提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。 作:クソザコナメクジ
日本で生まれ育った私には、海を隔てた北方の土地は余りにも寒かった。
極東沿岸部から撤退に撤退を重ねて、今やロシアの領土は半分以上が海に沈んだ。度重なる激戦の末、この土地で建造された数少ない艦娘が何隻も撃沈されてしまった。残っているのは今も昔も悪運だけは強い私と駆逐艦娘のタシュケントの二人だけだ。西側は欧州連合の艦娘が頑張っているとの話だが、どうなっているか。東沿岸部の此処まで情報が届いて来なかった。
まあ私は艦娘であると同時に軍属だ。与えられた場所で、与えられた任務を粛々と熟せば良い。
そんなことを考えて、今は亡き故郷の方角である海を眺めながら蒸した芋を齧る。味付けは塩とバターだけのシンプルなものだが、こんなものでも世間では貴重品になっていた。
現在、世界の半分以上の陸地を失った人類は危機的な飢饉に脅かされている。
欧州での混乱は凄まじいものであり、パン一個を巡っての殺人が常習化してしまっていた。まだ比較的陸地が残っているロシアにも移民の波が押し寄せたが、ロシア陸軍が総力を上げて、これを阻止しているとのことだ。おかげでまだ、この地ではギリギリのところで踏み止まれていた。
冷たい海風が肌を撫でる。寒い時代が来たものだ、色んな意味で。そして遠いところまで来てしまった。あの水平線の先にあった我が故郷には、もう戻れないのだろうか。
いや、これより数年後、陸地が残っているかどうかを危惧するべきか。
「ヴェールヌイ、こんなところに居たのか」
振り返ると、そこには栗色の髪をしたロシア産の艦娘。タシュケントが配給の蒸し芋を片手に持っていた。
彼女は私の隣まで来ると、そのまま蒸し芋を齧り、そして海の先を見つめながらポツリと零す。
「私達は勝てるだろうか?」
問われた私は「さあ、どうだろうね?」と曖昧に笑い返す。
今、ロシアは縦深防御戦術を取っている。少し前までは内地だったこの場所には即席の要塞が建てられており、海からやってくる深海棲艦を迎撃する準備を整えている。この国は初戦で手痛い被害を出した。練度の低いロシア艦娘では日本との激戦を経験した歴戦の深海棲艦を相手にする事は出来ず、ロシアの所有する海上戦力は壊滅的打撃を受けてしまったのだ。
此処より後ろにも幾つかの防衛線を築いており、今は海軍を再建する為の時間稼ぎをしている。
「……もう此処まで来たら勝てるかどうかというよりも、やるかどうかという段階だよ」
真っ白になった帽子を被り直す。
私、ヴェールヌイが意識を取り戻したのは、今から一年前のことだ。その時、私は日本の独自技術である艦娘の技術を解明する為の検体として扱われていたが、現存する貴重な素体ということで思っていたよりも丁寧な扱いを受ける。艤装は全て解体されてしまっていたが、部品は丁重に保管されており、後に私個人に付いていた妖精さんに組み立て直してもらうことになる。目覚めた時にはもう既に日本列島は海の底に沈んでいたようで、話を聞くだけではとても信じられなかった私は個人的に調べてみたが、確かに日本は地図の上から失われてしまっているようだった。
それから私はロシアの艦娘開発に全面的に協力するようになる。
ロシアは初戦でガングートという艦娘を失っていた。
私が目覚めた時には、既にロシアは二人の艦娘の誕生に成功していた。その一人がタシュケントであり、もう一人、ガングートという艦娘になる。この頃はまだ極東の地が残っていた時期で、まだロシアは深海棲艦の恐ろしさを知らない時期でもあった。ガングートとタシュケントの他、艦娘の技術を人間仕様に応用したパワードスーツ部隊。他にも艦娘の紛い物とでも呼ぶべき人形部隊が戦線に投入されたが、しかし一体の姫級の手によって蹂躙される。
主力艦であるガングートが撤退戦の最中に撃沈されてしまったことにより、タシュケントの負担が増加し、彼女も無理が祟って姫級を相手に撃沈されそうになった。そこで研究の検体扱いを受けていた私も戦場に駆り出されることになる。
