転生特典:日記帳 作:迷ネーズ
著者:ケビン
○月○日
闇市で掘り出し物だと勘違いして、本を買ったが、内容は農奴の日記帳だった。
俺の馬鹿野郎。
戦場から拾われてきた鎧の類が安く流れてきていたのに、何でこんなものを買っちまったんだろう。
○月○日
そこそこいい値段したからな。活用しなくちゃ損てもんだろう。
○月○日
この日記帳の前の持ち主は、勉強のしすぎで頭がやられたんだろう。
『転生』だの『チート』だの意味のわからない単語や、妄想が書き連ねられている。
○月○日
警備兵ってのは暇な仕事だ。
基本、突っ立って、往来を眺めてりゃ1日が終わる。
読み書きができる俺には、日誌を付ける作業があるが、それも、『何もなかった』って書けば終わるしな。
○月○日
また今日も平和な一日だった。
○月○日
暇だな。嫁欲しい。
○月○日
最近、往来の量が増えている気がする。
何でも、隣の領地とそのまたお隣の領地の間で何かあったらしい。
その関係かね?
○月○日
右手がダメになっちまった農奴と、その妹とかいう組み合わせを詰所に泊めている以外は、今日も特に変わったことはない。
その兄妹は身分証明も紹介状の類もなし。信用がないやつを街に入れるわけにはいかない。だが、どうやら兄の方が文字の読み書きができるらしかった。
詰所の日誌に「特になし」以外のことを書くのは何ヶ月ぶりだろう。
○月○日
上司のやつが件の兄妹、その兄の方に職を紹介してやったらしい。
兄妹は午後には詰所を出ていった。
○月○日
やっぱ暇だ。
上司に、この間の兄妹の後見人として勝手に俺の名前を使われていたが、文句を言ったら酒代が出てきた。
まぁ、後見人として泥をかぶることなんて滅多にないしな!
○月○日
ちょっぴり不安だったから、書簡に少しだけ目を通しておく。
ヨハンとアンナね。えっと、兄の方は『妹を守る』とかって理由で街に来たのか、ふーん……。
『守る』って何だ? 『養う』じゃなくて?
でも養うといっても、ガキでも自分の食い扶持くらい自分で稼げるよな?
よく意味はわからんが、上司の目を信じることにした。
○月○日
それにしても、最近の農奴は読み書きできるんだな。
この日記の持ち主も、ヨハンも、どこの教会に通ってたんだろうな。
○月○日
領主仕えの農奴がそろって教育を受けている?
よくよく考えてみたら、そんな馬鹿な話があるのか?
○月○日
読み書きなんざ、生きるために必要ないって思っているやつらもそこそこいる。
領主様仕えの農奴となると、何もかもを物々交換で済ませて、金勘定を敬遠するやつすらいるしな。
考えてみたら、この日記帳の元の持ち主は、相当変な奴だ。
○月○日
日記帳の中に、前の持ち主のサインを見つけた。
ハンス・タロー・ヤマダ……こいつ、何者なんだ?
○月○日
ヤマダ・タロー……聞き慣れない響きだが、もしかして、これ、魔法名ってやつじゃないか?
○月○日
血と泥で読めない部分は諦めて、もう一度ハンスの手記に目を通すことにした。
○月○日
青しそを絞った汁と
○月○日
すげー……ビネガーは卵の殻を溶かすのか……
○月○日
ビネガーで古い
流石にゾッとして、実験に使ったビネガーを瓶ごと部屋の窓から川に捨てると、戸と窓を全て閉めて実験道具を誰にも見られないように片付けた。
○月○日
手元に置いておくのも怖かったので、ピカピカの硬貨は使っちまった。
店の婆さんは新貨だと喜んでいたが、俺は冷や汗をかきっぱなしだった。
○月○日
俺はどうやら、あの日の闇市でとんだ掘り出し物を手に入れていたらしい。
間違いない……この日記帳の正体は、錬金術について書かれた魔導書だ。
○月○日
この本を捨てるべき、だろうか?
○月○日
仕事の間も、この日記のことが頭を離れない。
○月○日
久しぶりに、上司にどやされた。
この日記のことで頭がいっぱいで、仕事に身が入らない。
○月○日
誰か、この本に書かれている内容がわかる人間に見つかる前に、この本を処分するべきだ。
でも、この本を処分して、俺は無事なのだろうか。
いまさら、本の血のシミが恐ろしいものに思える。
○月○日
ハンス・タロー・ヤマダの身に一体何があったのだろう。
血で汚れた部分からも、断片的に読み取る事ができる。
「頭に
間違いない、ハンス・タロー・ヤマダ……彼は、悪魔にその身を引き裂かれたのだ。
○月○日
ハンス・タロー・ヤマダも、この本が恐ろしくなって捨てようとしたに違いない。そして……。
嫌だ! 嫌だ! 俺は死にたくない!
