提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。   作:クソザコナメクジ

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11頁目.慌てず急げ

「いやあ、みんな良い子ばっかりやなあ」

 

 大海原、斥候代わりに艦載機を飛ばしながら海面を滑走する。

 計四名の隊列は私を中心に三角形の陣形を敷いており、先頭には軽巡洋艦の川内、そして後方には五月雨と漣が隊列を崩さずに周囲の警戒を続けている。駆逐艦娘とは、依代となる肉体が小さき体であるが故、その精神性はどうしても幼さが残るものになる。その為、駆逐艦娘はあまり集中力が長続きしないのが常だ。しかし私の背後を守る二人には油断がない。駆逐イ級、良くて軽巡ホ級しか出て来ない海域であるにも関わらずだ。練度は、初期値に近いと聞いているのだけども、その動きは明らかに手慣れている。

 そういえば訳有りだったか、私達よりも経験豊富な駆逐艦娘の頼もしさに苦笑する。

 仮にも見た目は年長者、精神性も彼女達に比べると大人だ。負けてはいられない、と奮起するような性格ではないが、不甲斐ない所は見せられない。川内の誘導に従いながら、艦載機に操作に注力する。実際に艦載機を動かしているのは妖精さんだが、私から指示を送ることはできるし、艦載機の位置情報は感覚で手に取るようにわかった。これが一機や二機ならまだしも、十を超える艦載機同士の連携は私なしでは成り立たない。

 まだ満足に演習もできない環境である為、こういった機会を活用しながら少しずつ経験を積むことを心掛ける。

 幸いにも頼りになる駆逐艦娘が居るから通常時は艦載機の操作に集中することができた。

 

「ほな、目標分は達成したし帰るで〜」

 

 無理はせず、探索は早めに切り上げる。

 

「……もう少し多めに探索しといた方が良くない?」

 

 漣が提案したが、それは首を振って取り下げる。

 

「無理は禁物や、何時も言っとるやろ? 焦ったところで何も変わらへん、今できる事を確実に熟すことが近道なんや」

 

 とはいえ駆逐艦娘の中で最も思慮深い漣でさえも、この様子だ。

 私達よりも経験が豊富であったとしても、やはり彼女達を引っ張るべきは私達、年長組には違いない。

 川内も、もっと夜戦馬鹿の印象があったけども年少者の手前か大人しくしとる。

 ずっと東京のある方向を見つめていることだけが気がかりだけど――

 

「なんや川内、あっちの方が気になるなら偵察代わりに一機、飛ばそうか?」

「それはやめといて、なんだか嫌な感じがする……」

 

 川内は私の提案を断ると、後方にいる二人の駆逐艦娘を見やった。

 不安そうな態度を拭えない五月雨、なにかを訴えるように私達を見つめる漣。逸る気持ちは分からないでもない、あの半壊した鎮守府と沈没した日本列島を見て、取り乱さない方がおかしいのだ。私だってまだ、今の状況に実感を持てているわけではない。

 しかし、だからこそ、焦りは禁物だ。年長者の私達が上手く嗜めなきゃならない。

 

「あと……龍驤、もうちょっとだけ先を探索しとかない?」

 

 だというのに川内は、やっぱり馬鹿だった。いや、最初から期待していた訳じゃないけど。

 

「駄目や。予定にないことをするつもりはない」

「ちょっとくらいなら問題ないと思うけど?」

「旗艦はうちや、方針を変える気はないで」

 

 頑固者、と川内は口先を尖らせて、再び東京の方を眺める。

 別に、気にならない訳ではない。この大海原に、鎮守府以外の陸地が残っているのかどうか気にならないはずがない。もし仮に何処かに陸地が残っており、何処かに人間が居るのだとすれば、それはきっと希望になる。私達が生きる目的になる。今の私達は、大海原にポツンと残された迷い子であり、今後、どうすれば良いのかも分からない彷徨い人でもあった。

 だからこそ、気を強く持たなくてはならない。舞鶴鎮守府、その所在は私達を絶望の淵に叩き落とす毒にも成り得た。

 

 目標以上の資材を抱えて、私達は横須賀鎮守府に戻った。

 鎮守府裏の土地は徐々に広がりつつあり、妖精さん達は今日も今日とて、えっちらほっちらと田畑を耕している。食料の安定受給を見込めてからの駆逐艦娘達は、現状に満足する事なく、慎重ながらも更なる建造に着手したいという意思を見せている。舞鶴鎮守府の存在を確認すると、すぐにでも戦艦と正規空母の建造に手を付けてしまいそうだった。

 資材の安定供給はない、遠征もない。あるのは海域の周回による資材調達だけという現状。そんなことをしてしまえば、すぐにでも資材が枯渇してしまうことがわかっているはずなのに、彼女達は戦艦の存在を待ち侘びている。

 なにが彼女達を焦らせているのか? この鎮守府は、どうやって壊滅したのか?

