霧隠れの狂人   作:殻栗イガ

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遅ればせながら参戦したACⅥの途中で暫く詰んでました。
エンフォーサーは許さない。


その名に懸けて

 右腕から夥しい量の血を流し、幻術に意識を奪われ抜け殻の様になった渦柘榴 村雨のふざけた発言に歯噛みする。

 月の眼計画始動の為の残るピース、八尾と輪廻眼…幸い八尾は一部とはいえこいつらが回収し、長門の亡骸を保管している小南共々処理すれば全てが揃うはずだった。

 そうすれば五影連中がくだらない会談を繰り広げる間に全てを終わらせることも可能だった…それをよりにもよって土影に渡すとは…

 

 自分の刀造りに使うならともかく何でよりにもよって土影に渡すんだ? 

 どういう発想でそんなことをしたのか到底理解出来ず、問い質したところ──

 

「移動中に五影会談に向かう土影様に遭遇して…トビさんと離反する以上もう必要ないから雷影様に謝罪の伝言と一緒に返却してもらおうと思って」

 

 想像以上に浅い理由が返ってきて思わず殴りたくなった。

 …勿論半端な刺激で幻術が解けても手間なだけであり、他にも聞き出さなければならないこと、どうせ最後には殺す以上そんな衝動は抑え込んで冷静に飲み込む。

 

 小南がこいつらと共に離反した以上輪廻眼回収のついでに八尾の一部も奪い取り、不完全であっても十尾復活は可能となる…だから今更五影会談などと悠長な事をしている五大国を無視し計画を始めるつもりだった。

 そんな想定をこいつはその場の思い付きで八尾の一部を土影に押し付けて崩壊させた…五大国の連中が八尾の一部をどう扱うか、そして連中がどの程度組織として纏まるかは不明だが結局のところ雲、もしくは岩との戦いは避けられなくなった。

 

 …そして暁が忍里一つと本格的な戦いを始めるとあっては他の里とて静観することはあるまい。

 あとはそれが乱戦となるか、複数の里の連合軍となるかだが…少なくとも木ノ葉は参戦を決めるだろう…結局のところ八尾、九尾の人柱力を保有する里が相手になるのなら不完全であっても十尾を即座に復活させるというプラン自体無しにしていいだろう。

 

 この月の眼計画…万が一にも失敗は許されない、その為には完全な状態での復活の方が望ましいことは確かなのだから…。

 そうと決まれば戦力の確保に動くとしよう…八尾の一部は得られなかったが、ならばせめて次のプランに役に立ってもらうとしよう。

 

「穢土転生の術の使い方を教えろ」

「知りません」

「…薬師カブトから穢土転生の術の巻物を受け取っていたはずだ」

「まだ読んでません」

「……その巻物を寄越せ」

「クシナダの中に置いてあります」

「………」

 

 大丈夫、俺は冷静だ。

 赤子を人質にミナ…四代目火影を脅した時と同じぐらい最高に冷静だ…。

 

「…殺すか」

「落ち着きなよマダラ、君らしくない」

 

 白ゼツから静止が掛かるが別にさっきの問答で頭にきて殺そうと思っただけではない。

 結局のところこいつは八尾の一部も穢土転生の情報も今やもう何も持っていない、本当にただの小娘だ。

 

 強いて言うならば、クシナダというあの巨大絡繰人形の中から巻物を回収する際に確実に一悶着を起こすだろうサソリに対し共同開発者のこの小娘が人質になる可能性も無いとは言えないが…元は暁のメンバーだ、現代の戦争も知らない若い忍共のような隙を見せたりはしないだろう。

 

 それに仮にそれを試すにしても白ゼツに変化をさせれば良い。

 そしてそんな気は最初から微塵もないが、この小娘に戦争の準備の為に武器を造らせるという選択肢も鬼鮫によって右腕が完全に壊された以上それももう不可能だ。

 

 利用価値は何もない。

 ならば生かしておく必要もない。

 

 最期の最期でまたおちょくられた様なのは気に入らないが…それも今度こそ終わりだ。

 目の前で棒立ちする村雨の首を右腕で掴み、その骨を折るべく力を加えようするがそれより先に鬼鮫が掌でストップのジェスチャーを取った。

 

「マダラさん、この娘を殺すのは少し待って頂けますか? 最期に1つだけ確認したいことがありますので」

「確認したいことだと? …まぁ良い、好きにしろ」

「すみませんね…では」

 