○月○日
飯が喉を通らない。
○月○日
上司から、しばらく休めと言われた。どうやら、周りから見てもハッキリとわかるくらいに、まいっちまっているらしい。
○月○日
俺は地獄に落ちるのだろうか?
○月○日
そうだ、この街の神父様なら何とかしてくれるに違いない。
明日、目が醒めたら教会に行こう。
それで万事解決するはずだ。……そうであってくれ。
著者:オリバー・ジローサブロー・スタックウェイン
○月○日
日が暮れたんで、教会を閉じようと思っていた、人目を忍ぶように一人の衛兵がやって来た。
店じまい直前狙って、隠れるようにやってくるとか厄介事にしか思えなかったんで、本当は拒否りたかった。
評判のいい神父様で通っているんで、断るに断れなかったのだが。
結論から言えば、厄介事であり、同時にとても興味深い話でもあった。
街の衛兵が持ち込んだのは、転生した日本人の遺物だったのだ。
いたく感動した。俺以外の転生日本人なんて本当にいたのか。
遺物の正体は日記帳。ケビンはこれを闇市で買ったものだと言った。
日記の内容をパラパラとめくっていたが、この本の元の持ち主は、スタートの切り方を間違えて魔女狩りに遭ったらしい。馬鹿だなコイツ。この時代だったら、教会スタート一択じゃね?
教会側に立って使えば、俺たちの現代知識は『奇跡』扱いされるが、そうじゃなきゃ、『怪しげな呪術』扱いされて迫害を受けるのは自明の理だ。
……で、評判の悪い領地にあえて潜り込むことで、魔女狩りの追手を巻き、農奴として隠れ住んでいたが、最近の領地間の小競り合いで徴兵されて、戦場の露と消えた、ってとこだ。
で、このハンス・タロー・ヤマダの遺物が闇市に流れて、それをこのケビンが買って。
小学理科程度の内容を『魔術』と勘違いして、怖くなって俺のところへ持ってきた、大体そんなところか。
いや、これって相当アホらしい話じゃないか?
必ず私がどうにかするから、誰にも見られないようにして、一度これは持って帰りなさい、と言ってケビンを追い返した。
今晩は寝ずに、笑いを噛み殺す練習をしなければならない。
○月○日
お清めするっつって、適当にお清めの水をパラパラ撒いて、ケビンのために適当に祈ってやった。
あとはそれっぽいお説教して終わり。
「神は、悔い改めるものを許されます。
よろしいですね……二度と、ビネガーで硬貨をピカピカにするような真似をしてはなりませんよ」
「ああ、神父様、ありがとうございますありがとうございます、ありがとうございます……。
これで、俺は、地獄に堕ちずに、済むんですよね?」
「あなたが、悔い改めれば」
「……ぁあ、もう……生きたこ、こごちが、しなくてぇぇ……よがっだぁぁああぁあ……」
ケビンのヤツ、終いには大号泣である。
最後まで笑わなかった俺を、誰か褒めてくれ。
○月○日
ケビンから預かったこの日記帳、一体どうしたもんかね?
○月○日
酒の肴にすることにした。
○月○日
最後の方のケビンの迷走っぷりがヤバい。何これ草。
○月○日
シソの汁に酸性の液体を加えると、赤くなる実験か……。ガキの頃に俺もやったな。
いや、あれって紫キャベツだっけ?
あー、確かに。初見だと血に見えなくもない……のか?
