提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。   作:クソザコナメクジ

12 / 20
外伝3.当たり前のことを当たり前に

 目が、鼻が……耳が! 肌が、その五感全てが目の前に立つ深海棲艦が同志だと理解している。

 漂白剤に浸かったような全身を真っ白に染めたガングートは、私を見つめると懐かしむように目を細めた。

 なんて様だ、砕けそうな程に歯を噛み締める。爪が肌を突き破るほどに握り締める。

 分かっている、あれはもう敵だという事は分かっている!

 

「コノワタシト……ヤルトイフノカ……! ……オモシロヒッ!」

 

 ガングートの海面の下から競り上がるように真っ黒な艤装が姿を現した。

 人間一人を握り潰せそうな三本指の巨大な腕、その機械仕掛けの手の甲には30.5cm三連装砲が付いている。あれはガングートが装備していたものだ。左右六門の砲口が私に向けられる。目を逸らさない、怯えはない。それを易々を味方に突きつける同志の姿に怒りが込み上げてくるばかりだ。

 良いだろう、やってやる。ここで殺してあげなくては、彼女が可哀想だ。

 彼女に祖国に砲口を向けさせてはならない。

 いや、あってはならない!

 

「貴様の身振り手振り息遣い……全てが不快だねえっ!!」

 

 全身全霊の殺意に身を委ねる。

 相手は航空戦艦、当たれば即死。それがどうした。

 死線のひとつやふたつは超えてやる。

 

 それだけ、私は怒っている!

 

「愚カナ……! 冷タイ処ニ沈ンデイケ……!」

「その顔と体でくっちゃべってんじゃないッ!」

 

 姿勢を低くして姫級二体を相手に突っ込もうとした――――

 

「熱くなりすぎだ、同志タシュケントッ!」

 

 ――背後から薙ぎ払うように横っ腹を蹴られた。

 振り返ると小さな同志が私と距離を離すように跳躍しており、視界の端で水面下を細長い影が通り過ぎるのを確認する。

 あれは魚雷か? 姿勢を制御しながら意識を向ける範囲を広げる。

 

「同志タシュケント。私達は今、囲まれている」

「……潜水艦が居ますか?」

「その通りだよ、此処には姫級は四体居るようだ」

「「イイエ、()()ヨ」」

 

 背後から聞こえた言葉に私は体ごと後ろを見た、ヴェールヌイは意識を向けるだけで護衛棲姫とガングートの警戒を続ける。

 水面下から姿を現したのは、やはり二体の深海棲艦。それぞれ白と黒の髪をした二体は互いの手を指で絡めるように繋いでおり、互いの頰を擦り付けるようにして離れようとしなかった。こいつらは戦場で何をしているんだ。魚雷の残数を確認し、どうやって爆発させようか画策する――まあ、倒すのは難しいか。今まで見たこともない型、あの二体も鬼級、もしくは姫級に違いない。

 四体の鬼級以上に囲まれては絶体絶命、ならせめてガングートだけでも……!

 

「逃げるよ、異論は認めない。新しく現れた姫級は潜水艦なのに姿を現した――ということは潜っている状態では私達を止められないってことじゃないかな? それに潜水艦である以上、海中に潜むよりも海上にある方が能力が落ちる」

「では、あれはブラフと?」

「どちらにせよ、日の下に出た潜水艦程度に止められる私達じゃない。最も警戒すべきは護衛棲姫、その事実は今も昔も変わらないよ」

 

 後ろは任せて、と小さな同志が構えを取る。

 

「ゔぇーるぬい、相変ワラズ、アナタハ怖イト云ウヨリモ厄介。アナタガ居ナケレバ、モット早クニろしあヲ堕トスコトガデキタ」

「同じ言葉をそのまま返させてもらうよ。君が居なければ、今頃はまだ極東で食い止めることができていた」

「ソノ時ハ、空母モ戦艦モ、モット引キ連レタ誰カガ攻略ニ来ル」

「……君は、そうか……新入りなんだな。そういえば日本で戦った鬼級達はもっと戦艦を引き連れていたね」

「喋リ過ギネ……本当ニ、厄介……」

 

 護衛棲姫は口笛を吹いた。

 真横に伸ばした腕に鳥形の艦載機が停まり、そして球状の艦載機を展開しながら静かに殺意を滾らせる。

 険しくなる相貌、その赤い瞳が私達を獲物として捉えた。

 

「アナタノ情報ハ、コノ頭ノ中ニ収マッテイル! 初ノ指輪所有者、他ノ姫級ハモットアナタノ厄介サヲ知ルベキダ!」

「……ちょっと待って、私には君の顔に見覚えがないんだけど?」

 

 同志ヴェールヌイが探りを入れようと動揺した素振りを見せる。

 すると騙されたのか、護衛棲姫はにんまりと口角を上げてみせた。

 

「知ッテル? 提督ハ、アナタガ生キテイルコトヲ信ジテイタ。何時マデ経ッテモ再建造デキナイカラト信ジタママ逝ッタワ!」

 