 出来ればこいつは早急に葬ってしまいたいのだが…まぁいいだろう。

 鬼鮫はペイン長門とは違い何が起ころうと心変わりするはずもない、旧知の仲の相手に情があろうと見逃したりはしない…その考えはある意味では裏切られた。

 

 幻術に掛けられた村雨から何かを聞き出すつもりなのかと思っていた矢先、鬼鮫は茫然と立ち尽くす村雨の左腕に手に持つ刀を深々と突き刺した。

 情を掛けられるどころか無事だったもう片方の腕も壊され、その激痛に幻術も解かれたのだろう、悲痛な叫びと共に村雨は正気を取り戻したようだった。

 

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

「ぁ…あ"あ"あ"あ"ッ!?」

 

 幻術を解くほどの激痛に叫び、蹲る村雨。

 自身の夢そのものである両腕…それが右腕に続き左腕も壊れたことがはっきりと分かったのだろう。しかしそれでもなお、この現実こそが悪い幻術なのだと縋るような弱弱しい目で血に塗れた両腕を見つめる姿を珍しいとつい思ってしまう。

 

「さて…どこから話しましょうか…ひとまず先程の不意打ちは褒めておきましょう。まさかあれ程大事していた腕を潰されてもそれを利用してくるとは思いませんでしたよ」

「……」

「あれは惜しかったね、せめて小南の誘いに乗ってマダラと完全に敵対しなければ助かったかもしれないのにね」

「尤モ仮二逃ゲラレタトシテモ片腕ニナッタ時点デ最早貴様ニ価値ハ無イ、無意味ナ抵抗ダッタガナ」

 

 こちらの言葉を無視し、必死に動かそうと左腕を痙攣させる村雨にいつになく黒ゼツが毒舌を吐いた。

 

「所詮造ル刀二利用価値ガアッタカラ大蛇丸、サソリ、角都二生カサレテイタ立場デアリ、貴様自身モ連中ヲ利用シテイタ…ツマリハ互イ二利用シ合ウ関係ダッタガ、今ノ貴様ハモウ刀ヲ造レナイ…果タシテ連中ハ貴様二価値ヲ感ジルト思ウカ?」

「…そう、ですね」

 

 それまでの彼女の在り方を嘲る黒ゼツの言葉に漸く村雨は左腕を動かそうとするのを諦め、視線のみをゼツへ向けた。

 

「モット言エバ、連中モ元々オ前ヲ疎マシク思ッテイタノデハナイカ? 腹ノ底ガ読メナイ鬼鮫ト貴様ヲ2人ダケデ行動サセタノモ、万ガ一オ前ガ鬼鮫二殺サレテモ都合ガ良イト…ソウ思ワレテイタノデハナイカ?」

「…それは」

「皆ヲ利用シテキタ貴様ガ死ノウト誰モ悼ミハシナイ…里ヲ、組織ヲ、欺イテキタ貴様ガ最期ハ協力シテクレルト思イ込ンダ男ノ手デ一人死ンデイク。半端者ニハ相応シイ末路ダ」

「まあまあ、そのぐらいで十分でしょうゼツ」

 

 なおも厳しく罵るゼツを宥め、もう一度足元で蹲っている村雨を見下ろす。

 夢が断たれた事、先程のゼツからの重圧、そもそも両腕の大量出血も相まって顔も青ざめていよいよ生気を感じないほどに弱っているようだった。

 

「……貴女のそんな顔を見るのは初めてですね。昔一度二代目水影の巻物を持ち出して私に追い詰められた時はもっと落ち着いていたと思いますが?」

「…だったらもう殺して、あの時はそのつもりだったでしょう?」

 

 ピクピクと痙攣するだけの両腕はもう動かすことは出来ず、更には私だけでなくマダラさんにゼツ…もはや影の名を持つ忍でさえ逃げ出すことは不可能に近い状況…この状況ではもう何も出来ない、そして万に一つ生き延びたところで意味のない事を悟ったのだろう村雨はただただ無気力な声を漏らした。

 

「…村雨、少しはしゃぎ過ぎましたね、貴女の理想は気高い刀匠のものだった…しかし貴女の野望は大きすぎた。良く覚えていますよ、実家の店に訪れる忍達を観察しては年に見合わない刀を造り続ける風変りですがひたむきな姿を──そしてあの時の…望みの素材の為ならば仲間だろうが使い潰そうとする姿も…」

