木ノ葉の里で綱手様が火影を引退、カカシさんがその後任として六代目火影に就任されたという噂が届いた頃、私達は遂に暫く振りの全員集合を許可され、その理由である驚くべき報告を水月から受け取った。
「水月が水影に? 本当に?」
「水大名が強く推薦してきたらしくてね…」
「…出世おめでとう」
「これが本当に出世だと思ってるの君だけだよ!?」
水影就任が出世ではない?
そんな事があるのかとハレンチ博士達の反応を見渡すが本当に皆、水月の事を気の毒そうに見ていた。
「まさか水大名がここまで村雨の掌で踊るとは…」
「現に我々が大人しく里の命令に従っていますからねぇ、大名からすれば本当に水月が私達を従えたと思うのも無理はないでしょう…」
カブトさんと鬼鮫さんは大名様への見解を──
「しかし、幾らなんでも水影も諦め過ぎだな…」
「彼女は別に愚かではないわ、元々血霧の里と呼ばれたこの霧隠れを正常化した手腕の持ち主だからね…恐らく私達を招いたことへの不満の矛先を本命の水影候補に向けない為でしょう」
「なるほど…悪く言ってしまえば本命の水影就任前にいっそ民衆の不満を吐き出させる繋ぎの水影にしてしまおう…というわけか」
角都さんとハレンチ博士はメイ様の思惑への推測をそれぞれ巡らせているようだ。
「…でも、それだけの理由でメイ様が水影という霧の里を背負う役目を渡すとは思えません。…水月が私達と霧の里を結ぶ存在になることをほんの少しぐらい、信じてくれているんだと思います」
ハレンチ博士の推測は間違いなく正しいのだろう…けれど、里の人達の悪感情を引き出すことだけを目的に使うほど"水影"という名は軽いものではない。
「…まぁ村雨が思うほど前向きではないでしょうが、水月が本当に里を安定させてくれたら…と思ってはいるでしょうね、切実に…」
終戦以降、メイ様の苦労を察するが故に鬼鮫さんの言葉を皆重く受け止めて暫し沈黙する。
何だか重苦しい空気の中、サソリさんが「それで──」と切り出す。
「実際お前らはどうするつもりだ? 俺としては人傀儡を造れないことや戦争の後片付けに使われるのは不愉快だが今はクシナダの修理もあるからな、追われる身にならずに済むのは都合が良いが…」
「稼ぎにならん任務は俺も気に入らん…だが俺はこいつから借金を返して貰わねばならん、リスクの高い行動をする気はないな」
「私もやりたい実験は多いけど…まぁ村雨の奇行を見せてもらうのもそれはそれで面白いから、もう暫くは大人しくしておくつもりよ」
借金や奇行やらは気にはなるが、ともあれサソリさん達は現状を受け入れるつもりはあるらしい。
そしてカブトさん、君麻呂さん、鬼鮫さんは自発的に悪事をするタイプではない…つまり──
「問題なく水影やれそう?」
「問題だらけだよ!?」
「大丈夫、里の人達からの支持集めは私も協力する、気長に頑張ろう」
ハレンチ博士達が今の生活が耐えられないというのならば止められないが、皆が現状を良しとしてくれているのなら後は周囲の人達からの信頼を得るだけだが、それは何か特別な手段で得るのではなく地道に真摯に向き合って手に入れるものだろう。
「何で君はそう気楽に考えられるかなぁ…」
「それは…ここの皆から認められるぐらい立派になったんだから、今の水月なら里の人達から信頼を得るぐらい絶対出来るって信じられるからかな?」
「………いや騙されないよ!? 絶対こいつらの信頼ってそんな良い感じのもんじゃなくて、捨て駒に向けるみたいなドス黒い信頼だし!」
「仮にそういう意図があったとしてもそれだけが理由ならハレンチ博士達が誰かの配下という立場を受け入れたりしない事ぐらい分かっているのに…水月は相変わらず変なところだけ素直じゃない」
「うるさいな! 大体誰のせいで……」
変な意地の張り方をする水月に思わず笑ってしまい、案の定怒られるが水月は唐突に何か考え込む様にその怒りを抑えた。
「…どうしたの水月? 、水影、本当にやりたくないなら断るのにも協力するけど」
「いや、良いよ。…やってやるさ」
「…本当にいいの?」
真剣な眼差しで水月はそう決意を口にする。
ただならぬ雰囲気に一体さっき何を考えた末の結論なのか非常に気になってその意思をもう一度だけ確認する。
「どうなるか、まるで読めないけどね…そうだ! 村雨、折角だし祝いに一杯何か買ってきてよ?」
「え? …構わないけど水影になるのにお酒は…選栄蛇酒も今はストックなくて熟成しているところだし…」
「いやそのマムシ酒は要らないよ。水でもジュースでも良いから何か適当に買ってきて、お金は渡すし御釣りはあげるから」
「え、あ…うん、なるべく良いの探してくる」
押し付けられる勢いで財布を渡される
…これで御釣り渡すって財布の中全部渡す事になるが良いのだろうか? それでも案外水影になる事に浮かれているのだろうか?
