霧隠れの狂人   作:殻栗イガ

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血塗れの狂人

綱手さん達と別れて数分後、森の中に身を潜めて休息をとる。

水筒の水で水分補給をしながら水月はハレンチ博士へと問いかける。

 

「本当にアレだけで良かったんすか? 随分と回りくどいやり方じゃないっすか?」

「アイツは力で従うような奴じゃないからね…むしろこういうやり方の方が有効なのよ」

「…死んだ人への執着は私や水月には良く分からない」

 

私にとって母の死は当然嘆くことであったし悲しいことだったが流石に生贄を用意してまで蘇らせようとまでは思わない。色々と怒られそうだし…。

水月もまた兄である満月さんを失った身であるがその事に悲観している素振りは無い。

まぁそもそも水月も満月さんも忍だ、今更身内が死んだところであれこれ思う事などないのだろう。

 

いや、若しくは霧隠れという人種と木ノ葉隠れという人種の違いもあるのかもしれない。

少なくとも私が見た限りで言えば霧に比べて木ノ葉は温和な環境だった。

勿論、綱手さんが現役時代は戦争の頃だ…その頃を生きた上で今の時代になればこそ思うところがあるかもしれないな。

 

まぁ、私としては母よりは大爺様の蘇生の方が望ましい。

刀造りについて色々と聞きたい事もあるし、同じ素材、同じ鍛冶場を用いてどちらが優れた刀を造れるのか純粋な勝負をしてみたいものだ。

もっとも、私の一族の亡骸は霧の死体処理班が念入りに消しているのだから穢土転生の術の条件をクリアすることは叶わないだろうが。

 

 

まぁ、そんなもしもの話はもういいか。

それより問題はハレンチ博士はこの一週間はアジトに戻って過ごすつもりだという事だ。

つまりこのままでは一週間の間に綱手さんを排除することが難しい…というより不可能になるだろう、それは困る…。

 

何とか上手く短冊街に留まれないものかと思案に暮れているといつの間にか水月との話を終えたハレンチ博士の声がした。

 

「あぁそうだ、村雨。貴女短冊城を見たかったそうね。何なら一週間後までここに泊まっていいわよ」

「──え?」

「勿論、綱手に手出しするのは駄目よ。私達と一緒にいるのを見られた以上迂闊な行動をすれば殺されるからね」

 

予想だにしなかった言葉に思考が止まる。

短冊街に留まれる上にハレンチ博士の監視がなくなる? そんな都合の良い話があるのか? 

 

ハレンチ博士の意図が分からず、彼の顔をジッと見つめる。

何とも妖しい笑みを浮かべている…間違いない、何か裏がある…いや、でもこの人いつもこんな顔だしな、どうしよう、良く分からない。

 

…いや、悩むことはない。

上手く行けば千手一族の細胞と屍鬼封尽の情報の2つが手に入る未来を手に入れる可能性があるのだ、ここで縮こまって何とする! 

そう人生とは如何に重要な場面で命を賭けられるかが全てだ、そして私の命は里を抜けると決めた時からとっくに刀の道へと全賭けしたのだ! 

…つまり実質ノーリスクではないか!! 

 

「残ります!!」

 

ならばこう答えるのが正解というわけだ!! 

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

カブトさんから頂いたお金で宿をとると案内された部屋に荷物を置くと一度大きく息を吸う。

 

「…よし」

「よし…じゃない! 一体どういうつもりィ!?」

 

お供と監視役として残された水月の怒号が響き渡る。

お隣さんに後で謝罪にいかねばならないかもしれないが、それは後として…

 

「何でそんな怒ってる?」

「君がどうしようもないバカだからだよ! 言っとくけど君完全に大蛇丸に目ぇ付けられたからね!?」

「…確かに刀をよく褒めてもらっているけど…改めて言われると恥ずかしい…」

「誰もそんないい意味で話してないっての!」

 

どうやら疑う意味での目をつけるということだったらしい。酷い浮かれ損だ。

 

「別に短冊城を見たかっただけだと思われて──」

「君がそんなことで一週間も刀の造れないような場所に滞在したがるはずがないだろ!? つまり短冊城以外の何らかの思惑があるってバレバレってこと!!」

「…ふむ」

 

…どうしよう、まさにその通りだ。

まさかあの言葉が引っ掛けだったとは…なんという卑劣な。

しかしここで慌ててはいけない。"目を付けた"という段階であるということはまだこちらの意図を理解したというわけではないのだから、ここは取り乱すのではなく冷静さを見せつけるのだ。

 

「…良くぞ見抜いた、大した奴よ…」

 

あ、これ違う! 

