提督ですが、人類は滅亡してしまったようです。 作:クソザコナメクジ
▼記録3.悪イ子誰ダ
断崖絶壁今何処、日本列島を攻略した深海棲艦は快進撃を続けている。
海外にも艦娘は存在していたが奴等の須くが練度不足、纏わりつく虫を振り払うが如く一蹴し、今や世界の半分以上を海底に沈めるに至る。私、戦艦棲姫が担当する北アメリカ大陸は太平洋側から順調に浸食中、飛行場姫もまた南アメリカ大陸を半分以上を侵略中だ。アフリカ大陸はほとんど抵抗がなかったと聞いているし、グレートブリテン島はもう跡形もない。フランス本土とドイツ本土は既に国家としての体を保てなくなっていた。近々、地中海への侵出も考慮に入れている。シベリアもまた海の底へと沈んでおり、ユーラシア大陸全土を海に沈めるのも時間の問題だった。最も抵抗が激しかったのは中国南部にある小さな島国、原初之五姫が一人、南方棲戦姫が苦戦していると言っていたのを覚えている。
幾つか例外はあれど、基本的には優勢に事を進めている。多くの領土を失った人類は今、致命的な食糧危機に陥っており、人類同士での争いが絶えないそうだ。人類文明が滅亡するのも時間の問題、我らの野望が成就する日も近い。
戦い続けて幾数年、漸く、漸くだ。漸く、ここまで辿り着くことができた。
「クックックッ……フハハハハ、ハァーッハッハッハッハッ!!」
思わずテンションが上がって三段笑いを決め込んでいると「タ、大変ダ! 戦艦棲姫!」と急に古風な衣装を身に纏った仲間が飛び込んできた。
「チョ、チョット! イツモ部屋ニ入ル時ハのっくシロッテ言ッテルダロー!?」
「のっくスル扉ガ何処ニアル!?」
此処は良い感じに岩肌に囲まれた窪地、独り高笑いしているところを見られた私が悶え苦しんでいると「ソレヨリモ!」と駆逐古鬼が声を荒げる。
「母様ガ来タ!!」
「ままガ!? イヤ、最古ノれ級ガヤッテ来タダト!?」
「オマエガ、オカアサンッ子ダッテコトハ皆知ッテル!」
「エッ、今ナンテ? エッ?」
「今更、取リ繕ッテモ遅イト言ッテイル!」
唐突に告げられる、みんなに知られていた。という事実に思わず塞ぎ込みそうになる私を前に「ソンナコトヨリモ!」と駆逐古鬼が地団駄を踏んだ。
「母様ガ、モノ凄イ勢いで来テイルラシイゾ!」
「アイエーッ!? ナンデ、ママ、ナンデ!? ワタシ、良イ子、可愛イ子! 怒ラレルヨウナコトシテナイ!」
「身ニ覚エガナイコトガ原因ナ事ダッテアル! トニカク、ドウスル!?」
駆逐古鬼に急かされた私は頭を抱えて、うーんうーん、と必死に考えた。ママが怒ってる。怒っているなら兎に角、怒りを鎮めなきゃ、怒りを鎮める為には――私の素体となった誰かの奥底に眠る記憶の残滓を掻き集めて、これだ! と思えるものに飛び付いた。
「あにまるせらぴーダ!」
「あ、あにまるせらぴい……ダト!? ナンダソレハ!?」
「すとれすふりー! まま、い級大好キ! まま、怒リ鎮メル! コレ、あにまるせらぴー!」
「オ、オウ……!」
いまいち話について来れてない駆逐古鬼に、ママに向けて駆逐イ級を放つように指示を飛ばした。
ちょっと機嫌が悪い程度なら、これでどうにかなるはずだ。どうにかなってくれ、と祈る想いで神に縋る。
放ッタゾ! と駆逐古鬼が戻り、そして駆逐古鬼のレーダーで反応を窺う……っ!
