提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。 作:クソザコナメクジ
海辺にぽつんと独り取り残された私は当てなく、果てなく海を眺めている。
此処は横須賀鎮守府の跡地だ。何故、そう分かるのかっていうと私の後ろには廃墟化した工場のような、研究所にも似た施設が建ち並んでおり、その入り口の錆びついた看板には横須賀鎮守府と書かれていた為だ。ただちょっと私が知っている鎮守府とは些か形が違っているようだけど。
そもそも周りは海だけで、陸地なんてほとんどない。此処は絶海の孤島だった。
私は転生者である、名前なんて今更どうでもいい。
この世界に唯一残された――かどうかは知らないが、今この場にいる人間が私だけなのは確かだ。少なくとも老朽化した施設の何処にも人がいる気配がない、生活感はない。代わりに妖精さんがいる。実在しているのか、どうかは怪しいがデフォルメ化した小人のような存在が先程から私の足を突っついたり、衣服の裾を引っ張ったりしてくる。なんなら一匹は私の頭の上に乗っかっていた。どうして私はこんなところに居るのか。練炭で自殺しようとして、気付けば、ここに居た。目覚めるように、最初から立っていたかのように、この軍港に存在している。ネット上によくある異世界転生か? それならそうで衣服くらいはどうにかして欲しかった。何年も愛用し続けてきた草臥れきったジャージ、ボサボサに伸び切った髪。最近、視力が合わなくなってきた眼鏡。波止場を打ち付ける波の音を耳にしながら、ガシガシと頭を引っ掻いた。外に出たのは何時ぶりか、このまま照り付ける太陽に焼かれて干からび死んでしまえば良いと思った。
無気力なまま、ぽけっとしているとパサッと頭に何かを被せられた。どうやら帽子のようだ。ついでに手にも何かを持たせられる。どうやらペットボトルのようだ、中には水らしきものが入っている。喉が乾いていたから蓋を開けて、すんすんと臭いを嗅いでから口に付けた。ごくっごくっと音を立てる。無味無臭の液体が喉を流れる、程よく冷たい液体が全身に染み渡っていくのが分かった。
私は生きている、どうしようもなく生きている。
あれだけ死にたいって望んでいたのに、死んでもまだ人生は続いていた。
「ふざけるな……ふざけるなよおっ! あれだけ世界は私に厳しかったのに……誰も望んでくれなかったのに! まだ生きろっていうのか! どれだけ人になりたいって願っても手を差し伸べてくれなかった癖に!! 私にまだ生きろっていうのかよう……うえぇ、ふぐっ、うえっ……おえっ、げほっげほ……あああああああぁぁぁぁ……私が何をしたって云うんだよお……生きてるだけで罪だって言われ続けてきたんだから……どうせ私のことなんてどうでも良いなら……ちゃんと死なせてくれたって良いじゃないかぁぁ……せめて、それくらいのことはさせてよぅ……」
生きている事が、どうしようもなく苦しかったから嗚咽交じりに泣き叫んだ。
おろおろと狼狽え始める妖精さんが横目に見えたから私は三角座りで膝に顔を埋める。もう放っておいてくれよう、死に損ないの半端者に構わないでくれよう。優しくされると惨めになる、辛くなる。申し訳なくなる、苦しくなる。こんな私の為に時間を費やさせてしまっている事実が既にもうしんどかった。ふと目の前にある海を見て、打ちつける波を見て、そうだ投身しようと思い立った。
ふらりと立ち上がり、ゆらゆらと端まで歩み寄る。ふひひ、と笑みが溢れた。どうせ一度、死んだ身だ。今が半端なら何度だって死ねば良い、死に切れるまで死んでやる。身を委ねるように海に体を傾ける――すると横から前から大量の妖精さんが殺到し、私の体は陸地へと押し返された。
