提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。   作:クソザコナメクジ

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あとで後編とひっつけます。


5頁目.エゴだよ、それは!

 記憶に残る御飯は、何時も鉄の味がしていた。

 座敷牢、衆人監視の中で。致死量ぎりぎりの毒を口に含むことを強制させられた。触れただけで舌先がピリピリと痺れるソレを咀嚼する。飲み干せば、程なくして全身が異常を訴えた。全身が痺れて動かなくなることもあれば、泡を吹き、ビクンビクンと全身が痙攣することもある。吐瀉物は吐き出すというよりも垂れ流すといった方が正しくて、一日とて、真面目にお手洗いに行けた試しなんてなかった。全身が異常を訴えて、いずれ真っ赤な血を吐き出すまでに至るのはいつもの結末。そんな状態で毎日のように痛めつけられる。何時、如何なる状況でも戦い続けられるように、と徹底的に鍛錬と訓練を積み重ねる。

 何の為に生きているのか、何の為に呼吸をしているのか、なんで痛い思いをするのか、そんなことを考える余裕もない。

 ただ生かされ続けてきた幼少期の話だ。

 

 目覚めると独りだった。

 布団に染み付いた残り香が、少し前まで電がいた事を示している。

 周囲を見渡した。昔の夢を見たせいか、頭の中が冴え渡る。少し前まで散らかっていたはずの部屋は簡単に掃除されていた。少なくとも、ひと目見て武器になるようなものは残されてない。どうやら片付けられてしまったようだ。でも、まあ武器は必要ない。横のベッドに置かれていたシーツの布を破いて、マフラーのように巻きつける。

 これは気分の問題、顔の一部を隠すのは頭を切り替える為に必要な事だ。

 部屋を出る。足音は立てない、警戒は最低限、勘の良い相手は気配だけで察したりするので、隠密行動の時は自然体が最も良い。心を落ち着ける、こういう状況にこそ安心感を見出す。自分の置き場を戦場に見出す。それが緊張しない為のコツだった。布擦れの音がやけに大きく感じられる、その当たり前の状況こそに安心する。迷いなく船渠の方へと向かった。鎮守府内の見取り図は、もう大方、頭の中に入っている。

 彼女達は戦うと言っていた。だから私は彼女達の代わりに……あの艤装とかいうの、私にも使えないかなって。

 でも、しまったな。どうやら行動は読まれていたようだ。

 

「皆の分の艤装は、そこにはないのです」

 

 船渠の中心で、少女がひとり、自らの装備の点検をしていた。

 

「そもそも人間には使えないのですよ。艤装は艦娘にしか扱うことができない、そういう決まりなのです」

 

 まだ中には入っていない。しかし電は私がいると確信するように淡々と語りかけてくる。

 

「これでも私は仲間達と一緒に、幾度と戦場を駆け抜けました。幾つもの修羅場を乗り越えてきたつもり、なのです」

 

 だから、と私よりも背の低い少女は輝きを失った瞳で微笑んだ。乾いた笑い声が響き渡る。

 

「私達に任せて欲しいのです。私達は兵器として生を得ました、戦う為に造られたのです。ちょっとやそっとでは死んだりなんかしないのです。貴女を置いて行ったりなんてしないのです」

「……兵器かどうかなんて関係ない、です。はい」

 

 戦う為に造られた、というなら、それは私も一緒だった。

 私は素体が人間というだけの話、彼女は素体が艦娘という強化人間というだけの話。そこに昂ぶる胸の鼓動があるのなら、根強く燃え続ける意志が宿っているのなら、その全てが人間だということを私は教えてもらった。この忌むべき力を、私はみんなを守る為に使おうと決めた。なるべくなら戦いたくない。でも私が戦うことで守れる誰かが居るなら戦うと決めた。

 あゝ、なんで戦いは激化するのだろうか。あゝ、なんで争いは終わらないのだろうか。

 

 全てが片付いた時、私以外の全ての人間は息を引き取っていた。

 