「駆逐い級……母様マデ五秒……四……三……二……ぱたーん赤、激オコ! 母様カラ駆逐イ級ガ逃ゲ出シタ!」
「ドウシテ!? イツモノままハ駆逐い級ニ好カレルヨウナ優シクテ素敵デ穏ヤカナオカアサンジャナイデスカーヤダー!! ワタシ逃ゲリュウウ!!」
「高速接近、敵電探使用確認! モウダメダ、オシマイダア! 接敵、五秒前エエエエエッ!! アアアアアアアアッ!!」
ズガン! と石壁が吹き飛んだ。砕けた石片の先から姿を現したのは戦艦レ級、艦種としては姫級の私よりも明らかに劣るはずなのに、彼女から放たれる威圧感は私達のものと比べて隔絶している。誰かは言った。母強し、と。ガタガタと震える体、とりあえず、何か! 何かを言わなければ! 何で怒っているのかよく分からないけど言わなくちゃ!
「チ、違ウンダ! 決シテ、ままヲ怒ラセヨウトカソンナツモリハ……ッ!」
「……ドウヤラ反省シテルヨウダナ?」
ぶんぶんと首を縦に振る。原因はよく分からないけど反省している! 私、とっても反省してる!
「ナラ、怒ラレル原因モ分カッテイルナ?」
その言葉を聞いた時、私は頭の中が真っ白になった。
そして、助けを求めるべく駆逐古鬼を見つめる。
駆逐古鬼は重い表情で、何も言わずにゆっくりと首を横に振った。
「ダディャーナザァーン!! ナズェミテルンディス!!」
幾ら呼び掛けても駆逐古鬼は答えてくれない。その間もゆっくりと戦艦レ級が近付いてくる。右拳をギュウッと握り締めながら、ゆるりゆらりと距離を詰めてくる。駆逐古鬼は戦艦レ級に対して敬礼を取っており、彼女を止めてくれる気配はない。むしろ「手伝イマスカ?」と戦艦レ級に問いかける始末だ。オンドゥルルラギッタンディスカー!?
「ディオバスティオ…」と戦艦レ級は駆逐古鬼を手で静止して「ケッチャコ…」と肩を一度、二度と回してみせる。
駄目だ体の震えが止まらない、逃げることは叶わない。しかし逃げ出さなくてはママの拳骨が待っている! ならせめて、言い訳を! なにか良い感じに、この状況を乗り切れるだけの言い訳が――思い付かない! 間合いに入った、戦艦レ級が腰を捻り、背中が見える程に右拳を引き絞る。
「悪イ子ニハ鉄拳制裁……!」
「ウゾダ…」
「オ残シハ許サナイッ!!」
「ウゾダドンドコドーン!!」
その悲鳴と共に右拳が私の脳天に叩き落とされる。
瞬間、景色が切り替わった。これは幼い時の話だ。まだ私が鬼級だった時、私は他四人の鬼級と共にママに甘えていた。でも私は甘えるのが苦手だったから、ママに構って貰いたくて、悪戯ばかりでママをよく困らせていた。それで何時も叱られるんだけど、最後は優しく笑って私のことをギュウッと抱きしめてくれた。独りの時、あの温もりを思い出すと、きゅうっと胸が締め付けられるように寂しくなる。ママ、ごめんね。愛してるって言ってあげられなくてごめんね、生意気ばかり言ってごめんね。暗転、顔面を海底の岩に叩き付けられたことで意識が覚醒する。あれ、生きてる? どうやら走馬灯を見ていたようだ。
水中、プカリと浮いたまま、全身を脱力させる。それでなんで私、怒られてるんだっけ?
「……反省シタカ?」と再度、右拳を握り締めるママに「オデノカラダハボドボドダ!!」と泣いて土下座して懇願する。そんな私の哀れな姿を駆逐古鬼は、指を差してほくそ笑んだ。オレァクサムヲムッコロス!
