転生特典:日記帳 作:迷ネーズ
著者:ヨハン
○月○日
奴隷の少女を拾った。
○月○日
少女は、かなりひどい扱いを受けていたようだ。
野菜の切れ端しか入っていない薄味のスープを美味そうに飲んでいる。
○月○日
奴隷を拾わなかったかと、城の兵が聞き込みをしていた。
○月○日
奴隷の少女を城に届け出ようと思ったのだが、外に連れ出そうとすると嫌がるそぶりを見せる。
しまいには、暴れて噛み付くので、干し肉の切れ端を与えて宥める。
そんなに元の主人のところに帰るのが嫌なのだろうか。
○月○日
幼い子どもが家にいるので抜けない。
○月○日
今日も野菜の切れ端に薄く塩で味付けしただけのスープと、岩みたいに固いパンだけの晩飯を出してやる。
本当に美味そうに少女はスープを飲んでいる。
○月○日
晩飯の途中、少女の方からガリッと音がした。
少女が目を白黒させている。どうやら乳歯が欠けたようだ。
口をすすがせて、口の中を見る。
血は出てない。感染症の恐れは少ないだろう。
パンはスープに浸して、なるたけ柔くしてから食うと良いと教えてやった。
○月○日
晩飯中、ずっとニコニコしている。
どうした、と聞くと、「パンも美味しい」と答えた。
もっと早くにスープに浸すことを教えてやれば良かった。
○月○日
抜きたいし、肉も食いたい。
○月○日
相変わらず、兵が聞き込みをしている。
○月○日
少女に、どうして帰りたくないんだ、と聞いた。
話したくないし、帰りたくない、と返された。
拾った時、全身傷だらけだったことを考えると、已む無しではある。
○月○日
家に帰ると、晩飯の用意ができていた。
といっても、相変わらずの薄味スープに岩パン。
だが、自分で作るより、誰かに作ってもらうほうが美味く感じるから不思議である。
褒めると、少女は得意な様子だった。
○月○日
昨日と同じように、少女が飯の用意をしてくれていた。
気のせいではない。明らかに俺が作るより美味い。
まさか、少女にこんな才能があったとは。
○月○日
塩壺が空になっていた。美味いわけだ。
塩の量を倍にしただけの話だったようだ。
はて、いかがしたものか。
○月○日
俺が留守の間は、火を使うな、と念押しした。
誰も家に居ないはずなのに、煙が出ているのを不審に思われたら、城に連れて帰られるかもしれないぞ、と脅す。
おびえて首を縦に振る少女。
美味いスープはしばらくお預けだろう。
○月○日
最近、世の中の動きがきな臭い。
領主様のところで、よくないことが立て続けに起きているそうだ。あと、隣の領地の御偉いさんとの関係も良くないと聞く。
もしかしたら、近々戦争になるかもしれない。
そんなことより抜きたい、肉食いたい。
○月○日
相変わらず、兵が奴隷探しで外をうろついている。
むしろ、数が増えている気がする。
火を使うなと、釘を刺しておいて良かったのかもしれない。
○月○日
家から家に兵士が聞き込みを繰り返しているらしい。
「隠すとためにならんぞ、ってこう眼尻を釣り上げてな」
怖い顔で凄まれたと、知り合いのハンスが肩を抱いて震えてみせた。
「大体、一人でどこかで野垂れ死んでいるだろうに」
呆れた様子で笑うハンスに、そうだな、気のない返事を返す。
「最近、ずっと元気がないな? 抜きすぎか?」
そうだな、と誤魔化す。
実際は、薄味のスープと岩パン続きで肉を食っていないから、精力が湧かないのだ。
だというのに、仕事の効率は前々と変わらない。
不思議なものだ。
○月○日
隣の領主様と、戦争になるかもしれない。
○月○日
今日、兵士が家にやってきて、徴兵に備えるように告げていった。
「備えると言っても、独身の農奴に準備することなどほぼあるまい。さっさと家と道具を売り払って登城するように」
まぁ、本来はそのとおりなのだが。
はて、藁積みの中に隠れて震えている少女をどうしたものだろうか?
○月○日
号泣する少女にここを出ていくよう告げた。
最初は、この家を少女にくれてやっても良い。そう考えた。
戦争に家と引き換えの金子を持っていく意味はないからだ。
戦に勝てばどのみち報奨金も出る。
でも、家を売るということには、整理の意味合いより、管理の意味合いの方が大きい。
無人となった家は、誰かに所有され管理されなければ、ならず者のたまり場となり得る。
幼い少女が一人で隠れ住むには、この小屋は危険過ぎる。
多分、元のご主人様のところに戻ったほうが安全だと。
ちゃんと、食っていけると。
懇切丁寧に説明する。
最後まで、少女は首を縦には振らなかった。
○月○日
これ以上悪くなることはあるまいと、ハンスに相談した。
「とんだ厄ネタじゃねぇか!」
ハンスは天を仰いで、両手で顔を覆った。
「アホか! この話はなかったことにしてくれ!
