"首斬り包丁"が"鮫肌"に接触した瞬間に脱力感に襲われる。
"忍刀七人衆"の持つ七刀の中で"大刀・鮫肌"を最強たらしめるチャクラ吸収の能力…だが、"最強の能力"が全ての相手に対して"最適"であることはない。
意思を持つ刀である"鮫肌"のチャクラ吸収は喰らう相手のチャクラの質によってその強弱が変化する…三尾のチャクラを宿していた水月との戦いと比べて、私のチャクラを吸収する速度は遥かに遅い。
ただしそれは"鮫肌"の食欲を刺激しない程度のチャクラ量でしかないという意味であり、急いで対処しなければ結局のところ少ないチャクラを喰い尽くされる事に変わりない。
だが忍術で対抗しようとしたらそれが"鮫肌"の食欲を刺激する──"忍術"ならば、だが──
「──"爆刀・飛沫"」
「ッ!」
右手に握る"首斬り包丁"とは別に左手の内に更なる刀を出現させる──それは無数の"起爆札"を利用し、チャクラを介さない爆発による破壊力に優れた一振り、それを鮫肌を握る偽雨の両腕へと振り下ろす。
偽雨は咄嗟に"鮫肌"を引いて後方へと飛び退くがそれより早く"飛沫"と"鮫肌"の刀身が接触し爆ぜる。
大量の起爆札の爆発による衝撃は腕が吹き飛ぶかと思う程に激しく、互いに握った刀が零れ落ちて足元の水面へと吸い込まれていく。
しかし両腕で"鮫肌"を握った彼女と違い、私が落としたのは片手に握る"飛沫"だけ──もう片方の手に握る"首斬り包丁"を偽雨の首目掛けて全力で振り抜く。
彼女の首はいとも簡単に切断され空中に跳ね飛ばされる──が、ゆっくりと水面へと落下していた頭は水に触れるよりも早く煙の様に霧散に消滅する。
──そして首から上を無くしたはずの彼女の身体は失ったはずの頭部がいつの間にか元に戻っていた。
ハレンチ博士の身体の癒着やカブトさん、綱手様の様な再生、医療忍術とは違う…復元というプロセスすら存在しない再生──それは無限月読によって反映された理想的な改変だ。
首を跳ね飛ばされた痛みすらないのか、偽雨は頭部の再生と同時に手元に出現させていた"雷刀・牙"の切っ先を"首斬り包丁"の空気孔へ挿し込んでくる。
「──しまッ!」
ガチンッと金属の擦れる音がしてすぐに"首斬り包丁"を手放そうとするがそれよりも速く"牙"の雷撃が"首斬り包丁"を通して全身を焼き付ける。
「ぁ…ぅ、ううぐぅ…」
「……"鈍刀・兜割"」
身体が焼かれる激痛に真っ白になりかけた視界に微かに偽雨の手元に更なる刀が出現し、それを頭上に掲げるのが見える──が、感電する身体は動く事も出来ず"鎚の刃"が自らの頭に振り下ろされるのを無抵抗のまま見つめる。
耳にこびりつく嫌な音がした瞬間、白くなっていた視界が赤黒く染まる。
それが自らの血の色だと認識した瞬間に潰れた頭ごと私の全身が消滅する──そして更なる刀を手に即座に"新しい身体"が再構築される。
「"双刀・ヒラメカレイ"!」
「"長刀・縫い針"!」
偽雨の背後に出現すると同時に彼女の両腕へ向かって二振りの刃を振り下ろすが彼女の腕を斬り落とすよりも先にこちらの両腕が細く、それでも頑強な糸に絡め取られる。
「村雨、貴女もここでの戦いがこうなる事は多少は予想していたようだけど、実際に一度死んでみて無意味さに気付けた?」
「無意味だとは思う。だから偽雨、貴女が消えて」
「──そう、じゃあもう少し続けてあげる。貴女の心が折れるまで…"試作・叢雲"」
偽雨の手元に出現したのは"忍刀七人衆"の七刀ではなくかつて私が造り鬼鮫さんに渡った、そして一度は私の両腕をズタズタに破壊した刀。