「マ、ママ……オ残シッテナニ……?」
改めて聞くと戦艦レ級は大きく溜息を零した。
話を聞くと、どうやら傷物の資材を適当な場所に捨てて、新しくちゃんとした資材を集積地棲姫に要求したことに御立腹のようだ。いやだって、お腹を壊すの怖いじゃん。と零せば、戦艦レ級が改めて拳を握り締めたから秒で平伏する。「ソンナニ気ニナルナラ自分デ研ゲバイイ」と戦艦レ級は呆れ混じりに告げると懐から手持ちの鑢を取り出した。そして駆逐古鬼に鋼材を一つ、持ってくるように言いつける。
訪れる沈黙、なんとなしに居心地の悪かったから何か話そうと思って口を開いた。
「……ソレダケガ目的デ会イニ来タノ?」
「顔ヲ見ニ来タ、理由モナシに会イニ行クト嫌ガルカラ理由モ持ッテキタ」
「ソンナ理由、イラナイ。ソレナラ普通ニ会イニ来テ欲シイ」
「ドッチニシロ、オ仕置キハシタケドナ!」
「グヌヌ……」
ケラケラと笑う彼女に頭が上がらず、世の理不尽さを噛み締める。ママは何時だってそうだ。私のことを何時も子供扱いする。
「他ノ奴ニモ会イニ行クノカ?」
面白い話題ではなかったので適当な別の話題を振ると戦艦レ級は嫌な顔ひとつ出さず「アト四人共ダ!」と楽しそうに答えた。
「ソレナラ南方棲戦姫ガ苦戦シテルラシイカラ助ケテヤッテクレナイカ?」
駄目元で問い掛けてみると戦艦レ級はギザギザ歯を見せつけて、笑ってみせる。
「れ級ニオ任セダ!」
そう言って、戦艦レ級はこの世界の誰よりも心強く胸を叩いてみせた。
それと彼女が研いでくれた鋼材はとても美味しかった。ママー!
▼外伝1.襲来
某年某日、けたたましいサイレンの音が台湾の街に響き渡る。
連日連夜の襲撃には最早、手慣れたもので朝食を摂っていた私は卵のサンドイッチを口の中に押し込み、パック牛乳を片手に部屋を出る。此処は海軍基地の一室、外に出ると軍人さん達が慌ただしい様子で駆け回っていた。
状況は、どうなっているのだろうか? まだ軍港まで攻撃は届いていないようだが――
「あっ、丹陽さん!」
軍人さんの一人に声を掛けられ、敬礼を受ける。
私はモゴモゴとサンドイッチの入った口を動かしながら片手で会釈し、さっさと持ち場に戻るように追い払う仕草を見せた。それからも様々な軍人さん達の敬礼を受けながら駆け足で船渠に向かった。パック牛乳を口に付けている最中、そこにはケーブルに繋がれた私の艤装が置いてあり、数人の整備士さんと数体の妖精さんが私の到着を待ち侘びていた。
「状況は?」と空になったパックを整備士の一人に渡しながら問い掛ける。勿論、使っている言語は中国語だ。
「やっこさん、大規模な攻勢を仕掛けて来たようだ。鬼級を二人も確認している」
「そうですか、了解です」
「何時もすまねえ……記憶もないおめさんを戦場に駆り立ててしまって、本来なら……」
沈痛な面持ちの整備士さんに「今は此処が私の故郷ですよ」と笑顔を振り撒いた。
「記憶を失った得体の知れない私にも、みなさんはよくしてくれました……」
「いや、それは……おめさんが艦娘で……日本の秘匿技術の……」
「それでもです。どういう想いがあったとしても、私に向けてくれた優しさは本物だと信じています!」
整備士さん達が涙ぐんだ目で私を見つめたので「早く弾薬をお願いします」と急かせば、整備士さん達が慌てて丹精込めて作ってくれた綺麗な弾薬を持って来てくれた。それをひとつひとつ艤装に格納し、片手に持った砲塔に弾薬が行き渡るのを確認する。
「幸運の女神のキスを感じちゃいます」
ひとり頷き、続いて整備士さん達の燃料が注がれる。
艦娘の艤装は私がいないと起動しないので、出撃毎に補給する必要があった。別に出撃後に燃料を入れたりしても良いのだけど、それはそれで整備の時の邪魔になるそうで妖精さん達が文句を言ってきたので控えている。
補給中、瞼を閉じる。意識を切り替える。集中する。絶対、大丈夫。と何度も自分に言い聞かせた。
「何度も言っているが、絶対に生き抜いてくれ」
補給が終わる頃合い、整備士さんのひとりがそんなことを言ってきたので私はにこりと笑顔を返す。
「丹陽は沈みません。補給、感謝です」
艤装に繋がれていたケーブルが切り離される。
