おでん屋の屋台で白髪の男性を挟んで綱手さんと向かい合う。
彼女は血に震えているがハレンチ博士達と一緒にいた時に比べるとまだ落ち着いているのかこちらに明確に敵意を向けている様だった。
まぁそれも当然だろう、同じ三忍として同格であるハレンチ博士に比べて私は本人がその気になれば容易に消し飛ばせる存在でしかないのだから脅威性が低いのだろう。
だが、そうであるにも関わらず今私がここにいる時点で牽制の効果が十分に発揮されているということだ。
ならばこのまま平然と振舞うのがベストだ──凄く怖いが…。
──そういえばこの白髪の男性はどなただろうか? 日中にお会いした時にはいなかったのだが…いや、よくよく考えれば初代火影様の血を引く綱手さんだ、護衛がシズネさん1人であるはずがない、恐らくこの人は綱手さんの護衛のお一人なのだろう。つまり血で牽制出来ている綱手さん以上に気を付けねばならない相手だろう。
緊張感が張り詰める中、屋台の大将さんが酒瓶をお二人の前にしずしずと置くが血を見せびらかす私に厳しい視線を向けるお二人は手を付けないでいる。
ならばと無事である右手を差し出し白髪の男性の酒瓶を手に取ると合わせてお出しされたお猪口にお酒を注ぐ。
「どうぞ?」
「……ふん」
白髪の男性は鼻を鳴らすとクイッとお猪口を傾けお酒を飲み干す。
綱手様にも如何かと視線を向ければ不機嫌な視線がこちらに突き刺さる。
「大蛇丸のとこのガキが私になんの用だ…返事は一週間後だったはずだ」
強い口調の…しかし僅かに震えたその声に安心する。
ひとまず向こうも話を聞く気にはなった様だ。
一方で白髪の男性からの視線も一層強くなる、恐らく"大蛇丸"という名前を聞いてのことだろう──極力刺激しないようにしつつ話をするしかないか…よし。
「あくまでも…私個人の意見でしかありませんが、あのお方の要求をお飲みになるのは避けた方がよろしいかと思いまして」
「…大蛇丸の部下が…一体どういうつもりだ?」
「言ったように、私個人としての意見ですよ。実際にあの方の言う"あの術"を見る機会があったのですが──あれは貴女が思う様なものではないかと」
穢土転生、死者を甦らせる禁術。
実際に目の当たりにしたが正に死者の蘇生だ…愛する者を失ったという綱手さんにとってはまさに理想通りの忍術だろう。──しかし彼女は実物を見た訳ではないのだ!
つまり話は簡単! 嘘だらけの話をして要求を飲まずここから立ち去る様に仕向けてしまえば良いのだ!!
「大蛇丸の要求か…一体どういう内容だったんだ?」
「お前には関係ない自来也!」
うん? お付きの白髪の男性が綱手さんに対して妙に遠慮のない話し方をしたような…というか屋台に入る時にもそうだったような…ひょっとしてお付きの方ではない?
それに自来也…どこかで聞いたような…。
睨み合いをするお二人に隠れて口に手を当てて熟考し──思い出す。
あぁそうだ! 以前にお聞きしたハレンチ博士と綱手さんが称された"伝説の三忍"、その内の残るお一人が自来也というお方だという話しだ!
なるほど、ならば綱手さんに対して遠慮のない話し方というのも納得だ。
しかし、ハレンチ博士が綱手さんに会いに来た日に残る三忍の一人である自来也さんともお会いするとは…世界というのは存外に狭いものなのやもしれないな。
いや待て! ならば今の私は伝説の三忍の内の2人を一度に敵にしているということではないか!?
ふざけるな! 私が一体何をしたと言うのだ!?
全身から嫌な汗が吹き出す様な感覚と共に身体が冷えていく。…結構血も流しているからそのせいかもしれないが。
とりあえず目の前に置かれた大根を頂こう、温かい物を食べて身体を芯から温めよう。
…美味しい。
「ふん、まぁ今は良い。ただし、結論を急ぐなよ綱手」
どうやらあちらでは頑として話をしない綱手さんに自来也さんの方が折れたようだ。
彼は忠告だけすると今度はこちらに視線を向けた。
「それで、お嬢ちゃんは大蛇丸のヤローの目を盗んでわざわざ忠告に来てくれたと?」
「ここでお会い出来たのは偶然ですが、そうなります」
「その割には随分と過激な真似をしたものじゃのォ?」
自来也さんの視線が左手に突き刺さる。
仮にもかつての仲間である綱手さんのトラウマに土足で踏み込んだことに少なからず憤りがあるらしい。
「すみません、私ごときが綱手さんと話をするにはこうする他なく…痛み分けということにして頂ければ」
「やれやれ、あと数年もすれば中々に美人になりそうなのにのォ…お前さんからはあの蛇ヤローと同じものを感じるのォ」
「光栄です」
少々奇行が目立つもやはり卓越した人物だ、似ていると言われるのは嬉しいことだ。
…何故自来也さんは厳しい視線を向けているのだろう? さっきのは褒め言葉ではなかったのか?