あの姫級、確か名を護衛棲姫と云ったか。撤退する時間を稼ぐのが精一杯だった。
「マンパワーが強みの国だったのだけど、海上においてはそれ以上の物量で敵が押し寄せてくる。あの物量の波は何処まで陸地を巻き込めば、収まるのだろうか? いや、収まる時は来るのだろうか?」
タシュケントは溜息を零し、蒸し芋を欠片を口に放り込んだ。
あれから私とタシュケントは敵戦力を削りながら撤退を繰り返してきた。
もうすぐウラルを食い潰そうとしている。
そのウラルと沿ヴォルガの境が一応、決戦予定地に指定されている。
しかし、相手の戦力の底がまだ見えていなかった。
「収まると信じて、少しでも戦力を削っていくしかないさ」
そう告げた時、此処にもサイレンの音が鳴り響いた。
深海棲艦が攻め込んでくる。タシュケントがうんざりするように溜息を零し、各々で艤装を取りに駆け足で船渠に向かった。
今となっては此処も第二の故郷だ。帰化する一環として、私はヴェールヌイに名を変えている。私の国籍は今、日本ではなくてロシアにあった。これは私が私の身を守る為に得た身分でもあるが、色々と気遣って貰った軍属の人達に対する礼儀や恩返しの気持ちも少なからず持っている。
ロシアには、あまり思い入れはないが、彼らの為に戦うのは悪くないと思う。
艤装を背に海上へと出た。
既に量産型の艦娘とでも呼べる人形が前線に広く展開しており、その後方を艦娘技術を応用したパワードスーツ部隊が固める。深海棲艦との戦いに軍艦は基本的に使い物にならない。というのも世界に艦娘が生まれた時、軍艦は陳腐化した兵器に成り下がった。艦娘が艤装から出す火力は軍艦相応のものであり、その加護付きの装甲もまた軍艦相応のものとなっている。その為、既存の軍艦は図体がでかいだけの的に成り果て、等身大の人間サイズで高速移動する艦娘と深海棲艦を相手に砲弾を当てられるはずもなかった。ミサイルは、そもそも海の中に逃げられる為に効果が薄く、潜水艦はもっと駄目だ。人間サイズの深海棲艦が相手だ、魚に紛れてしまって見つけることそのものが困難である。核兵器を使用しようにも長門以上の耐久力を持つ深海棲艦が相手に海に逃げられてしまえば一撃で仕留めることもできない。そもそも姫級は一体や二体だけではない。少なくとも現時点で十体以上の個体を確認しているので、深海棲艦を倒し切る前に地球の方が保たなくなる。せめて、相手を一箇所にまとめる方策があれば、話も変わってくるだろうが――しかし、相手は十個以上の部隊に分けて行動している為、それもまた難しい。
ともあれ、今は目の前の戦闘に集中しなくてはならないか。艤装とは別のイヤホンマイクに手を翳す。
「こちらヴェールヌイ及びタシュケント、戦線に到着した」
『こちら司令部、了解。部隊の展開は終えている。何時も同じように頼んだ』
「了解、何時も同じように適度に暴れて撤退の時間を稼ぐよ」
通信を切り、白い息を吐き出した。意識を集中させる。意識を心の湖の奥深くに落とし込んだ。
右拳を握り締める。薬指に付けた指輪が強い輝きを放ったのを確認する、全身に力が漲るのを感じ取った。
行ける、と現地回収した艤装を力を込めて、海上を突っ切った。
†
私、嚮導駆逐艦が先行する。
相手の基本編成は空母ヲ級と軽母ヌ級を各一体ずつを中核に据えた高速航空艦隊。飛来するは球体の敵艦載機、その数は優に百を超えている。腰溜めに姿勢を落とし、右肩に担いだ二段の130mmB-13連装砲で照準を合わせる。Ура! 計四つの砲身から放った砲弾は的確に敵艦載機を撃ち落とした。しかし流石に全てを倒すのは難しい、倒し切れない敵艦載機は全て無視する。当たる弾道の銃撃と爆弾だけを回避し、その先にいるはずの敵空母に駆け抜ける。途中にいる駆逐イ級は敵ではない、しかし後ろに控える人形部隊やパワードスーツ部隊にとっては強敵である為、適当に数を減らしながら突っ走る。飛び交う砲弾は身を捩り、反らし、時に回転しながら回避した。このアイススケートのような動きは小さな同志ヴェールヌイから教えて頂いたものだ。高速航空艦隊を相手に守りを固めてもジリ貧になることも教えて貰った!