ちょっと水月が心配になるがまぁ良い、とりあえず祝いになりそうな飲み物を全員分買って財布の中を全部頂いた上で私の財布から代わりにお金を入れておけば水月の気持ちを無碍にせずに水月の懐事情も傷付かずに済むだろう。
…ところで適当な理由で追い出されている気がするのは気のせいだろうか?
そんな疑問を抱きつつも祝いらしく立派な鯛を買って鯛茶漬けにして一杯持っていったら飲み物のチョイスがどう考えてもおかしいと酷評された…言われてみれば確かにそうだ。
そんな失敗から数日後…遂にその日が訪れた。
本来ならば就任式は水影であるメイ様と後継者の水月、大名様と数人の上役、あとは長老様と上忍衆数名と限られた人達だけで行われ、殆どの忍には書類で知らされる程度なのだが、今回は他里と示し合わせた五影の変更であり、更には異例の選出ということもあって多くの忍達を集め大々的に執り行われていた。
私達も霧の忍達と共に招かれたのだがハレンチ博士達に向けられた周囲からの視線は穏やかなものではなかった。
しかしそれは敵対する意図というよりも本当に何もしないのか警戒、いや、怯えたような感情が多く感じた。
決して気分が良いものではないが、私達のしてきた事を考えると彼らがそう感じるのも無理のないことだ…むしろ忌み嫌われ一触即発な空気になっていない事に喜ぶべきだろう。
ハレンチ博士達も最初は周囲を警戒していたようだが攻撃の機会を窺っている者がいない事を察してからは腕を組んだり、目を閉じたりたりと戦う意思の無さを示し堂々と立っている。
一応完全に包囲されている状況ではあるのだが…改めて凄い人達ばかりだと痛感していると目の前に配置された壇上にメイ様と水大名様、そして水月が現れた。
前列に並ぶ上忍衆の方々はもう水月が次期水影として選ばれていることを知っているのか戸惑う様子もなく静かに見届けている様子だが、それ以外からは戸惑う声があちこちから聞こえ出す。
「静粛に、大名の御前です!」
それを止めたのはメイ様の凛とした呼び掛けだった。
忍の皆さんと一緒に視線をメイ様へと向ける──見上げた彼女の顔は強い決意を秘めた表情で、その顔を見ているだけで今ここで霧の里にとって大きな決定が宣言されるのだとひしひしと感じる。
見ているこちらさえも緊張する中メイ様は大名様を一歩前へと誘導し、彼に言葉を促す。
大名様は忍達1人1人と視線を交わすかの様に周囲を見渡すと毅然と、迷いの無い様子で声を上げる。
「忍達よ…先の戦争での奮闘、改めてご苦労であった。今の水の国の存続は其方らの働きがあってのものだ、水の国の長として今一度礼を言おう」
今なお記憶に残る第四次忍界大戦への労いを前置きとして大名は「さて」と本題に入る。
「一部の者達は知っておるが、他国の大名と五影達との協議の結果此度の終戦を節目に五影の一新が決まった。…各々の里の政策の都合もあるので同時という訳ではないが…我らの水の国、霧隠れの里も新たな水影を決定した」
その言葉に静まっていた騒めきが蘇る。
当然だ、新たな水影を任命するという宣言をする場に大名、メイ様と並ぶ人物がいたらその人こそが次期水影だと言っている様なものなのだから。
「五つの里は同盟を結び、争い合う時代は終えた…他里と手を取り合う新たな時代を率いる者として私は無限月読を破った実績と木ノ葉の英雄と友である関係性、更には暁のメンバーをも改心させ仲間するその類い稀なる才覚を評価し、この男…鬼灯水月を六代目水影として強く推薦した」
「実際に聞かされるとつくづく愉快な話ね…」
率直な感想を口にするハレンチ博士に対して誰かに聞かれてはマズいと口元に人差し指を立てて"静かに"のハンドサインをする…が周囲はそんな呟きなど耳に入らず皆が歓声を上げ始めた。
決して水月が水影になる事を拒む意思を感じない純粋な祝福に胸が熱くなるのを感じていた。
「…だが、他でもないこの水月が私にある事を教えてくれた。己の行動はある人物の助言によるもので暁のメンバーを味方にし、無限月読を破り戦争を勝利へと導いた次期水影に最も相応しい真の立役者は別にいるのだと!」
…うん?