戸惑う私を他所に自来也さんはお猪口に注いだ酒を飲むと改めて口を開く。
「ワシは世界各地を旅して様々な情報を仕入れておる…中には五大国の話も少なくない。例えば、"霧隠れの刀姫"…いや、"霧隠れの狂人"が密かに自里を抜け出した。…などのォ」
「…流石ですね」
「"霧隠れの刀姫"? では、このガキがあの七人衆の忍刀を造り出した一族の…」
「渦柘榴 村雨です。以後お見知りおきを」
どうやら素性がバレているらしい。
ならば今まで名乗らずにいた必要もなかったということもあり今一度綱手さんに頭を下げる。
「霧隠れ有数の名家の一族である者が何だって大蛇丸の下にいる?」
「あの人の下は良い素材で溢れていますので」
「あぁ、確かにアンタはあの野郎と同類だね。はっきり言っていけすかないね」
「そうですか、良かった」
「はぁ?」
医療忍者としての技術を投げ捨てて燻ってしまったその姿勢に一方的な嫌悪感を抱いてしまっていたのだが綱手さん側からも嫌悪感を持たれているのならその負い目もなくなるというものだ。
──ならば。
「話を戻す。ハレ…大蛇丸さんが交渉に持ち掛けた"あの術"は綱手さんが思う様なものではないかと」
「チッ…ごちゃごちゃとうるさいよ! お前にとやかく言われる筋合いはない!」
「あれは実に凄惨だった。意識を奪われ術者の思い通りに動かされ望まぬ行動を強いられ…更には体内に起爆札らしきものまで入れられていた」
「っ!?」
綱手さんが息を飲む音が聞こえた。
ほんの少し着色したが概ね事実だ、現に初代様と二代目様は三代目様との戦いの際には意識を奪われ、戦闘を強制されていたし、何やら術式が刻まれた札を体内に入れられていたのも確かに見た。──実際は起爆札とは別の術式の物だったが。
だが綱手さんへの脅しとしては十分だったようだ。
それもそうだろう、愛する者が甦るのだとしてもその様な形での再会など愛するからこそ望まないだろう。
「…何故、それを私に教える?」
理由か、正直に話せば何かと厄介になりそうだ。
とはいえこのお二人に下手な事は言えない──ならば。
「言うなら…気紛れであり…計画でもあり…私のためでもあり…アナタのためでもある」
上手くぼかして言う! これに限る。
「ふん、要は大蛇丸から隠れてこそこそ企んでるって事か」
大仰振っての台詞が簡単に吐き捨てられてしまった。あんまりだ。
…しかし実際のところそれが事実。簡単に言うなら私欲のためだ。
「──つまり、さっきのお前の言葉は適当な話の可能性もあるというわけだ」
いや何故!? 何故そういう発想になってしまうんですか!?
いや、忍者とは裏の裏を読むべしという言葉もある…疑ってかかるのは良い事だろう。
実際私の言葉が嘘であることは事実だ。
別段穢土転生の術とやらで甦った人物に起爆札などが仕込まれている様子などなかった。というかもしあったら非人道的が過ぎる。
「否定はできない。──信じる信じないはアナタ次第」
──が。この場においては万が一あるかもしれないという素振りを見せなければ。
「どうにも穏やかではない話だのォ」
「私も同意です。自来也さんからもどうか綱手さんに良く考えるようお声掛けをお願いします」
どうやら自来也さんの方は事情を知ってこそはいないがハレンチ博士との交渉に対して強く警戒している様子。
つまり私にとって綱手さん以上に利害の一致する相手だと言える。
「お嬢ちゃん…村雨と言ったか? 随分と無鉄砲な生き方をしとるようだが…その様な生き方ではいつかろくでもない最後を迎えるぞ?」
「っ!?」
不意に告げられた言葉に息が詰まる。
ハッとして声の主である自来也さんに視線を向ければ彼もまた真っ直ぐにこちらを見ていた。
「世界は広い。里の機密情報として隔絶した環境で生きていたのなら…初めて見る外の世界に目を奪われるのは分かるが、目に映る物全てが己の糧になるとは限らんのォ」
「…何が言いたい?」
「大蛇丸にこれ以上深入りはせんことだのォ。アイツはお前が思う程甘い相手ではないからのォ」
「知っている…けれどそんな事はどうでも良い…私は私の"夢に命を賭ける"…ただそれだけ」
「「っ!?」」
あの人の残忍さは既に知っているし、水月に言われた様にあの人が私の事を疑い始めているのも理解している。
ならばそれを恐れて退くべきか?