吊られるなら一人で吊られてこい!」
ああ、うちの領主様ならやりかねん、と首肯する。
だが、俺とコイツは二年来の友人だ。
コイツが本気でそう言っていないことはわかっている。
「……で?」
真剣な表情を作ると、ハンスは俺の目をじっと見てきた。
「どうして、お前はその娘をそんなに助けたいんだよ」
どうしてって言われても……。
ガキがのたれ死にそうになっているのを見捨てたら、そいつはもう人間じゃないって、じいさんに育てられたからだ。
俺だって、元は爺さんに拾われた『のたれ死にかけていたガキ』の一人である。
これって当たり前のことじゃないか?
「はっはっは。何度聞いてもお前の爺さんはすごいな。
思考が完全に
ハンスは、俺が爺さんの話をすると、いつも手を叩いて笑う。何がそんなに愉快なのか、俺にはいまいちわからない。
○月○日
今日、ハンスに会った。
ハンスは学校に通ったことがあるのだろうか。
爺さんもだいぶん博学だと思っていたが、ハンスは困った時に相談すれば、大概のことに答えをくれる。
○月○日
家の入口に立った兵士に、徴兵に応じることができないことを告げた。
○月○日
薄々感づいていたが、ハンスの正体は多分悪魔だ。
右腕を潰すことを代償に要求してきたあたりで、九分九厘そうだと思っていたが、こんな奇跡を起こしたとあれば、もう間違いない。
領主様があれだけ血眼になって探している奴隷の少女を連れた上で、関所を通ることに成功したのだ!
農奴は領地の外に出る際には、関所で高い金を払い、しっかりと身元を明かさなければならない。
とは言うものの、農奴生活で金が必要になる場面なんて限られている。基本、俺たちの生活は物々交換だ。
ハンスは、家を売った金だけで十分だ、と言った。
ただ、金を出す際、潰した右腕を黙って見せつければいい、とも言っていた。
少女のことは、ただ、妹と誤魔化せばいい、と。
「
街でも、元気でな。我が親愛なるヨハン」
悪魔に友人扱いされるのもゾッとしない話だが……右腕一つで願いを叶えてもらえるのならば、悪い話でもないのかもしれない。
著者:ハンス
○月○日
我、高二にして中世ヨーロッパっぽい異世界に降り立つ。
○月○日
俺の知識量で、既に『賢者』扱いだからな。
中世ってちょろい。
○月○日
魔女狩りに遭いかけた。やゔぁかった。
○月○日
出る杭は打たれる。よーわかった。
つまりは、おばあちゃんの知恵袋レベルに抑えろってことだな?
○月○日
【この時代】おばあちゃんが魔女だったことが判明【レベル低すぎ】
○月○日
俺、もう一生この領地の外には出んわ
下手に文明に触れると、マウント取りたくなるもん
一人の農奴として、大地とともに生きていくことにする。
○月○日
農奴生活を送ってて、女の子との出会いがないわけでもないが、いかんせん、俺の頭の中に詰まっているのは現代日本の価値観である。
平成から令和にかけて仕込んできた必殺のジョークの数々が通じねぇ……。
○月○日
【君の名は?】俺氏、笑いのツボが同じ相手に出会う【だが男だ】
○月○日
もしかしてと思い、転生者かどうかヨハンに確かめてみる。
日本、という国を知っているかと聞いたが、そもそも『国』の概念すら理解が不明瞭だった。中世の教育レベルあるあるだ。
博識だった爺さんなら何か知っていたかもしれない、と言っていたが、その爺さんは5年前にくたばっているらしい。
博識な爺さん、ねぇ……?
爺さんにはいろいろと大事なことを教わったが、果たして関所を通る方法だけは教わらず終いだったと、領地の外に出る門の方を指差していた。
○月○日
この時代の農奴が日記かけるレベルで文字が書けるものかよ。
ヨハンの爺さんも、絶対転生者だわ。
○月○日
ヨハンのやつはモテるが、あまりガッつくところを見たことがない。
○月○日
また、女の子を一人袖にしていた。
アイツ、性欲ってものがないのか?
○月○日
ヨハン、一人ぐらい俺に紹介してくんねーかな。
○月○日
ヨハンの野郎、モテるチートでも持っているのか?
○月○日
モテるチートの正体は、どうしようもなくくだらないものだった。
なるほど、賢者モードだったら、ガッツクこともないな。なるほど。
おそらくだが、ガッツカないのがクールに見えているのだろう。
こいつの爺さんの教えらしい。
「ドキッとしても、一回踏みとどまれ。
抜いて、まだドキッとするようなら本当に好きなんじゃよ……」
いや、その教え本当に正しいのか?
なんか、いろいろと邪魔にしかなってなくね?
