森を駆けるハレンチ博士とカブトさんの背後を何とか着いていきながら内心途方に暮れる。
ハレンチ博士の両腕が治るかもしれない…それはもう良い、それならそれで君麻呂さんの細胞を利用した刀を造れる。しかし、だからといって諦めた訳ではない。そしてその為にこの数日間心血を注いで『蛇刀・蝕』を作り上げたというのにそれが全て無駄だったとなれば泣きたくもなるというものだ。
しかも腹立たしい事に使いもしないのにきっちり刀を持ち逃げされたとなれば尚更だ。
一体どういう精神をしていればそんなことができるというのか。
少しでも常識が備わっているならば多少なりとも遠慮というものが出てくるはずだろう。
「…それにしても、綱手様のお答えはどうなることでしょうね?」
「さてね、最悪改めて交渉することになることを考慮すると…交渉中邪魔が入ると厄介だわね」
「…どうしろと?」
「あの綱手の付き人、殺しておいたほうが良いかもしれないわね」
内心でハレンチ博士への不満を募らせている間に何やら穏やかでない打ち合わせが進んでいるようだ。
「僕が…ですか? 万が一の時大蛇丸様が危険では?」
「あの付き人もそれなりに出来る様子だったしね、水月と村雨では些か荷が重いでしょう」
水月が若干不満そうな顔をしているが概ね事実だ。
私は勿論、水月も水化の術によって物理的な攻撃が主体の相手には強いが、シズネさんの様に毒を用いる相手にはその強みが活かしきれない。
以前の交渉の際に使ってきた毒千本、あれの他にも何かと暗器の匂いがしたし医療忍者だけあって毒の類いの忍術を使える可能性は高い…積極的に戦う相手でないのは確かだろう。
「分かりました」
そう言うとカブトさんはクナイを手に持って1人別方向へと去って行った。
「…大蛇丸様、僕達はどうすればいいんスか? あの馬鹿力と戦闘になっても正直役に立てませんよ?」
「あのパワーで殴られたら私達の身体でも霧散する」
「でしょうね、まぁあなた達はどこか離れたところで隠れていなさい」
それは良かった。…しかしだとすると何故ハレンチ博士は私達を同行させたのだろう?
私が綱手さんに興味を無くしたことは知っているはずだろうし、わざわざもう一度短冊城へ連れて行ってくれる…なんて発想なはずがない。
だとすると一体どういう意図で?
(分からない…けど…まぁいいか)
ハレンチ博士の意図は全く分からないが、私は君麻呂さんとの契約のこともあるしこれ以上ハレンチ博士の妨害をする気はない。刀を持っていかれたことに思うところはあるがそれはそれ、というやつだ。
とにかく、何らかの理由でハレンチ博士が私を疑っているのだとしてもここから先、私はただ成り行きを見守るだけだ。むしろ本当に疑われているなら好都合、大人しく過ごして信用を貰うとしよう。
そんな算段を整えながら短冊街に入ると例の交渉の場へと向かうのだった。
▼▼▼
短冊城の屋根の上に身を潜めながら7日前に綱手さんと取り決めた交渉の場を見下ろす。
ハレンチ博士が向かう方向の先に既にその場に立っている1人の人物がいるのが目に映る、金色の髪と"賭"の字が刻まれた特徴的な衣服がその人物が誰かはっきりと告げる。
「…あの馬鹿力女、本当に来るなんてね…本当にもう妨害する気はないんだよね?」
「君麻呂さんとの約束だから。最悪、屍鬼封尽の術については時間を掛けてでも自力で探す」
「相変わらず妙なところ前向きだよね。──まぁ、僕としてあの変態の両腕が治るのはそれはそれで困るんだけどね」
確かにハレンチ博士に苦手を意識を持つ水月にとっては両腕を封じられ、常に激痛に苛まれる状態が続いてくれた方が好都合だったのかもしれない。
一応、綱手様でも封印術を治せなかった…という私達にとって一番理想的である結果になる可能性がない訳ではないがやはりあまり期待できないだろう。
果たしてどういう結果となるのか、目を凝らして様子を窺うと俯き続ける綱手さんに対してハレンチ博士がとうとう口を開く。
「…答えを聞かせてもらおうかしら?」
「……両腕は治す。ただし、里には手を出すな」
「クク…いいでしょう」
突然要求された新たな追加条件にハレンチ博士は二つ返事で応じる。
…思い人と弟の蘇生、それに加えて両腕が治った際に何をするか問われた際に『今度こそ完全に潰す』と言い切った木ノ葉の里への不可侵の契約…随分と気前が良い話だがハレンチ博士はどこまで本当に応じるつもりなのやら、少なくとも里への不可侵を守る気など毛頭ないだろう。