最初の頃は私が逃げ出さないようにする為の楔、燃料や弾薬の補給も出撃毎なのはその名残もあった。少し煩わしく思う時もあるけど、この整備士さん達や軍人さん達との触れ合う時間が好きだった。戦う為の力になる。めらりと燃える意志を胸に抱き、右手薬指付けた指輪にキスをする。この指輪の意味も今は覚えていないけど、これがとても大切なものだっていうことはわかった。
支給の通信機――イヤホンマイクを耳に付けて、司令部に連絡を取る。
「しれぇ、お待たせしました。丹陽、いつでも出撃できます!」
『待っていた! いつものことですまないが既に前線は崩壊しつつある。救援を頼む!』
「わかりました! 艦隊とみんなをお守りします!」
そう言った後で、前を見据える。
一度、二度、深呼吸をした後で着水――そのまま全速で最前線へと突っ走った。前線には小型化された軍艦の他に量産化された艦娘部隊が展開されている。通常の艤装とは違って全身を包み込むタイプのパワードスーツ、中に入っているのは生身の人間(男性)だ。私から得た情報を基に作られた装備ではあるが、その能力は艦娘を大きく下回る。数人がかりで駆逐イ級を相手にするのが限度の代物であり、軽巡以上が相手ともなれば、そもそも攻撃が通用しない。それでも生身の人間が深海棲艦に対抗できるようになった新装備であることには違いない。
劣勢の中で激戦が繰り広げる戦火の中に、私は迷いなく突撃する。
「あれはなんだ……!」
「サメか!?」
「飛魚か!?」
「いや、丹陽さんだッ!!」
「イヤッフゥー!! 勝利の女神が来てくれたぜーッ!!」
「気張れよ、みんな! 女神に情けないところを見せるんじゃねぇぞ!」
味方達から威勢の良い掛け声が上がり、私一人を残して徐々に後退する。
これは決して見放された訳ではない。前線には私ひとりが残っていた方が戦いやすい、味方が危機に陥る度に駆けつける方が面倒だった。それでも撤退はせず、戦線が崩壊しないギリギリで踏み止まってくれる。私が囲まれないように遠距離から牽制攻撃を仕掛けてくれている。それだけで十分だった。
戦意を高める、殺意を高める。視界に収めた全ての深海棲艦の位置を頭に叩き込んだ。
指輪が眩い輝きを放つ、漲る力に全身が奮い立つ。そして手近なところにいる深海棲艦に向かって突っ込んだ。私に向けて放たれた何十発という砲弾を見極めた上で回避し、水飛沫の隙間から覗き見える浮遊球体を背中の艤装に付いた砲塔で一発、一発的確に打ち落とす。肩から下げた砲塔を片手に持ち、アイススケートの要領で前進しながらも常に体を回転させる。そうすることで視界を常に広く保った。回転しながら駆逐イ級に向けて放った砲撃の全てが口内、つまり急所を捉える。このまま魚雷も撃ち込みたくなるが、残念なことに丹陽には水雷の技術が疎かった。ないもの強請りをしても仕方ない、と軽巡ト級から放たれる砲撃を右へ左へと小刻みに躱しながら至近距離からの一撃で仕留める。横から放たれた魚雷の気配を察知し、その魚雷の動きを誘導し、遠くから浮遊球体を飛ばす軽母ヌ級を牽制する。慌てて避けたところを遠距離から狙撃、撃破できずとも中破で問題ない。人型の深海棲艦、重巡ネ級が接近してくるのを横目に確認しながら片手の砲塔と艤装の砲塔で駆逐イ級を一掃する。そして接近した重巡ネ級が放った砲弾を身を屈めることで回避、そのまま接近し、その真っ白な顔面に砲身を押し付けた。砲撃、青色の血肉が海に撒き散らされる。突出し、暴れた分だけ敵が殺到する。絶対、大丈夫。と自身に言い聞かせながら再び、アイススケートの要領で回転しながら砲弾を撒き散らした。二体の戦艦ル級、狙いを付けられた砲撃を躱しながら周囲の深海棲艦を撃沈し、揺れる海面の下に潜伏する潜水艦の気配を感じ取って爆雷を撒き散らす。そのまま周囲の敵を排除しながら二体の戦艦ル級の間に割って入った。砲撃の間隙を縫って潜り込んだ至近距離、戦艦ル級の背中からケーブルで繋がれた二つの砲塔、砲塔一つに砲身六つ。計二十四つの砲口が私に向けられそうになったが、内一つは蹴り付けて砲口を逸らし、内二つは背中の艤装から砲撃して、その狙いをズラす。残る一つの砲塔――動きを一瞬止めてからの急加速、放たれた砲撃は対面の戦艦ル級を捉えた。味方を撃って動揺した戦艦ル級の横っ腹に砲身を押し付けて、一発! 装填からの二発、振り払った砲塔を身を屈めて回避し、真下からガラ空きの顔面に向けて、もう一発! 