 どうして日本は滅亡してしまったのか?

 

 鎮守府に戻り、私は五十鈴を呼び出して問いかける。

 

「いや、私も知らないわよ。訊こうと思ったこともないわね」

 

 彼女のを言葉をきいた私達は、この鎮守府で何が起きたのか調べる為に資料を片っ端から漁ることにした。

 とはいえ報告書の類が残るといったら提督室であり、今は誰も活用していない部屋の扉を開ける。

 

「……ひ、ひえ……な、なんでぇここに……?」

 

 真っ黒な血痕が残る部屋の中に、現提督が部屋の隅っこで資料を積み上げているのを見つける。

 どうやら私達が欲しい資料を既に見つけている様子、扉を閉めて、逃げ出そうとする提督の首根っこを捕まえて、まあまあ、と彼女を座らせながら両隣に腰を下ろした。ふええ、と涙目になる提督を宥めているとガチャリと扉が開けられる。妖精さんだ、何故かパーマでエプロン姿。あらまあ、とでも言いたげに片手で口元を隠して、私のことは気にせずどうぞごゆっくり、とでも言いたげに扉が閉められる。何がしたかったのだろうか? とりあえず前提督が書いていたと思われる日報を手に取り、五十鈴と二人で分け合った。

 それから数分後、妖精さんが盆に湯呑みを三つ持って現れた。お母さんかな?

 

 更に小一時間、日報を流し読みにして、二人と情報を共有する。

 提督は海軍や艦娘、深海棲艦についての情報が疎かった為、その説明も交えながら――――

 

「――いや鬼級は鎮守府一個分、姫級は海軍一個分と相当する戦力っていう話やなかったか?」

 

 日報に次から次に書かれる鬼級と姫級の呼称に思わず頭を抱える。

 ざっと確認できるだけでも三十体は超えている。深海棲艦が確認された最初はまだ知性を持つ深海棲艦なんて存在しなかったし、知性を持つ深海棲艦が現れた後も、その知能は低めで戦略的行動を取ることは少なかった。深海棲艦の攻勢は気紛れで散発的だ。その為、勝手に向こうの方から戦力の分散をしてくれるので、鬼級や姫級の対処も難しくなかったと書かれている。

 その方針が急に変わったのが横須賀鎮守府が堕ちる三ヶ月前、全世界への攻撃が止まり、その一ヶ月後に世界各地で見られていた鬼級と姫級を含めた深海棲艦が一斉に日本へと攻め寄せてきたのだ。その時に確認された鬼級と姫級の数は二十体を超えている。艦隊一つに姫級が六体ということもあったらしい。この攻勢を前に日本は奮闘するも防ぎ切れず、押し込まれて、そして最後の日を迎えることになった。

 今の日本の惨状は、その成れの果て、ということだ。

 

「あの子達が事を急いている理由がこれか……」

 

 外はもう夕暮れ時、パタンとファイルを閉じる。

 提督は鬼級や姫級について、いまいち分かっていない様子。私もまだ噛み砕いて理解している訳ではない。

 五十鈴もまた、話の大きさについて行けている訳ではなさそうだった。

 

「あ、ご飯を食べたら川内の訓練に付き合わなきゃ」

 

 そう言うと提督は腰を上げると、逃げるように扉まで駆け寄った。

 そして取手に手を翳し、気不味そうに私のことを見つめてから扉を開ける。

 去り際に、小さくお辞儀をしてから提督室を出て行った。

 

「これ、どう思う?」

 

 と日報が詰まったファイルを翳せば「どうもこうもないわよ」と五十鈴は溜息を零す。

 

「姫級どころか。現状、戦艦レ級が来るだけで壊滅するわよ」

「うちらの存在もまだ見つかってないだけやろうしなあ……」

 

 私が呟くと「それとね」と五十鈴が話を切り出す。

 

「あの子達、歴戦っぽいわよ。姫級との交戦経験もある感じだし」

「そりゃ焦るわな。漣がよく難しい顔をしてるのも分かるで」

「でも、それだと練度の低さが気になるわね」

「行軍や戦闘の時の判断は優れとったけどな」

 

