最後まで何卒よろしくお願いします
「バカな…何故貴女がここにいる?」
信じられないと、鬼鮫さんは彼らしからぬ程にはっきりと己の戸惑いの感情を顔に出していた。
尤も無限月読の世界に他者の介入など本来ならばあり得ないことなのだろうからその反応も至極当然だ。
だからこそ、特例を起こした者としてしっかりと説明しなくては──
「私も無限月読に掛けられたのですが"強い刀を造りたい"という私の願望が反映された結果オビトさんやマダラさんが頼み事を二つ返事で了承してくれるぐらいに仲良くなった世界が出来て、そこで神樹や十尾の人柱力の能力を提供してもらいながら刀を造った結果世界を壊す刀が造れて、もう1人の私と協力してその力をより研ぎ澄ました結果世界を創り変える刀が出来たので私の世界と鬼鮫さんの世界を繋げてこちらに来ちゃいました」
「……とりあえず貴女に対してこの術が極めて相性が悪かったことは辛うじて理解しました」
呆れ果てたと言わんばかりに大きくため息を吐いた後鬼鮫さんは「それで──」と鋭い視線をこちらへ向ける。
「一体私に何の用ですか?」
怒りを宿した目…それは他人の理想の世界という本来ならば触れるべきではない心の内へ徒に踏み込んだ蛮行に対する当然の報いだ。
「鬼鮫さんが一体"無限月読"に何を望んでいるのか気になっていたので…ですが…この世界は一体何なのですか?」
何もない…誰もいない…深い霧によって何も見えず物音一つしない、とても人が望む理想の世界とは思えない光景にただ困惑する。
"無限月読"が鬼鮫さんの理想を読み取ることに失敗したのか?
それとも世界を再現するのに失敗したのか?
だがそんな不確実な術ならばマダラさんが世界平和の手段として実行するに至るだろうか?
…ならば残る可能性は一つ、こんな世界が鬼鮫さんの理想通りの世界であるという場合だ。
しかし現実では不可能な望みさえも反映される"無限月読"で何を思えばこんな世界が出来るというのだ?
「平和な世界でも、戦いに明け暮れる世界でも理解は出来ます…ですがこの世界は何も…」
「ク…ククク、そうですね。己以外誰もいなく、何もない…これが私の理想の世界ですよ」
自嘲気味に嗤う鬼鮫さんを理解出来ずに言葉を失う。
鬼鮫さんはオビトさんに計画を明かされ、無限月読を最初から知っていたはずだ…それなのに望むことが何もない世界?
「フ…分からない…といったご様子ですね。尤も私も自分の理想の世界がこのようなものだと認識したのは貴女が現れた時、初めて知覚出来たのですがね」
「え? …どういうこと、ですか?」
「言葉通りの意味ですよ、ただずっと、私はここに"いる"のではなく"あった"というだけのこと」
「鬼鮫さんの説明はよく分かりません」
「貴女にだけは言われたくないのですがね」
それを言われると弱いが私は精一杯情報を伝えているつもりだ。
しかし鬼鮫さんは説明している素振りで意図して情報をボカして話しているように感じる。
「この世界がどういうものかは一度置いておきましょう…それよりも何故この様な世界を鬼鮫さんは望んだのですか?」
「己以外もういらないと…そう思ったから…でしょうね」
「どうして?」
「やれやれ、本当に無遠慮な娘ですね」
まぁ、こんな世界を望むということはきっと何か良くないものを見た…いや、辛いものを沢山抱えてきたから…なのだろう。
詮索したところで私が一体何を言えるというのか、それでも、この人の全てを知りたいと思った。
「忍の世界ならば珍しくもない、幾らでもある話ですよ…自分の立ち位置が分からなくなるというのは」
「立ち位置?」
「任務でした、霧隠れの里の機密を守る為…霧の忍を、同胞を殺すというね」
「…一度…だけではないのですね?」
「何度もそんな仕事を続けた、一度の任務で両手に収まらない数を殺すこともあった」
辛い任務だ。