怯んだ隙に足を払って、海面に着地した戦艦ル級の顔面に一発、更に一発。もう一発、そしてまた一発だ! 顔の半分が消し飛んだのを確認し、その場から飛び退いた。その数秒後、先程まで私が居た場所を砲弾が突き抜けて、その先に居た重巡ネ級に直撃する。「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」戦艦ル級が吠えた、涙を流しながら殺意を込めた目を私に向ける。知ったことではない。ゴリッと砲身を戦艦ル級の眉間に押し付ける。戦艦ル級が吠えた隙に懐深く飛び込んでおいた。砲撃、砲撃、砲撃、私を捉える為に伸ばされた手を蹴りで叩き落とし、そしてまた砲撃。額の骨を露出しながらもケーブルに繋がれていた砲塔を私に向けられたので、艤装の砲塔で弾き飛ばして更に砲撃、骨が露出した頭部に砲身を押し付けて、追加の砲撃を食らわした。青い血肉が飛散するのを確認し、戦艦ル級の撃破確認! 次なる戦場に向かう前にイヤホンマイクに手を添えて「丹陽、補給の為に帰投します!」と近場まで出された補給艦に駆け寄った。私が下がる間、パワードスーツ部隊が上がり、戦線を支えることになる。「お前らァッ! 女神の休憩だあ!」「此処を通すなあ、気張れよお!」「数秒でも長く休んでもらうのだー!」「行くぞー!」とパワードスーツを着た台湾海軍が次々と飛び出していった。
看板に着地した私は用意された椅子に腰を下ろし、補給される間、栄養剤を混ぜ込んだ飲料水を口にする。
補給が終わり次第、また出撃だ。
再び海に出た時、深海棲艦の雰囲気が変わっていることに気付いた。
少し前、二体の戦艦ル級を倒した場所にツインテイルの人型の深海棲艦が慈しむように戦艦ル級の残骸に手を伸ばしている。あれは確か、南方棲戦鬼? いや、纏う雰囲気と武装が変わっている。また改装したのか、と思ったところで、あれ? と首を傾げる。私は前にアレと戦ったことがある? ……今は目の前の戦いに集中しよう、通信機を使ってパワードスーツと軍艦に後退を指示する。「姫級……だと? ……いつもすまない」という司令官さんに「大丈夫です」と端的に返す。
覚悟を決めよう、と戦意を高めた頃合いで敵深海棲艦が戦艦ル級を優しく海に沈み込ませてから立ち上がる。
「ヨクモ……ヨクモ、ヤッテクレマシタ……」
ギリギリと歯を擦りつながら姫級が告げる。
知ったことではない。と全砲口を敵に向けた。今までに深海棲艦が殺した人間と艦娘の数を思い出せ、億を超える人間を殺し、領土を海に沈める奴らに同情する余地なんてない。どの口が言っている。殺す、殺してやる。殺さなくてはならない。人類の天敵、奴らとの共存はあり得ない……だから、殺すしかないんです! 私の決意と激情に呼応するように指輪が眩く輝いた。バチリ、バチリと青白い静電気が迸る。殺す、と視界は最高速を突き抜けた。
水飛沫を上げながら急速接近、懐に入り込んだところに強化された駆逐イ級のような砲塔の砲身が私に向けられていた。咄嗟に海を蹴る、次の瞬間、放たれた砲撃は空間ごと抉った。――そう感じられる程の凄まじい威力が捩った身を掠める。砲撃の余波だけでもビリビリと空気が震えていた。屈するな、怖気づくな! 海面に着地すると同時に急加速、至近距離から一発、二発と砲撃を与えるも擦り傷程度のダメージしか入れられなかった。……硬過ぎるっ! 距離を取ろうとすれば、超威力の砲口を向けられるので接近せざる得ない。左右で一発ずつ、ゴツい砲塔には幾つもの砲身が付けられており、それらから放たれる砲弾の弾道を見切り、身を屈めて捩り、時に回転しながら回避をし続ける。その合間にも私からの砲撃を挟んでいるが依然として効果は薄そうだ。
辛うじて戦うことはできている。が、このままではジリ貧だ。何か考えなくてはならない、しかし決定打になりそうなものは思い付かなかった。せめて、もっと火力のある装備があれば、話も変わってくるのだが……ないもの強請りをしても仕方ない。此処は台湾、此処にする皆は勿論、アジア大陸、最後の砦とも呼ばれている。此処を抜かれることは、此処から先、東南アジアに住む皆の命が脅かされる事になるッ! 魂を燃やせ、命を滾らせろ! 絶対……絶対絶対大丈夫!
