霧隠れの狂人   作:殻栗イガ

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3年振りの帰郷

 極限までに高めた集中力を一瞬たりとも緩める事なく目の前の霊体の瓢箪と向かい合う。

 その瓢箪こそが十拳剣の器…改めて信じられない代物だ。

 

 実体を持たない霊体でありながらも一度封を解き、刃を型取らせればあらゆる物を断ち切る名刀と化し、更には突き刺した対象を永遠に睡魔の世界へと閉じ込める強力な封印術を宿した草薙の剣の一振り。

 

 恐らくこれを造る事は私には不可能だろうと否応なしに理解させられ胸を搔きむしる嫉妬心に駆られるが…それでもこの作品を肉眼で見られた感動の前には些末な事だった。

 今は無理でも後に造れる様になれば良い、嫉妬に囚われるぐらいならばこの名刀を余すところなく観察し得られる知識も、抱く感情さえも成長の糧にするのみ。

 

「──さて村雨、それで要望なのだけど…これを後7本程造ってくれるかしら?」

「…? …? ………?」

「返事は?」

「納期は?」

「戦争が本格的に始まるまでに間に合えば良いわ」

 

 開戦間近にとんでもない無茶振りに開いた口が塞がらない。

 出来ない…と断るのは簡単だがしたくはない、だからといって出来ない仕事を請け負うというのもするわけにはいかない。

 

 だから…考える。

 この無理難題を出来ると言える方法を──今まで手に入れた素材、知識、能力、技術、全ての記憶を引きずり出して答えを導き出す。

 

 ──穢土転生の術。

 

 あれを使えば本来の持ち主であったイタチさんを蘇らせる事が出来る。

 そうすればハレンチ博士が生前のイタチさんの術から切り離したこの十拳剣と、復活したイタチさんの十拳剣で計二本。

 勿論ハレンチ博士の要望にはとても足りないがイタチさんを呼び出せば十拳剣についてより詳細な情報を得られるかもしれない、そうすれば私が自力で造り出す事も出来るかもしれない。

 

 悪くはない…悪くはないけど必要な生贄をどうやって見繕うか。

 この里の人達なら小南さんにとって必要な事だと言えば喜んで身を捧げてくれそうな気もするが…しかしその信頼は小南さん、それにリーダーさんのこれまでの積み重ねがあっての事、それをおいそれと使うのは気が引ける。

 

 かといって他に誰か…となっても少々難しい。

 それこそ戦争が始まればどさくさ紛れに両陣営から手負いの忍を攫う事も出来るかもしれないがハレンチ博士の提示した納期にはとても間に合わない。

 それにやはり十拳剣の詳細な情報を得られたとしても一から造る為には恐らく専用の、特殊な素材も必要になる事だろう。

 

 仕掛けは違うが似た性質で…その上で見劣りしないものを造る、そっくりそのまま同じ物を造る事は難しい以上やはりそうするしかないか…いや待て、"そっくりそのまま同じ物"──

 

「そうだ、アレがあった」

「あら、無茶振りの自覚も一応あったのだけど何か名案でも?」

「少し、実家に帰る必要がありますが」

「ほう…それは貴女達の一族由来の何か…という事かしら?」

「あ、いえ盗品です」

「……そう」

 

 何やらがっかりさせてしまったそうだが生憎私達の一族にそんな都合の良い物はない…ただ昔、四代目水影様の死後暫くして五代目水影様の就任だとかで中忍以上の忍の方々が何やら慌ただしくしていた頃にこっそり持ち出した貴重品を実家に置いていたのをすっかりと忘れていた。

 何せ対象の術を複製出来る忍具かと思ったがあれ単体だと成立しないものだったらしく当時の私の忍術スキルではとても扱えない代物だった。

 今でも可能かは分からないが今の私には頼れる方々が何人もいる…最悪写し取る分には誰かに頼めば良いだろう、そうと決まれば──

 

「──私も、里帰り致しましょう」

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 ハレンチ博士が各所に設けたアジトの時空間忍術を利用して霧隠れの里近辺の小島へと移動する。

 サスケ君も木ノ葉へと帰郷する際にはお世話になったらしいがハレンチ博士の手回しには感服するばかりだがその気になればどの里にもいつでも襲撃を掛けられるという事実が少し怖くなってくる。

 

 そんな凄い人を伴って3年振りに帰ってきた里を眺め、かつてこの里を身一つで飛び出たあの頃からは想像も出来ない今があるのだと改めて痛感すると共に、その今を更に先に繋げる為にも一秒たりとも無駄には出来ないと帰郷の感傷に区切りをつけていよいよ里の中へと潜入する。