「やめてよ! 私、死ぬんだから! ちゃんと死ぬんだから! 死ぬことすら中途半端って、もうなんなんだよう! 死ぬことくらいちゃんとさせてよ! どうして死ぬことすらもさせてくれないの!? やだ、やだ! 死んで人になるんだ! 死んでやっと私は人になれるんだ!! 私は人として死にたいんだ、どうじでぞれだけのごともざじぇでくれにゃいのさああぁぁああぁあああッ!!?」
どれだけ泣き叫んでも、どれだけ暴れても殺到する妖精さんを引き剥がす事ができず、やがて疲労から体を動かす事ができなくなった。どうやら死なせても貰えないようだ。どうして私の人生は、こうも尽く上手く行かないのだろうか。望んだものは何も与えられず、どれだけ手を伸ばしても届かない。空に浮かぶ月が憎くて憎くて仕方なかった。どうせ何も与えてくれないのなら、最初から知らなきゃ良かったのだ。どうして幸せがあるって教えたんだ、どうして愛があるって教えてくれたんだ。神は残酷で鬼畜だ。少なくとも私にとってはそうだった。手を差し伸べないだけなら良い。でも私から尽くを取り上げようとする神の存在が大嫌いだった。
ああ、本当に、私の目に映る何もかもの全てがクソッたれだ。
もう全てが面倒になって、コンクリートの地面で瞼を閉じる。
次に目覚めた時、夜だった。雨が降っていた。このまま野晒しにされているのも良いと思ったけど、妖精さん達が私のことを見つめている。まるで気遣うように、まるで監視するように。腫れ物のような扱いには慣れている。さっさと老朽化した建物の中に戻れば良いってのに、じっと私のことを見つめている。まるで見守るように。雨風に晒されて震えている妖精さんもいれば、鼻水をだらだらを流している妖精さんもいる。溜息を零す。妖精さんの事は分からないが、悪意がないってことはなんとなしに分かる。私が移動しなければ、きっと妖精さん達も移動しないに違いない。
まったく、どうしてこうも私に付き纏うのか。迷惑だ。
「……うぅ……私も移動するからさあ……ちゃんとするから……だから、そんな目で見つめないでくれよう……私を見ないでよう……」
ふらりふらりと老朽化した建物へ歩みを進める。私が動き出すのを見て、妖精さんが私を先導する。もうどうにでもなれって思っていたから考えることも放棄して、その後ろをついていった。長い長い廊下を歩いた先に案内されたのは提督室と書かれた部屋だった。
「うぅ……もう人なんていないと思うけど……居ないよね? 居ないよね? ああもう急かさないでよう……開けるからさあ……」
大仰で板チョコのような大仰な扉を前に臆したけど、早く、早く、と迫る妖精さん達に逆らえず、意を決して扉を開ける。ギギギと不快な音が立った。そして恐る恐る部屋を覗き込んだ時――ひいっ! と悲鳴を上げて、腰を抜かしてしまった。
「ほ、骨……!? 人骨! 死んでる!? 死んでる!! ひえっ……うぇ……なんだよう、なんだよう。こんなものを私にみせる為に……」
錯乱する頭、執務机に座る人骨と同時に見えた何かを想起する。横たわる四人の少女、全身、真っ黒な血塗れの姿で四肢が取れている者も居た。
「えっ、ちょっと待って! 人!? 人が……あ、ああぁぁっ! 人!? 人!! 酷い怪我!! でも、ああっ! 人が、人がッ!! 電話、救急車! ひゃくとーばん!? いちいちきゅー!? いちなななな!? 電話、怖い! 電話、ない!? ああ、ああっ! どうしよう、どうしよう! 血が出てる、いっぱい! たくさん! 真っ黒な血が! 黒? えっ、黒!? 死んでる? でも人骨? なんで!? あれ、なんで!?」
分からない、分からないことだらけだ。