 

 イタチさんに頼まれ、うちはアジトの付近で水月達の足止めしていた際にゼツが戦いを止めに来た後に乱入してきたかと仲間の女に死神の面を被せ、人柱とした挙句に腕や腹を斬り狂気的な笑みを浮かべる姿を見た時に、分かっていたつもりだったが改めて確信した。

 

「所詮、貴女も私も──ろくでもない人間だ」

 

 どんな者も死に際になるまで自分がどんな人間か分からない…かつて行動を共にした方はそんな事を言っていた、だが最後を迎えるまでもなく分かる事だった。

 私の様な人間を信じた結果、その私の手で、それも自分が造った刀で幕を下ろされるこの娘のろくでもない死に方もゼツの言う通り相応しいものだろう…お互いにとってね。

 

「…ただ、最後の前にもう一度だけ聞いておきましょうか。我々の計画に協力する気はありますか?」

 

 既に一度断られた質問を繰り返す。

 内容こそ同じだが一度目とはその重さはまったく違う。

 

 無邪気に、思うがままに生きてきた彼女は希望に満ちた答えと共にこの誘いを退けたが今の彼女に希望などありはしない。全てを失い深い霧の中に放り出された今ならばまた違う答えが出るのかもしれない。

「我々の計画の為には輪廻眼が必要でね…それを奪う時に人質なり取引の材料のフリをして頂ければこちらとしても楽に済むかもしれない…最早医療忍術でさえ治せないその両腕でも幸福な幻の世界ならば関係ない。この場で殺される事もなく夢の続きを見られる…悪い話ではないでしょう?」

 

 声を一つも上げずただ静かに涙を流し、今にも途切れそうな小さい呼吸を繰り返す村雨に最後の確認をする…果たして彼女の答えは──

 

「確かに私はろくでもない人間です。夢を叶える為ならば大切な仲間を犠牲にしようと構わない…えぇ、やはりろくでもない人間なんでしょう。…それでも"夢を見る為"だけに仲間を裏切るつもりはありません…幸福な夢なんて、誰かを犠牲をするまでもなくいつも心の内に宿しているのですから」

 

 ──案の定、彼女は静かに首を横に振った。

 

「たとえゼツさんが言うように皆から疎まれていようとも、彼らと出会ったことは私の誇りです…少なくとも私にとって無意味な計画の為に犠牲になんて出来ません」

「はっきりと言ってくれるな、ならばもう終わりだ…お前の未来は死だ」

 

 村雨の答えを聞いてマダラさんがクナイを片手に一歩近づいた。

 

「マダラさん、この娘は私がやりますよ」

「いや、ここまでこの小娘を生かしていたのは俺の不手際だ。俺の手で清算するとしよう」

 

 叢雲の剣と村雨の間に右腕を差し込み静止を掛けながら、左手に持ったクナイを走らせた。

 

「さよならだ、狂人よ」

 

 

 

 

 

 瞬間、夜の暗闇が激しい光に埋め尽くされた。

 

 

 

 

「ッ!? 何だこれは!?」

 

 光玉、いやそれだけではない。

 網膜を刺激する激しい光だけでなく甲高い音と空気振動が鼓膜、全身の骨にも激痛が走る。

 視覚、聴覚を奪う術に動きが封じられた最中、激しい光で真っ白になった視界に我々同様に突然の事態に呻く村雨が川から這い出てきた何かに飲み込まれる光景が映った。

 

 光の中に僅かに見えた影は人ではなく、手も足も持たない不気味なシルエット…あれは間違いなく──

 

「蛇…大蛇丸か」

 

 光と音が収まると同じく村雨を飲み込んだ何かを確認したのだろうマダラさんがそう呟いた。

 

「まさかあの男が、両腕を失ったあの女をまだ守るとはな…お得意の人体改造で両腕を移植でもしてやるつもりか?」

「どうでしょうね…しかし、大蛇丸がどういうつもりか知りませんが、あの娘は他人の腕など受け入れませんよ──あれはそういう拘りが強い質ですので」

「そうか…しかしまた動き回られるといい加減面倒だ、すぐに消しておこう──と言いたいところだが…」

 