脳に焼き付き、心は磨り減り、その手に消えぬ血の跡が残る…感情を消す忍とて誰もが嫌がる役目だ…だけど──
「鬼鮫さんはどうして暁…いえ、オビトさんの味方に? 嫌な任務をしていたから霧の里を裏切った…そんな理由ではないのでしょう?」
「…高く買われたものですね」
別に過大評価をしているつもりはない。
だけど、今の話を聞いてこの人が昔、私達家族の店に刀を求めてきたのか分かってしまったのだから。
『キレーにスパッと斬れる刀が良いですね。斬られた相手が痛みを感じる間もなく息絶える様な』
それを望んだのは相手を確実に倒す武器を求めたのではなく、同胞を少しでも楽に殺す為…つまり里の為に同胞殺しの任務を受け持つことを自ら役目として、立ち位置にしていたはずだ。
そこにどれ程の苦悩があったのかは…想像するに余りある、だが今よりも里と里の争いが燻っていた当時の時勢においてその任務が必要なことであることは理解できる。
だからこそ、この人が自らの任務を投げ出して他里の者や抜け忍の誘いに乗るとは思えなかった。
「やれやれ、愉快な思考回路をしている癖に…どうしてこういう事ばかりは目敏いのやら」
「鬼鮫さんは隠し事が上手ですから却って気になるんですよ、水月ぐらい明け透けなら…言葉通りの本心なんだと簡単に信じてしまうと思うんですが」
「なるほど…それは、私には出来ない生き方だ」
納得と、ほんの少し残念そうに笑うと鬼鮫さんは諦めたように口を開く。
「確かに貴女の言う通り、私は同胞殺しの任務を里の為だと呑み込んだ…実際、機密情報を持たされた情報班の者達は戦場で戦う忍と比べて気概は弱く、敵に捕らわれれば簡単に口を開くであろう連中が殆どでしたしたね」
それはきっと命令を下した上役の判断ではなく直接手に掛けた鬼鮫さんの見立てで恐らくは間違ってないのだろう。
それだけに"殆ど"という言葉は重く、苦しかった。
「第三次忍界大戦の傷が残り里と里が互いに裏から出し抜こうとしていた時代だ、綺麗事だけで生き抜くことなど出来ない…この役目はそれだけのことだと思っていた、四代目水影様から私へ、上役を通さず直接命令が与えられる日まではね」
「直接?」
「…クク、綺麗事だけでは生き抜けない、そんな風に思いたかったのですがね…世の中というのはどうやら綺麗事で飾って誤魔化すなど出来ない程に穢いものだとその時になって思い知る──里の機密情報を守る為に私に同胞殺しの任務を与えていた男が他里に情報を売っていたのですからねぇ」
あぁ…それは良くないな。
里を守る為に仲間を殺し、自らの心を磨り減らしながらも遂行した役目が全て無駄だったと知って平然としていられる人などいるはずがない。
「鬼鮫さんが殺した上役、先代の"大刀・鮫肌"所有者、西瓜山河豚鬼さんですね…里の裏切り者として処断され"鮫肌"と"忍刀七人衆"の座を鬼鮫さんが引き継ぐことになったとは聞いていましたが…その様な経緯だとは……」
だが、鬼鮫さんの語ったことが真実ならばそれはあくまで里の、四代目水影様の命の下行った里の裏切り者を葬る正規の任務だ。
やはりオビトさんと繋がる内容ではないはずだが…
「不思議そうですね、しかし村雨、貴女の疑問の答えは簡単なこと…私に西瓜山河豚鬼の暗殺を命じた四代目水影、やぐらは操られていた…うちはの瞳術によってね」
「…霧の里、私達が思っていた以上にボロボロだったんですね」
「クク、全くもって」
"忍刀七人衆"の一員たる里の重役は裏切り者、里を纏める水影は操られていた…オビトさんがその気ならきっと簡単に里崩しが成されていたのだと今になって思い知る。
「それを知ったのは私が彼の命令を遂行した後だった。彼は私に自らの正体と"月の眼計画"を明かしてくれましたよ、偽りのない世界を造りあげると…私は──そこへ行ってみたいと思った」
