逆口寄せによりアジトに帰還したは良いが一足早く帰還していたハレンチ博士の様子がおかしい…勿論、腕の治療という目的が果たせなかったことを考えれば不機嫌になるのも無理はない。
しかし何というか…不機嫌というより怒ってらっしゃる様子だ。
──どうして、一瞬悩むもすぐに答えに行きついた。
「申し訳ございません。私の造った刀の力が及ばず…より精進します」
交渉決裂を確信した際にハレンチ博士は"蛇刀・蝕"を使ったものの綱手様を殺すには至らなかった。
それどころか即座に解毒され逆に致命的な反撃を受けるに至ったのだ、私へ怒りを向けるのももっともだろう。
「強力な毒性にばかり注目しそれが既に知られた物であるということを失念していました…今後はここの資料を参考にオリジナルの毒薬を作り改善致します」
「私がそんなことで怒っているとでも?」
え、違うのですか? だとしたら何故? 全く心当たりがない…こともないが、とはいえ例えばナルト君に出し抜かれたのは事実だがそれに関しては戦闘要員である水月やカブトさんがまず怒られるはずだろう。
しかし隣で見ている2人が怒られた様子はない…さすがに本来戦闘は専門外である私だけがその責任を問われるということはないはずだ。
…いや、責任の擦り付けは良くない。考えてみれば戦闘が専門外であるにも関わらずしゃしゃり出たのも私だ、気付いていないだけで私の行動がどこかで足を引っ張っていたのかもしれない、そういえば大蛇の一匹に誤射もしていたしやはり怒られているのはそこだろう。
では、改めて誠心誠意お詫びを──。
「──貴女の両手にある"それ"は何かしら?」
「っ! これは…綱手様の血と自来也さんの蝦蟇が持っていた刀を収納した巻物です」
謝罪の言葉を口にするより先にハレンチ博士の言葉が突き刺さる。
心臓が飛び跳ねるのを感じながら手に持った刀と巻物をそれぞれ掲げる。
「どちらも非常に良い素材です、今後の刀造りにも大いに──」
「随分と勝手な行動をしたものね」
「っ!?」
突如向けられた殺気に息が詰まる。
強張る身体を動かしハレンチ博士へと視線を向ければその顔はやはり怒りを滲ませていた。
まさかお怒りだったのはそれか!? 何ならもっと他に怒られることをしていた気がするが…まぁそれを敢えて口にする必要はないだろう。これ以上怒られるところを増やすのは嫌だ。
そんなことより問題は今怒られる内容だ。
確かに私は撤退が遅れた…だがその分貴重な刀の素材を得ることが出来たのだ、ハレンチ博士ならばその辺りを考慮して頂けるはずだ…だとするならばここは毅然とした態度で応えるべきだ!!
「勝手は承知です。しかし手に入れたい物があったならどれ程危険であっても手を伸ばす…そういった心境はハレンチ博士ならばご理解頂けるのでは?」
「──フフッそうね、その気持ちは良く分かる…けれど万が一その迂闊な行動で貴女が捕まればこちらにも不都合があるのよ?」
「なるほど、それは確かに…しかし、仮に私の記憶を覗かれたとしても私如きから得られる情報で追い込まれる程ハレンチ博士の首は安くはないのでは?」
危ない、つい肯定してしまった。
"確かに"と認めてしまえば間違いなくそのまま大目玉だ。咄嗟に取り繕えて良かった…ちょっと挑発的な物言いにはなってしまったような気もするが大丈夫だろうか?
