提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。   作:クソザコナメクジ

4 / 20
3頁目.コミュニケーション障害

 少女が布団の殻に籠もって小一時間、ちょっと愉快なことになっている。

 妖精さんが少女の周りにぞくぞくと集まってきたのだ。励ますように少女の肩や頭をポンポンと叩く個体も入れば、丸くなった背中で滑り台を楽しむ個体もいる。登山服で頭頂部まで登り、水筒の珈琲で一服する個体もいた。右耳からヤッホーと掛け声を出すそぶりを見せる個体が入れば、左耳から山彦を聞く素振りを見せていた個体がヤッホーと声を出す素振りだけみせる。妖精さんは昔から自由で不思議な生命体であったが、ここまで羽目を外すことはあまりない。

 そんな妖精さん達の自由極まりない活動に、私は精神性をシリアスに保つ為にとても頑張った。シリアスと三度唱えてください、と自問自答。シリアルシリアルシリアル……お願いだから吹き出しそうになる行動だけは止めて欲しいのです。巌流島の小芝居で、小次郎が逆凪流納刀術を披露するのは卑怯だ。あと宮本武蔵の初手で出した奥義が判定妨害はちょっと狡い。

 私が何度も咳で笑い声を誤魔化した甲斐あってか、恐る恐るといった様子で、ようやく布団から顔を出してくれた。真っ赤に腫らした目で、じいっと不信感たっぷりに私のことを睨みつけてくる。こんな時、なんて声を掛けたら良いんだろうか? 特に思いつかなかったので、たはは、と誤魔化すように微笑み返した。

 まだ名も知らぬ少女のことを抱き締めている最中、必然、至近距離で見つめ合っている隙間にひょっこりと妖精さんが割って入る。私を見つめて、少女を見つめて、妖精さんは気不味そうに頭を下げて、どうぞどうぞ、と少女の背中側へと回って行った。いや違う、そうじゃない。気を遣わなくても良い。気にすんな、嬢ちゃん。みたいな仕草を見せないで。

 妖精さん達は十数人という規模で少女の体をよじ登り、パサッと少女の頭に提督の帽子を被せた。

 

 どうやら私達の提督のものとは別のようだ。

 新品だし、提督の帽子はもっと大きかった。だから提督よりも体が小さな少女にピッタリなサイズの帽子が別物だとわかる。

 しかし、その帽子は、艦娘(私達)にとっても、妖精さん達にとっても、特別な意味を持っている。

 

「お似合いなのです」

 

 そう告げて、頭を撫でる。そして小腹が空き始めたから彼女に手を差し出した。

 

「先ずはご飯を食べるのです」

 

 お腹が空いたら元気も出ない。

 差し出した手に少女は、おずおずと手を重ねた。掴んで、引っ張り上げる。

 少女の体に乗っていた妖精さん達が、ばらばらと落っこちていった。

 

「よく食べて、よく寝て、これからのことを考えるのはそれからなのです!」

 

 新しい提督を引っ張り、部屋の扉を開け放った。

 

「あら、もう良いのね?」

 

 出入り口、その直ぐ脇に叢雲が立っていた。

 そのすぐ隣には吹雪と五月雨も居る。とりあえず三人とも合流し、何気ない会話を交えながら食堂を目指す。

 遠い未来のことは分からないから、今出来ることを続けようと思った。

 

 

 ガスはない。水道もない、電気もない。

 インフラが壊滅的な状況において、私達の目の前に並べられた食事はペットボトルに入った水と缶詰だった。

 艦娘は兵器ではあるが、技術と魔術の粋を集めた生体兵器だ。人並み程度の食事はするし、生理現象もある。底に魔法陣を描いた水溶液に資材を放り込み、妖精さんによる謎技術によって艦娘は産み出される。その気になれば、同じ艦種の艦娘を何体も造り直すことは不可能ではないようだが、艦娘として機能するのは同時期に一体限りという結論は出ていた。それは艤装に軍艦の霊的な何かが取り込まれている為だ、艦娘が命を落とすことで軍艦の霊的な何かは艤装から解放される。

 そして、これが重要なのだが艦娘の記憶は肉体に宿る。つまり死んだ艦娘の代わりを作る時、それまで培ってきた知識や経験はほとんど失われるということだ。最終決戦間近、提督が建造を止めて物資の蓄えに走ったのも、これがひとつの要因だった。

 だから、うん、きっと私、漣は運が良かった。

 

