提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。 作:クソザコナメクジ
世は稲作の季節である。
いや、知らないけど、妖精さん達が農作業をするような格好をしていたので、何事だろうと思って付いて行ってみたのだ。
すると鎮守府の裏手にある領土が運動場規模で復活しており、テレビもねえ、ラジオもねえ、と鍬を振り落とす妖精さん達の手によって耕されている。自分で言っておいて、ちょっと混乱してきた。また田畑の一角では運動会とかでよく見かける真っ白な天幕――パイプテントが張られており、その下には豪族っぽい妖精さん達がホワイトボードの前で熱い議論を交わしている。えっと、なになに? よく食べて眠る子は育つよ、トライフォース農法?*1 防虫、防病、防草には塩を撒くだけでOK、カタルゴ農法?*2 使わない田畑は勿体ないよ、ルイセンコ農法?*3 さっきとは別の意味で頭が痛くなってきた。そもそも四方を海水に囲まれているんだから、既に塩害の影響を受けているのではあるまいか?
……まあ妖精さんのやることだ、最終的には良いようになるはずだ。
私、五十鈴はウンと体を伸ばしてから二度寝することを決め込んだ。
目覚めた後、窓から外を見ると畑は花壇のような形になっていた。
どうやら農作用の土を隔離することに決めたようだ。石灰を混ぜ込んでいるようなので、それで塩害対策をするつもりらしい。正直、それだけでは対応できないと思うのだが、他にもよく分からない妙薬的なものとか混ぜ込んでいるから大丈夫なのだと思うことにした。妖精さんは不思議が多い、あまり深く考えたところでドツボに嵌るだけである。
さておき鎮守府備え付けの発電機だが、これは燃料を注ぎ込むことで無事に稼働してくれた。
電力が回復したことで鎮守府にある機能のほとんどを復旧させることも可能だ。
例えば、濾過機を使って飲料水を確保することができるし、湯を沸かして風呂に入れるようにもなった。これで入渠の度に冷たい思いをしなくとも済むし、工廠を使うことも可能になった。そういえば、私を建造した時ってまだ電力が復旧していなかったような……ちらりと横を見れば、やけに古めかしい鍛治衣装を着た妖精さんの姿を見て、あまり深くは考えないようにしようと心に決めた。
妖精さんは、やると決めたらやる妖精さんなのだ。深く考えるだけ無駄である。
部屋から出る、共用の洗面所で顔を洗ってから歯を磨いた。
使う水の量は必要最低限、蛇口の水は節約を心掛けている。というのも蛇口から出る水は蛇口から出る水は貯水した雨水を活用しており、贅沢に使っていると直ぐに枯渇してしまうのだ。鎮守府が壊滅する前は水道水に切り替わるだけだったので問題はなかったらしいが、少し前に水を使い過ぎた後に海水が流れ込んで来て大変な目に遭った。手に取った歯ブラシを見やり「思ったら、これも貴重品のひとつになるのね」としみじみつぶやいた。なんとも不自由な時代に生まれてしまったものである。
そのまま外に出ると開墾された土地を見た駆逐艦娘達が驚愕に声を上げているところだった。
「なによこれ!?」
「はわわ、凄いのです!」
「ジェバンニが一晩でやってくれました」
これは先住民の彼女達にとっても未知の事だったようだ。
どうやら私も素直に驚いてよかったらしい。
妖精さんはといえば、さっきの天幕の下で一匹の可愛らしいヒヨコを睨み付けていた。
ホワイトボードに書かれた議題は「卵が先か、鶏が先か」とのことだ。どうでも良い。そんなことよりもヒヨコがピンク色なのが気になる。お尻の先が黄色い辺り、塗りがあまい。あっ、「ハヤロク反対!」と書かれた段幕を掲げた妖精さんが天幕に乗り込んで乱闘騒ぎに発展する。
こちらの方には駆逐艦娘達の反応は薄かった。
食料の自給自足を確立できるようになったら艦娘をあと一人か二人くらい建造しても良いかも知れない。
余談だが、その日の昼食にコック衣装の妖精さんの手によって卵焼きが出された。
提督と駆逐艦娘共々、得体の知れないものをジトッと睨みつけていたが、久しぶりのナマモノ、その美味しそうな匂いに負けて口に付ける。
美味しかった、味はまんま卵焼きだった。
†
これは釣りを嗜んでいた時の話だ。
気付いた時には頭に被せられている軍人っぽい帽子を煩わしく思いながら釣り糸を海に垂らして、ポツリと呟いた。
ご飯が美味しかったなあ、と。私が知っている御飯と云えば、味付けがなく、毒物が混ぜられていた。任務中に支給される兵糧丸は味の配慮がなく、拷問道具として活用されることもしばしばある程に不味い。その為、外に出た時の手足は基本、そこらへんに生えている雑草であり、貴重な蛋白源である虫を生で咀嚼する事も多い。中でも最も美味しいのが幼虫だ。
そんなことを呟いていると妖精さん達が、可哀想な子を見るような目で私のことを見つめていた。
翌日、鎮守府の裏に地上が出来ていた。
ここは昨日までの時点では海が広がっていたはずで、しかし今、目の前には茶色の土が露出した地面が浮き上がっていた。この島の地面は、基本的にコンクリートで固められている。好奇心のまま、鎮守府の裏手に出て、久しぶりの地面を踏み締める。ちょっと湿ってる。けど、久方ぶりの土の感触にちょっと気分が良くなった。
