事は以前からさせるつもりだった。数を増やせばいいだろう」
うん?僕の個人的な時間がすごく減ることが確定したぞ?まあ、家に居たって暇なだけだし別にいいけど。けど、休みの日が一日は欲しいかな。
「そうしてください。ああ、それと今後は定期的に検査に来ることをオススメしますよ。経過状況を知ればお子さんの進捗を理解しやすいですし、かかりつけになって頂ければ事態への対応が容易になりますのでね。それと、私の名刺です。指名して頂ければどんな時でも対処しますよ」
「面倒なのは嫌いだ。そこら辺はあんたに任せるよ」
私欲丸出しのおっさんに対してついに父が敬語を使わなくなった。遠慮なんて必要ないと思ったのか、それともこんな奴に敬語なんぞ勿体ないと気づいたのかどちらかだろう。どっちにしろ酷いことには変わりはないが。
父が席を立ち退室するに習って僕も続いた。父は無言のまま手続きを済まして診察費を払い、病院を出た。父は運転席に乗り込んだので、僕は後部座席に座った。バックミラーに写る父は気難しい顔をしている。常日頃からしているが今日は特に酷い。そんな顔を見てても良いことなんてないので僕は窓の流れる景色を眺めた。
十数分経った頃、車内の雰囲気が変わった。前からくる、なんて言うんだろう。話しかけたいという想いがひしひしと伝わってくる。再度バックミラーを見れば父の口が開いては閉じてを繰り返している。相も変わらず口下手だなと思い喋りだすのを待った。数十回の躊躇いの果てにようやく声を出した。
「……お前は、何がしたい?」
「ん?なにが?」
「……習い事だ。何か希望はあるか?」
「別になんでもいいよ。あのお医者さんだって色々しろって言ってたしね。出来ることなら僕はなんでもするよ」
家でしていた遊びはすぐに飽きてしまったから、そう長続きしそうにないけどね。何か熱中できるものがあれば良いんだろうけど。
「……お前は、その、なんだ、ショックじゃあないのか?個性が使えないって聞いて」
「あー、まあそうだね、ちょっとショックかな。自分だけのものって、結構憧れていたんだけどね」
「そうか……」
周りの友達が自分の個性を自慢するなか、僕だけが個性がわからないって言うのは結構辛いと思う。それを思うと明日から保育園に行くのは気分が重いな。
そうこうしているうちに家に着いた。地下一階、上三階で大きめの庭がある、まあ金持ちの家だ。見てくれは裕福だし内情も裕福だ。一体何の仕事をすればここまで稼げるのだろう。
料理人さんが作った遅めの昼食を食べた。よくわかんない味付けだけど、まあ美味しいんじゃないかな。そう思いながら肉を一切れ口に放り込んだ。ムシャムシャ食べてると対面に座っている父がまた話しかけてきた。
「ピアノ、水泳、書道、体操、そろばん、ダンス、空手、プログラミング、剣道、絵画、柔道、ヴァイオリン、フィギュアスケート、全て予約をとることができる。お前の飽き性は身に染みているつもりだ。だが、必ず半年は続けてもらう。お前が大人数と馴染むことが苦手なのは理解している。故に一個人で済むようなものを選んだ。さあ、好きなのを選べ」
「あー、じゃあピアノと柔道でいいや」
いきなり羅列してきて選択を迫られたので適当に答えた。てか最後らへん酷くないか?飽き性は認めるけど大人数でも別に馴染めるよ?遊んでいるうちに皆僕から離れていくけどね。皆照れ屋さんなんだよきっと。
父は僕の言葉を聞くと了承したと言わんばかりに頷いて自室に行ってしまった。理由ぐらい聞いたらどうだいパピィ。
僕は昼食を食べ終えた。食器とかは使用人さんに任せるとして、自分は何をしようかと考えた。家にいてもやることがないので今日は外で遊ぶことにした。庭で日向ぼっこでもしようかな。
***
花を踏んだせいで庭師のおにーさんに滅茶苦茶怒られてしまった。花を大切にしろってさ。花なんて愛でてもつまらないだろ。そう口答えすればおにーさんはあきれたような、それでこそ物悲しい顔をして自分の名前の花ぐらいは気にかけてくれ、と僕に言うのだ。
先程僕が踏み倒した花壇の花を見る。根本から折れ曲がり、薄紫の花弁をそこらに撒き散らしている。紫苑、鬼の醜草、十五夜草、思い草の名で呼ばれているキク科の花だ。僕の名前はそのうちの一つ、紫苑とそのまま名付けられた。父かそれとも母が考えたのか、どうしてそんな名前にしたのか、聞いても父は教えてはくれなかった。
まあ、僕としては結構気に入ってたりする。好きか嫌いかで言ったら好きな方だ。自分の名前を踏んづけるのも気分が悪いし、おにーさんに毎回怒られるのも面倒だ。僕がこれからは道を歩いて行くとおにーさんに告げると、おにーさんは微妙な顔をした。解せぬ。
それからこれといって特筆することもなく、今日も適当に一日を過ごした。布団にくるまって真っ暗な部屋のなかで明日のことを考えた。保育園で何しようかなと。まあ、保育園でできる遊びなんて碌なものがないから、何にも思い付かないけどね。あくびを一つついて僕は眠りについた。