 私達にはまだ分からないことが多い。

 まだまだ知るべきものは多いだろうし、いずれ駆逐艦娘達に詳しく話を聞かなくてはならないだろう。

 あと、出来るだけ早めに舞鶴鎮守府に足を運んだ方が良いかも知れない。

 私達には何もかもが足りていなかった。

 

† 

 

 昔、私は真っ白なキャンバスが何もない状態だと思っていた。

 しかし実際には灰色と白色の市松模様こそが何もないということであり、白という色すらも残らない状態こそが真実だった。

 憎たらしい程に清々しい青空、そして水平線の先まで見渡せる大海原。かつて、此処には日本列島という島国があったんだよ。と云われて誰が信じるというのか。全てが失われた、全てが海の底に沈んだ。億を超える大勢の人間が海の底に溺れて死んだ。

 今はもう私の記憶の中にだけ遺されている。私が産まれたのは絶望の最中だった。横須賀鎮守府が壊滅し、海上戦力――即ち艦娘の九割以上が戦死する。残された人類は海に浸食される陸の中で阿鼻叫喚となり、各地で暴動が起きた。各地で犯罪が起きた。最早、政府は能力を失っており、警察は事実上の壊滅を迎える。その中であっても戦い続ける人が居た。全国各地からなけなしの資材を掻き集めて、博物館に展示されるような旧式の兵器すらも掻き集めて、最後の最後まで戦い続ける人達が居た。少しでも多くの人間を救う為に――深海棲艦の蔓延る今の御時世だ。現状、人類には不可能とされた海外への航海に臨む者達が居た。彼らの結末がどうなったのか分からない。日本に残された最後の拠点、此処、舞鶴鎮守府から死出の旅に出て行った事だけは確かだ。

 私は日本に残ることを選んだ。私には提督が居た――しかし、彼は人ではなかったから船には乗せて貰えなかった。私には妖精さんが居た。しかし妖精さん達は舞鶴鎮守府から離れようとはしなかった。そして当時の私は大怪我を負っていた。高速修復材なんて、疾うの昔に使い切っており、入渠するには時間が掛かり過ぎる。かといって入渠もせずに海を出るには、ちょっとばかり大き過ぎる怪我であった。私は彼らを見送ることもできず、船渠内にある人一人分の浴槽に浸かり続ける。そして体を治した私は提督と一緒に鎮守府備え付けの地下シェルターに身を潜めて、揺れる部屋の中で深海棲艦の襲撃を感じ取りながら目を伏せた。

 外に出たのは、それから一ヶ月も過ぎた後のことだ。嘗てあった日本という島国は海の底へと沈み、半壊した鎮守府だけがポツンと孤島として残される。

 

 私に残されたのは提督の帽子を被った一匹の芝犬、言葉も通じない妖精さん達。そして持って行けないと残された大量の資材だった。

 

 海を眺めていると昔のことを思い出す。

 この海の底には何億という人間が眠っている。ふとした拍子に私も同じ場所に行きたいと思う。寂しいなあ、嗚呼、死にたいなあ。もし仮に死後の世界というものがあるのなら、今すぐにでも死んで、みんなと一緒の場所に行きたかった。でも、それはできない。此処で生きてきた人達のことを私だけが知っている。此処で最後まで戦ってきた人達のことを私だけが覚えている。此処で最後まで争った人達のことは私の心に刻まれている。私が死んでしまったなら、きっと彼らの生きた証が永遠に失われてしまうような気がした。だから死ねない。生き続けることは苦痛で、死ぬ事だけが救いだというのに、それは紛れもなく絶望で、私が生きているという唯一の希望が失われることに直結する。

 死ねない、まだ死ねない。死ぬことは許されない。

 

「やっほー、時津風! あれ? 辛気臭い顔してどうしたの?」

 

 潮風に当たっていると話しかけられる。

 振り返ると島風が私に向けて手を振っていた。

 その隣には不機嫌な顔をした天津風、そして澄ました顔の初風が歩いてくる。

 彼女達は孤独に耐え切れなかった私が建造した艦娘だ。

 この絶望の世界で産み出した私の罪でもある。

 

「わふん!」

 

 という鳴き声と共に三人の脇から柴犬の提督が駆け寄ってきて、私に鳩尾に向かって飛びついてきた。

 

「ぐふぅ! ……うぅ……ご飯はさっきあげたよね?」

 

 喉の奥から込み上がるものを感じ取りながら柴犬提督の頭を撫でる。

 あの日から、どれだけの歳月が過ぎたか。少なくとも冬は二度、経験した。

 姉妹艦に囲まれながら私は今日も幽霊のように生きている。




時津風とわんわん。
通常では建造できない艦娘も、提督が犬ならできるかも知れない。
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