岩隠れの里近くの廃村には多くの人が集まっていた。
その大半の人達が編み笠やどこの里の物とも意匠が異なる面などで素顔を隠しており多い来訪者の割に賑やかさよりも物々しい印象を抱かせる。
とはいえ非合法的な物さえ行き交う闇市において売りて側も買い手側も顔を隠したいのは理解できる。
かく言う私達もフードを深く被ることで顔を隠しているのだから"相手の顔も分からない"というのはこの場においては普通のことであると受け入れよう。
それより問題はどこで売り場を構えるかと私の身体のあちこちを縛る拘束具達をどうしたものかという事だ。
人の手が付かなくなったことですっかりと劣化が進みボロボロになった入口の門を潜りながら頭を悩ませていると足元にクナイが突き刺さる。……何やら鉄に混じって何やら変わった匂いが付いている気がする。
「……何の真似だ?」
左近さんが鋭い視線と共に門の柱に寄りかかっていた壮年の男性へと問い掛ける。
その男性は横に一本の傷が入った岩隠れの額当てを巻いただけで珍しく面も編み笠も付けておらず素顔のままで、左手人差し指でクナイをくるくると遊ばせながら怪しい笑みを浮かべていた。
闇市ということもあり荒事も覚悟していたが思った以上に過激だ、しかしこちらには大蛇丸さんの護衛を務める四人衆の方々がいる。私は拘束具で動けないので……動けたとしても然して役に立てまいがとにかく彼らにお任せしていれば大丈夫だろうと成り行きを見守っていたが壮年の男性は柱に寄りかかったまま、一切構えることなく口を開いた。
「俺ァ
「上水流……確か岩隠れの元名家の没落一族か。里を抜けて闇市の元締めとは随分と落ちぶれてんじゃねぇか?」
「ヒヒ、口の減らねぇ餓鬼だな。ま、事実だから構いやしねぇがな……なんせ今や数少ねぇ同胞はどこぞで昆虫採集なんぞに勤しんでる程落ちぶれてんだからな、あ~嘆かわしいねぇ」
昆虫採集……確かにそれは随分と忍の仕事から逸脱しているような気がする。あぁでも寄壊蟲などといった強力な力を秘めた蟲もいるのだ、言葉の響きだけで思い込むのは良くないか。何なら一緒にいる鬼童丸さんの口寄せ動物の蜘蛛も中々に強力で──
「──左近!!」
「っ!? チッ……」
突然丁度思い浮かべていた人物である鬼童丸さんが鬼気迫る様子で声を上げて左近さんが焦った様子でその場から後方へと飛び退いた。
何事かと目を向ければ先程まで左近さんが立っていた場所には小さな針が突き刺さっていた。
「ほぅ、そこの奴は蟲系統の術者か? 油女一族……って訳ではなさそうだが。流石、同系統だけあって勘が良いな」
鬼童丸さんを興味深そうに眺めながらそう語るジガバチさんの傍らには一匹の蜂がいつの間にか飛び回っており、地面に突き刺さった針がその蜂が放った毒針だと理解する。……つまり最初に投げられたクナイにもその毒が塗られていたのか……さっきから拾う素振りもないし貰ってしまってもいいのだろうか? でも腕に巻かれた糸が邪魔で拾えない、辛い……。
「結局何の用だってんだ!? ウチらはその闇市に品物持ってきただけだ、元締めだろうがどうこうされる謂れはねぇぞ!」
「オイオイ勘違いすんなよ、俺だってわざわざこんな廃れた村に足運んでくれた客人を傷付けたくはねぇんだ、とはいえ信用できねぇ奴を俺の市場に入れるわけにはいかねぇんだよ」
「あぁ?」
「面だの笠だので顔隠す分には構いやしねぇが、テメーらそこの奴に幻術かけて動き縛ってんな。幻術掛けられてる奴は何しでかすか分からねぇ、お引き取りするか術解くかしろ」
「っ!? ……感知タイプか」
「そういう能力持ってねぇと闇市なんぞ出来る訳ねぇだろ?」
ジガバチさんの言葉に多由也さんが舌打ちした。