偽雨は"縫い針"を右手で引いたまま、左手でその刀の切っ先を縛り付けられた私の両腕目掛けて投げ付ける──が、即座に両腕を"水化の術"によって流体化させ糸の拘束から抜け出すと"叢雲の剣・紫雲"を呼び出し寸前に迫ったその刃を弾き落とす。
「両腕はもう治してもらった、恐怖なんてない…までは言えないけど黙って斬られるつもりはない」
「それで構わない、私は貴女が黙るまで斬り続けるつもりだから」
"水化の術"がある以上強みがなくなったと判断したのだろう"縫い針を水面から僅かに盛り上がった地面に突き刺すと彼女は手元に二本の刀を代わりに呼び出し即座にその片方を投げ付ける。
刀の長さ、厚み…記憶の中で一致するのは紛れもなく時空間忍術の術式を刻んだ二振りの刃、"閃刀・黄華"だ。
仮に"試作・叢雲"の時と同じ様に"叢雲の剣・紫雲"で弾き落とせばその瞬間、弾かれた1本目の刃をマーキングに二本目の刃を持った偽雨が時空間移動による追撃してくることは明白──だが、それが分かっていれば時空間移動直後の瞬間を狙えば良い。
目前に迫った"閃刀・黄華"を手にした刀で振り払う──その瞬間、刃の交差点で起きた爆発による激しい衝撃に"叢雲の剣・紫雲"ごと右腕が背の後ろまで押し戻される。
投げ付けられた"閃刀・黄華"に密かに貼り付けられていた起爆札が"叢雲の剣・紫雲"との接触するタイミングで起動したのだと理解した時には時空間移動を果たした偽雨の手にした刃に左胸を貫かれていた。
「狙っていたのは分かってたから罠を張った…」
「…刀の扱いが雑」
「起爆札一枚ぐらいで壊れないのは分かっている、耐えると分かっているのなら最も有効な使い方をするのはその刀の為でしょう」
「………そうかも…ッ! こふ…」
完全に裏をかかれた事に皮肉を言ってみるが思った以上に反論の余地のない主張に苦笑した直後、口から血が溢れ意識が薄れていく──そしてまた身体が再構築される。
偽雨の真正面に出現すると腰に構えた太刀を鞘から引き抜き、その勢いのまま斬り掛かる。
「…再生して速攻…奇襲のつもり?」
「うん、そして成功した」
「ッ! これは…"幻刀・白刃抜き"!」
鞘から引き抜いた刀身から放たれる白米の香りに乗せた幻術チャクラが偽雨の嗅覚から脳を支配し、刺激された食欲を強力な睡眠欲へと誤認させる。
「──残念だけど、もぐもぐ…この世界でその刀は何の力も持たない…」
「それは…木の葉の茶屋の三色だんご!?」
しまった、食欲を睡眠欲に誤認させるという事は裏を返せば食欲を即座に満たされては効力を失ってしまうという事…しかし無限月読を利用して口元にだんごを出現させるなんて何て型破りな…
いや…だが食品を出せるというのは良い情報だ…流石に戦闘中に仙術チャクラを練るのは出来ないが、だんごを出せるという事はアレを出す事も出来るという事だ。
鍔迫り合いから逃れ、後方へ下がると手元に出現させた酒瓶を一気に煽る。
「小瓶? …いや、"選栄蛇酒"!」
「…ック…ふ…ふふ、あははははははははははは!」
突如湧き上がる高揚感にふわふわした気分になってくる──が、それと同時にあらゆる感覚が研ぎ澄まされていくのを理解し、それがどうしようもなく面白くて笑いが込み上げてくる。
とても良い気分…それが冷めない内に刀を構え直した偽雨へ次なる刃を向ける。何よりも殺傷能力に優れた一振りを──
「"蛇刀・蝕"」
「あ!」
"新生・忍刀七人衆"に託した呪印と蟲の毒を宿した刀
その数珠繋ぎの刃に鞭の如く空を切らせ、彼女の持つ"閃刀・黄華"を絡み取り奪う──これで彼女はもう片方の刀の下へ逃げる事は出来ない。
そのまま腕を振るい、刀身を今度こそ彼女の身体へと走らせる。
目にも止まらない速度と柔軟で変則的な軌道で迫る"蛇刀・蝕"を刀で防ぐ手段はない──だがその刃は偽雨に触れる直前に刀ではなく彼女の身を包む高密度のチャクラによって阻まれた。