間合いを詰める、互いに砲身すらも振り回せない超至近距離。互いの額を擦り付けそうになる間合いで、振り上げそうになった敵の右足の膝を踏み砕いた。そのまま相手の膝を足場代わりに――両手で姿勢を崩した敵の顔を押さえ付けてからの飛び膝蹴り、敵が大きく身を仰け反らせる。開いた間合い、敵が両手の砲口を私に向けそうになったので、背中の艤装にある砲塔で腕の付け根を砲撃して阻止する。そのまま接近、肩から下げた主砲で砲撃する。装填、砲撃。装填、砲撃。装填、砲撃。砲撃の衝撃で後退する敵の距離を詰めながら砲撃を繰り返した。十分に間合いを詰めたところで敵のツインテイルの片側を掴んで、その額に砲身を押し付けた。砲撃、砲撃、砲撃。此処で全ての弾薬を使い切るつもりで連射する。戦艦ル級なら、これで倒せた。
しかし敵は額から青い血を流し、苛立ちに血管を浮き上がらせながら殺意を込めた目で私を睨み付けてくる。
「クソガアアアアッ!!」
敵姫級が力尽くで体を回転させる。
その余りの膂力はツインテイルを掴んでいた私の体を浮かし、咄嗟に手を離した。それでも後方に体を飛ばされる。水面に着地……一歩、二歩と水面を滑らせながら姿勢制御、開いた距離で敵の両手の砲口が私に向けられた。身を回転させながら横にズラす。空間を削る一撃が身を掠める。ビリビリと空気を震わせる余波が私の動きを阻害した。次弾、それもまた急発進で回避、続く一撃を急旋回で躱して、更なる追撃を急停止で避ける。僅かに残る感性を利用して、砲弾が通り過ぎた後に飛び込む事で次の一撃を背中を掠めながら回避する。――近付けない、牽制に砲撃するも相手は意にも介さずに左右交互の連撃を続ける。
魚雷が欲しい……! 歯切りしをした時、味方のパワードスーツ部隊の一人が長方形の何かを私に向けて放り投げた。
『受け取れ、丹陽!』
通信機に入る司令官の言葉を信じて、木箱に向けて全速力で駆けた。
「イツモイツモイツモイツモイツモイツモイツモイツモ……邪魔シヤガッテエエエエエエエエエッ!! ワタシダッテ、オカアサンニ褒メテ貰ウンダ!! ヨクヤッタッテ言ワレタインダ!! ナノニナノニナノニナノニナノニナノニ……オマエハ、オマエハナンデ……日本ノ艦娘ヨリモ強インダアアアアアアアアアアア!!!?!?!」
敵姫級が咆吼する。掃射される砲撃の間を掻い潜り、木箱に手を伸ばした。
『研究用に接収していたものだ。我が国の技術では解明し切れなかった代物だが……止む終えまい。丹陽、君の望むものが入っている』
掴み、そのまま握力で木箱を砕いた。中に入っていたのは――九三式酸素魚雷! 台湾にて現地改修された艤装に雷装はないが、あるとないとじゃ全然違ってくる! 姿勢を低くして、両手から全武装で弾幕を張る敵姫級に向けて、全速で海を突っ走った。
「イイ加減ニ沈メエエエエエエエッ!!」
「いいえ、丹陽は沈みませんッ!!」
魚雷の信管を直接、姫級の懐に押し付ける。と同時に急速後退、数瞬、遅れて視界を眩い光で覆い尽くされた。
――体が吹っ飛ばされている。空中制動からの着水、慣性のままに海を滑らせる。全身が痛む、しかし戦闘活動には支障がない範囲だ。顔を上げる、ザアアッと打ち上げられた水飛沫が周辺に落ちた。姫級が居た場所は煙で覆われている。接近する、黒煙が上がっていた――と、いうことはまだ立っている可能性がある! 少なくとも、まだ海には沈んでいない! 風が吹いた、煙が吹き飛んだ。その先には艤装を大破させ、全身が傷だらけになりながらも五体満足な姫級の姿があった。
ここで斃す、これなら押し切れる……ッ!
