全身の力を抜いて背を床に投げ出す。
トルネさんの能力の毒蟲、彼に刻まれていた呪印、2つの要素を活かす刀のイメージも固まった。
猛毒と呪印、どちらも一度でも当てれば致命的な損害を与え得る…即ち重要となるのは命中性、速度とリーチだ。
となれば選ぶ形状は当初の予定通り、刃を数珠つなぎとして伸縮性を持たせた鞭剣が良いだろう。これならば"長刀・縫い針"を参考としたものを何度も造った経験も活かせるだろう。
形状の原案は決まった、次はより詳細なイメージだ。
速度やリーチを意識するならば重すぎない方が良い、鞭剣を振るうのならば腕への過度な負担は避けるべきだ。
しかしその刀を持った者が相手にするのは忍だ、ただ速度を上げただけでは届かない相手も必ず出てくるだろう。速度で上回る者、刃が通らない硬い身体を持った者、様々な能力を持つ忍達との戦いを見据えるならばやはり刃自体にも相応の力というものが必要だ。
そう思い、よりイメージを固めた鞭剣の案が約20通り。
どれもこれも捨て難いが作成者としてその中から最優の一つを選びこの世に生誕させねばならない。
優れた素材であるからこそ悩ましく、いよいよ立っているのも億劫になってしまったのだ。
期日は4日後。
しかし理想としてはその前日には仕上げて短冊街に戻りたい。
こちらに比べて決して"重要"とまでは言えないがそれでも職人として一度引き受けた仕事を置いてきているというのはやはり気分が良くない。
せめて最終日ぐらいは協力したいのだが。
「…いや、今は関係ない」
少なくとも今自分がすべきことはどの様な刀にするか決断することだ…別事を考えるということは手詰まりな現状から現実逃避しているだけだろう。…しかし、事実私はある程度の剣術を真似ただけの者だ、技術のみできる居合い斬りなどは劣りつつも再現できるが"三日月の舞"などの忍術を併用する類いの剣術は出来ない。
つまりは実際に振るう者としての感覚はあくまで推測でしかない。
「…少し…ここの忍達を観察してみよう」
忍達を見る事で何らかの刺激を受けて答えが出るかもしれない。
とりあえず30分程視察しよう。
▼▼▼
牢屋に入れられた囚人達、ある程度の自由を許されている者達、それらを檻の外からあるいは影から眺めて吟味する。
その大半が多少の差はあれど"魅力"のある人達だ。
見ているだけでも自然と創作意欲は掻き立てられる。
だが流石に今の作成している刀の答えを導き出せるかというと流石にただ休息している彼らを見ていても無理だ。
「…そうか、なら戦わせてみよう」
思い立ったらならば即行動だ。
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戦闘用のステージが設けられた大部屋、その近くには通常の牢屋とは別に封印札で隔離された囚人達の部屋がある。
その部屋の扉に近づき、封印札を剥がしていく。
施錠が解かれた事に気付いたのだろう、部屋の主達が一人、また一人と出てくるのを上の階から見下ろす。
薄暗い環境が災いして何やら殆どシルエットと化して目に映らないが皆、突然の解放に警戒している様だった。
あまり待たせるのも申し訳ないだろう。──では早速…
「突然の事で申し訳ない。今から皆で最後の1人になるまで死なない程度に戦ってほしい。勝ち抜いた最後の1人には今の待遇についての改善を約束する」
その言葉に彼らの肩がピクリと跳ねる。
封印札での厳重な隔離、部屋の中は自分1人という孤独と退屈、不十分という飼い殺し、不満を抱いていないはずがない。
だからこそ皆、同じ待遇である者達に対して鋭い視線を向ける──自分の為にお前達は諦めろと。
「武器はその中から好きなのを選んで使って良い…データの為に積極的に活用してくれると助かるけど…使うに値しないと思ったならばそれでもいい」
戦闘用のステージの脇に置いたテーブルの上には以前に"長刀・縫い針"に近しい刀をと思い造った鞭剣を複数並べて置いてある。
リーチに比重を置いた多関節の物、重さに比重を置いた大型の物、機動力を阻害しないように伸縮性は補助程度とした小型の物など様々の型を用意してある。
これであれば実戦での確認ができるというもの。
勿論、使い手の実力差や使える忍術、刀同士での相性などの要因は別で考慮するが、私が望むのはその様な要因さえも覆す刀だ。
この戦いでそれに繋がるヒントが得られればより嬉しいし、逆に既に使うに値しないと思われたならばそれまでのことだ。そう判断された場合は全力で打ち直した物をその人の眼前に叩き付けて見せよう。