 私は間違いなく死んでいた。

 確かに艤装からは軍艦の加護が消え失せていたはずで、また加護が戻ってきたのは他の漣が建造される前に私が復活した為だ。そも艦娘の肉体は人体と限りなく似ているが、様々な面で強化されており、魔術的な神秘がうんたらかんたらで魂と肉体の繋がりを人造的に作っているのも良かった。当時の研究結果を見ると「なる訳あるかい!」と思わず言いたくなるようなツッコミどころさんが満載だが「なっとるやろがい!」で全て片付けられた奇跡と妖精さんのコラボレーションである。再現性あるから仕方ないね。

 さておきだ、缶ばかりの味気ない食卓を仲間達と囲みながら今後のことに話し合うのが先決だ。

 

「資材もない、食料もない。他に陸地もなければ、連絡も取れない」

 

 コーンビーフの切れ端をフォークに刺しながら右へ左へと揺らす。

 

「そのことなんだけど、漣。他と連絡を取る手段はないの?」と叢雲が問いかける。

「通信室を軽く見てきたけど難しいんじゃないかにゃ? 語尾がうざい? わかってるよ、別にふざけてないって。私は……そりゃ言語くらいは、ああ、コンピュータ言語ね。それを読むことはできるけど機材を一から作れるほど強くないっての、何言ってるのかわかんないって顔してるね? 私はゲームソフトは作れるけど、それを動かす為のゲーム機は作れないわけ、ブツがなければ何もできないかなー?」

「ここにファミリーで楽しめるスーパーなゲーム機なら……」と五月雨が鼠色のレトロなゲーム機を取り出した。

「窓的な2000のOSでもインストールするつもり? いや、インストールCDがないけどさ! XPもサポートが終わった時に捨てちゃったよ!」

「ちなみに五人対戦もできます」と吹雪がどや顔でスーパーでマルチタップなコントローラーを取り出す。

「([∩∩])<死にたいらしいな」

 

 おっおっ、とやる夫的な声を出しながら上半身だけでシャドーボクシングの仕草をやってみせる。

 誰だよ、そんなレトロなゲーム機を鎮守府に持ち込んだやつ! 心当たりがそれなりに居そうなのがなんというかもうっていう感じだ! とりあえず後で親交を深める為にドカッとポンしたゲームとか桃太郎印の鉄道ゲームをする予定は取るとしてだ。

 今、考えなきゃいけないのは、そんなことじゃないんじゃい!

 そもそも電気がない!

 

「ガスはさておき電気と水はどうにかしなくちゃ! 食料もしばらくは持つけど一年は保たないよ!? 資材も大事だけど艤装もちゃんと点検した!?」

 

 とりあえず思いついたことを片っ端から上げ連ねると他の四人が、おぉーっ。と感心する声を上げる。いや、そんなのいらないから。あと提督の帽子を被った命の恩人ちゃんがもくもくとコーンビーフを齧っていた。復活したとはいえ、生の死体を見て触れた直後でよく平然と肉を食えるな、こいつ。

 

「美味しいよう、美味しいよう……」

「うわっ、こいつ泣き出したんですけどー? っていうか、缶詰フルコースで? えぇ……?」

「いやだって……ひっく……安心して食べられるものを食べたのって……これが初めてな気がする……」

「まともとは?」

 

 ポケットからガラケーを取り出してグーグル先生で検索をする素振りを見せる。

 ちなみに携帯電話は当然のように圏外だ。缶詰が珍しい系の子かなって思ったけども、そんなことはなくて割とガチで泣いていらっしゃる。まるで社会の闇が透けて見えるようだ。彼女の隣に座る電殿がとても気の毒に少女を見つめていらっしゃる。

 とりあえず、やれることからやってかないといけないか。

 

「使えるものと使えないものを選別しなくちゃね。それでどこまでわかってるの?」

 

 ポロポロと涙を流す少女とハンカチを取り出して対応する電を尻目に、現状でわかっている情報を三人から仕入れていった。

 

 食事を終えた後、私達が向かったのは船渠だ。

 目的は艤装の試運転であり、今は吹雪が船渠のプールを走っている。本当なら演習場を使いたかったが、地形が海に塗り潰された現状、陸地に囲まれた海域というものが存在しておらず、敷地内で最も大きな水溜りということで船渠を代用することになった。そして今、吹雪が水面を走っているのだが、どうにも調子が悪そうだった。実際、吹雪も不満ありありな表情をしていることからも見て取れた。

 水面を無難に走った後で、吹雪は深刻な声色で告げる。

 