怖い、泣きたい。でも、放っておくこともできない。私のせいで誰かが死ぬ事になったなんて気分が悪い、気持ちが悪い。想像するだけで吐きそうになる。とりあえず生きているか死んでいるかだけでも確認しないと――ごめんなさい、私なんかが触れてごめんなさい。気持ち悪いよね、あとで石鹸で手を洗っても良いから……恐る恐ると脈を見る為に手を取った。それは冷たくて、どう考えても死んでいるようにしか思えなかった。もう生死を確認できたから放っておいても、いや、それだと万が一があるかも知れない。ちゃんと確認しないと、気持ち悪いけど、こんなところからさっさと出る為にも早めに確認しておこう。そうして残る三人の手にも触れていった。皆、一様に冷たくなっていた。
死亡確認、よし。さっさとこんな部屋から出よう。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。お経を唱えたから許してください。
「……あな、たは……?」
「ふえあっ!?」
唐突に後ろから話しかけられた。立て付けの悪い扉のようにギギギと後ろを見れば、ついさっきまで死んでいた少女が目を覚ましていた。
「貴女、は、……? どう、して、……私は、もう、目覚めない……はず……なの、です……」
「きえああああああああしゃべったああああああああっ!!?」
「あ、驚かせる……つもりは……」
心臓を鷲掴みされた心地で、きゅうっと意識を手放してしまった。
†
長い、長い眠りから目覚めた。
人類は深海棲艦に負けて、日本列島の半分以上が海に沈んだ事までは覚えている。
これが戦争なら講和を結ぶ道もあったが、相手は言葉も通じぬ化物だ。人類は最後の一人になるまで戦うことを強いられ、この鎮守府も最後の防衛拠点として、滅亡する瞬間まで戦い続ける事になった。最終防衛線が突破された時、私達は自決する道を選んだ。海に沈んだ艦娘は深海棲艦になるという話を聞いていた為だ。化物になって生き永らえるよりも、人として提督と共に死にたいと思ったから自決を選んだ。私達は兵器だけど、人として扱ってくれた提督に寄り添って死にたかった。
それが眠る直前の話。あれからどれだけの年月が過ぎたのか、老朽化した部屋が長い時の流れを示している。
人類がどうなったのか分からない。
でも、あの状況から人類が盛り返すことはありえない。だって、この鎮守府にいた提督が人類最後の提督で、此処が抜かれたらもう人類に反抗する術はないのだ。そして私達の提督が死んでしまった事は、埃が溜まった執務机に座る人骨が示していた。側頭部には穴が開いている、提督の最後は鮮明に覚えている。それは間違いなく提督のものだった。
人一人が骨になる程の年月、そして今、私の前で気絶した女の子。びしょ濡れだ、妖精さんが少女を気遣うように群がっている。
同席した他の艦娘達も身動ぎを始めていた。
さて、これからどうなるのでしょうか? 片脚を失った体では動くことも出来ず、窓から外を見つめる。外は雨が降っていた。バシャッと頭から大量の水が掛けられる。ビチャビチャになった髪を手で避けながら横を振り返ると妖精さんが緑色のバケツを持っていた。あれは高速修復材、まだ残っていたのか。全身の傷と片足が淡い光に包まれながら修復されていくのを実感しながら妖精に埋もれた目の前の少女を見据える。
あれだけ妖精に好かれるという事は、彼女は提督の才能がある。どうやら私が目覚めたのも彼女の影響のようだ。
正真正銘、最後の提督。人類最後の希望だ。
「もう戦わなくても良いと思ったのです……でも、まだやるべき事が残っているかも知れないのです」
これからどうなるのか分からない。
でも、これからどうなったとしても、目の前の少女は守ろうと思った。次があれば、とどれだけ願ったか。やり直したい、とどれだけ願ったか。多くの人類を守れなかった私にも、たった一人の想い人も守れなかった私にも、守れるものがあるんだって証明したかった。次こそは上手くやる、絶対に上手くやってみせる。
その時、右手の薬指に付けた指輪が愛しく輝いた気がした。
見切り発車、とりあえずキリの良いところまで頑張る。