しかし、皆忍具は管理されていた囚人達だ。少しでも武器になるならと、勝ち残った報酬の為に必死に選んでくれている様子。
これならば私の目的も遂げられそうだと安堵する。
「…ありがとうございます、カブトさん」
「なに、別に殺し合いという訳でもないんだ、この程度なら大した事でもないよ」
隣に立ったカブトさんに礼を述べると彼は眼鏡に手を当てながら気さくに応えてくれた。
刀作成の一環として試作の刀で形状のテストをしたいとハレンチ博士に"ちゃんと申請を出したら"この様な形で行ってくれた。
この様な形式で刀のテストが出来るというのはやはり素晴らしい環境だとつくづく思う。おまけにある程度実力が拮抗している方々で見繕った上に、万が一怪我をしてもカブトさんが治療を行えるのだから有難い。
「じゃあ僕は他の仕事もあるから失礼するよ、モニターのある部屋での作業だから何かあったらすぐに戻ってくるから君は安心して観察していると良い」
「ありがとうございます、お礼の品はまた後日造ります」
「楽しみにしているよ、次のは前のより小型が良いね」
「分かりました、ではそのように」
カブトさんからの注文を受け取り彼が立ち去るのを確認すると下の階層のステージへと視線を移す。
皆それぞれが試作の刀を手に持ち他者と一定の距離を保った状態でステージに立っていた。
戦闘前の独特の緊張感がステージ外である自分のところまで張り詰めているのを感じながらもそれを打ち破る為の声を挙げる。
「──では、始め」
▼▼▼
村雨と別れたカブトは試合会場から少し離れた位置にある一室に訪れていた。
そこに置かれたモニターに鞭剣を持たされた囚人達が必死に戦い合う様子が映し出され、そのモニターの光が薄暗い部屋に設置されたベッドとそこに横倒る男の姿を浮かび上がらせていた。
顔を上半分を術式を刻んだ大型の札で覆い口には管が差し込まれた病人、"君麻呂"はモニターから聞こえる喧騒に声を絞り出す。
「カブト先生…この喧騒は…もしや」
「いや、これは大蛇丸様の器選びとは無関係だよ。転生術のタイムリミットにはまだ多少の猶予はあるし、何より器選びは別に進めているからね」
「そうですか…ではこれは?」
「最近入った刀匠の子の頼みだよ、これから造る刀に適した形状はどれかと試作品でのテストをしたかったらしくてね」
顔が覆われ、耳のみでの情報に頼る君麻呂の問いにカブトは答えながら彼の診察を行う。
どうやら今日は比較的安定しているらしい──もっとも、それも最早数ヶ月、或いは数日程度の差でしかないのかもしれないが…。
「刀匠…ですか」
「あぁ渦柘榴 村雨といってこのアジトでもかなり異端な部類だね。忍術のスキルこそ並以上だが忍としては褒められたものじゃない。でも彼女が造る刀は大蛇丸様も気に入る程で、今は木ノ葉の秘伝忍術を利用した刀を造っているそうだ」
その言葉に君麻呂の身体がピクリと反応し心電図が示す鼓動の波も一瞬大きくなる。
「秘伝忍術を…では、その者ならば…僕の能力を刀にする事も出来るのでしょうか? …器としては役に立てずとも道具として僕の力を…大蛇丸様に残す事が…」
「気持ちは分かるがまずは落ち着きなさい、あまり興奮してはいけないよ」
君麻呂を窘めながらカブトは彼の考えを脳内で反芻する。
木ノ葉秘伝忍術の一つである寄壊蟲の術…それを刀に組み込もうとする彼女の理論は聞かせて貰った程度では理解し切れなかったが、自身の師である大蛇丸が他者の身体の細胞を組み込むことでその忍術を得るという手法と通じる物があり、それを傍で見ていた者の見解とすれば…恐らく彼女はその刀を実現させるだろうという確信があった。
しかし秘伝忍術と君麻呂の血継限界はまた別物だ。
以前村雨と話していた時、2つの性質変化を掛け合わせる類いの血継限界である磁遁の力を組み込んだ刀を造ったことがあると聞いたが、君麻呂の場合は特殊な性質変化ではなく一族固有の特異忍術だ、更には一族最後の生き残りということも含めればその難易度は磁遁の比ではないはずだ。
──つまりはどうなるか…刀の作成は失敗に終わる…か、どうか分からないが…
(少なくとも彼女は絶対に君麻呂という極上の素材を逃がさないだろう。これは確実だ。…となれば君麻呂は無事では済まない、解剖だとかは禁止したとしてもそれ以外の何らかのアプローチを試みる。…今の君麻呂が彼女の奇行に耐えられるか? ストレス、もしくは未知の生命体との接触によるカルチャーショックで死ぬのでは?)