「ヒ……ッ! オカアサマ……タ……ッ! ……助ケテッ!」
「貴女が沈んでくださいッ!!」
「助ケテ、オカアサマアアアアアアアアアッ!!」
姫級が悲鳴を上げた。あと一歩、目一杯に伸ばした砲塔を発射する――――
「ソウソウ、れ級ニオ任セダ!」
――瞬間、大きな手が私の視界に潜り込んだ。
目元を隠すように頭を掴まれる、発射した砲弾は見当違いな方向へと撃ってしまった。
レ級? 戦艦レ級!? レ級なら、私でも……まだッ!
「……アッ……ガ……ッ! ……ァッガッ!」
軽々と持ち上げられる、ミシミシと握力だけで頭蓋骨が軋んだ。
両手で戦艦レ級の腕を掴むもビクともしない、余りの膂力に声が零れる。ジタバタと四肢を動かして抵抗するも意味がない。蹴り付けてもビクともせず、背中の艤装で砲撃しても微動だにしない。なんだ、此奴は!? ただの戦艦レ級にここまでの耐久性はないはずだッ!
戦艦レ級を両足で蹴りながら砲撃を続けるも駆逐艦の火力では効果がなかった。
「オ゛ガア゛ザマ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!?」
「随分ト痛メツケラレタヨウダナ! アト、コレオ土産ナ!」
「エ、今!? ッテイウカ、ドウシテ!? 戦イハ嫌イダッテ言ッテマシタヨネ!?」
「ナルベクナラ戦イタクナイ――ダガ! 可愛イ我ガ子ヲ痛メツケラレテマデ黙ッテイルツモリハナイッテ事ダ!」
ズルリと何かが蠢く音がした。
ガチャンと何かが装填される音がした。
砲口が私に向けられている予感がした。
この至近距離、耐えられない!
「ひッ! やだッ! 丹陽はここで……!? やだ、丹陽は沈みません……! やだ、やだっ!!」
どうにか拘束から抜け出そうと足掻くも私の頭を掴んだ手に力が込められるだけだった。
「オ仕置キダ……!」
丹陽の艦娘としての直感が砲撃を悟る。
阻まれた視界、闇の中で絶体絶命の絶望が心を蝕んだ。
太腿に濡れる感触、戦艦レ級の体を何度も蹴り付けた。
死ぬ! 死ぬ! 死んじゃう! 死ぬ!
「ああッ! ああッ! ああああぁぁぁああああああぁぁああああああああッ!!?」
喉が張り裂けんばかりに叫んだ!
耳を劈くほどの砲撃音、意識が消しとんだ。
――。――――? ――あれ、生きている?
肉片になっているはずの体はまだ、形を保っていた。プカプカと海面に浮かんでいるだけ、激痛に体を動かすことはできなかった。どうして、まだ生きているのか分からない。しかし少し生き永らえたところで苦痛が長引くだけだ。
どうせならひと想いに…………
「丹陽さん! 意識をしっかりッ!」
「ここは私達が食い止めます! だから早く撤退をッ!」
「……な……んで、みんな……が?」
「喋らないでください! あのレ級が砲撃する瞬間、軍艦からの援護射撃があったんです!」
「俺達の女神を死なせるなッ!!」
誰かに体を担がれる、艤装は他の者が持っているようだ。
姫級と戦艦レ級。それに追従する深海棲艦に向かって、パワードスーツを着た軍人さんが向かって行った。
激痛に身を捩る。その時、肉体に違和感があった。あるはずのものがない。
「あれ……? 私の、左手……腕……は?」
「すみません、回収することはできません……! 貴女の命が最優先です!」
「あ、待って……みんなが……みんなが死んじゃう……死んじゃいます!」
視界には姫級の砲撃で赤い血肉を撒き散らす軍人さん達の惨劇が写っていた。
「逃ゲルナァッ! 逃ゲルナヨオッ! オマエハ私達ノ仲間ヲ何人殺シタト思ッテイルンダア!! 一人ヤ二人ジャナイ! 数十人デモナイ! 百デモ済マナイ数ダ!! ソレ以上ノ数ヲ、オマエハ殺シテキタンダゾ!? ……アアアアアア、雑魚ガアッ!! 邪魔ナンダヨッ! ドケェッ!! アイツハココデ殺シテオカナクチャイケナインダッ!! クソッ! クソォッ!! オマエノ相手ハ今マデ逃ゲテキタカ!? 最後マデ戦ッテキタダロウガ!! ダカラ、逃ゲルンジャネエ! 戦エヨ! 最後マデ戦エヨオッ!! クソガアアアアアアアッ!!」
行かなきゃ、殺戮を止めなきゃ、私だけがあいつを止めることができるんだ。また一人! ああ、また一人! 私の目の前で死んでいく! 戦わなきゃ、私が戦わなきゃいけない!