それと同時に全身の金縛りの様な感覚が無くなった、どうやら多由也さんが幻術を解いてくれたらしい。
「ありがとうございます、ジガバチさん」
「おぅ、悪いが嬢ちゃんにはこの闇市が閉まるまではここにいてもらうぜ。終わったら解放してやっから大人しくしてな」
「はい?」
「んで、そっちのガキ共、俺達みてェな抜け忍が商売しようってんなら信用が第一だ。少なくとも俺の市場で稼ぎてぇなら他人を幻術で操るんじゃなくて自分自身で売り込みな」
……え? これは……ひょっとして。
「あの……私この人達と一緒に売りに来たのですが……」
「……え、マジで? じゃあ何でそんな過剰なまでに縛られてんの?」
何でって……何ででしょうか? 私にもよく分からない。
「ったく、紛らわしいなオイ。今回は上客が来る予定なんだ、あんま変な真似はしてくれんな」
「上客?」
「あぁもういいから、売り込みてぇならそこの布どっかに敷いて場所とりな。あと入場料で五千両な」
「お高い……」
「信用できる市場作りを心掛けているんでね、その分高くなんのは仕方ねぇのさ。俺も儲けてぇしな」
最後のが本音だなこれは……随分と自分に正直な人だ。
五千両は高い気もするが大蛇丸さんとの約束がある為帰るわけにはいかない、要はそれ以上に稼げば良いのだから心配する必要はない……というわけで。
「……すみません皆さんお金貸して下さい、短冊街で使い切ってしまいまして……一人千両お願いします」
「お前……マジでいつか殺すぞ」
「ねぇちょっと待って? 一人千両ってひょっとして俺も入ってるこれ!?」
ちゃんと稼いで返しますので、何卒何卒……。
▼▼▼
廃村内に入ると売り場を求めて周囲を見渡す。
目に留まりやすい良い位置は既に訪れていた人達に取られた後らしく、場所選びでの効果は望めそうになかった。
それにしても、露店に並べられた物を見渡せば意外と売り物には普通のクナイや手裏剣、起爆札といった基本的な忍具が多い。
しかし考えてみれば抜け忍となった人達にとっては各里に帰ってそれらを補給するのも難しいのだからこういった正規の市場から外れた店での調達が必要なのだろう。そう考えてみればやはり私の刀にも相当な需要があるはずだろう。
「よし、頑張ろう」
この際場所はどこでも良い。それよりも早く品物を並べて売り込みを始めてしまった方が良い。
ジガバチさんから頂いた布を地面に敷いて場所を取ると次に巻物に格納していた刀を口寄せし、そこに並べていく。傍らには刀造りの合間で造ったクナイや手裏剣も並べ様々な客層を狙う。
それにしても……糸に縛られた手で品並べは思いの他辛いものがある、背中に石も背負わされているのだから猶更だ。ジガバチさんも幻術だけじゃなくてこれらも解除するように言ってくれれば良かったのに……。
「すみません皆さん、これ何とかして頂けませんか? こんな奇妙な恰好ではお客様も声を掛けにくいかと……」
両手を糸で縛られ岩を背負わされているなど傍から見れば連行されている犯罪者か何かだ、如何に大半の人が抜け忍とはいえ好んで声を掛けたいとは思わないはずだ。
「お前を自由にしたら何しでかすか分からんぜよ、諦めろ」
「他の店を見て回る時は甘んじてお受けします、ですから売り込み中は解いて下さい」
「やれやれ、仕方ないな」
必死に訴えると次郎坊さんはため息混じりにそう言って背中の石に手を添え、それを粉々にしてくれた。
先程まで重く圧し掛かっていた石が無くなったことで身体が急激に軽くなり思い切り背筋を伸ばす。
「おい次郎坊! 何やってんだ!?」
「気持ちは分かるがこいつがまともに商売出来ないならそもそもここに来た意味すらないだろう。何の収穫もなく帰ったらただのくたびれ損だ」
「チィ……」
その通りです。流石は次郎坊さん!