そんなはずはない、少なくともその選択をしてしまえば私は自らの理想に手を届かせることは出来ないだろう。
「アナタが大蛇丸さんの要求を拒むのならばそれで良い、けれどもしもそうでないなら…私はどんな手を使ってでもアナタを排除する」
「…まったく、あのガキといいお前といい最近のガキは口が減らない…お前みたいな小娘がどうやって私を排除しようっての?」
綱手さんの嘲るような言葉を受けてゆっくりと立ち上がると自分が使っていた皿のすぐ傍にお代としては十分なだけのお金を置く。
立ち去る準備をしていると思われたのだろう、僅かにだが厳しくなったお二人の視線を真っ向から受け止めて両腕を広げて告げる。
「この街を血で塗れさせる。そうすればアナタはこんな街にはいたくなくなるのでは?」
「なんだとっ!?」
「勿論これは冗談…でも、良く考えてほしい。──でないと私は"何をするか分からない"から」
「「これはっ!?」」
そう告げると同時に周囲一帯に煙が充満する。──煙玉だ。
「それでは失礼します…良いご決断を」
目の前のお二人が突然の煙に気を取られた一瞬をついて即座にその場から飛び退く。
このまま煙に紛れて逃げるだけではあのお二人には容易く捕まることだろう──故に飛び退いた勢いに任せ、倒れ込む様に地面に左手を付ける。
予め血の準備はしてあったのだ、いつもの口寄せをするのに時間は僅かすらも必要ない。
"小蜃"を呼び出すと彼が生み出す蜃気楼の幻術に身を隠す。
そうしてゆっくりと煙玉を放った人物の下へと逃げるのだった。
▼▼▼
おでん屋の屋台から然程離れていない建物の影、そこに煙玉を放った人物、水月がいた。
「助かった水月、ありがとう」
彼の持つ首斬り包丁の匂いのおかげで水月が近くにいることは分かっていた。
だからこそ屋台から身体を出して目立つ様に両腕を広げて見せたのだが、無事に狙い通りの結果を得られた。
それもこれも全てこちらの意図を読み取り動いてくれた水月のおかげだ。古い付き合いというのはやはり心強い、ここまで言葉を交わさずとも連携をとれるとは…流石は水月だ!
「何なの君は!? どうせ君の事だからよくよく考えたら絶対今頃綱手姫に喧嘩売ってるだろうと思って慌てて来たら、何であの自来也にまで喧嘩売ってんの!? っていうかどっから連れてきたの伝説の三忍の残り1人を!!」
「そんなつもりはなかった、おでんを食べていたら向こうがセットでやってきた」
「どうしたらただのおでん屋でそんな事になるっての!?」
そんな事を私に言われても困る。
なんなら私自身あの場で精一杯気丈に振舞っていたのだから…正直文句を言いたいのは私の方だ。
「それより早く宿に戻ろう。左手を放置したくない、悪化したら刀造りに差し障る」
「むしろ五体満足で帰ってきたことがビックリだよ!」
「水月が来てくれたおかげ」
「そう思ってるなら少しは僕の言う事聞いてくんないかなァ!?」
確かに今回は水月にはあまりに迷惑をかけてしまった。
何か良い感じの刀でお詫びしなければ…。
「──ていうか、会話の最後だけ聞こえてきたけど何とんでもないこと口走ってたの!? どういう会話の流れなの!?」
「それは誤解」
確かに最後の話だけでは私がかなり物騒なことを宣言しているように思えるが、そんなつもりはないのだ。
とりあえず水月には今回の出来事を話しておこう。──相談したいこともあるし。
「バッカなのかこの刀狂いはっ!?」
事情を話したら水月が激怒した。
宿で分かれる前にもこんな事があったような、しかし今回ばかりはそれも仕方ないだろう。
「確かに伝説の三忍の内2人を敵にしてしまったことは反省している」
「だ、か、ら! 君は大蛇丸に目ぇ付けられてんの! 敵にまわしてるは伝説の三忍の内3人! このたった一日で伝説の三忍全員にまとめて喧嘩売ってんの!!」
「…何てこと」
「何てこったはこっちのセリフだよこの刀バカ! ウスラトンカチ!!」
水月が身体を半分水にして崩れながら嘆きの声を上げる。
しかし言われてみればそうであった…伝説の三忍全員に一度で喧嘩を売るか…確かにやり過ぎてしまったことは間違いない。
「どうすんのこの状況、場合によっては僕は君を大蛇丸様に突き出すよ?」
「それは困る、私はまだ何も成し遂げていない」
「だったら例の一週間以内にこの状況何とかしてよ!」
「それは勿論、是が非でも何とかしてみせる」
でなければ私の目的が達成出来ないのだ、言われずとも何とかしてみせる。
「大した自信だね…そういえばアイツらから逃げる前に言ってたね? 何か策あるの?」
「…? 何の話?」
「え? だって君『良く考えてほしい。でないと私は何をするか分からない』ってなこと言ってたじゃん!?」
「具体的な方法が思いつかなかったから"何をするか分からない"としか言えなかった。私自身にも自分が何をするのか分からなかったから…まぁ、そんな感じ」
「「………」」
この後水月にまた怒られた。