提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。   作:クソザコナメクジ

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艦娘の親しい間柄同士で行う砕けた口調に苦戦中


余白.秘める想いは三者三様。

「あの子、大丈夫かな?」

 

 あの場を電に任せた後、三人で歩いているとポツリと吹雪が零した。

 彼女というのは、あの少女のことだろう。ベッドで眠っている時でさえも十体以上の妖精さんが傍で見守っていた。提督としての才能は間違いなくある。提督の力というのは、簡単に云ってしまえば、妖精さんが見えて慕われる能力のことだ。妖精さんが視える人間は少なからず存在しているが、妖精さんに慕われる人間というのは極めて稀になる。そして妖精さんが好む人間の基準というのがよく分かっておらず、最終決戦の前夜まで明らかにされることはなかった。

 最低限、分かっていることは提督の才能がある者は、人の良い人間が多い。ということだ。

 私達の提督は度し難いほどのお人好しで、兵器に過ぎない艦娘(私達)を人として扱い、そして一人の女性として手厚く扱った。兵器一体が撃沈された時も涙を流すは勿論、毎年、お通夜と命日には欠かさず墓参りに向かうような人間だ。そんな提督だから私達も命を預けることができた。

 ただ提督の才能があるからといって、必ずしも提督に相応しい人間性の持ち主とは限らない。

 あの人も日に日に窶れては胃薬や睡眠薬に頼るようになっていた。

 おそらく、彼女も提督に向いていない類の人間だ。

 

 あるいは致命的な傷を心に負ってしまっているのかも知れない。

 

 首を横に振る、そして投げやり気味に「電に任せておけば良いのよ」と答える。

 自分の発言には責任を持つ子だ。私達は私達に出来ることをすれば良い。

 

「叢雲って、皆のことをよく見てるよね」と吹雪が告げる。

 

「そんなことないわよ」

「そんなことあるよー、ねえ五月雨?」

「うん、そんなことあると思う」

 

 そんなことはない。私にだって見落とすことはある。

 

「それよりも漣よ、漣。ちゃんと元に戻してくれるのよね?」

「あーうん、できるだけ早く元に戻して欲しいよね」

「劣化と損傷も激しいし、どうだろう……」

「できるでしょう、少なくとも私達の四肢も元どおりになってるし」

 

 誤魔化すように話を切り替える。

 そのことを茶化さずに乗っかってくれる気の良い仲間達、こんな風に他愛のない話をする機会が再び得られるとは思っていなかった。このぬるま湯の中に身を委ね続けたい、平穏な日常の中に魂を埋めてしまいたい。それが叶わないことを私は知っている。

 果たして、どれだけ保つのか。

 次が何時になるのかわからない。でも、それは確実に訪れる。予感がした時には手遅れだ、虫の報せは終焉のラッパと同類だ。今はまだ、平穏だ。平穏とは次なる戦いに向けた準備期間に過ぎない。時間制限の針は今も刻一刻と水面下で、加速度的に刻み続けている。常日頃から準備をし続けても悔いは残る、人事を尽くす。なんていう言葉は存在しない。

 私達は来るべき決戦に備えなくてはならない。

 

「ここで一旦、別れない? 適当に時間を潰したらあの部屋に戻りましょう」

 

 でも、その前にやっておきたいこともある。

 

 

 コッコッコッと小気味よい音がなる。

 罅割れた壁、砂埃の溜まった床、そして割れた窓は白ずんでいる。老朽化した施設内は否が応でも私達に刻の残酷さを突きつけた。叢雲に部屋から連れ出された後、私達は適当に時間を潰すことで合意した。その為に今、再び別行動を取っている。

 そんな私、吹雪が今、足を運んだのは艦娘寮だった。

 まだ全ての部屋を回った訳じゃないけども、そのひとつひとつの部屋には思い出が詰まっている。もう使う者が居なくなった部屋には、彼女達が大事にしていたCDや書籍、ポスター、化粧品、装飾品といった物が転がってたり、きちんと整頓されていたり、中には壊されてしまっている部屋もあったけど、それでも持ち主を彷彿とされる小物類が散在していた。

 最後と見定めた決戦で、ほとんどの艦娘はみんな海へと出払った。此処に残ったのは私も含めた五人の艦娘、鎮守府を目標と定められた侵攻を前に、何人かは提督を護衛する為に残った方が良いという話になり、そこで残ることを決めたのが最初期から提督に付き従っていた中でも戦闘能力の低いとされていた私達だった。

 私は自分の部屋を前に息を飲む。

 深呼吸を数回、意を決して立て付けの悪くなった扉を開いた。中はやっぱり荒れており、でも当時のものがそのまま残されている。真面目っ子だった白雪はラムネのビー玉とか、そういう綺麗なものを好んで集めていた。初雪は人前では恋愛小説を読んでることが多かったけど、この部屋には少女漫画を溜め込んでいたりする。深雪は漫画のことをよく知っていたけども、部屋にあるのは最新刊の数冊しかなかったりする。代わりに野球のグローブを二つ持っており、偶に運動場まで誘われることがあった。他に彼女の大切にしていたものといえば、CDプレイヤーだ。埃被ったそれを撫でる。カチッと指先で蓋を軽く押して、開けると中にはホワイトアルバムが入っていた。活発な子だったけど、落ち着いた曲調の音楽を好む子だった。叢雲のは、まあ本人に任せよう。

 それらをひとつひとつ埃を落としてから箱の中に丁寧にしまいこんだ。

 

 みんなは先に逝ってしまったというのに私だけが生き延びてしまった。

 我ながら悪運が強いと思う、死に損なった私を鈍臭いって笑っているかも知れない。それでも私は生きている。生きているなら生きなきゃいけない。ただ生きているだけとか、そんな生きているんだか死んでいるんだか分からないような生き方なんてごめんだ。生きるなら生きる。しっかりと生きる。その為にも今やるべきことを考えなくちゃいけない。