「その為に河豚鬼さんの"忍刀七人衆"の座を継承し、その経歴を利用して大名の暗殺、国家破壊工作を…」
「里長も上役も機能していない里など…とうに壊れた器だった。私は彼の計画に乗ることを選び、貴女の言った事やそれ以外にも多くの事に協力した…全ては偽りのない世界へ至る為に…」
そう締め括った鬼鮫さんは突如肩を震わせた。
「──しかし、私に計画を持ち掛けた人物…マダラさんは本当はうちはオビトという名で…最後の最後で"月の眼計画"を反故し貴女達に味方した…またしても私は裏切られた」
「オビトさんは、ナルト君に希望を見出した。無限月読に頼らずとも世界を平和に導けるのだと」
だがそれは無限月読に"平和の世界"を望んだオビトさんだからこその選択だ、計画を共にした鬼鮫さんが無限月読に望んだのは"偽りのない世界"。
それはきっと平和以上に実現する事が難しい世界だろう──それこそ無限月読に委ねなければ叶わない程に…。
「鬼鮫さんの事情は…分かりました。きっとその苦悩のほんの少しだけ…なんでしょうけれど」
無限月読に望みを託す理由は理解は出来た。
だが、それならばもっと理解出来ない、いや許せない事実があった。
「もう一度だけ聞きます、この世界は…何ですか? 自分以外何もない空っぽの世界…偽りのない世界とはこういう形で望むものではないはずです」
深い霧で少し先すら見えない孤独の世界…確かに自分以外の存在が何一つ存在しなければそこに偽りが生じる事はないだろう…だけど──
「この世界なら酷い任務がない里を造ることも、嘘を吐かない人達を造る事だって出来るのに…どうしてこんな世界なんですか!? どうしてもっと…幸せを望まないんですか!?」
「…聞いての通り、これまでのいざこざで少々人間不信になったものでね。里も人も煩わしいだけだと思っただけの事ですよ…ただの隠遁生活というやつですかね」
確かに、鬼鮫さんのこれまでの経歴を考えれば周囲の人や環境を変えるよりも自分1人の方が居心地が良いという発想に至る事もあるかもしれない。…だけど──
「嘘ですよね」
人間不信…たしかにそうなってもおかしくはない、けれど、それが嘘だとはっきりと分かってしまう。
気が付けば自嘲気味に笑っていた鬼鮫さんの目が鋭くこちらを射抜いていた──それは明らかにこれ以上の詮索を牽制する意図のものだ、しかし…こちらももうそんな程度で止まるわけにはいかなった。
「この世界の正体がはっきりと分かりました。この世界は決して鬼鮫さんの1人になりたいという願望によって造られたものではない──むしろその逆…理想を抱く事も出来なかったから造られた世界なのでしょう」
その言葉を口にした瞬間、目の前に刀の鋭い切っ先が突き付けられる。
「随分と見透かした様に言いますね…私の内心を想像するよりも、先程まで聞かせてあげた言葉をよく考えるべきでしたね…言ったはずですよ、今の私にとって己以外の存在など煩わしい、目障りな存在なのだと」
「そう思うのは仲間殺しの任務を無かったことにして楽になる事を鬼鮫さん自身がしたくなかったからではないですか?」
鬼鮫さんは私に対して無限月読が相性が悪かったと言ったが、多分それは違う…欲しがりな私とそれを叶える無限月読は相性が良くて…本当に相性が悪いのは鬼鮫さんなのだろう。
──だってこの人は…自分1人の幸せを求める事が出来なくて…この人自身がそのことに気付いていないのだから。
もしも…オビトさんがナルト君を認めず、鬼鮫さんにとって仲間のまま無限月読を完遂していたのなら──鬼鮫さんが抱く夢の世界ももっと希望に満ちたものだったのかもしれない。
だがそうはならなかった──それはオビトさんが悪いのではない。
ただオビトさんと鬼鮫さん、2人にとって希望となるものが違うからだ…だったら──
「この世界から出ましょう鬼鮫さん。自分の幸せを自分で認めてあげられない貴方に、この世界は応えられないんですよ」