まぁ、それなら魔術実験と勘違いしても仕方ないか。一応。
ハンス・タロー・ヤマダは何を思ってシソを赤くそめる方法を日記に書き留めていたのだろう。
○月○日
週末のお説教、後方座席にケビンの姿を見かけた。
どうやら日記のことがかなり効いて、祈りを捧げに来るようになったっぽい。
信者ひとりげっーと。
○月○日
ケビンは、お酢に卵の殻が溶ける過程の、一体どの部分に恐怖を憶えたのだろう。
マジわからん。
○月○日
今週のお説教にもケビン来てた。
○月○日
硬貨かー……お酢で磨いてピカピカにすると、意味もなく嬉しくなるよな。
十円玉磨き、俺もやってたな。
俺もこの世界の貨幣で真似してみたいが……こればかりは、マジで捕まるかもわからん。
新しい硬貨と古い硬貨では、額面が同じでも価値に差が出てくることがある。
時代柄、貨幣鋳造技術が不完全だからな。古い硬貨は割れるかもしれんのだ。
貨幣の新旧を偽るのは、かなり危ない橋に思える。
○月○日
へー……ハンス・タローの居た場所には、以前、転生者がいたかもしれないのか。
ハンス・タローも俺と同じように他の転生者の気配を感じていたらしい。
もしかしたら、俺が思うよりもずっと、この世界には元日本人が混じっているのかもしれない。
○月○日
ハンタローのヤツ、彼女が居たことあったのか……妬ましい。
○月○日
週末の説教、ケビンのヤツが後部座席で信者の娘さんを口説いているのが見えた。
○月○日
何だろう、世の中の彼女が居るやつは全員爆ぜねーかな。
○月○日
神職は純潔でなければならないから童貞なだけで、別にモテないわけじゃない。
モテねぇわけじゃねぇんだよ、クソが……。
○月○日
ケビンのヤツと信者の娘さんの姿が、説教を聞きに来ている人の中に見えなかった。
……まだだ、まだそうと決まったわけなじゃない。
○月○日
つうか、祈りを捧げに来ないとか、ケビンのやつ地獄に落ちるのが怖くねーのかな?
別に私怨ではない。断じて。
○月○日
今週のお説教にもケビンのやつの姿が見えない。
○月○日
ハンヤマダが童貞捨てるくだりがアッタマッたので、ハンスマダの日記帳を火に
これでぐっすり眠れるな。
○月○日
食料の買い出しの途中、ケビンと娘さんがいちゃつきながら歩いているのを見かけた。
ケビンのやつは地獄に落ちねーかな。
著者:ヨハン
○月○日
街で手紙の代筆の仕事が見つかった。全てハンスの言うとおりになった。
ハンスは右腕一本を代償に、ここまでの世話をしてくれた。
悪魔は基本的に魂を取るという。それを考えたら、ハンスは本当に良心的価格のいい悪魔だったのだ。悪魔に良し悪しがあるかはわからないが。
○月○日
アンナ。
元・奴隷の少女に、俺が付けた名前だ。
アンナはぐずる癖があるが、基本的には賢い子だ。
事務所に連れてきてもいいことになり、ちょっとした手伝いをすればまかないも出ることになった。
本当に、この職場には感謝しかない。
○月○日
新しい住居は、部屋もアンナと分けてあるし。
流石に、もう抜いても、いい頃合いだろう。
○月○日
ふぅ……。
この世界は、かくも、美しい。
○月○日
ハンスには感謝してもしきれない。
干し肉が二人分買えて、アンナが怯えなくていい生活をおくれる。
その上、ちゃんと抜くこともできる。
前より豊かになったくらいだ。
右腕の傷がひどく痛むこともあるが、これは流石にもらい過ぎじゃないだろうか?
○月○日
アンナが、教会に通いたいと言い出した。
そして、神父様に字を習いたいと言っていた。
……だが、それはここまでしてくれた
一晩考えさせてほしいと言った。
○月○日
文字なら俺が教えると言ってアンナに納得させた。
すごく喜んでいた。……そうか、そんなに勉強したかったのか。
○月○日
今日は抜いてから寝よう。
○月○日
……何かが、以前と違う気がする。
○月○日
もしかして、俺のチ○コ、左に曲がっていないか?
○月○日
右腕を、使いたい。
○月○日
違和感の正体がわかった。
左曲がりと右腕がマッチングするんだ。絶対にそうだ。
○月○日
最初は、片腕になったから上手くいたせなくなったのだと思った。
片腕になって面倒になるのは、後の処理だけだ。いたす最中は関係ない。
二回めで薄々感づいていたが……左手じゃ、だめなんだ。
○月○日
ハンスの野郎……もしかして、こうなることをわかって右腕要求してきたのか?