彼女の造る刃物は認めている…むしろ彼女が居る事で起きている恩恵を一番受けているのは自分だろう。しかしそれでも彼女が何というか…控えめに言って変人なのは間違いないと思っている。
なればこそ…果たして接触させて良いものかと本気で悩む。
一応、君麻呂自身としては彼女の造る刀の素材になる事はむしろ望んでいるという確認はとれた、この事は報告するとして…最終的な決断はそれを受けての大蛇丸様の判断に委ねよう。…万が一の時の責任は負わないようにカブトはそう結論付けると君麻呂に投与している薬品のパックを取り換えながらモニターに目をやるとどうやら向こうも決着が付いたらしい。
ひとまずの作業を終えるとカブトはベッドに横たわる君麻呂に目を落とす。
「じゃあ僕はもう行くね、苦しくなったらすぐに連絡を。…あまり思い詰めたり興奮したりしないようにね」
「…はい、ありがとうございます」
▼▼▼
村雨は目の前で繰り広げられた戦いの光景に満足感を得つつ負傷者達をカブトに任せて自身の鍛冶場に戻っており、その手には数分前の戦いを勝ち抜いた者が使っていた鞭剣が握られていた。
他に用意した刀と比べると重さも長さも平均的、使った者の腕の差や戦いの場が遮蔽物のないステージ上であった事など他に考慮すべき要素は多いが、それでもこの刀を軸に考えていくのが良いだろう。
まずは外傷を確実に与えられる様に刀身をより研ぎ澄ます、もう一つは繋ぎの部分だろう、普通の素材では実力のある忍者が相手では必然的に弱くなるその部分を砕かれる可能性が高い。
ならばいっそ実体を持たせずチャクラの形態変化で伸縮させるのが理想だ、それならば砕かれる心配もないしチャクラさえあれば伸縮性に限界もない。
言うなれば"長刀・縫い針"と"双刀・ヒラメカレイ"の合の子といった方向性だ。
チャクラによって形状を変化させる刀というのもヒラメカレイを参考に何度か造った事もある、"無刃刀・彗星"などがそれに近い。
ましてや今回は繋ぎ目として、伸縮性とチャクラのコントロールによる軌道操作性を持たせるだけで良い。
ヒラメカレイの様なチャクラ自体による切断性や打撃性は必要ないのだから容易とはいかないが不可能ではない。
「…うん、この構想なら確実に良い刀が造れると思う。あとは術式を最適な形で刻むして」
「──ねぇ、素材にチャクラの形質変化を使うのならさっきやってきたっていう試作品でのテストは何か意味があったの?」
詳細なイメージを記した資料を水月に確認してもらったところ、そんな言葉が返ってきた。
言われてみればチャクラで伸縮自在になってしまうのであればリーチがどうこうという悩みなど何も…いや。
「そんな事はない、実際に振るわれているのを見たからこそのアイディア。意味がないはずがない」
「いやでもこれ要は君が言った様に縫い針とヒラメカレイの合いの子──」
「それに実際に忍術よりも私の刀が優先して使われているのを見て私は高揚した、創作意欲がとても刺激された」
「精神的な話ぃ!?」
まずい、あまり反応が良くない…何か他に…。
「あ、それに勝ち抜いた幻幽丸さんの待遇は良くなるはず、私の他にも得をした人はいる」
「どうだか? 待遇の改善…なんて曖昧な言葉は所詮大蛇丸の匙加減じゃないか。むしろここで無駄に実力を示したせいで特別待遇だとか特殊なお役目だとか言って何かあった時に貧乏くじを押し付けるに決まってるね」
妙に実感の籠った水月の言葉…何故だろう、説得力をヒシヒシと感じる。
しかし、水月の言葉の通り先程のテストにはあまり意味がなかったのかもしれない。
まぁ済んだ事だ、もういいだろう。
それではいざ、本命の刀造りを始めよう!!
▼▼▼
カブトが立ち去ったことでモニターも停止し、心電図以外の明かりを無くした暗い部屋に1人残された君麻呂はそんな暗闇など意に留めずただ一つ、脳裏に刻まれた名を口にする
「…渦柘榴…村雨…」
自らの役目を失い、自らの全てを捧げると誓った恩人に何一つ貢献出来ぬまま死を待つだけ、そんな自分の運命にどれ程涙した事か…だが、その少女ならば…あるいは大蛇丸様の道具として自分の存在を残すことが出来るかもしれない、そんな希望が沸き上がり胸が熱くなるのを感じずにはいられなかった。
ピピッ…と一定感覚で鳴り響く自身の鼓動を聞きながら、手の指先、足の指先、肩、膝と次々と動かす。
病に冒された忌まわしい身体はたったそれだけの事で息が詰まり心電図の示す鼓動の感覚も乱れ出す。
肉体としては既に動かすことも儘ならない…ならば精神の力を以てして動かせる様にしてみせる。
全ては崇拝する者の為に、君麻呂はたった一人でのリハビリを始めるのだった。
意味のないと思われた村雨の刀のテスト、それは意図せずして一人の化け物を焚き付けていた。