やはり人間4人も集まれば必ず一人は心優しい人がいらっしゃるものだ。
「それにこいつの身体には今右近のやつが入っているんだろ? だったらこいつが何かしようとしてもすぐに殺せるだろ?」
「それもそうか」
何も優しくなかった。やはり人間は5人ぐらいで集まらないとダメなのかもしれない。
あんまりな脅しに心が折れそうになるが一応は両腕を縛る糸もなくなったのだ、とにかく四人衆の方々の心配を払拭させるべく売り込みに懸けるしかあるまい。
心も刀も折れてしまってはいけない! 強く真っ直ぐあり続けなければ! ──よし!
「刀一本如何ですか! 脇差一本、背中に一本、おまけに懐に忍ばせ一本、合わせて3本如何ですか!」
「その売り文句はお決まりなのか?」
「中忍試験会場で売り込みするために必死に考えた売り文句です」
「いやそれどう考えても摘まみ出されるだろ」
「ちょっと……手違い? 誤解? があったんです」
各里の人が集まる会場で武器を売り込んだらどうなるかを考慮していないような間抜けと思われるのは避けたい、あれはただちょっとした行き違いがあっただけなのだと語るが……反応は実に冷やかだ。
「まさか……お前が物見やぐらの上にいたのってそれが理由だったのか」
「……すふー、すふー……」
多由也さんの完全に呆れた視線から目を逸らして口笛を吹いて誤魔化す。
そもそもその件と今は何ら関係がない、苦い思い出として放っておいてほしい。……それにしても。
「客来ねぇな」
「……ですね」
呼び掛けて見るものの道行く人は皆素通りするだけで足を止めようともしない。一体どういうことだ?
「どいつもこいつもテメーの刀なんぞに興味ねぇってことじゃねぇのか」
「……実演で注目を集めましょう、次郎坊さん大きめの岩を10個ほどお願いします」
「落ち着け、左近もわざわざ煽るな」
うぅ……確かに少し前にジガバチさんからもあまり変なことはするなと釘を刺されたばかりだ、万が一この闇市から追い出されては困る……派手なパフォーマンスは出来ないか。
しかし私の刀が理由もなく売れないはずがないんだ、何か他の要因があるはずだが……。
口元に手を当てて思案していれば隣で布を敷いていた方が大きな舌打ちをして売り出していた忍具類を纏め始めると同時に口を開いた。
「アンタらもさっさと帰った方が良いぜ。どうやら今回は忍具類はさっぱり売れねぇらしい」
「……何故ですか? 来訪者は多いようですが……」
「匠の里の連中が来てんのさ、あんな奴らが居たんじゃ皆忍具類はそこで買うに決まってらぁ、ジガバチの旦那も奴らがくるなら言っといてくれりゃ良いものを……いや、さては入場料だけぶん盗るつもりだったな」
そう言って男性はブツブツと文句を呟きながら足早に立ち去ってしまった……しかし興味深い話だったな。
「匠の里……聞かない名前だな」
「忍具造りの職人達で形成された里です。忍里と比べれば名は通っていませんが霧の里にいた頃は何度か他の職人達から聞いたことがあります」
笛以外に武器を持たない多由也さんにとっては聞き馴染みがないのも仕方ないかもしれない……いや、そもそも侍達が全盛期だった頃ならとかく、忍の台頭による忍術に比重がおかれるようになってからは現代に至るまで匠の里はずっと蔑ろにされてきたらしいのだから多由也さんに限らず私達の年代では知る人の方が少ないのかもしれない。
その辺りも含めて説明してみれば左近さんは鼻で嗤った。
「そんな時代遅れの連中が今更こんなところで商売か。上水流一族といい、そいつらといい、随分と古くせぇ連中が集まったもんだな」
「技術とは元を辿れば古くまで遡るもの。歴史ある技術程信用できるという訳ではないですが新しいもの程良いというのも安易な考えかと」
「ふん、そんな事よりどうする気だ? どうやらここに来た連中はその匠の里の奴らに夢中でテメーなんぞ眼中にないらしいじゃねぇか?」
「いいえ、人を集めてくれているのなら私としても願ってもない。──有難い限りです」
並べていた刀達を手早く巻物に格納し直し片付ける。
敷いていた布を折りたたんで脇に挟むと両腕をピタリと合わせて鬼童丸さんに突き出す。
「すみません、少し移動しましょう。──お隣にお邪魔したいので」
新しい技術程優れているというのは安易な考えだ。
古い技術程信用できるというのもまた浅い考えだ。
時代と共に環境、文化、戦い方は変化しそれらに合わせて求められる技術も変化していくものなのだから……。
だがしかし、忍具、特に刀においてはそんな理屈は存在しない。
刀において最も優れているのは"私の技術"だ、最も信用できるのも"私の技術"だ!
