提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。 作:クソザコナメクジ
私、川内は今、電気が灯らぬ闇夜の中を駆け回っている。
此処は横須賀鎮守府内の廊下、タンタン、と視界の遮られた真っ暗な闇の中に足音がよく響いた。何処から攻められるのか分からない恐怖、自然と呼吸が荒くなる中で全方位に対する警戒を強める。右に左に背後へ、それから上と下もだ。視界に遮られた向こう側も気を付けなくてはならない。
カッ――不意に右の方から音が鳴った。小石か? と思った時には視線を向けてしまっていて、咄嗟に反対側を振り返った――瞬間、木刀の切っ先が目と鼻の先まで迫っている。
「あぐッ!?」
ゴッ、と強めに額を小突かれた。
仰反る体、その瞬間にも足音は右側へと、足を大きく開いて右側に体を向ければ、布擦りの音が頭上から聞こえた。木刀の切っ先で頭頂部を再び小突かれる。着地音はほとんどない。屈めた体を眼前に、ふわりとマフラーが視界を奪った。
そのままマフラーの端が左へと逃げたので、追いかけるように首を左へと向ける――――
「おごッ!?」
――と同時に体の右側から後頭部を木刀で強めに打ち付けられた。
このままでは好きにやられるだけだと思って、痛みを我慢しながら裏拳の要領で左腕を振り払いながら後ろ回りに体を回転させる。空振った、相手の姿もない。何処へ行ったのか、次も上か? そう思った時に足元を払われる。地面に背中を打ち付ける、と、ほぼ同時にジャージ姿の少女が私の胸元に腰を落として、馬乗りになった。
口元をマフラーで隠した姿、木刀の切っ先が眉間を狙っている。
「あ、ちょっと待った――うげっ!」
無情にも提督が三度、木刀の切っ先で私の事を軽く小突いた。
「夜目も習得してないのに夜戦好きとか本気?」
心底呆れるような溜息の後で、ゆっくりと私の上から腰を上げる。
「視覚以外での気配の取り方がなってなさ過ぎる……とりあえず鬼ごっこから? 私がずっと鬼役で」
昼間は根暗の引きこもりなのに、ぷはぁっと大きく息を吐いた私の横で提督は息ひとつ切らさずにそんなことをぶつくさと呟き始める。その後に行われた鬼ごっこで何処に逃げても先回りをされるし、抜き足差し足で進んでも音が鳴る罠を仕掛けられて場所を把握されるし、そもそも罠に引っ掛からなくても何かしらを察せられる。追いつかれる度に木刀で頭を小突かれるので必死になって逃げ回り、時に休憩代わりに物陰に隠れて息を潜めても確実に場所を見つけ出してくる。だから逃げ回るしかないのだが、闇の中を全力で走り回るのは予想以上に神経を擦り減らされた。何よりも、ほとんど音も立てずに近付いてくるのが怖過ぎる。本人曰く、気配は消してない。微妙に感じる気配がまた怖いのだと提督は分かっちゃくれなかった。
どうして、こんな事になっているのか。
いや、それは私が夜戦って言ったからってのは分かっている。夜の訓練に付き合う、と提督が嫌々答えてくれたからウキウキで船渠に向かったら木刀を投げ渡された。実戦訓練と言いながら構えを取る提督に困惑していると真正面から木刀で頭を打ち付けられる。今度は油断しないようにしっかりと木刀を握りしめたけど、振り被った木刀を打ち払われて、またしても頭に木刀を打ち付けられた。これでは訓練にならないから、と呆れられた提督に今度は鎮守府全体を使った試合へと移行した。それで今、こんな感じで滅多打ちにされている。しかも提督は言葉足らずだ!
あまりにも頭ばっかり狙ってくるものだから「馬鹿になっちゃう!」って抗議してやった。
「もっと頭を使いなさいって意味だけど?」
と真顔で返された。
どうやら頭ばかりを叩かれて馬鹿になる以前に、元々お前は馬鹿だよ。と言われていたようだ。それで少し考えるように頑張ったが、それでも事ある度に頭を小突かれるし、頭を使うようになってからは体全体を打ち付けられるようになった。
あまりにも、あんまり過ぎる。酷過ぎる。
「あ、もう朝なんだ……」
空が白じんできた頃合いで夜の訓練は終わる。
どれだけ頭を小突かれたのか、十から先は覚えていないが、下手すりゃ百回以上も小突かれた気がする。提督は大きく欠伸をすると「こんなんじゃ戦場に送り出せないから明日からも続ける」と眠たそうな顔で部屋へと戻っていった。水平線の先から顔を出す朝日を窓越しに見つめながら、綺麗だなー、と暫くポケッとする。
そして昨晩の出来事を思い出して、ぶるりと身を震わせた。
夜戦怖い、というか提督怖い。