無限月読はもう彼を救える術ではなくなった。
だからこそ、それを知る前では繋げずに終わった手をどうか今度こそ握って欲しいと差し出す。
「…確かに、貴女の言う通りこの世界に希望はない──だが、絶望もない!」
「ッ!」
差し出していた左手に激しい痛みが走る。
手首から先が振るわれた"試作・叢雲"によって斬り落とされ血が噴き出す。
「あの時と同じだ…貴女がどんな言葉を吐こうが私の考えは変わらない。自分が何者なのか、自分がどこに行こうとしているのか分からないまま生きるぐらいならば何者である必要もどこである意味もない空っぽの世界で生きる方がずっと良い」
「──だったらどうして…未だに暁の装束を着て…握る刀が"鮫肌"ではなく"試作・叢雲"なのですか?」
「!?」
指摘され、初めて自分の所持品に気が付いたのか鬼鮫さんは驚愕に目を見開く。
暁のメンバーとしての証、そして自らが殺める同胞への情…それらは己以外を否定する鬼鮫さんが捨てきれないかつての繋がりそのものであり、私が鬼鮫さんの言葉が嘘だと確信した要因だ。
「…隠す事なんて出来ないんですよ、だってこの世界は鬼鮫さんの心が反映されるのですから」
「勝手に踏み込んでおいてよく言う…それに貴女は誤解している。過去をなかった事にしたくないなどと、そんな明確な意思など私には無い…ただ霧の中で迷って自分の行き先を決められないだけですよ…かつてイタチさんと初めてお会いした時に見抜かれた通りにね」
「何で鬼鮫さんの無限月読に入ってた訳でもないのに見抜けるんですかあの人は?」
何もない世界、鬼鮫さんの話、所持品の3ステップを踏んで漸く少しだけ見えた鬼鮫さんの心を内を顔合わせの段階で見抜いたという話に今気にするところではないはずなのに思わず困惑し、何より少しだけへこむ。
「…本当に、凄い人だったんですねイタチさん。私なんて人の心が分からなくて気が付けば相手を傷付けてばかりだというのに」
「今更ですね、水月やオビトさんがどれ程頭を悩ましていたか…」
「水月達もですけど、鬼鮫さんにもですよね──鬼鮫さんの目の前で仲間を斬る光景を見せたり…暁の裏切り者として私を殺さなくていけない状況にしたり…嫌な思い、させてしまいました」
偽雨、それに鬼鮫さん…自分の欲望に任せた結果どれ程の人を無自覚に苦しめていたのか無限月読を受けた今になって痛感するばかりだ。
過去の自分の行動の愚かさが信頼を得られない理由になっている──それはどれだけ後悔してもどうしようもない事だ。
「──それでも、鬼鮫さん…私、貴方の事をもう諦めません」
「は?」
そして、一番どうしようもないのは私の性根だ…確かに後悔はしているが、それでも私の生き方は変わらない、変えようとなどしないのだから。
何より、何よりだ──
「嫌な思いはきっとさせました。でも私も今…すっごく嫌な気持ちです。サソリさん達と違って最後まで月の眼計画に協力して…どんな世界を望んでいるのかずっと気になっていたのに、それがこんな世界なんて…貴方の理想を私は絶対に認めません」
それは勝手な押し付けだ、それでも言わずにはいられなくて溢れ出る。
「新生・忍刀七人衆を断ったのは私の事が許せないから当然です。でも…"試作・叢雲"を持っているのに失った同胞を取り戻そうとせず、暁の衣装を着ているのにその誰も望まず…たった1人で在り続けるなんて…そんな事は絶対に許せません」
「…馬鹿馬鹿しい、何故貴女がそんな事を気にする…いや、それ以前に何故私の理想に貴女の許しが必要──」
「私は貴方に救われました」
鬼鮫さんの否定の言葉を遮ってそう告げる──鬼鮫さんは、それだけで私の言っている事を察して言葉を止めた。
鬼鮫さんが四代目水影様、いやオビトさんの命令で暗殺した西瓜山河豚鬼さんが他里に流していた情報…その内の1つは私達の一族の情報で母が殺され私と父は満月さんによってその場は救われたが、もしも彼が生きていたなら私達もいずれは殺されていただろう。
