僕の幽霊アカデミア   作:カネナリ#2560

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 風邪引いたぜ畜生。


守りたいモノほど守れないモノはないよね

 予備動作マシマシのテレフォンビンタだ。これでもかと言うほど自信が満ち溢れている。個性だかなんだか知らないけど触れさえすれば勝ち、何て思っているのなら武術でも習ったらどうかな。相手に触れようとするということは、相手の間合いに入り込むのと一緒なのだから。

 

 男の右腕が水平に凪ぐような動作を開始したのを目にし、僕は一歩……いや三歩にしておこう。身を引き男に対して半身となった。奇天烈な音を発しながらも目前を指が通り過ぎていく。やはりなにかが作用しているようで体が引き寄せられるが、当たらなければどうということはない。

 

 お間抜けな事に無防備にさらされた右肘がこんにちはした。あまりにもお粗末だったのでスタンガンを左ポケットから素早く出して、そこに押し当てスイッチを入れる。電流4.5mA、電圧150万Vの亜驚印が入ったスタンガンだ。存分に苦しむがいい。

 

か゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛

 

 猫背気味だった背筋がピンッと張り、スパークと共にビクッビクッと体を震わせる。白目を向いて倒れ込みピクピクしている様は電気を流した蛙の足のようだ。火力をあげすぎたかな? まあ死にはしないから安心したまえ。後遺症になる? 僕がそんなこと気にする玉でも?

 

 ボンッと手の中のスタンガンが爆ぜた。威力は申し分無いが使いきりタイプってのがネックなところだ。ちょっと火傷しちゃうしね。携帯をポケットから取り出して父に後処理でも頼もうかなとメールを打つ。

 

「…んだよ、これ…は。ガキの…おもちゃにしちゃあ…強くねえか?」

 

 目の前の倒れ伏す男が息も絶え絶えに独りごちる。まだ喋れる余力があったとはね。意識すら残らないようにしたはずなんだけど、追い込みが足りなかったかな? ま、どうでもいっか。どうせろくに動けないだろうし。

 

 しかしそんな考えとは裏腹に、男はまるで効いていないと言わんばかりにゆらりと立ち上がった。土を踏み締めて目を見開き僕を見据えるのだ。お前を殺す、てね。おー恐い恐い。恐いから取り敢えずメールを送信しとこ。

 

「舐めてたぜ…何も出来ねえ…ガキだって。そりゃあそうだ…こんな社会だ。…防衛手段を…持っていねぇ…はずがねぇ。もう…油断はしねぇぞ。…覚悟しろよ…ガキ」

 

「満身創痍だね。そんなんで大丈夫?」

 

「クソガキがぁ…」

 

 先程とは打って変わってジリジリと距離を詰めてくる。緩慢な動きではあるが、僕を見据える瞳には絶対に逃がさないという意志を灯している。背を向けたらそれこそ死だろう。逃げられそうにないね、うん。

 

 悠長にメールなんて打ってないでスタコラ逃げた方がよかったのでは? いや、こんな不審者を野放しにはできない。僕にだって正義の心はあるんだ。この男が僕以外の人に襲い掛かるかもしれない。そんなこと許す訳にはいかないだろう? ま、ここら辺に人はいないけどね。

 

 何せここは寂れきった廃墟街だ。普通の人間は寄り付かないさ。集まるのは社会から弾き出された出来損ないか、隠れる必要の有る人間の屑だ。どちらも人として扱われていないから襲われても問題あるまい。

 

 さて、男は相変わらずジリジリと距離を詰めている。待っていたらそれこそ日が暮れてしまうので、こちらから仕掛けてあげようではないか。

 

 なので僕は未だに持っていたスタンガンの残骸を全力で投げつける。左腕を大きく引いて思いっきり一歩踏み込んだ。地面からの衝撃が脚に伝わり腰へと流れる。腰に留まる力を捻るのと共に肩へと押し流せば、その力は自然と腕へ導かれ手首に留まる。その力全てを物体に籠めて荒れ狂うままに放出した。

 

 鉄屑は目みも止まらぬ速さで一直線に男へ向かって飛んでいく。丁度男の顔面に当たるようにしたが、男はそれに対応しようとしない。これから投げますよ~、と告知したにも関わらずジリジリと距離を詰めてくる。もしかしてこいつ馬鹿なんじゃないの? と思ったが、鉄屑は男の顔面に吸い込まれるように消えていった。

 

 男の個性だろうか。投げたはずの鉄屑がどこにも見当たらない。なんにせよこの体勢はまずいだろう。全力で投げたせいでかなり前傾姿勢になっている。これじゃあ頭を殴ってくださいと言わんばかりだ。亀みたいなノロマでも攻撃をモロに当てれるぞ。取り急ぎ姿勢を戻さねば。

 

「隙を見せたな」

 