「……私も行きたい」

「駄目なのです。戦えるかどうかというよりも、人間に海を渡れる手段がありません」

「兵器なら大丈夫、って?」

「……はい、艦娘(兵器)であれば、深海棲艦とも対等に戦えるのです」

「死んでた癖に? 守れなかった癖に?」

 

 私がボロボロになった船渠内を見渡しながら嘲ると、電は整備中の艤装を妖精さんに手渡してからゆっくりと腰を上げる。

 

「これでも電、強いのですよ?」

「私は弱いよ、電。私に誰かを守れる力はない。でも、そんな私に貴女は勝てるのかな?」

「守ります、守ってみせます。そのことを証明する為に――」

 

 電が瞼を閉じる。意識を切り変える、瞬間を狙って私は全身の力を抜いた。前のめりに崩れ落ちる、完全な脱力状態から一気に足に力を込める。

 

「――少し痛い想いを……えっ?」

 

 初速からして最高速、その理想を追求した一種の奇襲技。瞬きの合間、懐近くまで潜り込んで、そのまま掌底で電の顎を打ち抜いた。

 

「ァ……グッ!?」

「電、どれだけ強くても誰も守れない力に意味はあると思うかな?」

「う……うぅ……」

 

 普通の人間なら、これで立ち上がれなくなる。

 しかし、一歩、二歩と後退し、電はふらつきながらも踏みとどまった。追撃する、視線誘導、直前の踏み込みまで右拳を振り被り、電が顔を庇ったのを見届けてから踏み込んだ左足を半歩分、更に奥深くへと滑り込ませる。そして数瞬、遅れて引き寄せた右膝を電の鳩尾に打ち据えた。電が嘔吐きながら前屈みに身を丸める。両手で鳩尾を抑える彼女の姿はあまりにも無防備で、だから私は右足の先を頭上まで振り上げて、そのまま下がった電の後頭部に踵を落とす。

 ゴッ、という額をコンクリと衝突する鈍い音が船渠内に響き渡る。

 地面が僅かに砕けて、赤い血が流れる。妖精さん達が怯えている――かと思ったら胡座を組んで野次を飛ばす者や張った張ったと電対提督と書かれたホワイトボードを背に賭け札を売り捌く妖精さんが出る始末、その懐かしい雰囲気に頰を僅かに綻ばせる。電は大丈夫、最初に殴った時の感触で常人よりも遥かに丈夫な作りをしていることは分かった。

 電が頭を抱えながら、ゆっくりと体を持ち上げる。額を切っているが、その程度、見た目程のダメージはないはずだ。

 

「……私が普通の人間なら死んでいるところなのです」

「死なないの分かっていたから、手加減される程度の実力しかない癖に誰を守るって?」

「それでも、なのです!」

 

 電が闘志を漲らせる。ここまでされても苛立ちや怒気を発しない電は根っからの良い人なんだと思った。だからこそ絶対に死なせたくない。ここで負けるつもりはない。

 

「……約束して欲しいのです」

「なに?」

「もし私が勝ったなら、貴女の名前を教えて欲しいのです」

 

 そういえば名乗ってなかったな、と思い至り、別に隠していた訳でもないし、と口にする。

 

「色々な名前で呼ばれてきたけど、最も多かったのは多聞丸」

「それって……」

「うん、貴女達がよく知っている英雄のことじゃないよ」

 

 そういう人物が他にいる事は彼女達に貸してもらった教本に書いてあった。

 

「私はよく知らないんだけどね。私の遠い先祖がとっても偉い人で、そこから取られた名前なんだってさ」

「知っているのです、その人、とても有名な方なのです」

「あとで教えてよ。……それで私の周りに居てくれた人は、みんな、みーんな、死んじゃうから何時しか、こう呼ばれるようになった」

 

 人殺し多聞丸、とおちゃらけるように肩を竦めてみせる。

 

「……名前、聞いちゃいました。どうしてくれるのです?」

 