「──恩返し、とでも言うつもりですか?」
「そうあるべきだとは思います…でも、ごめんなさい、もっと勝手な理由なんです」
「では何故?」
「生きていたお陰で私は水月と会って夢が出来ました、ハレンチ博士と会って色んな体験が出来ました、暁の皆さんと会ってそれまで想像も出来ない能力や技術を知れました、多くの里を訪れて鍛冶場の中だけじゃない世界を見れました──全部貴方のお陰で得られた私の大切な思い出です。だから…私にそれらを与えた人がこんなつまらない世界で留まり続けるなんて絶対に許さない、貴方がそれらに価値を見出せないというのなら私が見てきたもの全て、何度でも押し付けてその尊さを伝えます」
本当に、いつまでも改善しない私の我が儘を突き付ける。
正しい主張なはずはない、でも…それで良いと思った。
「──分かりました。村雨、貴女は何を言っても譲らない…ならばやはり殺すしかないのだと」
「…はい」
だから、こうなってもそれで良いと思ったんだ。
"試作・叢雲"を再び構えた鬼鮫さんへ、右手に持った"終刀・真月"を投げ渡す。
「ッ! 何の真似です」
山なりで向かってくる刀を容易に受け止め怪訝そうにする鬼鮫さんを他所に斬り落とされた左手を拾い、切断面同士をくっつける。
「この世界は鬼鮫さんの"無限月読"…ですが入り込んだ以上私もこの世界の力を使える──侵入した時にそうなるように創り変えたんです」
「なに!?」
「世界を創り変えて断ち切る刀…私達の最高傑作"終刀・真月"です」
「…だったら何故、それを私に渡す?」
「その刀なら、死を覆すこの世界でも私を殺せるでしょう?」
その言葉に鬼鮫さんは目を見開いて──怒りなのか、嗤いなのか読めない表情で肩を震わせた。
「舐められたものですね、先程の話を聞いて私が貴女を殺す事を躊躇うと?」
「そんなつもりはありませんよ…だってさっきの話と今は全然違う。私を殺す事は任務ではなく鬼鮫さんの意思…だったら、良いんです。私を殺してこの世界に留まる事が鬼鮫さんの望みなら…それで良いです」
「…なに…を…」
「人って我が儘ですから、望む事を…やりたい事をしていたら夢中になって次から次へ目指すものが見えてくるんです。自分が何者かとか、行きたい場所なんてやりたくない事ばかりやっていても見つからないと思うから…だから、どんな事でも良いから…私を殺したら次にやりたい事を見つけてください。そして、こんな世界を望むぐらい嫌な事ばかり…もうしないでくださいね」
カランと乾いた音が霧に覆われた世界に響く。
「…村雨、貴女は分かっていない。私にはないんですよ、やりたい事など何も──」
「だったら、まずはこの世界を出て…オビトさんを許してあげましょう」
"終刀・真月"をその手から滑り落とし呆然と立ち尽くす鬼鮫さんへそう提案する。
オビトさんの心変わりによって決裂してしまった2人だが、もしも鬼鮫さんもオビトさん同様にこの世界が不要と思えたのならきっとまたやり直せるはずだ…だって鬼鮫さんとオビトさんは私と水月と同じ…夢を共にした者達なのだから。
そして、その最後があの様な結末というのはあまりにも辛いことだった。
「そ、それに…やりたい事がないのなら"新生・忍刀七人衆"で活動したりとか…鬼鮫さんが望んでくれるなら刀造り精一杯教えますよ…ちょっと、刀造りとなると遠慮なくダメ出しして不快な思いをさせてしまうかもしれないですけど…」
「貴女さっきまでに一度でも遠慮した言動していましたか?」
「い、いえ…それはそうなんですけど…」
何一つ言い返す事の出来ないカウンターを受けて言葉が詰まる。
ちょっと好感触な反応を貰えたからつい鬼鮫さんにやってもらいたい事を混ぜてしまったがやはり下心を入れると碌な事にならない…ど、どうしよう、ここに来てまた失望されたらもうどうしようもない。