そんな私の足元を稲作姿の妖精さん達がえっちらほっちらと新しい地面に向かって歩いて行った。「これは貴女達の仕業なのかな?」となんとなしに問いかけると妖精さん達は首を横に振る。それから肩に担いだ鋤を振り下ろして、テレビもねえ、ラジオもねえ、と地面を耕し始める。どうやら農作を始めるらしい。なにを作るのだろうか? もっと美味しいものが食べられるのかな、と少し上擦った気持ちで農作予定地を後にする。
朝食、妖精さん達の手によって、調理された卵が出てきた。
卵って、畑で取れるんだっけ? というよりも一日で出来るものだっけ? 他の農作物はまだ出来ていないようで相変わらずの缶詰生活だったけど、缶詰は缶詰で美味しいので嬉しい。もっと美味しいものが増えれば、もっと嬉しいがいっぱいになって素敵になる。
卵焼きは甘辛くって最高だった。
「……大丈夫なのです?」
怪訝そうに電が聞いてきたので「美味しい」と少し詰まりながら答えると電達もおずおずと手を付ける。
二口目以降は抵抗感も薄まったようで次々と卵焼きを摘み、そして、なんだか釈然としない顔で頬張っていた。電力は復旧し、湯を沸かす事もできるようになった。高まる文明力に僅かに興奮を覚える。そして誰からも疎まれず、誰からも痛めつけられない今の環境に少なからず幸せも感じている。
ご飯も食べ終えて、御馳走様です。と手を合わせる。
そのまま部屋に引き籠ろうと思ったら、電に襟首の後ろを掴まれた。
振り返ると電がにこやかに笑い返す。
「折角、お風呂も使えるようになったので体を洗うのです」
「……やだ、ある程度は臭ってないと落ち着かない」
「どういう家庭環境なのです? さっさと行きますよ」
やーだー! という抗議の声は誰も届かず、他の子達も浴室まで付いてくることになった。
風呂場は入渠の他にも用意されている。大きな風呂を使うだけの余裕はないが、二、三人は入れるだけの浴槽に湯を張ることはできた。今回、入るのは私の他に電と五十鈴の二人になる。強化人間である二人の膂力に敵うはずもなく、草臥れジャージを脱ぎ脱ぎさせられた。
あんまり肌を見せるのは好きじゃない。人前に晒したのは拷問に耐える訓練を受けた時くらいなものだ。
「うわっ……貴女、今までなにをさせられて来たの?」
五十鈴が私の背中を見て、引き気味に問う。
私は、肌を晒す必要のある訓練を受けたことがない。拷問に耐え得る為に羞恥心を削ぐ訓練はしているが、肌を利用する技術を身に付けることはなかった。それはただ単純に、そっち方面では使い物にならない為だ。幼い頃から隠密と戦闘の訓練ばかりを積んできた私は、全身に生々しい傷痕が残されている。切傷は勿論、爪痕や銃痕も残されていた。
私は傷だらけの体が好きでもないし、嫌いでもない。でも見せることは好きじゃない。
「……もう大丈夫、なのです」
こうやって相手を困らせるからだ。
ぎゅっと抱き締められるのは苦手だ、それに私はなんとも思ってないのに悲しまれるのも好きじゃなかった。あと重い空気になるのも好きじゃない。むーっと頰を膨らませながら暫しの抱擁を耐え忍んだ。その後、浴室でテキトーと体を洗っていると電と五十鈴に全身を洗い直された。
まるで風呂を嫌がる猫にするように電に腕を掴まれて浴槽に使っている間、たっぷりと使われた洗剤の匂いが落ち着かない。
「それでこれから貴女達はどうするつもりなの?」
私と電の向かい側で浴槽に浸かる五十鈴が世間話のような軽い調子で問い掛ける。
その質問に私は答えられないので電に丸投げだ。口元を湯に浸けて、全身を弛緩させた。
ああ、気持ち良い。思えば、ゆっくりと湯に浸かるという経験も初めてだ。
何度かシャワー中に襲われたことあるけど、此処だと暗殺を警戒する心配もない。
本当に過ごしやすかった。
「まだこれといった方針はないのです。鎮守府の裏手にできた庭からどれだけの食料を生産できるかも分からないし、あれが何処まで広がるかも分かりません。下手に艦娘を建造する訳にもいかないですし……食料は勿論、半壊した鎮守府では多くを艦娘を運用することは難しいのです。出来れば、他の鎮守府がどうなっているかも調査したいのですが、その為に使える戦力がありません。今は近辺の海域を調べながら資材を回収し、貯蓄するくらいしか……」
「でも、いずれ鬼級や姫級が――いいえ、戦艦や空母、重巡が来るだけでも苦戦を強いられるわよ」
「そうなのです。でも、今は何もわからないのです……」
二人が何やら難しい話をしているが、こういう話は私が気にするところではない。
余計なことを知れば、要らぬ敵を作ることになる。言われたことだけをすれば良い、それが私の身と心に染み付いた処世術だった。
ぶくぶくと体を湯の中に沈める。ああ、気持ち良い。なんだかふわふわしてきた。
「電、提督が逆上せているわよ!」
「ああ、本当なのです! 早く引っ張り上げないと!」
「私が持つわ! って、うわ。かっる……」
どたばたと浴槽から引き上げられた私は二人の手によって介抱されることになった。