○月○日
【亀の甲より】俺氏、異世界にて初彼女をゲット【年の功】
○月○日
本番で出す分を残していなかったせいで、すぐに別れた。
次こそは、上手くやる。
○月○日
奴隷が一人、城から抜けたってんで、兵隊が聞き取りをしていた。
○月○日
最近、ヨハンのやつはよく笑う。
どこか頬がコケた感じの元気の無さがデフォルトのはずなんだが……健康的に頬に赤みが差しているんだよな。
○月○日
ヨハンの野郎、話しかけるとどこか上の空だが、肉体にはエネルギーが張り詰めているような、そんな感じがする。
コイツ、抜いているとか言っているが嘘だな。
だいぶ長く禁欲を続けているようだが、何か目的があるのだろうか。
○月○日
はい、アウト。ないない、それはない。
ヨハンのやつ、逃げた奴隷を匿ってたのかよ……。そりゃ抜けないわな。
ヨハンが持ち込んだ厄介事に、思わず頭を抱える。
タレコミを考えなかったわけじゃないが……目の前にいるのは、親友のヨハンだ。
自重していたつもりでも、他の農奴の悩みを知識無双で解決していたら、そこそこ不気味がられて、他のやつらからは距離を置かれるようになった。
そんな俺と、最後までツルンでいたのがコイツだ。
なるべく助けてやりたい……俺は心からそう思った。
考える時間をくれ、と言ってヨハンを追い返す。
○月○日
やつの相談で、満たすべき要件は、2つ。
『奴隷の少女を安全なところへ逃がすこと』
『奴隷の少女が食いっぱぐれないこと』
でも、奴隷の少女が一人で生きていけるほどこの時代は優しくない。
必ず、ヨハンがそばに付いていてやる必要がある。
でも、ヨハンは徴兵される寸前だから……?
ヨハンと少女がともに領地の外に出ればいい。これが正解か。
でもここの領地、農奴の囲い込みしてるからな……入るのは簡単でも、出るのが難しいんだよな……徴兵受けている青年とお尋ね者の少女……逃げ出そうとしてるところを見つかれば命はないよな。
そう考えているうちに、『右手を潰して、農奴としても兵士としても使い物にならないとヨハンが判断されれば二束三文で関所素通りでしょ』という電波を受信する。
はーい、ボツで。少女のほうが関所抜けらんないじゃん。
○月○日
また兵隊がやってきて、奴隷を見なかったか確認してきた。
知らない、と嘘をつく。
「傷だらけで、小汚い少女を見かけたら、すぐに知らせるように」
それだけ言って、兵は帰っていった。
傷だらけね……傷だらけ? あいつ、今傷だらけって言ったか?
○月○日
ヨハンの家を訪ねて、自分の推測が正しかったことを確かめた。
迷わず、電波を垂れ流してきた。
ヨハンのやつは、一瞬何か恐ろしいものを見るような目で俺を見てきたが、ほどなくして俺の手をとって礼を言ってきた。
○月○日
たっての頼みとは言え、友人の肉と骨をミンチにするってのは、嫌な仕事だ。生まれ変わったとして、二度とやりたくない。
これで俺も実行犯なわけだ。
○月○日
今頃、ヨハンのやつは、あの
多分、大丈夫だろう。あの少女が、虐げられていた奴隷だと気がつくのは、かなり無理がある。
ヨハンの庇護のもとで数ヶ月傷を癒やし、しっかりと食わせてもらっていた少女は、奴隷とは思えないほどに健康的な見た目に化けていた。
ぐずる奴隷の少女に、自分の楽しみの干し肉を食わせ続ける
ヨハンの努力は、数ヶ月かけて、魔法と遜色ないレベルで、少女の正体を隠している。意図したものではないかもしれないが、仕込みは上々。そう、ヨハンのやつには太鼓判を押してやった。
それにしても、本当にこの時代の教育水準がお粗末だよな。先入観で物事を語るやつが多すぎる。
「奴隷は小汚いもの」とか「傷だらけの姿で逃げ出したから、傷だらけの相手を探せばいい」とか。そんな伝令を出す領主様もアホだし、それを鵜呑みにする末端も末端だ。もしかしたら、奴隷に手を差し伸べる物好きなんて居ない、とも考えているかもしれない。
もしそうだったら、今回の件は、「日本人の倫理観の勝利だ」とも言えなくない。……ちゃんと勝っているよな?
今の俺に、やつらがちゃんと逃げられたのか、確認する時間はない。
ま、九分九厘成功だろう。右手の使えない農奴が勝手に出ていくのに、そもそも止めるやつなんざいないし、幼い少女も働き手になりえないから、出ていくってんなら、それも止めるやつはいない。その上ちゃんと金を出すというのだ。
ヨハンのやつは読み書きができる。左腕一本でも、街でなら仕事があるはずだ。むしろ、この時代の識字率の低さなら、どこでも引っ張りだこかもしれない。
唯一ジョークが通じるヨハンも居なくなったし……農奴生活も悪くなかったが、俺も領地を抜け出せないかね?
機を見て、今度の戦場から逃げ出せれば、俺にもワンチャンあるかもしれない。
生きていても、死んでいても、この家にはもう戻らないつもりだが……はて、どうなるかね?
もうそろそろ、登城しなくちゃいけないだろう。
今回はここらで筆を置くとしようか。