 ヴェールヌイの顔が歪んだ、演技ではなく本心から動揺してしまっている。

 どんな状況にあっても冷静な小さな同志が見せる初めての姿に、私は少なからず困惑する。

 あれだけ頼りになった同志が、今は外見相応に小さく感じられた。

 

「……それは本当かい? 提督が、ずっと……私のことを……?」

「アア、ソウヨ! アナタヲ案ジテ死ンデイッタ! ナンセ、ワタシハ最終決戦ニ……」

 

 そこで護衛棲姫が口を閉ざす。やってしまった、と後悔するように。

 

「そうか……そうか、そうか……私の提督は何処までも未練がましくて、女々しいようだね……」

 

 ヴェールヌイは姫級四体に囲まれた状況で悠々と帽子を外し、目元を拭ってから被り直した。

 眩い輝きを放つのは右薬指、どうして左薬指に嵌めないのか聞いたことがある。ケッコンカッコカリだからね、と同志ははにかむような笑顔で教えてくれた。人間と艦娘の間に子供は産めないとされている。艦娘は人間を素体としている為、限りなく人間に近い生命体ではあったが、間違いなく人間とは別物の生命体であった。故に人間と艦娘の結婚は許されない。そもそも法律的として艦娘は、その人権は保証されても、人間とは別物として扱われているのだ。

 艦娘には様々な不思議な力が秘められている。日本には付喪神の文化があると云う、大切に扱った道具には魂が宿るという考え方があった。当時に抱いた一種の神秘性は今、艦娘に加護という形で力を与えている。文字通りの戦場の女神、故に彼女達は人類に力を貸す。艤装を容れ物に、女体を依代に、女神は力を貸し与える。ロシアでは、あまり根付かない思想ではあったが、日本では当たり前の考え方だった。

 それでは、女性という側面を持つ女神達が、愛故に奮い立つ彼女達を見てどう思うのだろうか?

 

 解答、とても張り切る。

 

 彼女を中心に風が吹き荒れる。

 バタバタと衣服をはためかせながら、ヴェールヌイは前方の二人を見つめた。

 彼女達が付ける指輪とは、触媒だ。

 軍艦の神霊に対し、一定以上の信仰を持つ者に対して作用する加護の増幅器だ。

 それはカタログスペック以上の性能を引き出すことを可能にする。

 

「……帰ろう」

 

 ヴェールヌイが私にだけ聞こえる声で呟いた。

 

「私達にはまだ帰れる場所がある」

 

 こんなに嬉しいことはない、と彼女は笑うと、そっと私の背中を押した。

 

 

 私は人形です、私の出身は極東になります。

 冷戦時代を乗り切り、名をロシアに改めた後も凍る港の海で、せっせと魚を網で引き上げる日々を送っていました。

 それが、どういう訳なのか、どこでまかり間違ったのか。女体を模した人形の体に魂を詰め込まれる事になり、片手に軍艦の砲塔を持っては戦場で戦い抜く日々を送っております。

 勿論、私は漁船だったので戦い方なんてものは分かりません。砲塔の引き金を引くのも教えて貰わなくてはできず、なにもかもが手探りの状態で戦場に立たされるのです。多くの仲間達が失われました。軍艦として呼ばれたのは二隻だけで、他には助っ人の一隻があるだけです。減った分だけ補充されて、戦場に連れて行かれる。物資を運び、戦場で戦い、何処かで建造されて、そして壊される。戦闘教義なんて必要最低限で、砲塔の撃ち方だけ習っては戦場に送り出されて、帰投して、そしてまた戦場へと駆り出される。それでも私達は祖国の為に尽くしている。そろそろサボっちゃおうかなって、そっと逃げ出しちゃおうかなって、そう思う時は後ろを振り返る。私の故郷はもう失われてしまったけど、私が愛した国はまだ残っている。私を愛してくれた人達は、まだ元気に暮らしているだろうか? あゝ、あの暁の水平線を見ていると胸の奥が苦しくなる。この体には涙を流す機能が備わっていなかった。色んな経歴を持つ仲間達が居る場所で、今日も物資を運び、戦場で戦い、何処かで建造されて、そして今日もまた壊される。問答無用に連れて行かれて、戦場で戦列を組んで、砲撃で吹き飛ばされて、でも私達は貴方達人間に愛して欲しいなんて言わない。哀れんで欲しいなんて思わない。理解されたいなんて考えない。

 戦う理由なんて、背後にいる誰かの大切な人を護る。それだけで充分だった。

 

 私達には同志タシュケントや同志ヴェールヌイのように動きながら狙撃する技術はない。

 横列に組んだ陣形にて、直立不動で敵艦載機に狙いを定める。隣にいた人形が海中から浮き上がってきた駆逐イ級に食われても臆せず、微動だにせず、私達は照準を定めた敵を撃ち続ける。

 そうして消耗し続ける。文字通り、私達は消耗品だった。

 

 