それでも綱手さんは満たされたかの様に涙を流し、ゆっくりとハレンチ博士へと近づいていく。
カブトさんが用いる医療忍術同様に綱手さんの両手に集中したチャクラが発光する。あれを翳せばハレンチ博士の両腕を治るのだろう。本当に技術だけなら大したものだ、惜しい人物だ。
まぁそれはそれ、ハレンチ博士の両腕が無事に治ったら『蛇刀・蝕』もちゃんと使われる様になるのだ、まずはそれを祝福しよう。
刀は眺めて良し、飾って良しの優れものだがやはり存分に振るわれるのが本懐なのだから──。
「「っ!?」」
突如、綱手さんとハレンチ博士の手が接触する寸前に両者の間に一本のクナイが放たれた。
当然伝説の三忍と謳われたあの方達は咄嗟に回避したものの、医療忍術が途切れさせられた。…いや、それ以上に疑問なのは…
「何事?」
「あのクナイの匂い…あれはカブトさんの物、一体何故?」
「やっぱ君のその感知能力は絶対おかしいって!?」
隣の水月の疑問はさておき、下の様子を見ていればハレンチ博士の背後にカブトさんが着地していた。
一体何故カブトさんがハレンチ博士の邪魔を? ──っ!? まさか私の事情を察して刀造りの為に協力を…いや、流石にそれはないだろう、流石にそんなことでカブトさんがハレンチ博士に反旗を翻すはずがないし、何よりそこまで明確に私の計画が見透かされる様な迂闊な行動は執っていないはずだ。
考えたところでカブトさんの真意は分からない、とにかくここはもう少し様子を窺おう。
「…どういう事なの? ここにきて私を裏切るなんて…私を殺そうとするなんて──綱手!」
案の定、邪魔をされてハレンチ博士はご立腹の様子…って綱手さん? カブトさんでなく?
「…にしても心底信頼するわカブト。お前の私に対しての忠誠と綱手の攻撃を見切ったその眼力をね」
「えぇ、同じ医療班出身ですからね、チャクラに殺気が漲っていました」
凄い。見切ったカブトさんもだが外観を完全に医療忍術と同一にしつつ相手を殺せる綱手さんの技術も最早人間業ではない。一体どれほどの研鑽を積んだらそれほどの事が出来るというのか…。
いや、問題はそこではない。綱手さんはハレンチ博士の持ち掛けた交渉を拒絶した。
ならば、ハレンチ博士の両腕は治ることはないということで、君麻呂さんとの交渉も不成立になる…だが、その反面で屍鬼封尽の情報収集が改めて始まる──、そう思った直後、綱手さんが踵を思い切り振り上げたのが目に入る。
((((ヤバい!!)))))
そう、問題は綱手さんの技術云々ではない。
咄嗟に屋根に両手を着け、チャクラによる吸着を強化する。──激しい地響きに襲われたのはその直後だった。
(…短冊城の石垣が…)
改めて綱手さんの方へ視線を向ければただの踵落とし一発で地面が大きく抉れ、周辺の石垣も崩壊していた。
完璧なチャクラコントロールによる身体能力の強化の極みだ…ただの体術がこれ程のものになるとは…これが伝説の三忍の実力ということか。文化遺産を大切にして欲しい。
…どうやらハレンチ博士とカブトさんも何とか回避できたらしいが、綱手さんと距離を置くどころか着地した石垣を蹴って跳躍し撤退していく。
しかしその速度からして逃げるのではなく誘い出しているようだ…なるほど、確かにあれほどの怪力とこの場で戦えば短冊城への甚大な被害は免れない、別の場所に移るのは大切なことだろう…流石はハレンチ博士達だ。
綱手さんもお二人を追ってこの場から離れていく。
しかし、これはまずい事になってしまった。綱手さんがハレンチ博士の交渉を拒絶するのは私にとって願ってもないことだった。しかし、ここまで明確な戦闘になろうとは…万が一ハレンチ博士が殺されてしまったら私の計画の全てが水の泡だ…もっと平和的な話し合いの末に拒否してほしかった。
「…あ~ぁ、こりゃもう駄目だね。少なくとも僕らがどうこう出来る領域じゃないね。伝説の三忍なんて化け物同士の戦いになんて混じってらんないって」
「…いや、綱手さんにはまだ"あの弱点"がある。だったら私達にも出来ることはあるはず」
「え…ねぇ、それってまさか」
青ざめた顔をする水月にこんなこともあろうかとつなぎ服のポケットに突っ込んでおいた小型メスと小さな布袋を取り出して見せつける。
「これは軽度の痺れ毒付き小型メス、痺れ毒のおかげで痛覚が鈍くなるから自傷に向いている。それとこっちは増血丸、これで沢山血を出せる」
「君なんか最近歪んだ趣味出来てきてない!?」
失礼な、確かに最近自傷行為をすることが多い気がするが決して望んでしている訳ではない。ただ相手が相手だからやむを得ずしているだけだ。本業の刀造りに支障が出るかもしれない行為など誰が望んでするものか。