「艤装が劣化してるとかいう話じゃないね。改弐から改とか、無印とか、そんなもんじゃない。このぎこちなさ……たぶん初めて艤装を扱った時と同じかな? 燃料が貴重なのはわかるけど……みんなも体験しといた方が絶対に良い」

 

 その言葉を聞いた私達は焦る思いで全員分の試運転を終えた。

 結果は芳しくない、全員の艤装が初期状態に戻っている。出力が上がりきらないのは勿論、艤装内の妖精さん達も入れ替わっていることもあり、私達が想定する早さに追いつけていなかった。みんなの顔は一様に暗い、その中で提督の帽子を被った少女だけが興味深そうに電の艤装を観察している。

 そういえば水面を初めて走る姿を見せた時、提督は目を輝かせていたのに此奴はあまり驚いてなかった。艦娘は機密情報の結晶体みたいなものだけど、海を走る姿くらいはテレビでも観ることはできたはずだ。気にしすぎかも知れない。でも、前の提督とはなんか違うんだよね、とも思った。

 偏見かも知れないけど、引きこもりにしてはゲーム機を見た時の反応も薄かったことがなんとなしに気になった。

 

 

 不満は、ほとんど口にはしなかった。

 小さな提督は心に大きな問題を抱えていたけども、私達のすることにはなにひとつ文句を云わず、与えられたものにはいちいち涙を流して感激する。食事を摂る時は臭いを嗅ぐ癖があり、飲料物は舌先で舐め取り、食料の場合は一欠片だけ齧る。というちょっとおかしな癖を持っていたが、老朽化した布団を与えた時ですらも嫌な顔ひとつも見せずに笑顔で受け取る子だった。駆逐艦寮で最もましな部屋を当てがった時も不満を零さず、露骨なまでに低頭平身して何度も感謝の言葉を連ねる子だ。

 夜、眠る時にお風呂を用意してあげられないことを言えば、「慣れてますので……あ、でも体が臭っちゃうかな? ごめんなさい、ごめんなさい……」と彼女は怯えるように返す。そもそも彼女は声を掛けられる度にビクリと身を強張らせていた。

 その姿はあまりにも痛々しい、なんというか彼女は独りにしては駄目な気がする。

 だから私、電は枕を抱えて彼女がいる扉を開ける。

 

「失礼するのです……」

 

 と扉から中を覗き込んだ次の瞬間、少女は暁のベッドから飛び起きた。

 その時、蹴り上げた布団は丁度、私の視界を覆い隠すように――扉は乱暴に開け放たれて、布団越しに額を掴まれる。体が後ろに倒れる、せめて頭を守らんと床と後頭部の間に腕を滑り込ませた。背中を床に打ち付ける。いたたっ、と目の前を見上げれば、息を荒くした少女が木片の刺々しい断面を私に向けて構えていた。見開かれた目は、鬼級や姫級と対峙した時のような冷たい瞳で私のことを捉えている。

 掛けるべき言葉が見つからない、状況に理解が追いつかない。今から私は殺されるのだろうか?

 

「あっ! ……ち、違う! 違うの! 足音が、まだ慣れてないから……ごめんなさい、ごめんなさい! 良くしてくれたのに! こんな私を良くしてどうするつもり!? 違う、そうじゃない! どうして、どうして私は!? ああ、違うの! そう、間違えた! 間違えただけだから、だから、ああ、私は! どうして私は何時も何時も何時も何時も……あぁぁぁぁぁあああぁぁぁあ……!!」

 

 少女は私の上から飛び退くと、そのまま部屋の隅で小さく丸まってしまった。

 ボサボサの髪にジャージ姿、それに度が合わない眼鏡を掛けている。他者に対して極端なまでに脅えている様子からなにかしらの事情があることは察していた。しかし、今の動きは明らかに一般人とは……いや、今は探るべき時ではない。心の奥底に刻まれた恐怖を噛み殺し、大丈夫なのです。と笑顔を向ける。右手薬指を見た、歩み寄る。彼女に必要なのは、寄り添ってくれる誰かだ。

 両手で抱える頭、その髪を指先に触れる。ビクッと跳ねる体、まるで過呼吸のような息遣い。落ち着くまで少し待ってから、その頭をゆっくりと撫でる。

 

「艦娘は普通の人間よりも丈夫なのです。このくらいは痛くもなんともありません」

 

 守らなくてはならない、手を離してはいけない。

 誰かが傍に居なくてはならない。

 そうしないと簡単に壊れてしまう気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。