提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。 作:クソザコナメクジ
昼の分を読まれた方、変更点は最後の分が削られましたことです。
あの最終決戦は、それが決まった時点で勝敗は決していた。
老朽化してしまった施設を見る限り、あれから数年の刻が流れてしまったのを察することはできる。鎮守府の屋上から周囲を見渡せば、此処は絶海の孤島と化してしまっており、もはや日本列島と呼ばれるものが現存していない事は明白だった。アジア大陸やユーラシア大陸、アメリカ大陸はどうなっているだろうか? 艦娘の技術は日本が先進的であった為、まともな抵抗が出来ているとも思えない。
色々と考える事はある。でも、今は後のことを憂うよりも目の前の少女の事だ。
突如と現れた奇跡。名も知らぬ少女は今、妖精さんと一緒にベッドで横になっている。胸を小さく膨らませて、規則正しい寝息を立てているから健康には問題はなさそうだ。柔らかそうな頰を指先でツンと突けば、少女は怯えるように身を強張らせた。
あわわ、と手を引っ込めて、とりあえず少女を見守るに留める。
こんな有様で、果たして何処から来たのだろうか。
見た目は日本人、日本語も使っていた。でも、あの時点で既に近海は危険領域に入っていたし、護衛艦もなしに日本人を他の国に送り込むことなんて出来ない。それに今もまだ深海棲艦が現存しているのだとすれば、艦娘もなしに海を渡るなんて自殺行為だ。もしかして空から? いやいや、航空機程度ならヲ級が迎撃する。彼女の他にも鎮守府に訪れている者が居るのかも知れない。彼女が起きればわかる事、考えても仕方ない事を延々と考え続けている。何処か怯えるように眠る少女の横顔を見つめながら小さく溜息を零す。私よりも体は大きい、でも軽巡艦とまではいかない見た目。幼いというよりも小柄なのかも知れない。可愛い子だなと思う、雷が居たら甘やかしてしまいそうだ。何処からきたのだろうか? 結局、そのことを考える。
堂々巡り、妄想だけが加速する。もしかすると、本当に、空から舞い降りてきたのかも知れない。
天使のように私達の為に遣わせられたのかも、なんて。
此処は第六駆逐艦の蛸部屋、まともに使えそうなベッドが暁のしか残ってなかった。
「使えそうな物資はほとんど残ってなかったわよ」
白髪の少女である叢雲がひょっこりと顔を出す。
「まあ、あの最終決戦の時は大盤振る舞いだー! って、当然といえば当然なのかも知れないけど。でも困ったわね、これだと鎮守府を建て直す為の見込みが立たないわ」
言いながら部屋の中へと上がり込み、煤汚れた髪を掻き上げながら今もなお眠る少女を見下ろす。何処か寂しそうに、何処か口惜しそうに、震える唇は何を言うとしたのか。喋らず、そのまま背を向けてしまった。
「船渠と工廠は整備をすれば、それぞれひとつは使えそうだったよ。ただ高速修復材はこれひとつだけ、高速建造材の予備はもうなさそうかな?」
続いて部屋に入ってきたのは黒い短髪の垢抜けない少女、吹雪。バケツを両手に抱えている。
彼女は叢雲の様子を見ると「どうかしたの?」と問いかけて、それに叢雲が「構わないで」と返す。
世界にとっては数年前の出来事であっても、私達にとっては昨日のことだ。
複雑な想いは誰だって抱えているんだと思う。
「あの、砲弾が直撃してしまってて通信機はほとんど使いものになりませんでした」
続いて部屋に訪れたのは青色の長髪をした少女は五月雨、これで最後の提督室にいたのは全員になる。
外部との連絡は付けられそうにないか。この中に機械関係に強い艦娘も居ない、この鎮守府が残っていたのだから他の鎮守府も残っていたりしないかなって思ったけど、この有様では外の状況について確認することも難しそうだ。
そんなことを考えていると、まだ部屋に入ってこない五月雨がなにか言いにくそうにチラチラと外側を見ている。
「五月雨、どうしたのです?」
「えっとですね……この子を見つけました」
言って皆の前に晒される艦娘の遺体。片腕が潰れ、脇腹を大きく抉られている。