 マダラさんが珍しく言葉を濁した。

 そうだ、あくまで必要なものは輪廻眼と八尾の一部…その内の一つ、輪廻眼は村雨の到着が遅れれば小南達は警戒を強めるはず、そして八尾の一部も今や土影の手に渡っている…厄介な事に村雨を追ったところで得る物はなにもない。

 

「…五影会談もそろそろ始まる頃合いか。輪廻眼の回収も急ぎたいところだがまずは五里の指針を確認しておくべきだな、場合によっては宣戦布告も必要か」

「では輪廻眼の方は私が?」

「いや、流石に元暁のメンバーが3人いてはお前でもキツいだろう…五影会談を確認次第俺が行こう。鬼鮫、お前は念のため八尾確保に向かってくれ…会談の内容次第では少々面倒だが潜入を頼む」

 

 

 

 

 場合によっては近々起きる戦争に向けて打ち合わせをしながらも頭の片隅にまんまと逃げられた村雨の姿がちらつく。

 

 自分の目的の為ならば仲間だろうが平然と裏切るあの娘ならば自身の夢を奪われた時、月の眼計画に縋るだろうと思っていた。

 すぐに殺そうとするマダラさんを「殺す前に確認したい」と止めたのもそれ故だ…その言葉に嘘はなく、村雨の答えがどうであれ殺すつもりではあった。

 だからこそ、最後に確認したかった──自分と同じ"ろくでもない人間"の最後がどんなものなのか。

 

 だが結局彼女は仲間を売らず1人殺されることを選び、自身の価値を失ってなお大蛇丸に救われた。

 つくづく、理解の出来ない人だ。

 

 周囲の人間に平然と迷惑を掛けて裏切る癖に悪意はなく、裏切られた事がある者も何故か彼女の味方を続ける…一体どうなっているのやら。

 

「死に際になって初めて自分が何者か気付かされる…イタチさん、貴方の言った通りなのかもしれませんね」

 

 ろくでもない人間として何もかも失って死んでいく、そんな相応の最期を迎えると思っていた狂人がこの状況から生き延びたのだ…自分がどんな人間なのか死ぬ前に知ることは中々思う様にはいかないらしい。

 

 …ならば果たしてこの怪人の最後はどのようなものになるのやら。

 偽りの無い夢の世界に行けるのか、或いは霧に彷徨ったままこの先に待つ戦争で果てるのか…マダラさん達と別れ、誰に問うのでもなく口にしたその言葉は夜の静寂の中に消えていった。

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 

「…ここは…痛ッ!」

 

 鬼鮫さん達に囲まれ、マダラさんに刺される寸前に突然の光に視界を奪われたと思ったら一転して真っ暗で生暖かい空間に押し込まれた…そのまま数十秒程だろうか、とにかくさほど長くはない時間が経過した後森の中に投げ出された。

 

 妙に身体がベトベトしているが…これは唾液か? 

 何者かに食べられて吐き出されたのだろうか…良く分からないが何者かに捕食されずに済んだ上に鬼鮫さん達から逃れられたというのは実に幸運と言えるだろう。

 

 …尤も、この両腕の痛みが証明する通り生き延びる幸運も今の私にとっては価値はない。

 既に何度も試したがそれでも一縷の望みを掛けて両腕を動かそうとするも激しい痛みが走る割に僅かに震えるだけ。

 

 分かっていた。

 この両腕がもう動かない事はもうとっくに分かっていた。

 …それに、いつかはこんな日が来る事も…きっと分かっていた。

 

「──仕方ない…よね」

 

 分かっていても止まれなかった。

 里の中の小さな世界に囚われているだけでは巡り合うことも出来ない人、術、素材…色んな存在に触れる事が出来た…それだけこの世界には私の作品造りを高めてくれるものが溢れた素晴らしいものだったのだから。

 

 精一杯研鑽を続けることが出来た…だから──

 

「……あ」

 

 吐き出された時に服の内側から散らばったのだろうか、いつもの仕事道具を入れた巻物が地面に投げ出されていたことに気付き思わず手を伸ばす。

 

 ズキンと、無情な痛みが響く。

 

 ブラブラと力の宿らない腕は巻物を拾おうと思った時から何一つ動いていないことにため息を吐いて、巻物のすぐ傍にしゃがみ込んで無力な腕を巻物の真上に持っていく。

 

 

 巻物を握ろうとしても指が動かず叶わない。

 痛い。

 指を動かそうとする度に耐え難い程傷が痛む。

 何度も何度も何度も指を動かそうとするが触り慣れた乾いた紙の感触さえも伝わらなくて頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 