 不満げに口先を尖らせる電が可愛くって、つい含み笑いを溢す。

 

「大丈夫。私には、まだちゃんとした名前がある。数えるほどしか呼ばれてないけど、本来は死んだ時に使う名前だって教えられたよ」

 

 確か、諱とか言ってたっけな。死んだ今こそ名乗るに相応しいのかも知れない。

 ゆっくりと構えを取る、そして覚悟を決める。電を殺しても仕方ない。と有りっ丈の殺意をぶつけた。

 電は唾を飲み込み、右薬指を見つめた後、ゆっくりと構えを取る。

 

「貴女を守る、何も変わりません。いや、今、改めて守りたい。と思ったのです」

「気持ちだけで十分だよ」

「そういう訳にもいかないのです!」

 

 電が足に力を込める。瞬間、私は駆け出した。

 

 

 姿を現した時、雰囲気が豹変していることには気付いた。

 いつもなにかに怯えるように淀んだ瞳は、まるで磨き上げた鉛のように真っ黒に澄んでいた。

 彼女のような瞳をした艦娘を何度か見たことがある。自分のことなんて顧みず、誰かの為に命を張れる者は、大体、あんな感じになる。鬼級を相手に足止めに向かった響も似た目をしていた。だから生半可な説得では意見を覆さないことは話す前から理解していた。最終的には実力行使も辞さない覚悟で――でも、その場合は誰か、鎮守府に残った方が良いかな。とか、そんな悠長なことを考えたりもした。

 艦娘が人間に負ける事はあり得ない。艦娘(私達)の肉体は人間を基本にした強化人間だ。身体能力の向上は勿論、骨の強化も施してあるし、五感もまた常人とは比べものにならない程に鋭敏だ。その中でも特に優れているのが反射神経、プロ野球選手が投げる球の変化を見極めてから真芯で捉えることも可能だった。簡単な話、素手の人間がターミネーターに勝てる道理がないのと一緒だ。

 だが、目の前に立つ少女は、そんな常識を覆した。

 

 私よりも動きは遅い、私よりも遥かに力が弱い。

 そうであるにも関わらず、私は一方的に攻め立てられていた。余りにも戦い方が上手すぎる。瞬きを一度でもすれば、彼女の位置は大きく移動している。視線から相手の動きを予測する事は不可能、むしろ彼女は視線すらもフェイントに使っているし、予備動作からして全てが信用できない。ならば見なければ良い、と視界を閉ざし、音だけを頼りにすれば、足音の強弱で距離感を狂わせられる。体の動きだけに注視すれば、蹴り上げられた小石が私の額を捉えることもある。飛び道具を注視すれば、握り締めた拳からガリッと石を擦る音に反応し、反対側の脇腹を蹴られる。そもそも殺意すらも制御しているようで、全ての動きに意志が込められている。ヤマを張ることに意味はない。フェイントを鼻っから無視すれば、そのまま殴られるのだ。

 あまりにも彼女は戦い慣れ過ぎている。

 呼吸を盗まれている、視線を盗まれている。筋肉の微細な動きを盗まれている。その状況、その姿勢、その時々において、私がとれるであろう全ての行動に対策を取られる。手を出せば、カウンターを入れられる。足を動かせば、足元を掬われる。かといって、手も足も出さなければ、一方的に殴り付けられる。殴っている方が四肢を痛めるほどの手数を、彼女は悠々と続けていた。

 結果、私は身も心もボロボロになって荒い息を零す。何度も殴られた影響で視界も歪んでいる――しかし、少女はあれだけの猛攻の後でも息ひとつ切らしちゃいなかった。

 体力は私の方が上なのに、修羅場も潜り抜けてきた。時には格闘戦をする事もあった。

 

 全ての面において、私よりも劣るはずの彼女は、終始、私を圧倒する。

 

「弱いもの虐めは……好きじゃないのですが?」

 