艦載機が飛んで来た方角に向かって全速で前進する、艤装の動力部が悲鳴を上げる。ついでに妖精さん達も悲鳴を上げてる気がする。そんなこと知ったことないと海上を駆け抜けて、そして見つけた! 敵空母二体! その前を守るは二体の軽巡ヘ級だ。空母ヲ級と軽母ヌ級を守るように二体の軽巡ヘ級が私の前に躍り出る。まだ残っていたのか、敵空母から発進した軽巡ヘ級を守るように展開された。何時も思うが、敵が艦載機を展開する姿は同志ヴェールヌイに教えて貰ったガンダムに出てくるキュベレイを彷彿とさせる。実際、その軌道もファンネルと酷似していた。
羨ましいなあ、もう! と背中に取り付けた魚雷を発射、身構える二体の軽巡へ級。不規則な軌道で接近する敵艦載機、その砲口が火を吹く直前、私は右肩から下げた二段の連装砲で自ら放った魚雷を撃ち抜いた。打ち上げられる水柱、敵艦載機から放たれた銃弾は水圧で軌道がズレる。自ら作った水壁に飛び込んで、更に魚雷を発射して距離を詰める。敵空母を守る深海棲艦は能力が高い、水面下を直進する魚雷は敵の砲弾によって撃ち抜かれて、再び水柱が上がった。その中にも私は飛び込んで、突き抜けた先に居る軽巡へ級の顔面を右手で掴んだ。抵抗される前に左手で三連装の主砲を横っ腹に突きつける。
ゼロ距離からの砲撃であれば、駆逐艦の火力でも軽巡洋艦の装甲は貫けるッ!!
「派手に吹き飛べ……Ура!」
砲撃、敵艦の腹部は青色の血飛沫となって消し飛んだ。
もう一体の軽巡へ級が私に砲口を向ける、よりも早くに右手に持っていた軽巡へ級の上半身を敵艦に投げつけることで視界を遮った。これまで戦ってきて分かったことだが、相手にも仲間意識はある。格闘戦を仕掛けた時はフレンドリーファイアを嫌ってか、援護射撃が途絶える時があるし、味方に当たらないように牽制や威嚇の目的で砲撃をすることもあった。だから味方に砲口を向けた時、例え、それがもう手遅れな状態であったとしても引き金を引く指に躊躇が生まれる。敵軽巡へ級が千切れた腸を露出する味方に目を奪われた隙を狙って、魚雷を発射した。
水面下を悠々と突き進む魚雷は、思わず味方を受け止めてしまった軽巡へ級を水柱の中に飲み込んだ。
「キ……キサマァッ!!」
空母ヲ級が怒声を張り上げる、その激情は私の心には響かない。ほくそ笑んでやれば、空母ヲ級は艦載機を展開しながら突っ込んで来た。
「キサマニ人ノ心ハナイノカ……! 戦イ方ニモ限度ッテモノガアルダロウッ!!」
「同志ガンクートを嬲ったお前達が言えた義理かッ!? 味方も御し切れていない奴が綺麗事を抜かすなッ!!」
「殺ス……!」
「来いよ、下衆! 騎士道を気取るならまずガングートを返して貰ってからにしてもらおうか!」
「キサマハ私ガ殺ス……ッ!!」
「殺すのは私! そもそもこれはお前達が始めた戦争だろうがァッ!! 犬畜生がっ!」
「畜生ニモ劣ル蛮族メッ!!」
「ゴキゲンなお口だねえ!? 貴様の血肉はシベリアの野犬だって足蹴にするよッ!!」
怒鳴り散らしながらも周囲への警戒は忘れない。
真正面から主人に付き従うように展開された空母ヲ級の艦載機――そして、私の背後を軽母ヌ級の艦載機が静かに展開していた。視えているんだよ、軽母ヌ級が黙りこくっていることに違和感を感じないとでも思ったか? 地球の人類は百年以上前からブリカスと騙し合いを続けてきたんだぞッ!? 発生して高々数年程度の深海棲艦とは年季が違うんだよッ!!