「"双魔刀・三巴"」
三尾のチャクラの衣が"蛇刀・蝕"を弾き呪印と毒の術式を刻んだ刀身の接触を防ぐ──だが、チャクラの衣といえどそれを纏う人間を生かす為に空気を取り込む必要はある…ならば山椒魚の毒をベースにした毒霧を防ぐ力はないはずだ。
刀身による物理的な接触は諦めもう一つの術式を起動し偽雨の周囲の刀身のパーツから毒霧を散布する。
「そうはさせない」
刀身から毒霧が噴き出した瞬間に偽雨は水面を蹴って空中に飛び上がるとその身に纏うチャクラの衣を変化させ、無数のチャクラの腕を造るとその指先から大量の傀儡糸を自らの背後の滝、その奥へと伸ばす。
「まさか──」
「"巨大傀儡人刀・櫛儺娜"」
直後滝を突き破り出現した巨大な傀儡人形が偽雨をその内側へと格納し毒霧を遮断する。
"双魔刀・三巴"と"クシナダ"の合わせ技…贅沢の極みに思わず酔いも冷めてしまう。
…眼前に現れたクシナダを見上げ、そういえば彼女が生まれたのはこの光景の為だったなとふと思い出す。
「これで吹き飛んで…"無限爆刀・蒸気壮怒"」
クシナダの手元に現れた巨大なドス刀に意識を取り戻し両手を合わせ印を結ぶ。
「そうはさせない。…この世界なら──」
戦闘中では上手く仙術チャクラを練れないから選栄蛇酒を呼び出したが、無限月読の中ではそんな道理がないのだと思い出し一瞬にして自然エネルギーを取り込み仙術チャクラを練り上げる。
「別物だけど…"八岐の術"。そして──"十拳剣・水鏡"」
だが完全な仙人仕様ではなく敢えて身体の一部、両足を巨大な蛇へと変化させる。
足が変化し形成された巨大な八岐大蛇、その口内から8本の刃を呼び出し目の前の巨人の身体を刺し貫く。
突き刺した対象を幻術の世界へと誘う刃は五源龍の鱗でコーティングされた頑丈なクシナダの身体も飲み込んでいく、しかしその巨大な身体全てを一瞬で消し去る事は出来ず振るわれた"蒸気壮怒"が八岐大蛇の胴体を捉え、爆ぜる。
強力な爆撃が蛇の胴体を吹き飛ばし、8つの首も全て捥げて私自身も空中に投げ出される──が、4つの腕の内3つは既に十拳剣に取り込まれ、その胴体にも十拳剣が深々と突き刺さっており動きの大半は封じられたも同然だった。
そしてクシナダの内側に潜む彼女の位置は"双魔刀・三巴"の気配によって感じ取れる──故に彼女に逃げ道はもうない。
「"魂刀・屍鬼切"」
彼女もまた、その刀の気配を察知したのだろう。
十拳剣に吸収され掛けている事で歪んでしまったクシナダのハッチを強引にこじ開けてその場から離脱しようとするが死神の腕は既に彼女の目前まで伸びている。
死神の腕が偽雨の身体に触れ、その内側の魂を掴むと彼女は身体が硬直した様に動きを止め、抵抗出来ないまま水面へと落下する。
「ぐ…うぅぅ…」
「ッ痛ぃ…これなら…どう?」
"蒸気壮怒"の爆発によって私も水面に叩き付けられる様に落下したが、その痛みを堪えながら身体に憑依させた死神へ更に力を供給し、偽雨の魂を掴む力を強める。
死さえも覆す世界で魂を引き抜く封印術を受ければどの様な結果になるのか、僅かな可能性に期待するが半身近くの魂を抜き取られた偽雨の右手が微かに動く。
「──"ぬのぼこの剣"」
「ッ!?」
彼女の手に新たに握られた黒い刀が振るわれた瞬間、実体を持たないはずの死神の腕が紙同然に切り裂かれた。
引き抜く力がなくなった事で彼女の魂は身体の内側へと戻っていき、身体の硬直も解けた偽雨はその剣を構え水面を蹴る。
上段から迫る刃に如何なる武器もその勢いを阻む事は出来ないであろうと本能的に察し──唯一の例外を呼び出す。