 

 

 

「うああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 

 発狂と共に動かない右腕をすぐ傍の木に肩ごと叩きつけると傷口から血が噴き出して顔と木をべったりと張り付くが知ったことでではない、意識が飛ぶ程の痛みが走るがそのおかげだろうか、ビクリと右腕は反射的な動きを見せた。

 

「ゥ…アァ…アハ、アハハハ…動いた…動いた…あぁ…よ、良かった、良かった」

 

 また右腕からブチブチと嫌な感触が伝わってくるがそれでも動いた、動いてくれた…。

 霞む視界と今にも崩れそうな身体を必死に保って足元の巻物を拾い上げ、胸に抱え込む──そうしないとすぐに力が抜けた指の間から滑り落ちていくだろうから。

 

 落とさないように慎重に、ゆっくりと身体を動かして血が張り付いた木に背中を預ける。

 無理やりにでもこの腕をほんの少しの間だけでも動かせたんだ、少し休んでもう一度、今度は左腕を──何度か試せばきっといつかちゃんと動くようになるんじゃないだろうか? 

 

 酷く痛くて、もう一度試すのは少し怖いけど…ちゃんと治してハレンチ博士と再会すれば"十拳剣"が貰えるんだ…他にもまだまだ造りたい作品はいくつもあるし、水月に渡した刀もちゃんと使っているところをまだ見ていないんだ。

 

 …あ、それにマダラさんの計画とか鬼鮫さんの立場とかも皆に伝えなきゃ…やることが一杯、大変だ…だから──

 

「──待っていて皆…私は生きている」

「いやいや死ぬよホントに! 治療の準備をしている間に気軽に自殺紛いの事するのやめてくれるかな!?」

 

 不意に聞こえた声に何だかボーッとしていた意識が辛うじて繋がって声のした方へ視線だけなんとか動かす。

 霞む視界にぼんやりと映るのは真っ白な肌と琥珀色の蛇の様な瞳…その特徴は間違いなくハレンチ博士の…あれ? でも聞こえた声は確か…

 

「……カブト…さん?」

「まったく、再会して早々にこんなとは…相変わらずだね君は」

 

 ハレンチ博士そっくりの血の気を感じない程に真っ白な肌、赤いローブから出た手も蛇の鱗の様な線が入ったその風貌は何らかの人体改造の結果なのか大きく様変わりしているが、呆れた様子が多いに感じ取れるその声はやはり3年近く聞いてきたカブトさんのものだ…見た目の変化はともかく一先ずは安心して良さそうだ。

 

「…あ、でもカブトさんが何故こんなところに? サスケ君を追っていたのでは?」

「少し手違いがあって暫く身を潜める必要があったのさ。…まぁなんというか、お互い酷くやられたものだね」

 

 お互いに…両腕の傷を見て話すカブトさんの口振りはつまりは自身もまた似たような事があったという事だろうが…。

 

「君と別れた直後、ボクはあの面の男の不意打ちを受けて心臓を刺された…はっきり言うと殺された訳だ」

「…え?」

 

 殺された? 

 では目の前にいるカブトさんは一体? 

 お化け…いや傷の具合で言うと私も十分出血多量だ、もしかしたら私も既に死んでいてここは死後の世界というやつなのか? 

 

「いや、姿の変わり様からしてもハレンチ博士が穢土転生を使い復活させた後に人体改造を施したと考える方が妥当かも…私が言えた事ではないがそっちの方が可能性がありそうというのもどうなんでしょう、ハレンチ博士…」

「愉快な事を考えているところ悪いけど一度死んだだけで別に化けて出たでもなければ誰かに穢土転生されたでもないよ」

「違うんですか?」

 

 かなり良い線をいっている推測だと思ったのだが…と少し驚いているとカブトさんも若干渋い表情を浮かべ「まぁ、正直微妙に正解に近いのが困るけどね」という前置きをした上で口を開いた。

 

「…"死魂の術"という死体を動かす術を死ぬ寸前の自分に掛けたのさ──"大蛇丸様の亡骸を傷口に埋め込め"という命令と共にね」

 

 …何を言っているんだこの人は? 