…勿論、刃と触れ合えること自体は悪い気はしないがそれとこれとは話が別なのだ。
「──っ。そんなことはどうでもいい。早く血を出してハレンチ博士の下へ行かなくては、さぁ水月も」
「え!? 僕もすんのこれ!?」
「何事も多ければ多いほど良いはず、多分」
「この脳筋馬鹿!!」
大丈夫、痛くないから、大丈夫。
全身に切り傷を作り、更に増血丸で血を補給する。
これで血の準備は出来た、いざハレンチ博士の救援へ。
最近妨害工作ばかりしていたからこの機会に私も忠誠心と感謝の姿勢を見せなければ! …それはそれとして傷を作るならある程度追いついてからにすれば良かった気がしなくもない…痺れ毒で少しヒリヒリする。
▼▼▼
短冊街から場所を移し、両腕の使えない大蛇丸に代わり戦闘を受け持ったカブトと綱手の戦闘は激化し、互いに油断の出来ない相手とのやり取りに疲労も高まり息を切らしていた。
先手を取ったのは兵糧丸による自己強化を活用しチャクラメスによる筋肉の切断を成功したカブトだった。腕と脚の筋肉の一部を断ち切ったことで綱手の怪力を封じ、更に肋間筋を負傷させまともな呼吸さえも阻害させた。
しかし、その結果に勝利を確信し一瞬だけ気が緩んだ瞬間に綱手の反撃を受けてしまう。
(何だこれは? 手を動かしているはずが…足が動く!?)
チャクラを電気質へ変え電界を作り相手の神経系に流し込むことで脳と身体の電気信号を遮断、更には本来の動きとは異なる動きになるように信号を混乱させる超高度技術。
カブトは乱された電気信号の把握、綱手は断ち切られた筋肉の治療と互いに一瞬動きが止まる。
「「『水遁・水弾の術』」」
「っ!?」
呼吸困難な状態での医療忍術に集中していた綱手に真っ赤な水流が浴びせられたのはその瞬間だった。
▼▼▼
「…っ、お前は…」
血を浴びたことで身体を震わせながらこちらを憎々し気に睨む綱手さんを見て奇襲の成功を確信する。
私と水月が全身から流した血を混ぜた水弾の術、当然、多少水が混じって薄くなってしまっているが十分効果があったらしい。
「お久しぶりです綱手さん。不意打ちを失礼…カブトさん、ご無事ですか?」
「助かったよ村雨、水月…もう大丈夫、乱された信号は粗方把握出来た」
そう言いカブトさんはゆっくりと立ち上がりポーチからクナイを取り出す。
駆け付けた際に綱手さんが神経系に何か細工したと言っていたが…この一瞬でそれらを把握したのか? やはりカブトさんはとんでもない人だ…不意打ち直後、即座にハレンチ博士の背後に回った水月もある意味とんでもないが…仮にも上司を盾にするのは綱手さんより怖いと思うのだが?
「それにしても血液恐怖症の人相手に容赦のないことを…まぁ、言う事を聞かせるには丁度良い手段ではありそうですし…もう少しぐらい本人の血を撒き散らしますか」
クナイを手にカブトさんが綱手さんにゆっくりと歩み寄る。
念の為綱手さんの行動に警戒している様子だったがどうやら血に震えているのは演技でもないらしく抵抗の素振りはない。
カブトさんはクナイを持つ右手を振り上げて──それを綱手さんへと振り降ろす。
確実に捉えた一振り…それはカブトさんと綱手さんの間に突如立ち込めた煙によって遮られた。
「!?」
突然の異変に咄嗟にカブトさんは後ろに飛び退き距離をとる。
やがて煙が晴れ、その内側に隠れた者達が姿を現す…皆、一度は見掛けた者達だ。
1人はシズネさん。
カブトさんが予め排除に向かっていたはずだが何らかの理由で無事だった為、主である綱手さんの救援に来たのだろう。
もう1人は自来也さん。
綱手さんの無力化に成功したと思った矢先に別の三忍の1人が加わってしまうとは…少々まずいか。何より以前におでんの屋台で自来也さんとお会いしたという事を報告していなかったのがまずい。…後で怒られないだろうか?
自来也さんの肩にちょこんといる子豚(確かトントン君だったか)
可愛い。
そして何故かいるナルト君。
まさかとは思うが…私は何か重大な勘違いをしていたのではないだろうか?
「……」
「久しぶりね、自来也」
「おーおー、相変わらず目つきワリーのォ、お前は」
「…ナルト君」
「あ────!?」
自来也さんとハレンチ博士が、そしてカブトさんと私や水月、カブトさんの姿を見て驚いた様子のナルト君が、それぞれの反応を見せている…が、私はただただ両手で顔を覆い途方に暮れるしかなかった。
「…なぜ…こうなった?」