「──"ぬのぼこの剣"」
目の前の刃と同一の剣を造り出し、下段から一気に振り上げる。
交差した刃は互いに砕け散り無数の破片を水の中へと落としていく──それは目の前の彼女の心が私と全く同じ強さだという事実を如実に示しており…それを目の当たりにしてどうしても許せなくなってくる。
如何に私の同一体として造られた存在だとしても──
村雨でありながら本気の刀造りが出来ない事に苦悩し、私以上に刀造りに焦がれているのだとしても──私の方が強くないはずがない。
それは彼女も同感らしくその表情が怨嗟に染まり、両手にまた刀を握る。
無論、それらもまた、私と同じ行動だった。
刺しては斬られる。
死んでは蘇り、殺してまた死ぬ。
何度も何度もそれを繰り返して時間の感覚など最早失われたが、水底に落ちた幾万もの刀がその果てしない時間を物語っている。
これまで私が造り、見た事のある刀を全て使い尽くした──それでもまだ私も目の前のもう一人の私も相手に道を譲ろうとしない…その結果"鮫肌"や"首斬り包丁"はそれぞれ30本以上水底に沈み、それを使わせるか否かで戦いを始める切っ掛けとなったはずの"妖刀・村雨"すらもう10本近く互いに砕け合って沈んでいるのだから笑うばかりだ。
「いつまで…こんな事を続けるの?」
傷はない、それでも疲弊した様子の偽雨が久しぶりにそんな言葉を口にした。
「当然…貴女が消えるまで──"妖刀・村雨"」
久しぶり出した自分の声も思った以上に疲れきっていた──それでも「いつまで続けるのか」と聞かれては止まる選択肢などありはしなかった。
その意思表示として既に何度も壊れた最強の剣をまたしても造り出し、偽雨へと斬り掛かる。
「……本当に、どれだけ戦い続けても貴女は諦めないのね」
力無く偽雨がそう呟いた。
その声は何かを諦めたかの様に物悲しく長く続いた戦いに心が折れたのかと疑問を抱くが既に力を込めた腕は止まらずに彼女へ黒い刃を走らせた。
だがその刃は偽雨が振るった"妖刀・村雨"によって砕ける。
同一の刀による砕き合い、それは何度も繰り返した光景でありそれ故に目の前の光景が信じられずに目の開く。
偽雨が握る"妖刀・村雨"は砕ける事なく、それどころか刃毀れ1つなく黒曜の輝きを放っていた。
偽雨が握るその刀は間違いなく"妖刀・村雨"だ、しかしその刀身の周囲には8つの黒い球体が纏わり付いておりそれが1つ1つ徐々に刀身へと吸い込まれていっていた。
"妖刀・村雨"は世界を創り変える刀として確かに完成していた。
だがそれと同時に実際は神樹を器としてぬのぼこの剣の破片とマダラさんの9つの求道玉の内1つを使った試作品でもあった。
しかし偽雨は今その試作品を無限月読を利用して9つの求道玉全てを結集させた完成品へと昇華させたのだ…だがそれは──
「そんな物を使うなんて、貴女はそれで良いの?」
"それ"だけは今までの模造品とは違う。
"妖刀・村雨"が無限月読の恩恵を受けて完成した物であっても間違いなくこの手で造ったものだ、しかしその刀はまだ私達が思い描いただけの未だ造られていない刀でありそれを無限月読に造らせる事で完成させては最早刀匠という存在自体が意味がなくなってしまう。
先程"諦めた様な声"を出したのはそれが誰よりも分かっているからこそだろうと彼女に問い掛ける。
「──だからこそ村雨、貴女は私と違ってこの刀だけは使えない。そもそもこの世界における刀造りは結局のところさっき私がやった事と何の違いもない」
そう、だからこそ私はこの世界から抜け出そうとしているのだから…それでも偽雨はその事実に「けれど」と反論する。