冷静さを装うあまり自白してしまった、おまけに何だか良く分からないキャラになっている。大失敗だ。

水月の顔が完全に引き攣ってしまっている。

 

「一応聞くけど…何企んでんの?」

 

警戒しているのを隠そうともせずに問われ言葉を躊躇う。

しかし最早誤魔化すのは無理だ…諦めよう。

 

 

意を決して全てを話す。

もっとも、あまり話し上手ではない為まとまりのない話し方になってしまった為自分でも良く覚えていないが、要約するとこうだ。

 

 

 

1:大蛇丸さんの両腕を奪った死神が持っていた刀が欲しいです。

2:その為大蛇丸さんに屍鬼封尽の情報を集めさせた上で最終的に出し抜きたいです。

3:2を達成する為にも大蛇丸さんの両腕を治せる綱手さんの排除が必要です。

4:3をこの一週間の内に行います。

 

 

 

「バッカなの!? どんだけ命知らずなの君はっ!!?」

 

それはもう凄い剣幕で怒られた…。

 

「でも水月、初代、二代目火影様とハレンチ博士の両腕を封印できる程の刀だよ、何としても新生七人衆の七刀の一振りに組み込みたくならない?」

「だからって伝説の三忍の内2人に喧嘩売るとかありえないって! 絶対死ぬよ!!」

「極上の素材を知った上で妥協した刀を造るぐらいなら私は死ぬ」

「もうヤダこの刀馬鹿!!」

 

床に膝を着いて頭を抱える水月に多少の罪悪感を抱くもこればかりは譲れない。

 

「という訳で水月にも協力してほしい」

「君はどこまでとち狂ってんの!?」

「協力してくれたら死神の刀を新生七人衆で水月が使う刀にしてあげるから…嫌なら別の人にする」

「うぐ…この…」

 

水月が苦虫を嚙み潰したような顔をする。

当然だ、歴代火影の魂を剥奪する刀なんて刀を武器にする者ならば絶対に使いたいであろう逸品だ。

それを自分は使えず同僚が使うのを横で見ているなんて考えたくもないだろう…私だって一日中手元で眺めていたいほどだ。

 

「…返事は3日後まで待つ。どちらにしても今日、明日で綱手さんを排除できるとも思えないから…でも偵察に動く程度の事は見逃して欲しい」

 

返事はない。

つまり偵察程度ならば見逃すということだ。

 

ならば水月の気が変わらぬ前に部屋を抜け出し、宿から出て行く。

外はすっかりと暗くなって月明りと居酒屋やら屋台などの夜が稼ぎ時である店から差す光が輝いて見えた。

 

(水月との話で随分と時間が経ったのね…)

 

出来ればこの一週間綱手さんがどこに滞在しているのか程度は調べておきたかったのだが…こんな時間ではもう宿をとって休んでおられるのかもしれない。

 

しかし、それならばそれで他にもできることはある。

まず何といっても地形の把握だ。

不意打ちをするならばどこがベストかだ。人の視線が集まらなさそうな位置や狙い撃ちが可能な場所の見極め、万が一失敗したときの逃走経路など直接見て考えるに越したことはないだろう。

 

…いや、違うな。

最初に考えておくことはそんな事ではない。

 

結局のところ避けては通れぬ二択だ。

綱手さんを説得してこの場から排除するのか、綱手さんを手に掛け直接的に排除するのか。

まずはそこからだ。

 

勿論、説得できればそれが良い。戦いになどなれば私に勝ち目などないのだから。

とはいえ、直接手に掛けること以上に説得というのは困難だ。

私が口下手なのに加え、既に綱手さんには私はハレンチ博士と共にいた敵なのだ。

 

当然、会ったところで良い顔はされず、話に取り合ってもらえない可能性が高い。

それにそもそもの話で、あの方は死に別れた愛人と弟に再び会いたいと苦悩しているのだ、それこそ師である人物を殺した相手の腕を治療することと引換えであったとしてもだ。

…私が今更何を言って説得できるというのか。

 

 

 

ならばやはり──殺すか? 