「ククッ…本当に面白いわね、貴女」
大丈夫だったようだ! やはり日頃から自分の仕事に真摯に取り組んでいる姿を見せているから上司であるハレンチ博士からの信頼が効いたのだろう。
「でも、私が言う不都合とは貴女の記憶から私の情報を抜き取られることではないわよ?」
「え?」
「フフ、わざわざ私の口から言わせる気…ということかしら、つくづく刀絡みでなければ鈍いのね?」
「…申し訳ありません、思い当たる理由がありません」
「私はこれでも貴女の造る刀を楽しみしているのよ? 貴重な素材を求めるのは理解できるけれど…あまり不用意な行動は控えてほしいわね。万が一があれば折角の楽しみがなくなってしまうもの」
その言葉を理解するまでにかなりの時間を要した。
まさかハレンチ博士が怒っていた理由が私の身を案じてだったとは…想像もしていなかった理由に目頭が熱くなるのを感じる──と同時に今までの自分の行動を思い出して途方もない罪悪感に押し潰される。
私は何故この人に不都合になることを何度も何度もしていたのだろう。
正直に話すのは怖いので黙っておきますが心の中でお詫びいたします…。
「…それ程まで思って頂けているとは思わず…申し訳ありませんでした、以後気を付けて行動します」
「えぇ、そうしてくれると嬉しいわ──それでは」
「はい、改めて刀造りに尽力致します。ありがとうございました、ハレンチ博士」
「──それでは次はその私への呼び方について…一度しっかりと話しをしましょうか?」
「…はい?」
何だ、今までと比較にならない程の殺気がハレンチ博士から溢れ出した。
目を合わせば自分の首がスパンと跳ね飛ばされる幻覚に襲われ言葉を失う。
死の予感にそれを振り払おうと首をふるふると動かしているとその間に水月とカブトさんがそそくさと部屋から抜け出しているのが目に入る。…待ってほしい、一人にしないで欲しい。
人は孤独には耐えられないというのにどうして私を一人にしてしまうのか、怒られるのは私だけなのだからせめて近くにいて欲しかった。
▼▼▼
「随分と怒られたみたいだね」
「私は…私は悪くない…刃物を舐めるは当たり前、挙句には口から刀を出す人をハレンチと言わずして何と言えと?」
「なんだろ? 普通に変態じゃない?」
数分間に及ぶ説教は決して荒々しいものではなかったがとにかく圧迫感に心が締め付けられた。
あまりの圧力にものの数分でしかないはずが感覚的には磔にされた状態で72時間延々と責められているような感覚に襲われたほどだ…何かの幻術なのか?
最終的には「最低限の礼儀は弁えることね」という言葉で締めくくられ、一応の解放を与えられた為ふらふらとした足取りで辿り着いた自身の鍛冶場の床に寝転がっていたら不意に訪れた水月が声を掛けてきた。
その顔は揶揄いに来たのでもなければ労りに来てくれた様子でもなくただただ疑問を抱いているようだった。
その予測は正しく、彼は顔を顰めて口を開いた。
「──にしても、やっぱ絶対おかしいんだよね…あの大蛇丸がたかだか説教だけで済ませるなんてさ。普通に考えたら折檻、なんなら殺されてもおかしくないと思うんだけど」
「私の造る刀を評価してくれているからでは?」
「確かに忍術が使えなくなっている以上強い忍具は必要なんだろうけど、そんな理由であの大蛇丸が容赦なんてするはずがないんだって」
「…ならば私を処断しない理由が別にあると?」
そう言えば短冊街にいる時も水月は同じような事を言っていた。
一度見逃す程度ならば気まぐれということもあるだろうが今回で二度目…確かに何らかの思惑があると見てもいいのかもしれない。
「…なるほど、つまりハレ…大蛇丸さんは何らかの理由があって私を処断しない、つまり何をしても問題ないということ」
「え!? 何でそうなるの!?」
「二度も見逃したということは何らか思惑があるということは間違いない…だったらどういう思惑かは分からないけど乗らせてもらう」
「君のその思い切りの良さはほんと何なの!? 今さっき説教されたばっかなんでしょ!?」
水月から怒涛の様にお怒りの声が飛んでくるがまぁそれはもっともなことだ。
しかし今回はちゃんと理由も勝算もあるのだ、まずはそれはしっかりと説明しよう。
…しかし先程の大蛇丸さんによる体感72時間の説教のおかげか怒っている人を前にしても冷静に受け止められる様になった気がする。あのお説教もただ辛いだけのものではなかったということか。