 その為にはしっかりと御飯を食べて、しっかりと睡眠を取ることだ。

 やるべき事は御飯! 兎にも角にも御飯、お腹が減っては戦はできない、元気がない時だからこそ御飯を食べる。お腹が減っていては出せる元気も出なくなる。過酷な環境だからこそ食う寝る遊ぶの三原則が大事なんだって私は思っている。今は過去よりも現在、現在よりも未来を考えるべき時だ。だから感傷に浸るのは、もう少し後で良い。彼女達の死を悼むのは、もう少し落ち着いてからの話だ。

 部屋を出る。扉を閉める、その隙間からごめんね。と謝った。

 

 

 まだ心の整理が付いていない。

 というよりも昨日の今日で数年以上の刻が流れたなんていう話をすぐに飲み込めるはずがなかった。

 叢雲と吹雪、二人と別れたのは良いけども行く宛がなく、受け入れる準備もできていなかった私は海に出向いた。波止場の端に腰を下ろしてパタパタと足を動かす。コンクリートの壁に打ち付ける波が飛沫となって肌に触れる。冷たい、なんだか少し懐かしい気持ちになる。

 寝ていた時の記憶はない。でも、長い時間が過ぎているという感覚はあった。

 後ろを振り返るとボロボロになった鎮守府がある。その有様を見てしまえば、覚悟があってもなくても私達が戦った時代が遠い過去のものであったと思い知らされる。本当にもう、あの頃には戻れない。別に戻りたい訳ではない。滅亡寸前ともなれば、生きているのが不思議なくらい出撃を繰り返した。最後の一ヶ月とか鎮守府に居た時間の方が少なくて、出撃回数が倍くらいに膨れ上がっていた気がする。あの激闘の日々に戻りたいとは思わない。でも確かに、あの頃の鎮守府にしかなかったものはある訳で、それがもう二度と戻って来ないと知った今では、勿体なくて仕方ない。私は座学が好きではなかった、演習はむしろ嫌いな部類に入る。でも今は、どうしてあの時に頑張っていなかったんだろうと悔いている。あの激戦の日々には戻りたくない、でも皆が居た鎮守府には帰りたい。そんなセンチメンタルな今日この頃、我がままだなって思う。

 きっと私は守るべき日常を守り切れなかったんだ、と。

 

 殺しても死なない奴だって思っていた夕立は最初に居なくなった。

 村雨は空母を庇って轟沈した、春雨は輸送任務に出掛けたまま帰って来なかった。残されたのは私だけ、待っても待っても誰も帰って来ない。艦娘の戦場は海だから、轟沈すると遺体すら残らない。今も私は夕立が、何食わぬ顔でひょっこりと帰ってくるんじゃないかなって思っている。これはきっと悪い夢で、目覚めると村雨が私の額に肉と書いてバカにするんだ。春雨とは、よく一緒に夜食を作ったりした。みんなみんな居なくなって、残されたのは私だけだ。

 三角座り、ぐずる鼻に膝に額を押し付ける。

 

 あーあ、やだな。どうして私だけが生きているんだろ?

 

 海の飛沫が何時もより強かったから、頬が濡れて仕方なかった。

 

 

 ケチの付け始めは、赤城と加賀の二大空母が撃沈されたことだ。

 機動部隊の要を担っていた二人の穴を埋める為に蒼龍と飛龍の負担が増大し、翔鶴と瑞鶴が無理をするようになっていった。徐々に海域が削り取られ、それに伴って駆逐艦と軽巡洋艦の被害が目立つようになる。龍驤が轟沈したのも、この辺りの時期だ。雪風と響は撤退戦の最中、鬼級を相手に足止めに向かった後、帰らなかった。島風は姫級を相手に囮を買って出て、その猛攻を前になす術なく水飛沫と共に姿を消した。それで資源確保の航路を維持もできなくなり、人類は劣勢に次ぐ劣勢を強いられ続けることになる。その果てに虎の子の大和を旗艦に据えた重要拠点の再奪取を目的とした命令が下された。起死回生の一手として立てられた作戦は、相手側の奇襲によって出端を挫かれる。その作戦で戦力の半数以上を欠き、そのままずるずると最終決戦まで敗戦を繰り返す。

 どうすれば人類は勝てたのか、どうすれば深海棲艦を駆逐できたのか。何処が転換点だったのか。

 そればかりを考える。歴史に「もし」はない、と分かっていても考え続けている。

 

 横須賀鎮守府には慰霊碑がある。

 誰も管理して来なかったせいか植物が巻きついており、欠けて読めなくなっている箇所もある。此処には戦没した艦娘全ての名前が彫られていた。勿論だが最終決戦に参加した艦娘の名前はない。それでもみんな此処に眠っているのだと思って、祈りを捧げる。

 不思議なことがあった、と。

 もう守るべき人類は居ない、兵器である艦娘(私達)にはもう生きる意味なんてないのかも知れない。でも私達の下にひとりの人間が舞い降りた。まだ彼女がどういった人物なのか分からない。これから私達がどうなっていくかも、今、世界がどういう状況にあるのかも分からない。迷いはある、けど、とりあえず決めていることはあった。

 あの少女を守る。そのことに意味があるのか分からない。

 私には人類を救う力はなかったけど、それでもたったひとりを救う力はあるはずだ。

 兵器として生まれた私の人生にも意味があったんだって、そう思いたい。

 

 次こそは守りたい。

 やり直せるならやり直したい。

 けじめを付けさせて欲しい。

 

 その為に私は彼女を利用しようとしていた。

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