「……漣、通信室に居たんだ」と吹雪が零す。
「どうして持ってきたのよ」と咎める叢雲に「提督なら起こせるかなって……」と五月雨が消え入るような声で返した。
「提督さんが起きた時に驚いちゃうので、可哀想だけど……他の部屋に隠しておいてくれませんか? 起きたら頼んでみるのです」
「……うん、そうするね」
「一緒にバケツも片付けておこっか」
五月雨は漣の遺体を抱えると何処かへと運んでいった。
人手は足りていない。それ以上に燃料も弾薬も鋼材も足りていない。そして鎮守府を回すだけの食料などの資源も足りていなかった。缶詰やビスケットなんかは残っているけども賞味期限が尽きているかどうかが分からなかった。
ここで生活を続けていたら、いずれ食料も資材も簡単に尽きる。
「叢雲、艤装の調子はどうでしたか?」
「動くには動くわよ。でも、所々で動作が可笑しくなってるわ。反応が遅いし、前のような感覚では戦えないわね。急に練度が下がっちゃったみたい」
「道具は使わないと直ぐに駄目になっちゃうのです」
はあ、と溜息を零す。
最悪の事態は免れているが、危機的な状況であることには変わりなさそうだ。
少なくとも資材と食料の調達を急がなくてはならない。
「ワ級でも狙うのです?」
「海賊行為をするつもり? 私達は資材があれば生きられるけど、この子はそうもいかないんじゃない?」
それに限界はすぐに来るわよ、と叢雲が付け加える。
「私達の拠点は此処しかないのよ。あまり派手に暴れると鬼級や姫級が来て、ひと溜まりもなくやられるわね」
「それは……分かっているのです。でも他に手が浮かばないのです……」
周りは一面が海だらけだ。入手できる資材なんて何処にもない。
「オリョールクルージング……」
「潜水艦がいないわよ。それにイ級がソナーと爆雷を装備するようになってからはできなくなったじゃない」
「そもそも現状だとオリョール海どころか三重にも行けないのです」
はあ、二人して溜息を零した。
それから暫くして吹雪と五月雨が帰ってきた頃合い、うぅん、と少女が身動ぎを始める。
どうやら目覚めるようだ。ゴクリと唾を飲み込み、彼女の動向を見守った。
「おはようございます、なのです」
彼女が瞼を開けるタイミングで笑顔を作る。
できるだけ安心して貰えるように――少女はぼんやりとした顔で私のことを見つめると「ひぇあっ!」と悲鳴を上げ、妖精さん達を振り払いながら私とは反対側に身を捩り、「あっ」と五月雨が零すも束の間、そのままベッドの下に落っこちてしまった。大丈夫かな、とベッドの向かい側へと回ると少女は掛け布団を頭から被った状態で震えていた。なんで、とか、どうして、とか、何処なの、とか、そんな言葉が聞こえてくる。
どうやら頭の中が混乱してしまっているようだ。
「大丈夫なのです、落ち着いてください」
どうどうと宥めようとするも落ち着く様子はない。
どうしたものか。後ろを振り返れば、みんな一様に困った顔を浮かべていた。
布団を剥がすのは、悪手だろうか。
耳を澄ますと布団の中から、なにか呻く声が聞こえてくる。
「……人!? ……人!! ……人!?」
布団を被っていながらでも震えているのが分かる。
「この子、PTSDかなにかなの?」と叢雲が零す。
「叢雲、少しの間、二人きりにして欲しいのです」
「良いけど……」
叢雲が私を見つめてくる、だから私もじっと見つめ返した。
「……そう、後は任せるわよ」
叢雲はぶっきらぼうに背を向けると、戻ってきたばかりの吹雪と五月雨を連れて部屋を出る。
それを見届けてから未だ布団を頭から被って震える少女を見つめた。どうしたものか。手を伸ばそうとして、その気配だけでビクリと体を震わせた。だから止むなく一度、手を引っ込める。深呼吸を一度、ギュッと握りしめた手を開いる。
そして少女ごと布団を抱き寄せる、ビクリと身を強張らせるのがわかった。
「大丈夫、大丈夫なのです。貴女を傷付ける存在はここには居ませんよ」
背中辺りをポンポンと叩きながら優しく囁きかけ続けた。