「……そうですね、頭に血が上ってあの人なりの事情を聞きもせずに斬ってしまった」
「ッ! 鬼鮫さん?」
「裏切られたのは私の方だ、私がオビトさんに謝罪する必要があるかは知りませんがね…だからこそ、それを知る為にも、もう一度あの人と話がしたい。…協力してもらえますか、村雨?」
その言葉に思わず身体が震えて目頭が熱くなる…それを必死に我慢して鬼鮫さんの足元に落ちた刀を拾い上げる。
そして、満面の笑みと共に彼の手を握る。
「──勿論です。一緒に、行きましょう!」
長い問答の末に遂に鬼鮫さんと分かり合えた事に歓喜しながら"終刀・真月"を頭上に掲げる。
「それでは…早速オビトさんの無限月読の世界とこの世界を繋げます…大丈夫ですか?」
「いまいち何を話せば良いのか…考えは纏まっていませんが、彼の話を聞かずに出てくるものでもない。頼みます」
悪く言えばオビトさんに裏切られ、鬼鮫さんは彼を斬り付けた…どう考えても何も気負わずに会えるはずがない。
それでも恐れずに再会し話をしようという鬼鮫さんの勇気に感服し、早速この世界とオビトさんの世界を繋ぐ裂け目を創ろうと"終刀・真月"を振う。
しかし私と鬼鮫さんの世界を、そして鬼鮫さんと今の世界を繋げたような亀裂は出来ずただ空を斬るだけだった。
「…これは」
「失敗…チャクラ切れか何かですか?」
「いえ…この刀は刀身に宿す2つの意思によって常に最強であろうとし続ける性質を持っています…その為チャクラも常に増幅し続ける…持ち主が誰であってもチャクラ切れはありません」
「どんな願望があったらそんな刀を造る世界になるのか気になるところではありますが…オビトさんの世界に繋げようとした場合だけ失敗するということは──」
鬼鮫さんのその言葉を聞いて何故オビトさんの世界と繋げる時だけ失敗したのか理解する。
オビトさんの無限月読の世界に繋げようとすると失敗する…つまりオビトさんの無限月読の世界は存在しないということだ。
推測するにオビトさんは水月と鬼鮫さんが戦っている間にマダラさんに殺されたか、何らかの方法で無限月読を逃れたかだが…あの時空間忍術ならば無限月読から逃れる事も不可能ではないはずだ、ならば悪い考えばかり巡らせるべきではないだろう。
ある意味では安全な無限月読の世界で鬼鮫さんとオビトさんを再会させたかったが…それが出来ない以上現実世界に戻るしかない…だが──
「現実世界では十尾の人柱力となったマダラさんが待ち受けているはず…私程度では戦力にならないと思った方が良いですよ」
謙遜し過ぎだと言いたいがあのマダラさんが相手では誰であっても勝ち目はないのは確かだ。
だったらするべきことは一つしかない。
「すみません鬼鮫さん、オビトさんのところへ行くのは相当後になりそうです」
「まぁ仕方ないでしょう。無限月読を望んでいた私が戻るんだ…他の方々にも起きてもらわなくては」
確かにそれはそうだ。では、早速この世界から皆の世界へ繋げて──
「…ぅ…あー…」
「どうしたのです? また何か異変でも?」
"終刀・真月"を構えたものの一向に動かない私を鬼鮫さんが訝しむ…いや、実際こんな事で手を止めるのもどうかと思うんだけど──
「そ、その…とりあえず水月の世界と繋げようと思ったのですが…これまで色々と苦労を掛けてしまっただけに行った世界に私がいなかったら…勝手だけど…寂しいなって」
「………ほー」
「な、何ですか『ほー』って…と、とにかく! 他にやっておきたい事もあるので先に寄り道の方をします! いいですね!」
なんだか居心地の悪さを感じさせる視線が突き刺さり衝動的に刀を振って水月の無限月読とは別の世界に繋がるに裂け目を創り上げ、鬼鮫さんの手を無理やり引いて彼の望んだ霧の世界から飛び出すのだった。