あいつは、正真正銘の悪魔だ。
○月○日
アンナと戯れて気を紛らわす。
そうだ、あれは仕方のないことだった。
あの時俺は、アンナのためになら右腕なんか惜しくないと思った。
それを嘘にはできない。
○月○日
アンナに心配された。最近、ちゃんと寝れているか、と。
……小さい子に心配されるようではダメだな。
美味しいスープを作るから元気を出して、と食卓で待たされる。
食材が以前に比べて良いのもあるが、アンナは本当に料理の才能があった。
野菜をホロホロに煮崩したスープをさじで口に運びながら、今夜はちゃんと寝ようと心に決めた。
○月○日
昨晩は、激痛で目が醒めた。
無意識のうちに、右腕を
痛む右腕を抱え、タオルケットを噛んで叫びを噛み殺す。
クソッ……ハンス、どこかで今の俺を見て笑っているのか?
アンナのことは感謝している。
だが、次にあった時にやつの横面を張らずにいられる自信がない。
○月○日
アンナが、一緒に寝ようと言いだした。
右腕が痛いなら一晩中でも
どうやら、痛みで目を覚ます時の唸り声を聞かれたらしい。
そして、俺が目の下に
いくつも言い訳をしたが、結局は、妙に聡いところのあるアンナに説き伏せられてしまった。
アンナ、違うんだ。違うんだよ。
○月○日
一緒に寝るようになって三日で、股間にテントを立てているのがバレた。
顔を赤くして部屋から飛び出していくアンナを見て、無性に死にたくなった。
○月○日
アンナが、目を合わせてくれなくなった。
○月○日
ハンス、今どこにいるんだお前。
アンナのことは感謝している。嘘じゃない。
だから、お前を殺して俺も死のう。
○月○日
……あれから、立たない。
○月○日
今日も、立つ様子はない。
アンナも目を合わせてくれない。
ハンス、お前、こうなることがわかっていたのか?
大した男だよ、お前は。間違いなく、俺の爺さんより賢いだろう。
だが、俺の怒りまで計算に入れていたか?
次に出会ったら、絶対殺す。
○月○日
限界だ。
○月○日
朝起きたら、アンナがベッドに潜り込んで、寝ていた。
俺のことを心配してくれているのだろう。こんな情けない俺のことを。
不覚にも泣きそうになった。
○月○日
アンナは相変わらず目を合わせてくれないが、目を覚ますとベッドに潜り込んでいる。
○月○日
アンナが体重をかけて寝るものだから、股間の
○月○日
気のせいか……アンナ、わかってやっていないか?
○月○日
今日のアンナの手料理に、肉の量が少しだけ増えている気がする。
無駄遣いしてないか、と尋ねたら、無駄遣いにはならない、とアンナは答えた。
○月○日
アンナの手は、すべすべだ。
○月○日
間違いなく、死んだ後に俺の魂は地獄へ落ちるだろう。
ハンスのやつ、ここまで見越して……くそったれ、してやられた。
最後まで我慢できなかったことを悔いて、嘆く俺の頭を、アンナは優しく抱きかかえてくれた。
「……私がしてあげたかったの。それじゃ、ダメ?」
耳元で、そんなことを囁くアンナ。吐息が耳にかかって、妙にこそばゆかった。
なんでだろう……なんで、アンナの胸に抱かれていると、こんなにドキドキするのだろう。
「気にしなくていいから……責任を取るだけでいいから……」
俺の耳元で、そんなふうにアンナは呟いた、と思う。
わかった。一生をかけて……責任を……取る、よ。約束、す、る……。
最後まで、ちゃんと言い切れたかは憶えていない。
俺は不思議なやすらぎに包まれて、久方ぶりにぐっすり眠った。
昨晩のことは、それ以上はわからない。
著者:アンナ
○月○日
はい、かちー♡
著者:ハンス
○月○日
ハンスです。何とか生き残りました。逃げ切りました。
お酢とシソで赤い液体作っておいて正解でした。
頭からそれ被って血みどろを偽装して、死体のふりで敵味方を欺いて来ました。
我ながら完璧な作戦でしたね。
逃亡時、匍匐前進の途中で懐から日記帳を落としたっぽいけども。
まぁ、いいや。あれはもうどうせ、シソの汁をこぼしてベタベタだったし。
なんでかな……いわれなき罪を被せられている気もしますが、俺は、元気です。
だから、多分、ヨハンの方も上手くやっているだろう。
ヨハンは元気だろうか。元気だといいが。
街に行けば逢えるかもしれないが……なんか水臭いな。
いつか、会いに行こう。それは、今ではないけれど。
さぁ、次はどこに行こう。何をしよう。
そうだな、当面の目標は……また、ジョークの通じる相手を探すのがいい。
人生ってのは、ジョークの通じる相手がいるだけで豊かになる。
だから、ここいらで筆を置いて、さっさと友人を探しに出かけることにしよう。