 私には雪風のような超直感はない、私には潮のような危機察知能力はない。

 私は暁のように勇気を振り絞ることもできないし、雷のように相手を気遣うこともできなければ、電のように他者に優しくもなれない。誇れるような素質はなく、この身にあるのは呪詛めいた悪運のみだった。故に私は努力する他に道はなかった。島風のような身体的素質もなければ、夕立のような技術的素質もなかった私にできるのは地道な反復練習のみだった。全てを理詰で構築する、私は自分の感性を信用していない。何度も自分の動作を確認し、調整を繰り返すことで自分の肉体に叩き込んだ。演習の時は常に考え続けることを意識した、ありとあらゆることを考えていると、自然と体が動くようになっていった。考えれば考えるだけ、考えることが増える。無意識に出来るといっても決して考えていない訳ではない。当たり前に出来ることをひとつずつ増やして、特別なことを減らし続ける。そうなるとまた別のことに意識を向ける。そうやってひとつずつ動きを覚えて、一歩ずつ、確実に歩みを進めることで私は雪風、島風、夕立といった天才達の背中に追い縋った。

 私は特別じゃないから特別なことはできない。だから当たり前を少しずつ増やす。

 

 それは思考が澄み切った今でも変わらない、過信は敵だ。

 

 タシュケントが動いた。と同時に私も動き出す。

 先ずは艤装の砲塔による牽制、それから魚雷を発射する。私は常に考えている、動きの全てが布石になるのが理想だった。そんな私が演習で苦手とする相手は雪風と夕立だ。雪風は考えずとも私の狙いを読んでくるし、夕立は脳の処理能力を超えると考えることを止めてしまう。私が得意とする相手は考えることを増やすと混乱する相手、そもそも最初から何も考えてない相手は与し易い。噛み合うのは、私と同じく思考を途切らせない相手だった。私が放った砲撃は軽くあしらわれて、水面下を進む魚雷は簡単に迎撃される。その直前に回り込む仕草を見せる為、横に動いた後、そのまま水柱に向けて直進する。特Ⅲ型駆逐艦の艤装の良い点は、近接攻撃をする為の武器が備わっている点だ。艤装から垂らされた錨を掴んで、ぐるんぐるんと遠心力を付ける。追撃の魚雷を発射する。

 そのまま水柱の中を突っ切れば、待っていました。と言わんばかりに護衛棲姫の艦載機が展開されていた。

 

 私と噛み合うのは、私と同じく思考を途切らせない相手だった。

 

 錨を振り回して、目の前の艦載機を撃墜する。

 遅れて、新型の深海棲艦が巨大な両腕の砲塔を私に向けた。他にも十数機の艦載機が私に向けられている。

 うん、足元がお留守のようだね?

 

 後は、その私に向けられた物騒な砲身が火を噴く前にほくそ笑んでやれば良い。

 

「……ッ!? マサカ、他ニ手ガ……ッ!?」

 

 察しの良い相手は好きだ、助かるよ。おかげで砲火を浴びるよりも先に少し前に放った魚雷が水柱を上げる。

 錨を振り回す。魚雷で体勢を崩した護衛棲姫の体に錨ではなく、鎖部分を真横からぶつけて、錨部分で体を絡み取った。引っ張る、新型が私に砲口を向けたが、私の体が護衛棲姫の影に隠れるように位置を調整する。

 さて、撃てるかな? 君達の仲間意識の強さを私は知っているよ。

 

「……ナァメルナァアッ!!」

 

 展開されていた敵艦載機、十数機が護衛棲姫諸共銃火に晒した。

 痛い目を見る前に絡めた錨を外す、と同時に一度、二度と護衛棲姫の顔に向けて砲撃する。これで倒しきれないことはわかってる、ただの目眩しだ。しかし深海棲艦の艦載機は自律しておらず、母艦による遠隔操作によって成り立っている。距離を取りながら二発の魚雷を時間差で発射、一発は護衛棲姫を狙ったもので――それは駆けつけた新型が撃ち落とす。水柱が上がる、そのすぐ後ろから二発の魚雷が重なるように、しかし二発目の狙いは仲間の助けに来た新型の方だ。

 やはり経験不足のようだ。新型は私が放った魚雷に気付くことができず、彼女を中心に水柱が上がった。

 

 足止めは充分、後ろを振り返れば、黒と白の姉妹のような深海棲艦を前にタシュケントは苦戦していた。

 だから私は爆雷を手に取り、それを姉妹の方へと放り投げる。自ら投げた爆雷を砲撃する。それらは姉妹の視界を防ぐように爆発し、白煙が辺りを覆い隠した。

 たった数秒程の時間稼ぎに過ぎないが――

 

「抜けるよ、同志タシュケント!」

 

 ――所詮は潜水艦相手、ただ横を通り過ぎるだけなら問題ない。

 海域を離脱、そのまま味方全体に撤退指示を送った。殿は人形に任せて、私達はパワードスーツ部隊と共に陸地へと引き上げる。

 充分に戦力は削った。被害も物言わぬ人形部隊の損害だけで済ませることができた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。