背後からの銃撃は身を反らすことで回避、姿勢制御と連動させて接近してきた空母ヲ級を相手に砲撃する……と同時に魚雷を展開して逃げ道を塞いだ――が、軽母ヌ級の艦載機が水面下の魚雷を撃ち抜いた。水柱が上がる。その中に身を隠し、反転して、入った側から飛び出す。私を包囲していた艦載機が反対側に待ち構えており、一瞬、包囲が剥がれる。その隙を狙って、右肩の二段連装砲で艦載機を撃ち落とした。
魚雷を上空に放り投げる、と同時に水面下に魚雷を発射する。空母ヲ級と軽母ヌ級が放り投げた魚雷を迎撃しながら水面下に意識を向けた――のを確認して、再度、魚雷を空高くに放り投げた。最初に投げた魚雷が迎撃されて爆破する、遅れて水面下を直進する魚雷もまた届かずに水柱を上げた。そして最後の一投は――寸でのところで敵艦載機が身を挺することで防がれた。しかし至近距離での爆破、空母ヲ級の悲鳴が上がる。爆煙が晴れるのも待たずに追撃すべく――違う! 咄嗟の判断で真横に身を逸らした。
直後、ガチリングガンのような銃撃が直線状に幾つもの水柱を上げる。
「……マタ、強クナッテル…………」
そのまま幾つもの艦載機が追撃を仕掛けるのを、迎撃しながら全速力で後退した。距離が離れる、空母を相手に距離を取るのは愚策だ。しかし奴が救援に現れたというのなら、それもまた仕方ない。片腕と帽子の半分が消し飛んだ空母ヲ級を庇うように立つ白髪の深海棲艦、額から赤黒い角を生やしているのが特徴的な少女が赤い瞳で私を捉える。
「…………護衛棲姫……っ!」
そのあどけない顔とは裏腹に凶悪な実力を持つ敵だ。
「アナタハ恐ロシイナ。会ウ度ニ強クナル、何時カ抜カレヤシナイカト冷ヤ冷ヤスル」
「そいつはどうも……!」
「アナタハ今、倒スベキ敵ダ。私ハゔぇーるぬいヨリモ、アナタヲ恐レル」
ダカラ、コンナ余興ヲ用意シテミタ。と敵は告げて、誰かに道を譲るように横に移動した。
彼女の後ろから図体のでかい真っ白な深海棲艦が姿を表す。分厚くてモコモコなコートを羽織っただけの姿は護衛棲姫と同じく、人間体を保っていた。だからこそ分かる。雰囲気は変わっていたが、その顔と目を見ただけで理解する。歯切りしする。破裂しそうな想いを抑えきれず、激昂して尚も冷静であれ、という小さな同志の教えが振り切れる。
自分でも驚くほどの声が、出た。
「どうして貴女がそこにいるんだ同志ガングゥゥウウトオオオオオオオオオオッ!!」