 

「…不可能でしょう?」

「仰る通り、自分でも一か八の離れ技さ。膨大なチャクラ量と緻密な操作を要求する医療忍術よりまだ可能性があると言うだけで上手くいく保証は全くなかった、当然だけど己の身体でやるのなんて初めてだしね」

「……他人ではやったんですか?」

「ん? あぁうん、木ノ葉の暗部の人を2人ほど…って、今はそれは別にどうでも良いだろう」

 

 どうでも良いのだろうか…少なくともあまり良い術とは言えない気がするが…まぁ本来とは違う使い方ではあるがカブトさんの命が助かったのだから良しとしておくか…。

 

「ともあれ心肺停止の状態で大蛇丸様の亡骸の身体の一部を抉り傷口に埋め込んだことで、亡骸であっても凄まじい生命力を持つその細胞のおかげで息を吹き返すことには成功した訳だけど…そこからがむしろ大変だったよ」

 

 言葉続けながらカブトさんが自身の全身を覆う赤いローブを脱ぎ左胸を晒すとその部分だけ全身の変化とはまた違う…血管が浮き上がり脈打って…明らかに無理やりな移植なのだと一目で分かる。

 

「ただでさえ致命傷な上に逆にこの細胞がボクを取り込もうとしてとんでもない激痛に襲われたよ…おまけにまだアジトにいるあの男に気付かれないように呻き声一つ上げられず…地獄の様な時間だったよ」

「無茶をしましたね」

「本当にね──それでも必死に耐えて…生き延びた。だがそれだけではまだ足りなかった。ただの延命の為だけではなくあの男に対抗する力を得る必要があった」

「ッ! まさか…」

 

 漸く、合点がいった。

 カブトさんと別れて数日後、木ノ葉の忍の皆さんに敗れた角都さんの治療に再びあのアジトに訪れた時に一緒にハレンチ博士の供養をしようと思ったがその時にはハレンチ博士の亡骸は消えていた。

 どこかの里の忍が持ち出したのか、それとも自身の亡骸を長く残さない様にハレンチ博士が何らかの細工をしていたのかと思っていたが…違った。

 

「──カブトさんの今のその身体は…だから」

「そう…傷口に埋め込むのとは別に、大蛇丸様の亡骸を移植したのさ」

「どうしてそこまで…カブトさんの目的は孤児院に帰る事だったのでは?」

 

 確かに一度目を付けられてしまった以上、マダラさんに対抗する力は必要かもしれない…だがその為に死のリスクが高い方法をとるなんて本末転倒だ。

 

「そうだね…あの家に帰るだけならこんな危険な力に手を出す必要はなかった。…だがあの男はボクを殺す時にサスケ君を…そして君を利用する気なのだと口にしていた」

「……え?」

 

 思わぬ言葉に呆気を取られる。

 極めて成功率の低いであろう手段で命を繋いでなお、自らの身体を取り込もうとする細胞を更に移植するという危険過ぎる行為…それを行った理由がまさか──

 

「…サスケ君の、それに…私の為に?」

「仕方ないさ、サスケ君には悪い事をしてしまったし…君には大きな借りがある。細胞に身体を取り込まれ自分が自分でなくなるような感覚…それに抗う事が出来たのは"自分は薬師カブトなんだ"という揺るぎない意思があったからだ、そしてそれに気付かせてくれたのは──君だ」

 

 その言葉と共にカブトさんは自身の背後を視線へ指し示した。

 その地面には九字護身法を基にした大規模かつ複雑な術式が描かれ、術式の四隅には分身であろうカブトさんがそれぞれ配置している。

 

「木ノ葉の里で使われる大掛かりな医療術さ。これで君の細胞…その伸ばしっぱなしの髪を使って欠損した肉体を再構築する──これなら他人の身体を移植するのでもなく身体を改造するのでもない…紛れもない君自身の身体でその両腕を治す事が出来る」

「…本当、ですか?」

「細胞比率に寸分の狂いも許されず、チャクラコントロールも常に針を通すつもりでなければならないが…なに、息を吹き返してすぐに激痛の中で医療忍術を使うのに比べたら大した事ではないさ」

 

 そう言うとカブトさんは術式の四隅とは別に"前"の字正面に印を結び出す。

 

「さぁ悠長に話していたが傷も深いんだ、早く始めよう。──木ノ葉の医療部隊長、薬師ノノウの子にして大蛇丸様の弟子…薬師カブトの名に懸けて君の両腕は必ず治してみせるさ」

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