かつて名を馳せた匠の里の者達が歴史ある技術を振るおうが新しい技術を身に付けようがその事実が揺らぐものか!
私を差し置いて忍具を売る匠の里の者達にも、前評判だけに囚われて私の刀達を素通りした者達にも……それをとくと教えてやる!!
▼▼▼
村雨達を闇市に入れて数時間後、ずっと廃村の入口の門に背を預け自身の市場の様子を見守っていたジガバチは思わぬ喧噪となった状況に堪らず肩を震わせながらもこれから来るであろうビッグゲストに何と説明したものかと逸楽と苦悩を同時に体感していた。
はてさてどうしたものか、いっそ現時点での儲けだけを持って退散するかとも考えたが丁度その時に意中の人物が現れたこともあってすぐさま笑顔を貼り付けた。
「いやぁどうもどうもお二方、こんな草臥れた廃村にご足労かけて申し訳ない」
「それはいいがこの喧噪は何だ?」
「いやいや申し訳ない、"目立たずひっそり信用できる市場"が俺の市場だったんだが……とんでもねぇバケモンに荒らされちまったんですわ。今もそいつの売り物を巡っての大騒動でして」
「へぇ……おかげでお前も随分と儲かっているって訳だ……うん」
「ヒヒッ、まぁそれに関しちゃあ否定はしませんがね」
正直言って欠片も想像していなかった事態に気まずく頭を掻きながらそう語るともっと気まずくなることを口にする。
「……で、すみませんがお求めの匠の里の連中なんですが……そのバケモンに目ぇ付けられたらしくもう帰っちまいましてね」
「何だと!?」
「一応止めたんですがねぇ……客を全部持っていかれて心折れちまったようで。職人ってのも繊細なもんですねぇ」
「チィ……その化け物ってのはまだ居るんだな」
「えぇ、一番人が集まってる場所ですからすぐ分かりますぜ」
およそ予想通りの反応にジガバチは苦笑する。
匠の里の連中が逃げていった辺りからこうなるとは思っていたが……自分の管理する市場で今から化け物同士が会することになるらしい。
まったく……何だってこうなったのか、訳が分からずどうしようもなく面白い、ただ一つ分かるのはあの化け物を縛り付けていた連中が物凄く可哀想なことになるということだ。
やはり途中で逃げた方が良い状況になるかも知れないと内心で算段を付け、その準備の為にもここらで会話を切り上げて目の前に立つ2人を市場に招き入れる。
「ではでは、ご満足頂けるまで見て回って下さいさ」
「それじゃ、行こうぜ旦那、良い仕込みがあると良いな、うん」
「ふん……期待外れならその化け物とやらも匠の里の連中も消してやる」
物騒な事を呟きながら市場の中へと進んで行く赤い雲模様入りの黒い衣に身を包んだ2人を見送るとジガバチは念の為の荷造りを始めるのだった。
上水流一族と匠の里はアニメオリジナルで登場しますがジガバチは本作のオリキャラです。
(流石に少年編のナルトと第8班で倒される人達に闇市を取り仕切るのは難しそうなので)
どちらの回もナルトの同期や砂の三姉弟が活躍する回なのでアニオリの中では比較的印象に残っています。