 男が突然目の前に現れた。一瞬視線を切ってしまったせいで、男が何をしたのか全くわからなかった。僕はビックリした。利き手の携帯を握ったままの右手で、顔面を殴ろうとするほどに驚いてしまった。そして携帯が消えていき、自身の手さえも消えていくのを認識して自分の失策に気づくのだ。

 

 空間系の個性だ。そう理解し引っ込めても失った手首から先は戻ってこない。生ぬるい何かがドバドバ溢れてくる。とんでもない個性だ。さしずめ触れたものを削り飛ばすのだろう。それこそなんでもだ。何て僕と相性の悪い個性なんだ。

 

 間合いに居続ける危険性は重々承知したので、男の足を踏み砕きながら離脱する。考え通り足で個性は使えないようだ。地面を消し飛ばしたら立っていられないもんな。

 

 そいつは痛みに呻き崩れる体を壁に手を置くことで支えた。驚愕の目で僕を見つめる。まるで何をされたのかわからないようだ。こいつには本当に武闘の経験がない。戦い方のセオリーというものを全く理解していないからね。僕もあんまり知らないけど素人よりはマシだ。

 

 だが、個性が凶悪だ。体に電気を流し足を砕いたが、その代わりに右手を失った。リスクに対するリターンが見合ってないねぇ。まったく、これだから個性ってやつは。

 

 こんなのに相手してたら体がいくつあっても足りやしないさ。このまま逃げさせてもらうよ。僕は背を向けずに大きく後ろに跳んだ。一歩、また一歩と男を引き離していく。標的が逃げそうな状況にも関わらず男は慌てた様子はない。距離を離そうが無意味だと言わんばかりに腕を振るう。

 

 男の個性が発動した。今度ははっきりと分かった。削がれた空間は無と化し、それを埋めるように周りの空間は吸い寄せられる。地面に固定されていない物体はその摂理に逆らえないだろう。人間のような二本の足だけで立っている不安定な存在が、それに耐えられるわけがない。

 

 意図も容易く引き寄せられたが、男の方を向いていたのが甲をなし倒れないように踏ん張れた。後ろを向いていたらそのまま転倒していただろうさ。

 

 引き寄せられた距離は僅か半歩分。おそらく男の腕の長さだろう。たった半歩だと思うかもしれないが、男も同じ距離を動いているのだから実質一歩詰められているのだ。しかもこちらは男が腕を振るう度にいちいち踏ん張らなくてはならない。不利であることは何も変わらない。

 

 僕が一歩後退する毎に男は腕を振るう。上から引っ掻くように、下から掬い上げるように振るう。男はこの個性による位置の改変に慣れているのだろう。片足が折れているくせにゆっくりと歩いてきやがる。留まることなく滑らかにだ。痛くないのかお前。

 

 これは俗に言うジリ貧というやつなんだろう。隙を突いて離した距離はたったの六歩。そして今は四歩。今こそ離れてはいるが時間が経てば経つほど縮まってくる。セコセコとバックステップを繰り返しているが、離した分だけ引き寄せられてしまう。いずれ追い付かれてその手で引き裂かれてしまうのだろう。

 

 勝負どころは男の間合いに入った瞬間だ。空間を削った手とは逆の手で僕を攻撃するだろう。男は単純な攻撃しかできないはずだ。戦い方を知らない人間が搦め手を使うのは難しいからな。あとはそれを掻い潜るか不必要になった右腕を犠牲にするかして、もう一本のスタンガンをぶちこむだけだ。

 

 男は何かを削ったあと必ず個性を消している。ルーティーンだか安全性を求めているのだか知らないが、消しているものは消しているのだ。現に吸い寄せられた土やら小石やらが男の体に当たっても消えることはない。

 

 土にまみれた服に小石によってできたアザだらけの肌。血が流れているところもある。男はそれでも個性を使おうとしない。そうさせるナニかがあるようだ。こんな様子じゃあ安全性はとっていないな。男の個性は僕が思っているよりも難儀なものなんだろうね。ま、隙があるなら突かねば損さ。相手を気にする余裕なんて僕にはないしね。

 

 距離が縮まってくる。僕と男の距離が二歩となり、男が手を振り抜いた瞬間僕は前へ跳んだ。位置の改変には十二分に慣れた。少々つまずくが動きには支障はない。懐に潜り込む僕に対し男は余しておいた左手を振るう。こうなることを予測していたのだろうか、その動作には迷いがなかった。しかし、そうしてくることを僕が予想するのを考えていかったようだ。

 

 迎撃するのはいいが水平ではなく斜めに凪げば良いものを。そうすれば近寄らせず掻い潜られることもなかったのに。全くもってお粗末である。こんなんじゃあもう一度スタンガンをぶちこまれても文句は言えないねぇ。

未だ無事な左手でポケットからスタンガンを取り出した。さっきは右にしたから今度は左にぶちこむことにしよう。

 

 無防備な左腕に押し当ててスイッチを入れた。瞬く間に電撃が迸り男の体を駆け巡る。二回目だし流石に死ぬだろう。

 