「──それでも私にはこの世界しかない、私が全力を注いで刀を造れる場所はここしかない…だったらそれが無意味だなんて言わせない! 望むままに造れる世界が貴女からしたら空虚な行為であっても、望むものが決して造れない絶望を覆せるのなら──そこには意味はある!」
それは私が真に理解してあげる事が出来ない彼女の心からの叫びだった。
妥協や消去法などではなく、本人にとって苦しい選択であってもそれが最良の結果だと愚直に信じている。
だから…この戦いでもう私の勝ち目はなくなった。
偽雨の持つ完成品の"妖刀・村雨"に勝てる刀は私が知る既存の刀に存在しない。
ならば無意味に刀を複製し破損させるような真似は出来ない──敗北を認め、彼女が私の考えを改めさせるのを諦めるまで"ただ斬られ続ける"、この先はそんな戦いに変わる。
これから私は偽雨に何度も斬られるだろうが彼女がこの世界の存続を望む以上私が消滅する事はない…ならばたとえ何度この身を斬られようとも心は折らない、その決意と共に迫る刃を待ち構える。
──などと格好付けようと怖いものは怖く身を竦ませる、そんな私の耳に届いたのは私の肉と骨を断つ音ではなくドポンという水が鳴らした重い音だった。
「……偽雨?」
偽雨はその手から刀を落とし、呆然と立ち尽くしていた。
「この世界での刀造りはさっき私がやった事と変わらない…だったら、本気の作品をしてみたいという私の望みはたった今それで叶ってしまった」
「あ…」
彼女のその言葉の意味を理解し言葉を失う。
今の偽雨は無限月読によって本来ならば私と完全に同じ刀造りが出来る1人の人間として造られていた…しかし現実世界の情報が流れ込んだ事によって現実世界で死んだ偽雨の"本気の刀造りが出来ない苦悩"も取り戻してしまった。
それ故に彼女は生前に果たせなかった"本気の刀造りをする為"に私に立ちはだかった──だが、彼女の言う通り偽雨はこの世界で最高の素材を使って自らの全力で刀を造った場合の成功作を生み出してしまった。
この世界が現実だったなら、世界を渡り歩けば神樹、ぬのぼこの剣、求道玉…それらを超える素材も見つかるかもしれない──だがこの世界は"私が想像出来る理想が100%叶った世界"だ…私が知る以上のものがあるはずがない。
ならば先程までの手元に呼び出すのではなく実際に自分の手で造ればより良い物として完成するのか?
それも否だ、"妖刀・村雨"を造った時もそうだが私達は必ず成功してしまうこの世界を嘆きながらも刀匠として失敗作を望むわけではない…だからさっき彼女が造ってしまった刀は間違いなく偽雨が造れる限り最高の出来であり──この世界で実際に造ったところでそれ以上にもそれ以下にもなることはない。
彼女自身が言う様に偽雨の本気の刀造りはこれ以上なく果たしてしまった。
「……偽雨、貴女がもう何もしないのなら…私はこの世界を終わらせる」
元々偽雨とは私の理想の為に不幸にした存在、それを救う術など私の理想の世界に初めからあるはずがなかったのだと痛感し、掛ける言葉が見つからず私はただそう告げた。
「好きにすれば良い…いいえ、そうして」
この世界を破壊する"妖刀・村雨"を造り、握っても彼女はもう戦う意思も見せずむしろそれを歓迎した、それが間違いなく彼女の本心である事は明白だ、それほどまでに今の彼女の状況は職人にとってあまりに辛いものなのだから。
"妖刀・村雨"を握る手が僅かに震える感覚がして小さく首を振る。…彼女をそうした私が言える事など何もない、そもそもここが無限月読の中だと気付いた時から偽雨という存在を私の個人的な都合でまたしても踏み躙る事など躊躇う事なく決めた事だ。
自分の中の感情を"都合の良い罪悪感"と割り切るとたったそれだけの事で迷いは容易に消えて、その代わりにふと古い記憶が蘇る。