 

「──それにしても、今回は同行して頂いてありがとうございます、ハレンチ博士」

「貴女1人じゃ時空間忍術の術式を起動出来ないからね…水月も、顔が割れている程度なら服装や変化で誤魔化せるけれどチャクラも知られている以上頼りにならないでしょうし」

「とはいえ先日木ノ葉に行ってすぐに霧の里に…なんて申し訳ないです」

「貴女、そういう事はちゃんと気にするのね…いえ、普段も気にはしているけど、構わず振り回しているのかしら」

 

 そういう事は…と言われるが私としては普段から色んな事を気にして生きているつもりなのだが…。

 最近は打ち解けている気もするが元は何か一つ間違えれば物理的に首を飛ばす様な人達と一緒にいるのだから人並み以上に気を配っている自覚はある。

 

 それは勿論、ハレンチ博士の下に初めて入ったばかりの頃は成り行きでの加入という事もあってハレンチ博士との関係を信用し切れなかったり屍鬼封尽の情報を得ようと出し抜いた事もあったが──あぁ、そうだ。

 

「そういえば、ハレンチ博士と一緒に行動するのは短冊街の時以来ですね」

「言われてみればそうね…フフ、随分長い付き合いになったけれど、一緒に行動したのは貴女が来てすぐのあの時以来か」

「不思議なものですね」

「…貴女が私に隠れて暁に会おうとしたり、黙って木ノ葉に行ったりしなければもう少し機会もあったはずなのだけど」

 

 …この話題はここで止めよう、やぶ蛇だった。

 何故ここまで長くお世話になっているハレンチ博士と直接行動を共にした回数が少ないのかと思ったが考えてみれば私が原因だ。

 

「…と、ところで随分と簡単に里に入れましたね。ひょっとしてもう戦争が始まって皆いなくなっているのでしょうか?」

「そうなっていたら香燐辺りが気付くわ。しかしまともな忍の殆どはもう本拠地に移動している頃合いでしょうね」

「本拠地? 忍連合なのでしたら各里から別々に出発した方が纏まったところを狙われるリスクもなく、開戦の前触れも掴まれ難くくて良いのでは?」

「ふふ、やっぱり貴女はあくまで刀匠…戦争そのものについては理解が浅いわね」

 

 むぅ…話題を逸らす事が出来た事は嬉しいが頭の足りなさを言及されるのは否定出来なくともそれはそれで面白いものではないと顔を顰めるとハレンチ博士は微かに笑って口を開いた。

 

「忍連合…と言えば聞こえは良いけれど、例えば村雨…貴女と水月…だと仲が良いから例えとしては良くないわね。…そうね、仮にマダラと貴女が組んで一緒に綱手を暗殺する計画を練ったとして、別々の出発地点から計画だけを信じて綱手の下へ向かえるかしら?」

「…あぁ、無理…ですね」

 

 綱手様本人は勿論、綱手様の下へ辿り着くには手強い難敵が何人もいる。

 そんな強敵に挑む際にどれ程優れた計画があったとしてもマダラさんが本当にその通りに動いてくれるかは分からない。

 もしかしたら計画通りに動く私を囮にマダラさんが一人勝ちを狙う可能性、更には実はマダラさんと綱手様が組んで私を消す段取りだったという可能性…まぁこれは私とマダラさんという前提ならそこまでする事もないだろうが、とにかくそういう疑念が生まれてしまうという事か。

 

「勿論それはほんの一例、他にも例えば五里それぞれが自里から出兵し、雲隠れ近辺のみが戦場になったとしたら?雲隠れの忍だけが何人も死んで土地も荒れる。そうなったら戦争終結を待たずして同盟の力関係も結束も簡単に崩れ去ると思わない?」

「な、なるほど…」

「フッ…まぁ、あの五大里が手を組んだ事実だけでも褒めるべきではあるけれどね。それでも各里には未だ多くの遺恨が残るのが現実。そんな連中が真に連合となるにはその憎しみを受け止めて纏める存在が、直接皆に訴え掛けなければならないのよ」

 

 だからこその里の警備を手薄にしてでもの招集か、なんというか──

 

「──面倒くさい、と思うかしら?」

「大変だなとは思いましたがそこまでは思いませんよ?」

「あら、憎しみとは無縁な貴女だからそういう儀式めいた事を煩わしく感じると思ったけれど」

「水月にも似たような事を話したけれど、私はただ反省してくれたならそれで良いと思うだけで、憎しみを一切抱かない程割り切った人ではないですよ?」

「母親を殺したも同然の霧の里に、少なくとも里を抜けるまではお抱えの刀匠として尽くしていたのに?」

 