何やら妙な話になった…水月が他の人を推薦? 水影になることを決めたのではなかったか?
…というかその人物って、まさかとは思うが──
「その者の名は渦柘榴村雨! そこにいる刀匠の少女だ!」
やっぱり!?
何がどうしてそんな考えになったの水月!?
▼▼▼
それは自らが次期水影として選ばれたと水月が仲間達に明かし村雨だけを立ち去さらせた後の事。
明らかに村雨だけを意図してこの場から外したのを見て鬼鮫は水月へと率直に聞く。
「…それで、わざわざ村雨を追い出してどういうつもりです? 何か考えていたようですが…それと何か?」
「あ、やっぱバレてた?」
「村雨でも分かってますよ…多分ですが」
「──で、結局何が目的だ? 水影になったらあのバカから逃げられるかも…とか考えたのか?」
雑な追い出し方にもそれに従う村雨にも呆れて笑う鬼鮫を他所に香燐が単刀直入に水月の意図を確認する。
「まさか、水影になったってあいつが遠慮なんてするわけない、現に五影相手にアレだったんだよ?」
「だよな…」
まさか浅はかな理由で水影になることを決めたのかという懸念に水月は過去の村雨のやらかしの数々を引き合いに否定する。
「ならどうするつもりです? 水影となればそれこそ里外に出る機会すら少なくなる…むしろ自分から逃げ場を無くすようなものですよ」
「うん…だからボクは水影にならない!」
「は?」
さっきまでと言ってる事が正反対の宣言に皆が怪訝そうな顔を浮かべ、水月は指を立てて自らの推測を語る。
「まず大名がボクを水影に指名した事だけど、これは村雨のバカが大名の無限月読の中で余計な事を吹き込んだ挙げ句にそれが原因で大名護衛部隊にボクの事を聞いたのが原因…これは間違いない」
「そうですね。事実はともかく連合から見た戦争中の貴方は見事にこのメンバーを率いて勝利に貢献しましたからね」
「おまけに貴方がやった事はキラー・ビー襲撃ぐらいで雲隠れがそれを霧を含めた他の里に周知させる前にオビトが戦争を仕掛けたことで完全に流された…だから私達と比べて罪状がこれといって認識されていないのでしょうね」
だからこそ水月個人は今でも他の"新生・忍刀七人衆"と比べて周囲からの反発は少ない。
水影であるメイが水月を後継者として是としたのもそれが理由の一つだろうと大蛇丸が口にすると水月は頷いて──
「でもボク以外に、同じ立場の奴が1人いる…ボクは水影襲名のタイミングで今回の活躍全てをそいつの指示で行ったと宣言する! そして──」
「水月、貴方まさか…」
「ボクはそいつを…村雨を水影にする!」
「霧崩しでもする気なの?」
恐ろしい目論見に大蛇丸は水月の正気を確認する。
他の全員もいよいよ水月も壊れたかと不憫そうに悼む…が、水月はお構い無しに自ら計画を明かす。
「ボクと違って木ノ葉に入り込んだ一件で指名手配されていたとはいえ今やそれも撤回された。おまけにあいつも大筒木カグヤとの戦いで盛大に目立って霧の忍達からの信頼が厚くなってる…大名お墨付きのボクの推薦となれば連中も乗ってくるはず!」
「…どう思います、大蛇丸様?」
「普通に考えたら確実に拒否されるでしょうね…ただ、有象無象の忍は彼女の事を英雄視しているし、説得次第では大名や水影も案外乗るかも」
荒唐無稽な計画を大蛇丸は完全に否定はせずに冷静にそう判断する…それほどまでに大筒木カグヤとの戦いの最中での村雨の演説は忍達の脳裏に焼き付いていたのだから。
そして村雨をよく知るメイにとっても村雨を水影という役職に縛ることのメリットは瞬時に理解できるほどに大きいのだから。
しかし、正気とは思えない発想を聞かされ困惑している香燐はその真意が読めず水月へ疑惑の視線を向ける。
「…勝算があるのは良いけど何でわざわざ村雨を水影に? それこそ水影命令で何を要求されるか分かんねぇぞ?」