そういえば、母を殺した父の刀を超える作品を作ろうと夢見てあっさりと造れてしまった後の私もあんな顔をしていたな…
夢や目標という最も強く人を動かす原動力のみを頼りに踏み出して、走り続け、通り過ぎてしまってどうすれば良いのか分からない…そんな顔。
それでも昔の私は刀造りをより上達させようとひたすらに作品造りを繰り返したがこの世界ではそれは出来ない。
やはり今すぐにこの世界を終わらせるべきだ。
そう判断するべき…いや、元よりそう決めていたはずなのに──手にした刀を構えるよりも早く1人の少年の言葉を思い出してしまった。
『ボクがいずれ新世代の忍刀七人衆を再興させる時に元の七刀がなかった時に代わりに造ってほしい』
目当ての忍刀七人衆の刀が見つからなかった時にその代用品を造れという刀匠にとって無茶振りな上に失礼極まりない要望…しかしそれは夢や目標を定めずにひたすらに繰り返す刀造りよりも私の心を震わせた。
だから…いずれ壊す世界で、いつか消える世界の住人だとしても、彼女がそんな顔で消えるのを見るのは耐えられず、無意識の内に"妖刀・村雨"を腰の鞘に戻す。
「──何のつもり?」
「貴女が示した様に"妖刀・村雨"はまだ試作品…だから、もう一度刀を造ろう…私と貴女の2人で」
この世界で望む刀は過程を無視して出現させられる──しかし、1本の刀に対して…それも"妖刀・村雨"を造った時と違い目指す先を共有せずに私と偽雨が互いの望みを託したならば一体どうなる?
私か偽雨…より強い望みを注いだイメージが優先されるのか?
それともどちらともの望みを受け入れた私か偽雨どちらか1人の作品ではない合作となるのか…その答えは私には想像もつかないことだ──ならばそこに、彼女の心を震わせる希望がある。
「……現実で作品を造る際の不確定さを互いに存在で代用するということ?」
「これが私が貴女に与えられる唯一の刀造りの形…本当に上手くいくかは分からないけれど」
"妖刀・村雨"の力で多少のイレギュラーが発生しているとはいえ本来はどんな方法を試そうとこの無限月読の世界はあくまで私の願望が結果に反映される…そして私から持ち掛けた合作だが刀造りが始まれば私は自分の作品を譲るつもりは毛頭なくなるはずだ、つまりその作品に偽雨が託す願望など搔き消されるかもしれない──
「──だから、貴女が本当の刀造りを望むなら私に負けない強い想いが必要…それでも良い?」
「言っておくけどさっきの勝負も勝ったのは私…負けないように頑張るのはそっちの方」
らしくない戦いを終えて、私達は私達にふさわしい戦いを約束する。
それはむしろ先程の戦い以上に負けられない戦いであり、斬り合いを止めた意味があったのか…いまいち分かり難いが…それでも偽雨は戦場での好戦的な笑みではなく、自然な笑みを浮かべてみせた。
そして私も同じ顔をしているのだろう。
その事にどこか満足しながら彼女と並んで流れ続ける滝へと歩み寄る──実際の世界だとこの滝の先がどうなっているのか私は知らないがそんな事は関係ない。
激しい水流に身を打たれながらもその水壁を超えるとその先にあったのは実の幼い頃から見慣れた内装の鍛冶場…霧隠れの里にあるはずの実家の作業場だった。
詰んであるタオルを2枚取り片方を偽雨に渡した後、濡れた身体を拭きながら、その場に置き去りにしてしまっていた方々へと頭を下げて声を掛ける。
「ただいま戻りました」
「「何でだよ!?」」
私が勝つか偽雨が勝つか…どちらにしても2人が無事に揃って帰ってくるとは思っていなかったのか揃って顔を顰めたオビトさん、マダラさんに出迎えられるのだった。