「またそれか。同じ手は食わんぞ」

 

 あっれー、おかしいなぁ? 全く効いてないぞぉ? クソ親父かカスな使用人に不良品を掴まされたのかな。なんにせよ逃げようか。ついでに片方の足も踏み砕いとこ。

 

「同じ手は食わん。二度も言わせるな」

 

 踏み砕こうとしたら男は足を浮かし躱されてしまった。そして虚しく地を踏んだ僕の足を容赦なく踏みつけた。しかも個性というトッピング付きで。抵抗もなくあっさりと消えていく僕の左足。こんな簡単に無くなるとは悲しいね。

 

 攻撃を仕掛けると倍返しにされるので離れることが先決だ。手足が片方しかない癖になにができるんだって? 距離を離すぐらいなら出来るさ。片足でピョーンってね。負担がえげつないけど。

 

「同じ手だな。三度目は流石に見逃さんぞ」

 

 僕が後ろへ跳ぶのと同じく男も跳んだ。こちらが一本に対して相手は二本だ。立て直しがどちらが速いか言うまでもないだろう。男の手が僕の首へと伸び容易く掴んでみせた。

 

「お返しだ。クソガキ」

 

 首もとから光が溢れてくる。人に優しくない光だ。僕が眩しいと思った瞬間、"ビリッ"と体が震えた。筋肉が収縮し、臓器が押し潰されようとしている。

 

 肺は機能を停止し、心臓は今にも止まりそうだ。

 

 圧迫された胃は内容物を上へ上へと競りあげさせる。吐き出されないのは、単に食道が腫れ上がって塞がっているためだろう。

 

 焦点が合わず視界は鮮明と朦朧を繰り返している。脳が燃えるように熱い。

 

 こんなこと初めての経験だ。それもそうか。電気を浴びたことなんてないからね。

 

 幸運なことに硬直した左手は破損したスタンガンを深々と握りしめている。手の甲から異物が突き出ており後遺症は確実だ。しかし、ここで大事なのは僕が人を殺めるブツを所持し、そして標的が手の届く範囲に居ることだ。

 

 今にも消え去りそうな意識を紡ぎ腕を振った。関節を無視した動きに悲鳴をあげるが、痛みは不思議となかった。破片を男の左肩に突き刺し血管を裂傷させる。男は痛みのあまりに僕の首から手を離した。

 

 片足がなく神経を乱された僕が立っていられる、なんて当然あれ得ず体は傾き壁にズルズルと引きずりながら地面に倒れこんだ。

 

 力が入らない。指先すら動かすことができない。先の攻撃は気力を振り絞ったからこそ出来た芸当であり、そんな奇跡を当たり前にこなすことなんて、僕に出来るはずもない。今は意識を紡ぐことが精一杯だ。

 

 右腕を掴まれ体を持ち上げられる。状況から察するに男だろう。霞む視界は色が消え失せ、至近距離にあるものすら朧気だ。男が僕の右腕に手をかざした。ちょっとした痛みと共に腕に何かが突き刺さる。固い金属製の細長い棒だ。おそらくコンクリートの鉄線だろう。男の個性がなんとなくわかってきた。

 

 男は脇腹にも刺した。肝臓は今のでお釈迦になっただろう。更に男は右足に一本刺して僕の体を壁に固定した。気分は標本される蝶かな。痛みがあまりないことが救いだろう。髪を掴まれ顔を上げさせられる。正面ののっぺらぼうは男の顔のようだ。

 

「生きてるか知らねえが、一応説明しておいてやる。これは見せしめだ。私が世にでるための礎にお前を選んだ。私の個性が如何に残酷で、恐ろしく、有用であるかを世に知らしめるための告知者となるのだ」

 

 男が語る。自分自身に言い聞かせるように。

 

「方法はいくつか考えてある。血溜まりのなかに体の一部を浮かべる。首を切り離し棒にくくりつけ晒し首にする。全身の皮を剥ぎ取り人体模型にする。輪切りにしたものを路上にばらまく。単純にバラバラ死体でもいい。……だが、お前は記念すべき一体目だ。これから私が犯行を行う上で、私であるという指標になるのだ。分かりやすく、そしてインパクトの強い人体模型にしよう。まずは顔からだ。」

 

 指先が左目に突き刺さる。途轍もない異物感。強烈な痛みと吐き気。ピクリとも動かなかった体が取り除こうと無意識に暴れている。そんなことなどお構いなしに指は僕の眼球を突き破り奥へと侵入していく。指先が第二関節まで入った時、頭のなかでプツンと何かが切れる音がした。

 

 意識が薄れ暗闇に落ちていく。奇妙な浮遊感が僕を包み込む。心のどこかに安堵する僕がいる。苦しみから解放されたと。もう何も考えなくて良いのだと。

 

 嗚呼、なるほど。

 

 これが死か。




 何気に戦闘の描写が初めてだった。
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