「勿論そのリスクは考えたさ…だけどアンタら全員を里の連中に認めさせる事を筆頭に激務漬けの水影に就任すれば刀造りをやる時間すらないはず! 普段なら絶対それを理由に断るだろうけど大名洗脳して霧隠れに入るって自分で造った状況を投げ出すような真似はいくら村雨でもしない! これがあのバカに鎖繋ぐ最後のチャンスなんだよ!」
水月の言う通り、村雨の変なところでの律儀さはこの場の皆も知ってはいる。それ故にやりたい事で周囲の人間を振り回すことは数え切れない程あるがやりたくないから逃げ出す事は村雨はしないだろうという確信はあった。
「刀造りをさせない為だけに彼女を水影にするとは…いよいよ形振り構わなくなりましたね」
「そりゃそうだよ! 逆に刀大量に造らせて大人しくさせようとしたら巡り巡って何か英雄になってんだよアイツ! もうこうするしか方法ないんだよ!」
段々ヒートアップしていく水月に全員が掛ける言葉を失う中サソリだけは「悪くはないかもな」と無謀と思える水月の提案にそう評価を下す。
「今だから言うが…奴の複製体は刀を造れない状況が続いたことで考え方に変化が起きた。他の仕事押し付けて矯正するって発想は悪くはねぇ──だが、それは同時に奴の刀匠として価値を殺すって意味だがな」
認めたくはないが、こうしてこの場に自分達が集まっているのは村雨が刀造りに対してどこまでも貪欲で在り続けたからこそ…それを分かっているからこそ全員が真剣な表情で向かい合う。
「ボクとしては…彼女に自由に生きてほしい。彼女がそう生きられるように力になると約束したのだから」
最初に君麻呂が水月の案に反対の姿勢を示す。
「私も同意見ね。あの娘が面白いと思ったからこそ何かと投資してあげたのに退屈な生き方をされたら私としてもつまらないわ」
「…認めたくはないが奴の刀は俺の傀儡のクオリティにも関わる…腕を落とされるのは御免だな」
大蛇丸とサソリの村雨の刀造りに価値を見出だしていた2人もそれに続く。
「俺としては里の重役として安全に金を稼いで返済してくれる方が都合が良いがな」
「要望通りのメスを造ってもらえなくなるのは惜しいですが、毎回治す身としては里に留まっていてくれる方が安心ではありますね…それにまた突然毒山椒魚を持って来られるみたいなのはちょっと…」
一方で角都とカブトはそれぞれ個人的な理由で水月側に着き意見は半々に分かれ、残る鬼鮫に視線が集まる。
「私が最後の1票ですか…私としては君麻呂と同じく彼女にはやりたい様にやらせてやりたい。…ですが、私だけはあの娘の悪巧みを知っていて止めなかった身、その結果水月が水影にされ掛けているというのなら…水月の側に着くのが筋というものでしょうかね」
水大名の洗脳を見届けた立場として鬼鮫はそう決断し、この瞬間に均等だった票が偏った。
「決まりだね──じゃあ、村雨を水影にする為に協力してもらうよ」
「協力ですか、具体的にどうするつもりで?」
「とにかく必要なのは今回の戦争でボクの活躍と思われていることが実は村雨の働きだったと伝えること…まぁ半分以上事実ではあるしね」
水月のその案に暫し考え込んだ後、君麻呂はスッと手を挙げる。
「つまりは村雨さんを讃える内容の文言を考えれば良いのですね、そういう事でしたらお任せを…病で動けぬ最中、死に際に大蛇丸様への感謝の言葉を考え続けた経験がありますので」
「お、重い…でも心強いね。…ただ、良いの? 君はさっき──」
「決まった以上はその方針に全力を尽す。それに村雨さんが激務で苦心するのならばボクがそれを支えるまで。そうすれば水影という立場を使って今まで以上に優れた刀を造れるかもしれませんからね」
「…そこまではしてほしくないけど、いいね、この瞬間だけは頼りにさせてもらうよ」
異常なまでの崇拝さを見せる君麻呂に軽く引きながらも水月は思わぬ協力者の登場に歓喜する。
そして"新生・忍刀七人衆"の、霧隠れの里の今後を大きく揺るがす計画は始まったのだった。
次回、霧隠れの狂人最終話
(なお次々回にエピローグあり、最終話とは?)