「止まって! 行かせてください!」
「すみません、止まることはできません!」
「お願いです! 私に戦わせてッ!」
「申し訳ありません、上官命令です!」
「嫌だ、嫌だ! みんな死んじゃいます! 私だけが生き残るなんて……ッ!」
左手だけで彼の腕から抜け出そうとした時、頬に鋭い痛みが走った。あれ、叩かれた? 顔を上げるとパワードスーツを着た軍人さんが、そのヘルメットを脱いで私を睨みつける。
「貴女の為に私達は命を投げ打っているんだ!! 貴女には命を投げ打つだけの価値があると皆が信じているんだッ! こうしている間にも貴女の為にまた一人、死んでいくんだぞ!?」
「そんな……そんなことって……ッ!!」
「貴女には生きる義務があるッ!! 生きなくちゃいけないんだッ!!」
なんでだろう、私は戦うしか能がないのにどうしてこうもよくしてくれるのだろうか?
目元が熱くなる、視界が歪んだ。頰を伝う涙を止めることができなかった。
こんな時でも私の直感は正常に機能する。
「後ろ、駆逐イ級!」
「……クソッ! お前達は先に行け、此処は私に任せるんだ!」
「死ぬ気ですか!?」
「死ぬ気なんだよッ! 貴女から受け取った大恩は、この程度では返し切れない!」
「嫌だ、嫌です! 死なないでくださいッ!!」
右手を必死に伸ばすと、軍人さんは困ったように――そして、忌々しげに私の薬指を見た。
「……この指輪がなければ、食事のひとつも誘ったものをッ!!」
「そんなの幾らでも付き合いますから! だから、だから死なないでくださいッ!!」
「もう時間がない! 今まで、ありがとう!」
「一緒に行きましょうよ! 美味しいお店、いっぱい知っているんですよね!? だから、だから……!」
「隊長、お元気で! 我々も直に向かいます!!」
「……もちろん、奢ってくれるんですよね?」
私が笑顔で問いかけると男は、やはり困ったように笑ってヘルメットを被り直す。
「あ、そうだ……お酌もしますよ? いっぱい……サービスしますよ?」
「……台湾万歳ッ!!」
男は駆逐イ級に単身で突っ込んでいった。
「どうして止めないんですかあああああああッ!?」
「私達には貴女を生かすという使命があります」
「死んじゃう! ああ、あの人が死んじゃいます!!」
こんな時でも直感は機能する。
右手を伸ばした、その先で水柱が上がる。
死んだ、あの人が死んだ!
あの人が死んだことを直感が確信した。
「い……いや、嫌ッ! 嫌です、嫌です! そんな、嫌……嫌あああああああああああああああああああああああッ!!」
私の悲鳴は砲撃音の中に掻き消される、こんな時でも私の悪運は機能し続ける。
運良く砲撃の間隙を縫った先で通信機から聞いた司令官の言葉は私を更なる絶望へと叩き落とす。
『戦力の九割を損耗、我々はもう戦えない。台湾は海の底に沈むだろう……だが、我らの意思は残す! 生きろ、丹陽! 生かせ、丹陽を! 我らは最後の一兵になろうとも戦い続ける! 一秒で良い、丹陽を逃す時間を作るんだッ! たった一秒が丹陽を生かすことになると心得よ! 台湾万歳! 丹陽万歳! 我らの女神に万歳ッ!!』