 

 

 ピタリと足を止める。

 

 

 

「知ってたんですか?」

「私が興味のある存在については徹底的に調べあげることは良く知っているでしょう?」

 

 プライベートはプライバシー…なんて言葉は忍の世界に関わる者には通用しない戯れ言だろう。

 それに、幼い頃の私でさえ理解した出来事なのだ、調べられた事そのものは意外ではあるが、一度調べたのならばハレンチ博士ならばあの事件の裏に気付かないはずもないか。

 

「西瓜山 河豚鬼…かつて忍刀七人衆の1人でこの里の裏切り者…里の機密情報をいくつも敵里と内通していたそうね」

「その関係性をより深める為に霧隠れの里の名家である私達一族の首を利用しようとしたみたいですね」

 

 まぁ、理解は出来る。

 かつて七人衆の忍刀を造った大爺様程の腕はなく、他の忍具屋の武器でもある程度代用は利く、何より河豚鬼さん本人は当時大爺様の傑作の中でも最強の"大刀・鮫肌"を持っていた。

 彼にとっては今以上の武器を造る事は出来ず、戦場へ出る訳でもない、しかし他里にとっては恐れられた名前を持つ一族である私達は"使い切る"には丁度良かったのだろう。

 

「あの事件の日、里では上忍衆の会議が行われていた…それも暗部衆も含めての大規模のもの。その分、里の警備は中忍の方々が何人も配置された厳重なものでした」

「…そんな日に貴女達の店に岩隠れの忍が入り込むとは不思議に思ったわ、おまけに単身侵入出来る程の実力者の割にはその場に水月の兄がいた事に気付かないというミスを犯したのも妙な話」

「そう、あの事件に他里の人間なんて関わっていなかった…上忍衆の会議に呼ばれず里の警備も任されていない"この里"の下忍が使われた」

 

 忍でもない親子を殺すのならば下忍でも十分、後は戦場で拾ったか偽装して造ったかした岩隠れの額当てをさせるだけ…尤も、その部下というのも私達の一族が裏切り者という嘘を吹き込まれたり、あるいは河豚鬼さん程の立場から脅され強制された可能性の方が高いのだろうが。

 

「あの頃貴女はまだ10歳にも満たない頃でしょう? 良く気付いたものね」

「流石に、当事者としては違和感が多かったので。上忍衆の会議の日を把握して厳戒態勢中に入り込んだにしては不釣り合いな実力の忍、何よりそんな事があったのに里は岩隠れに対して何の行動も起こさなかった…いえ起こせなかった、だって犯人はこの里の人間だったのですから」

 

 結局、私達一族に起きた事件はその後何の進展もなく、その後暫くして他里との内通が発覚した河豚鬼さんを鬼鮫さんが討ち、鮫肌も鬼鮫さんの手に渡った事で歴史に埋もれた。

 

「この里を憎いとは思わなかった? 貴女の母親を奪った裏切り者、真実を隠して貴女や父にその後も変わらず里の為に刀を造らせ続ける上層部…忌み嫌うには十分だったんじゃないかしら?」

「私は、事件の裏を理解した頃にはすっかり刀造りに傾倒していましたから…それも母の死の後に定めた目標をあっさりと達成した後、少し冷静になってから思い至っただけなので今更恨む事も出来なくて…ただ、それ以前にずっと里に尽くしてきていた父は見ていて辛いものがありましたが」

 

 大爺様程の才能がないと、勝手に見切りを付けられてこれまでの貢献も無視されて切り捨てられて母を失った。

 それでも私の生活や事件に何の関わりのない者達の為にも里の安寧を守る為に刀造りは続ける事を選んだ父の苦悩はどれ程だっただろうか。

 

 刀を造っていながら更なる高みを目指す研鑽の心を捨て去って、もっと優れた刀を造れるにも関わらず手抜き品を造ってしまう中途半端な決断は好きになれないが、それでもあの人の胸中を思うと心が痛むのも事実だった。

 

「父に…会わなくても良いのかしら?」

 

 里を横断し、3年振りの家に辿り着いた時ハレンチ博士から投げ掛けられた問いに静かに首を横に振る。

 

「構いません。霧の追い忍衆が私を殺そうとしたということは父も私を殺す事を受け入れた…今更顔を会わせても傷付けるだけでしょうし、何よりやはりあの人とは価値観が合わないと思うので」