 弱いもの、と断じる彼女に私は歯を食い縛って相手を睨みつける。

 彼女はただ戦うのが上手いだけだ。たった二日の付き合いだけど、彼女が弱いことは知っている。きっと彼女は守る側の存在だった。当たり前だ、これだけ強いのだ。だからきっと彼女は誰からも守られた経験がないのだ。彼女を見ていると雪風を思い出す、響を思い出す、そして潮のことを思い出す。

 響はよく自嘲するように呟いていた。悪運だけは強いんだ、と。

 

「独りには、させないのです」

 

 両拳に力を込める。と自分の呟いた言葉で何かに気付いた。

 真正面からは少女が突っ込んで来ている。思い出したことがある。

 彼女は結構、鈍臭い。戦い慣れているが、それ以外はあっぱらなぱーだ。

 

「……来るのです」

 

 拳を緩めた。両手を広げて、少女に向けた精一杯の慈愛で微笑みかける。

 

「……えっ? あ……あれ……っ?」

「捕まえたのです♪」

 

 動きが止まった、その隙にギューッと抱き締める。

 

「あ、あっ! やばっ! 抜け出せ……っ!」

「もう逃しません、だから……電の抱擁を体一杯に受け止めるのです」

「こんな緩い拘……いッ! あっ! 出る、出ちゃう!」

 

 ミシミシと少女の肉体を両腕で締め付ける。

 四肢をパタパタと動かして足掻くも拘束が緩くはずもなく、何かをする気配を感じたらギュッを腕に力を込めた。

 もがく力が強くなるが、その程度で振り解けはしない。

 

「あああああああああああああッ!!」

 

 少女の悲鳴が船渠内に響き渡る、最終的に口から泡を吹きながら気絶した。

 

 妖精さんが賭け札を投げ捨てる中、私は座った姿勢で少女を抱き締め続けている。

 生きているんだな、と。温もりを感じるなあ、と。彼女のことを優しく抱きしめ続ける。

 たぶん彼女にとって私は守るべき対象なのだろう。

 そう思われるのが少し擽ったくて、そう思われるのが少しもどかしい。

 だからギュッと抱き締める。

 

「ぅ……ぅぅん……うえぇ……」

 

 なにやら魘されているようだけど気にしない。

 提督は、私達のことを戦う存在として認めてくれていた。たくさん心配もされたけど艦娘(私達)をそういう存在だと認識していた。戦場に赴く限り、常に死の可能性が付き纏っている。だから私は毎日を精一杯に生きようと決めた。悔いのない人生はない。それでも思い返す記憶は幸せで満たしたかった。

 雷、暁、響、貴方達は最期に何を思っていましたか?

 あゝ、少女の温もりが心地良い。生きた鼓動が小気味よい。ギュッと抱き締める。ギュッギュと抱き寄せる、ギューッと抱き締める。生きなきゃ、私は生き続けなくてはならない。もし仮に艦娘に天国や地獄があるとして、先に旅立った三人には少し待たせることになる。でもまあ三人も居れば寂しくもないはずだ。

 私にはまだ、こちらでやるべき事が残っているようなのです。

 

「……あれ、私……負けた?」

 

 少女が私の腕の中で身動ぎをして、問いかける。

 目覚めたばかりで聞く言葉が、それなのか。意識を失っていても彼女の意識はまだ、臨戦体制を解いていなかった。

 だから、ぎゅうっと優しく抱き寄せる。頭を撫でる。

 

「はい、電の勝ちなのです」

 

 そっと伝えた言葉に「あー、そっかー……」と少女は呻くように呟き、そして告げる。

 

「私は、紅葉(くれは)。紅茶の葉っぱで紅葉(くれは)だよ」

「……良い名前なのです」

「忌子に付ける名前らしいけどね。私、双子の妹だし……」

 

 そう言うと少女はまた眠ってしまった。

 安らかに眠る顔を見て、なんとなしに前髪を指先で払ってみる。

 今までと違って起きる気配もなかったから、思う存分に頰をぷにぷにした。

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