「落ち着いて水月、まず大事な事だけど…綱手様達の前から撤退する前に大蛇丸さんは両腕を治す別の方法があることを言及していた。つまり例の屍鬼封尽についての情報を既に得ているという可能性がある」
「…まぁ確かにそんなことは言ってたね」
「だとすると疑問なのが別の方法があるはずなのに治療を拒んだ綱手様と戦ってでも従えようとしたこと」
「封印術にはそんな詳しくないけど、解除する方法は分かっても時間が掛かり過ぎるのか何か別の障害があってあのババアの力を借りれた方が都合が良かったってこと?」
「おそらく」
水月の言葉に肯定の言葉と共に頷く。
つまり封印術の解除方法を掴んだものの解除する為の何らかの条件を満たせていない状態が大蛇丸さんの実情なのだと推測できる。
そして情報を得たということは──。
「その封印術の書物か何かがある可能性は高い、おまけに今はまだ封印解除が出来ないのならそれを処分するとは考えにくい」
両腕の復活は大蛇丸さんの悲願だ。
ならば他者にも見られる可能性もあるとはいえそれを焼却するとは考えにくい、もしも焼却をするとしてもそれは両腕の回復を果たしてからだろう。
「つまり、私の意中の情報が既にここにある可能性は十分ある。それを探すには今が一番都合が良い」
「説教直後だから大蛇丸も油断しているってこと?」
「そうであったら尚の事都合が良い、一番の理由は今大蛇丸さんはさっきまでの戦いで消耗していること。説教の切り上げが少し急だったし多分綱手様の拳を受けたダメージも大きかったのだと思う。恐らく今は自室で休憩をしているはず…カブトさんの薬を飲んで寝ている可能性だって十分ある」
どちらにしても先の戦闘で大蛇丸さんが受けたダメージは大きいものだ。
ただでさえ両腕の封印で身体が弱っているというのだから私達の前でこそそんな素振りを見せていないが、今は相当消耗しているはずだ。
「それに加えてあのカブトさんもナルト君の螺旋丸によってかなりのダメージを受けているというのも大きい、2人が満足に動けないこの瞬間以上に都合の良い状況はそうそうない」
「…確かにそれはそうだけど…まさか、こうなることを狙ってあのうずまきナルトとの戦闘でわざと手を抜いて…る訳はないか、君だし」
「失礼。アレは誰でも目を奪われる」
「それはない」
水月はそれでも刀使いなのだろうか…いや、もしや首斬り包丁があるから他の物に目移りしないのか──っ!? では私は浮気症ということなのか!?
…いやいやそんなはずはない、私だって一途なはずだ…"刀"に。
そもそもそんなことよりも大事なのは今からの行動だ。
何分広いアジトだ、水月の協力を得た方が効率的だが果たして──。
「まぁ今が探索に都合が良いことは分かったよ。…でも万が一勝手に情報を漁ってるってことがバレたらどうするの?」
「大丈夫、手は打ってある」
「ものすっごい不安で聞きたくないけど…どんなの?」
「説教から解放された後、部屋から出たところで左近さんとお会いした。…水月は左近さんの能力を知っている?」
「え? 何だっけ…確か兄弟で身体を共有して好きなとこから身体を生やす気持ち悪いやつだっけ?」
その通りだ。最初はてっきり身体のパーツを増やす能力だと思っていたのだが、話を聞けばその本質は"身体の共有"なのだという──それを早く言って欲しかった。
「身体の共有! まさしく"大刀・鮫肌"の刀と人の融合の能力のヒントそのもの! 何としてでもその情報を調べさせてほしい──っと言ったところ逃げられたから左近さんを探すフリをして屍鬼封尽の情報を探すことが出来る。…四人衆の方々の細胞を使うことは本人からの許可が貰えれば許されてるから交渉の為に左近を探していることにすればアジトの中を堂々と漁ることが出来る」
「せ、せこい…っていうか建前の為だけに鬼ごっこさせられてる左近に同情すんだけど…」
関係ない、とても重要な情報を今まで教えてくれなかった左近さんにも責任が少しはあるはず…建前ぐらいには協力してくれても罰は当たらないはずだ。
とにかく、条件も言い訳も全て整った。この機を逃す理由はない!
「それでは…いざ探索」
──それはそれとして後で左近さんには正式に刀造りの協力をお願いしないと…菓子折りを買いに外出の申請でも出せないものだろうか。