「価値観?」

「父はあくまで里ではなく、里に住む人達の事を思っている…だからあの事件の後でも刀を造り続けていたし、私の抹殺も容認したのでしょう。…けれど私は、この里が好きなんです」

 

 たとえ同胞の血にまみれようとも、たとえ裏切り者が生まれようとも、たとえ母の死の真相をひた隠しにしようとも…

 

「霧に飲まれ先が見えないまま彷徨い続けても、それでも歩くことを止めずに今日まで在り続けたこの里の強さが…やっぱり私は好きなんです。砂の里も、木ノ葉の里も、色んな世界を見てきたからこそ胸を張ってそう言えます。だから…守る為の刀は私が造るから、守る為の力を貸して下さいハレンチ博士」

「…それは、貴女の造る刀がそれ程使いたくなるか次第よ」

「その答えなら安心です。ありがとうございます、ハレンチ博士」

 

 その答えは私にとって確約に他にならない。

 師へ深く感謝しながら家の庭に設けられた墓石──母の墓標に歩み寄ると墓の両隣の地面にそれぞれ二本ずつ突き刺さる鞘に入った刀の内右端の一本を手に取る。

 

「それは?」

「母が死んだ時、母の命を奪った刀に魅入られた私は人生を捧げてその刀を超える作品を造るのだと決意した──たった3回で出来てしまったんですけどね」

「3回…ならその4本の内1本は貴女の母を殺した、貴女の父の作品という事かしら?」

「いえ、あれは父がとっくに処分しちゃいました…他の3本は正しく私がその時に造ったものですがこの4本目は私や父が造ったものでも…もっと言えば刀でもありません。…隠すのに丁度良かったから鞘を作って刀を装って混ぜていただけです」

 

 そう説明と共に鞘を抜けば花飾りの付いた杖の全容が晒される──ハレンチ博士ならばそれが何か分かるのだろう…呆れたような視線を向けてきた。

 

「四代目水影、やぐらの武器ね…そんな物を持ち出した挙句母親の墓に隠してたなんて…呆れて物も言えないわ」

「自分でもどうかなー…と思いましたが、他に良い隠し場所も思い付かず…でもこれがあればご要望の物も出来るはずです」

 

 四代目水影がこの武器を用いて使ったとされる"水鏡の術"。

 写し取った存在と同一の存在を造り出して同じ力で相殺させる忍術──それがあれば如何にして造られたのか未知である十拳剣の複製品さえも生み出せる。

 後は一時的な存在であるその複製品を受け入れる器を造るだけ。それならば屍鬼封尽の術と然程条件は変わらない。その程度の事ならば…私ならば出来る。

 

「…さて、目当ての物は手に入りましたし、騒ぎになる前に逃げましょう」

 

 多くの忍が出払ったといっても里を完全に無防備にするはずもない。

 残った戦力とここで衝突するつもりもない、とハレンチ博士に声を掛けるがハレンチ博士は墓から少し離れた位置に聳える、うちの庭で一番大きな木に静かに視線を向けていた。

 

 一体あの木のどこがそんなに気になるのだろう? 

 そんな疑問が一瞬頭に浮かぶ──が、すぐにどういう事なのか、理解してすぐにここを立ち去ろうと踵を返す。

 

「…母の死の後造った3本の刀、最後の1本はこれかしら?」

 

 つい口にしそうになる言葉を抑え、急いでこの場を走り去ってしまおうとしたのだが背後のハレンチ博士から不意に声を掛けられて振り返る。

 

「え…はい、そうですが?」

 

 左から3本目、4代目水影様の杖の隣にあった刀を手に取ったハレンチ博士の意図が読めずとも一応頷くとそれをゆっくりと手に握らされる。

 

「持っていきなさい。この先にあるのは死と隣り合わせの戦争──命を捧げて成し遂げようとした最初の決意、生きる意味を忘れない為にも貴女の生き方の始まりを傍に置いておきなさい。…いつかまた、生きて帰ってくる為にもね」

「…ハレンチ博士?」

 

 何となく、ハレンチ博士の意図を理解する一方で、同時にハレンチ博士がそういう事を気にするのだろうかと疑問も抱く。

 しかしそれを確認するのもどこか憚れる気がして結局、半信半疑のまま視線を再び例の木へと向ける。

 

「──ただいま。それと、いってきます」

 

 果たしてハレンチ博士の言いたい事を汲み取れたのか、答えは分からないままだが立ち去ろうとした直前に何となく口に出せなかった言葉を木の陰に姿を隠した"誰か"へ伝えたのを最後に霧隠れの里を立ち去るのだった。

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