正直確実に出来るのならばそれが一番良い。

何せ説得と違い、今後もハレンチ博士は治療による封印解除の可能性が失われるのだから。

 

…だが問題は──

 

 

 

「大将…絶対に勝てない相手に勝つにはどうすれば良いでしょうか?」

「なぞなぞかそりゃ? いいから大根食いな、冷めるぞ」

「っ! 失礼。では頂きます」

 

おでんが美味しい。

 

考え事をしてお腹がすいた時に丁度近くにあった屋台のおでん屋に気が付いたら座っていた。

 

竹輪や蒟蒻、牛すじ、玉子と次々に堪能し、丁度出来上がった大根を頼んだ頃にはすっかりと気が緩んでしまっていたようだ。

 

良く味の染み込んだ大根も頂けば身体もすっかり温まった。

よし、次は何を頼もうか。

 

やはり行き詰まりになった問題はこうやって美味しいものを食べながら考えるに尽きる。

しかしこの屋台の大将も中々の腕だ。お酒好きの人などにはたまらないのではないだろうか? 

 

…そう考えると未成年の私が3つしかない席の1つをとってしまっているのが少し申し訳ないな…。

まぁ今のところお客は私一人、さして問題はないだろう。

 

「おぉ、おでんの屋台か! 良し、飲み直しはここにしよう」

「ふん」

 

ん? 早速お客様が来たのか? 

ふと振り返ると白髪の大柄の男性が暖簾を潜り覗き込んできていた。

 

「親父、2人いいかのォ?」

「らっしゃい! 丁度今大根出来上がったとこだよ!」

「非常に良いものでしたよ、どうぞ」

 

真ん中の席に座っていた為、お連れの方がいるらしい白髪の男性にメニューをおススメしながら場所をお譲りして端の席へ移る。

 

「すまんのォ、嬢ちゃん」

「いえ」

 

しかし2人組と私1人というのはどうしても先程までより居心地が悪くなってしまうな。

こんなことならやはり水月も連れてくるべきだったかもしれないな、別に今日はもう綱手さんに会うつもりはなかったのだし危険もなにも──

 

「ではとりあえず大根と酒を2本頼む、お前も何か食うか綱手?」

 

…うん? 

 

「牛すじを頼む」

「あいよ!」

 

予想だにしない人物の声を聞き、思わず割り箸を皿の上に落としカランと音を奏でる。

今すぐフードを被ろうと思ったが身体が温まった事で上着は脱いでしまっていた。…つまり。

 

「っ!? お前!」

 

音を立てた事もあって綱手さんに一瞬にして見つかってしまった。

 

まずい。そう思うよりも先に反射的に袖の中に収納していたナイフを取り出し、自らの左手の掌を切りつける。

白髪の男性も屋台の大将さんも驚愕に目を見開いているが、綱手さんはそれ以上に私の掌から滲み出した血に顔色を青くしている。

 

「私はここで食事をしていただけです。争う気はないので…そちらもどうかお静かに…」

 

左手から流れる血を顔に塗りたくりながらそう心の底から懇願する。

血液恐怖症という話を聞いていて助かった、少々卑怯な頼み方だがこの場はやむを得まい。

 

…それにしてもハレンチ博士の下に着いてからというもの自傷行為に手を出す事が増えた気がする。

あまり刃物でこういう事はしたくないのだが…慎みに欠ける。

 

いや、この場においてそんな事は気にしてはいられないか…ひとまず。

 

「すみません、私にも大根と牛すじをお願いします」

 

目の前の光景に固まってしまった大将さんにお声掛けする。

すみません、目の前で掌に刃物を入れる人を見たらそれは驚きますよね…私もハレンチ博士の時そうでした。

 

大将さんが戸惑いながらも「ああ」と返事し盛り付けに移ってくれたのを見て、改めて隣の人物へと視線を向ける。

 

血に震える綱手さんと完全にこちらを警戒する様に厳しい視線を向ける白髪の男性に牽制の為に左手の血を見せつけながら精一杯焦りを見せない様に無表情を装い声をだす。

 

 

 

「──では、少しお話ししましょうか?」

 

 

 

助けて! 助けて水月ーーーーっ!! 

 


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